落ち着いてください
出来立てホヤホヤのポーションを持って、ハナが元気よく部屋を飛び出していく。
呆気に取られてその様子を見ていると、かたり、と小さく音をさせてジャックが椅子から立ち上がった。
「全くあいつは…さあお嬢さん、わしらも行こうかの」
「ハナさんは、一体どちらへ……」
「おそらく訓練場じゃろ。兵士たちで効果を試してもらうためにな」
そう言って歩き出したので、シェリルもその後ろをついていく。
扉を開けて廊下に出ると、建物の奥からクレアがやってくるのが見えた。
「あら、どうしたの?」
「あの、ハナさんが…」
「この子が試しに作ったポーションを持って、訓練場に行ってしもうたんじゃ」
「まあ、また?あの子ったら…まあでも、ちょうどよかった。私も一緒に行っても良い?」
「はい、それはいいですけど…」
「ありがとう。じゃあ行きましょうか」
三人連れ立って訓練場に向かうと、そこには興奮しきった様子でポーションを持っているハナと、それを取り囲む兵士たち、そしてハナに向かい合ったウィリアムの姿があった。
何か言い合いになっているようだとわかって、少しだけ歩みを早める。
杖を使わないと歩けないことを悔しく思いながら近づいていくと、少しずつ二人の声が聞こえてきた。
「……だから、少し待てと言っているだろう」
「待ってたら、みんな帰っちゃうじゃないですか!ちょっとでいいんです!」
どうやら、先ほど持っていったポーションを兵士たちに飲ませたいハナに、ウィリアムが待てを出している状態のようだ。
兵士たちも二人のやりとりに夢中でこちらに気づいていない様子だったが、クレアが声をかけると、波が引くように兵士たちが場所を開ける。
兵士たちの壁がなくなってようやく三人に気づいたウィリアムが、こちらを向いてようやく安心したように息を吐いた。
「……遅い」
「すまんのう、ウィリアム殿。……ハナ、それをこちらに」
「どうしてですか!?早く試したいのに!」
「その前に、きちんと鑑定をせんといかんだろう。兵士たちに万一のことがあったら、お前は責任が取れるのか?」
「それはっ………!」
バツが悪そうに俯いてしまったハナに、罪悪感を覚える。
先程の薬品棚には、レシピ通りのジーデン根もあったのだ。
そちらを素直に使っておけば、ハナがこんなふうに怒られることもなかったのかもしれない。
きゅっと両手を握りしめていると、ジャックがぽんぽん、と肩を叩いてくれた。
「お前さんのせいじゃないぞ」と囁いてもらって、ぐっと唇を噛み締め小さく頷く。
そのままハナの元に歩いていってポーションを受け取ると、それをそのままクレアに手渡した。
「お嬢ちゃんが作った筋肉増強のポーションじゃ。ジーデンの根の代わりに、キリルの花の蜜を使っておる」
「あら、珍しいレシピで作ってるのね」
「お嬢ちゃんが独自で考案したらしい。ギルドに渡したりもしているらしいから大丈夫じゃと思うが、念のために鑑定してもらえんかの?」
「いいわよ、ちょっと待って……」
そう言って、クレアがポーションを両手で閉じ込め、目を閉じる。
ふわっと黄色い光が手を包み込み、儚く消えた。
その様子を全員が固唾を飲んで見守っていたが、クレアがぱちっと目を開け、ぴくりと眉を跳ね上げた。
「………すごいわね、これ」
「どうじゃった?」
「平均的な筋肉増強ポーションの、約4倍の数値が出てるわ」
「………え?」
クレアから出てきたとんでもない言葉に、シェリルだけでなく全員が言葉を失う。
そんなまさか。そんな思いで二の句が継げないシェリルに、クレアがくるりと視線を向けた。
「このポーション、このままのレシピで作って、ギルドに卸してたのよね?」
「はい、そうですけど……」
「その時の報酬は?」
「えっと…1ダース作って、1000リルくらいでしょうか……」
「…そう。そのギルドには後で問い合わせておくわ」
シェリルの言葉に、クレアの目がすっと細められる。
なんだか周辺の温度が急に冷えた気がして戸惑っていると、待ちきれないといった様子でハナがクレアに問いかけた。
「ねえねえ、隊長!飲んでも大丈夫なものなんですよね?」
「ええ、鑑定上は問題ないわ」
「じゃあ、誰かに試してもらいましょうよ!」
ね?というと、先ほどまでの空気を振り払うようにクレアが困ったような笑みを浮かべる。
了承の意だと捉えたハナがぱあっと顔を輝かせ、くるりと兵士たちに向き直った。
「じゃあ、マーク!マークが飲んでみてよ!」
「げっ、俺?」
「他に誰がいんのよ、ほら来てみてってば!」
ずんずんと兵士たちの群れに突っ込んでいくと、一人の小柄な兵士を連れて帰ってくる。
ブラウンの髪を短くカットして無造作にさらしている、かわいい顔をした兵士だった。
軍に入りたてなのか、そこまで筋肉がついているようには見えない。
背も、シェリルとウィリアムのちょうど中間くらいだろうか。決して、兵士たちの中では大きい方とは言えなかった。
「ほら、飲んで!」
ずいっとポーションを出され、マークと呼ばれた兵士は嫌々ながらも一気に瓶の中身を煽る。
ぎゅっと目を瞑っていた彼だが、飲み干して元の姿勢に戻ると、ポツリと「…甘い」と呟いた。
「甘い?」
「はい、甘いです。筋肉増強ポーションって、苦味が強くて苦手だったんですけど、これは甘くて全く苦くありません」
ウィリアムの問いかけに、マークはこくりと頷く。
すると、ウィリアムの視線がこちらに向いて、慌てて口を開いた。
「あ、あの。多分、煮出すときの温度と、最後に根の滓を濾したから、だと思います。アシンの葉っぱは高温で煮出すと苦味が出てくるんですが、50度くらいでじっくり煮出すと甘みがでます。あと、スーザの根自身にも苦味があるので、それを最後に濾してまして…」
「そんな工夫を、どうして?」
「以前ギルドで依頼を受けていたときに、苦すぎるってクレームがあったんです。なので、色々と調整して」
夢中で説明していたが、気づくと周囲にいた全員が感心したようにシェリルのほうを向いている。
その視線に耐えきれず、おどおどと下を向いてしまうと、ウィリアムがぽん、と背中を軽く叩いてくれた。
「———さて、問題は効果だな」




