救護隊員のお仕事
「まあまあ、クレア。主はただ心配だっただけですよ」
「だから………」
「シェリルさんはあの暴行を受けてから、まだ一ヶ月でしょう。体格の良い男性は苦手かと思ったんですよ」
その言葉にシェリルもハッとする。
確かに、もし見知らぬ兵士が同じようにやってきたとしたら、シェリルは抱えてもらうこともできなかったかもしれない。
この一ヶ月、ウィリアムたちが心を砕いて接してくれていたおかげで恐怖を感じずにいられただけで、その他の兵士たちに怯えずにいられる自信は微塵もなかった。
同じくクレアも想像できずにいたのだろう、なおも言い募ろうと開いた口を閉じて目を閉じ、くしゃりと髪をかきあげる。
「………そうね、確かにその通りだわ。ごめんなさい、ウィル」
「問題ない。…部屋はそこか?」
素直に謝罪を口にしたクレアに一つ頷き、クレアの立つ場所の目の前にある扉を顎で示した。
そうだと頷いてそのまま扉を開けると、居心地の良さそうな部屋が目に飛び込んできた。
部屋の中まで入ると、ウィリアムがシェリルをベッド脇に座らせてくれる。
そのまま周囲を見渡して、シェリルは期待に胸を膨らませた。
今座っているシングルベッドのちょうど向かいに、先ほど入ってきた扉がある。
扉の右横には簡易キッチンがあって、湯を沸かすことくらいは自室でも十分できそうだ。
キッチンとベッドの間には、二人が向かい合って座れるくらいのダイニングテーブルが壁にくっつけるようにして設られている。
反対側の壁には衣服をしまうための棚と、細身の本棚。ベッドが置かれた方の壁には大きな窓があって、訓練場が大きく見渡せた。
「私の部屋が隣にあるから、何かあったらすぐにきて頂戴ね、シェリルちゃん」
「はい、頼りにしてます。クレアさん」
「シェリル。私は外に出ているから、クレアと荷物をしまうと良い。終わったら、みんなで一緒に救護隊室に行こう」
「ありがとうございます、ウィリアム様。急ぎますね」
このまま、ウィリアムはシェリルの新たな職場まで連れて行ってくれるらしい。
過分な気遣いに遠慮しそうになるが、やっぱりまだ階段は辛いし、職場に行くなら早い方が良いだろう。
ウィリアムも忙しいと聞いたばかりなので、せめて急ごうとベッドから立ち上がると、ウィリアムがシェリルの頭をぽん、と軽く叩いた。
「大丈夫だ。今日は時間がある。ゆっくり片付けてくれ」
そう言って部屋から出ていったウィリアムのためにも早く片付けなければ、と思って振り向くと、先ほどからずっと申し訳なさそうに眉尻を下げたクレアと目があった。
「本当にごめんなさいね、シェリルちゃん。私の配慮が足らなかったわ」
「いえ、そんな!私も言われて気づいたくらいですし」
「それなら良いけど…これから先、実際に仕事を始めれば嫌でも男たちとの交流は増えるの。しんどくなったら、すぐに教えてね」
「はい、ありがとうございます」
意識して笑みを深くすると、その顔にほっとしたようにクレアの肩から力が抜ける。
気にさせてしまったことが申し訳なく、だからこそシェリルは、殊更大きく声を上げて、シェリルに呼びかけた。
「さあ、早く片付けちゃいましょう、クレアさん!ウィリアム様をお待たせしちゃう!」
「ええ、そうね。………ありがとう、シェリルちゃん」
そう言ってくしゃりと髪を軽く撫でてもらい、てきぱきと荷物を片付けていく。
まあ、荷物と言ってもシェリルが持っているものといえば、助けてもらった日に身につけていたボロボロの洋服と腰に下げていたポーチ、そして屋敷に来てからウィリアムにもらった小さなプレゼント、そして今は移動に欠かせない杖くらいだ。
二人で取り掛かってしまえばあっという間で、5分もしないうちに荷物を詰めた鞄は空っぽになってしまった。
慌ただしく廊下に出て、戸締りをする。クレアから鍵を受け取ると、これからこの部屋が自分の住居になるのだという実感が湧いた。
きゅっと両手で鍵を握り締めていると、当然のようにウィリアムがシェリルの足元に跪き、シェリルを横抱きにして立ち上がる。
もはやその光景に誰も何の疑問も発しない。シェリルですら、もう当然のようにこの状況を受け入れてしまっている。
数十分前、元いた部屋を出るときにはあんなに狼狽えていたのに、慣れというのは恐ろしいものだ…と遠い目をしていると、その生ぬるい空気を断ち切るようにクレアが口を開いた。
「さて、と。それじゃあいよいよ、これからシェリルちゃんの職場になる場所に案内するわね」
寮の階段を降りてすぐの扉から外に出ると、すぐにその建物は見えた。
真っ白な石造りの建物は二階建てで、シンプルな四角柱の形をしている。
小ぶりな建物だと思っていたが、聞いたところ反対側には大きな倉庫が併設されているらしい。
いざというときのための備蓄品や回復アイテムなどの保管・管理も救護隊の業務なのだそうだ。
正面の中央にある大きな木製の扉を開けると、大きな吹き抜けの空間が見える。
そこから階段で二階に上がり、各部屋に繋がっている…という、内部も非常にシンプルな構造のようだった。
「救護隊は総勢72名。後方支援担当が32名、前衛支援担当が35名で、調合専門担当が2名。後は、それぞれリーダーとしてまとめてくれているメンバーが2名いて、さらに私が全体を統括しているの」
「調合専門担当、ですか?」
「そう。基本的に調合専門担当は、前線どころか戦いの場に出ることも滅多にない部署よ。軍と共に前線に向かうのではなく、戦いが長引いたときに備えてここで備蓄を増やしておくことに専念することになるわ」




