無意識って怖いです
確かに、全員まとめて前線に出てしまうと、いざという時にアイテムが足らなくなったりする危険性があるなと、シェリルはどこか感心した様子でクレアの説明に耳を傾ける。
「調合専門の隊員たちは、主に魔力が少ないもので構成されているわね。戦いが長丁場になってくると、軍の物資補給部隊と組んで、必要なものを素早く届けてくれるわ」
「……長年調合部隊にいる者たちの作る回復系ポーションは、本当に上質だ。私は、彼らこそが真の後方支援部隊だと思っている」
「そんなに、すごい人たちなんですね………」
思わず呟いたシェリルに、クレアが誇らしげに笑みを深め、ウィリアムも大きく頷く。
……と、右前にある扉から、遠慮がちな声が聞こえてきた。
「………あのー…そんなふうに言われると、非常に照れるんですが…」
「あら。もう来てたのね、ハナ」
「隊長が14時集合って言ったんじゃないですかぁ!」
そう言いつつ扉から現れたのは、薄いグリーンの髪を短く切り揃えた女の子だった。
あまりに短髪なので、最初は男の子と間違えそうになったが、白衣の下に着ているのは確かに女物のスカートだ。
大きなチョコレート色の瞳とさくらんぼのような色をした唇が印象的で、にこにことした明るい笑顔は、どこかキアラを思い起こさせた。
「ちょうどよかった。シェリルちゃん、紹介するわね。彼女はハナ。さっき話していた調合専門部隊の一人よ」
「ハナでっす!よろしくね、シェリルちゃん」
抱えられたままのシェリルに不審な目を向けるでもなく、にっこりと笑いかけてくる。
ウィリアムの元に来るまではこんなに純粋な笑みを向けられることなどなかったからか、キアラにせよハナにせよ、こうした雰囲気には純粋に憧れてしまう。
できれば仲良くなりたい。同僚というだけでなく、お友達になりたい。
そう思って、勇気を出して口を開いたシェリルの声は、しかしそのまま発されることはなかった。
それよりももっと大きな声が、急に玄関の扉の向こうから聞こえ始めたからだ。
「あーもう、今日の訓練もキツいなー」
「やーほんとだよな、しかも最近暑くなってきたしよ」
「それな……おーい、誰かいるかー?」
そんな野太い声と共に建物に雪崩れ込んできたのは、これまで遠巻きに眺めていただけの兵士たちだ。
そう言えば、いつもならちょうど休憩時間に差し掛かる頃合いではないだろうか。
口調は元気そうではあるが、やはり剥き出しの腕や顔周りには傷跡も目立つ。
特に意識したつもりはなかったのに、逞しい体つきをした男性がこちらに向かってくる、というだけで、ひゅっと喉の奥から嫌な音がした。
知らず知らずのうちに両手を鳩尾のあたりでクロスし、自身の身体を丸めるように抱きしめ、ウィリアムの身体に隠れるように縮こまる。
その様子に気づいたウィリアムが、急に真剣な表情になると入ってきた兵士たちに向けて声を張り上げた。
「———全員、整列!!!」
腹の底から出ていることがわかる、ハリがあって力強い声。
突然の号令に一瞬戸惑いを見せた彼らだったが、すぐに彼らも真剣なものに変わり、瞬きする間に綺麗な列を作ってみせた。
何が起こったのかわからずぽかんとした表情を隠さないシェリルの頭上から、先ほどとは打って変わったような、いつもの落ち着いた低音が響く。
「……大丈夫。彼らは私の命令に絶対逆らわない、私の手足となる者たちだ。君を傷つけた奴らとは違う」
「あ………」
「少しばかり口が悪かったりはするが、ここに君を害する者は一人もいないと、私が約束しよう」
その柔らかい声に見上げると、驚くほど穏やかな顔でこちらを見下ろす男がそこにいた。
衒いなく話せるようになってからは、こうしたウィリアムの顔もちょくちょく目にすることがあったものの、こんな間近で見ることになるとは思わなくて、シェリルは大きく目を見開く。
同じように、これまで静かに整列していた兵士たちの中からも、どよめきの声が上がった。
「……えっ、あれ笑ってない?笑ってない?」
「マジか…すげーもん見た……」
「…破壊力エグ……」
「え、何これどういう状況?」
そんな彼らの会話の内容に、思わず見つめあってしまっていたシェリルがハッと我に返る。
ささっと素早く周囲を見渡せば、興味津々といった様子でこちらを覗き込む兵士たちとばっちり目が合ってしまった。
慌ててウィリアムの腕から降りようともがくが、シェリルの些細な抵抗など、ウィリアムには何の意味もない。
「あの、えっと、ウィリアム様………!」
「そんなに暴れるな、怖くないから」
何ならもう一度強く抱え直される羽目になってしまい、シェリルの顔はもう真っ赤だ。
初めに感じた恐怖心など今ではすっかり吹き飛んでしまい、ただただ恥ずかしさに両手で顔を覆うしかできなくなってしまった、シェリルなのだった。




