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ヘタレ領主とへっぽこヒーラーの恋  作者: 小鳥遊 ひなた
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私のことではないはずなのに




部屋を後にしたウィリアムは、シェリルを抱えたままぽつぽつとこれからのことについて説明してくれた。


これからシェリルの生活の基盤となる寮は、この屋敷を出てから左手側にある建物であるらしい。

訓練場を囲むように建てられた寮は2階建で、全部で3棟存在する。

シェリルが暮らすことになるのは、屋敷から最も近い場所に建つ一棟で、屋敷内の使用人たちも利用する女性専用寮のようだ。

圧倒的に男性の数が多いため、食堂や浴場などは女性寮の一階にあり、男性と共同で利用するようになっている。

実はマリーとキアラもこの女性寮を利用しているとのことで、落ち着いたらマリーとキアラに遊びにきてもらえるよう話しておくと約束してくれた。


そして、救護隊の主な勤務場所は、屋敷と寮にちょうど挟まれた場所に建つ小ぶりな建物だ。

訓練場を中心に、L字の形になるように建った屋敷と寮の間、角の部分に位置している。



「救護隊の主な業務は、訓練時に怪我をした兵士たちの対応と、遠征時に持っていく常備薬の生成。あとは、戦いのときに備えたヒール系魔術の訓練、だな」



言いながら、シェリルをぐっと抱え直したウィリアムが階段をゆっくりと降り始める。

恐る恐る覗いた階段は長く、なるほどこれは自分一人で降りるのは一日がかりだったかもしれないなと思いながら、大人しくウィリアムの身体に体重を預けた。

万が一にも落ちないよう、安定性が増すように抱え込んでくれているウィリアムの優しさが嬉しい。

ただ、そのためにウィリアムの匂いがぐっと増したような気がして、シェリルは赤くなる頬を冷ますように、両手でこっそり顔を仰いだ。

ウィリアムは日頃から訓練で汗をかいているからか、いつも洗い立ての石鹸の香りがする。

そこに貴族らしく控えめでシャープな香水の香りと、ウィリアム自身の匂いが混ざり合って、初めて体験するその匂いに、シェリルは胸が高鳴るのを感じていた。

他人どころか、家族ともこんなに密着した覚えのないシェリルは、感じたことのない動悸を誤魔化すように殊更明るい声でウィリアムに尋ねた。



「ま、魔術の訓練って、どんなことをするんですか?」

「色々だな。一般的には、救護隊に入った者はまず後方支援に回る。後方支援では、傷ついた兵士たちに安定して回復系魔術を使えるようになる必要があるから、効率的に魔力をやりくりする技術を磨いてもらう。魔術を安定して繰り出せるようになってくれば、今度は前衛支援として少し前に出てもらう。戦いの場に応じた支援魔法、防御魔法を展開してもらうことになる」

「支援と防御………」

「そうだ。タイミングよく敵からの攻撃を弾いたり、武器に特定の属性をつけたりする魔術を利用する。瞬発力や咄嗟の判断力が必要になるから、前衛に回ったものは訓練にも参加して、実際の戦いの中での動き方を学んでもらうようになるな」



今後の具体的な話を聞いて、きゅっと身が引き締まる思いがした。

唯一シェリルが出向いたことのある戦いといえば、先日見捨てられたパーティーでの経験しかない。

戦いの中で恐ろしい目にあったことはなかったが、いざ軍について討伐などに行けば、いくら後方支援と言っても絶対安全という訳ではないだろう。

いざという時、身を守ることができるのか。あの時のように、またいたぶられるのではないか。

少し力が入ってしまったのが伝わったのか、不安に顔を曇らせるシェリルの顔を覗き込んできたウィリアムが、ぐっと眉を寄せた。



「………嫌になったか?」

「いいえ、そういう訳では……ただ、自分にそんなこと、できるのかな、って」

「安心しろ。後方支援は戦いの要だ。何があろうと、私が守ってみせる」



階段を降りきったウィリアムが、安心させるようにシェリルを抱えたまま背中を撫でる。

別に自分を守ると言われた訳ではないのに、いつでも守ってもらえるような勇気を分けてもらえた気がして、胸がいっぱいになったそのまま、シェリルはこくりと頷いた。



そのままオリバーが開いてくれた大きな扉をくぐって久しぶりに外に出る。

心地よい日差しを浴びながら、シェリルたちは歩いて10分ほどのところに建つ女性寮へと向かった。




日中だからなのか、女性寮には人影が見当たらなかった。

物珍しさにきょろきょろと辺りを見回していると、前方から聞き慣れた声がかけられる。



「こんにちは、シェリルちゃん。調子はどう?」

「クレアさん!こんにちは」

「………で?このお節介は一体ここで何をしてるのかしら?」



にこにことした笑みを崩すことなく、クレアがウィリアムに視線を向ける。

バツが悪そうに視線を逸らすウィリアムを不思議に思っていると、それを許さないクレアがさらに言い募った。



「シェリルちゃんの迎えには、他の兵士を向かわせたはずよ?どうしてあなたが抱えてくるの、ウィル」

「えっ?」



その言葉に、シェリルが慌てて振り返る。

気まずそうなウィリアムはそれでもまだ、シェリルを抱えたままだ。

どうすれば良いのかわからず二人を交互に見比べていると、深いため息を吐き出してウィリアムがぼそりと呟いた。



「………シェリルにはまだ階段は早い。用意されていた兵士は新米とは言えガタイの良い男だ。シェリルには早い」

「ふーん、だから()()()()()()()()()あなたが()()()()()()連れてきた、と。この一番忙しい時間帯に」

「………………………」



嫌味たっぷりに言い返すクレアの言葉にも開き直ったのか、ウィリアムがだんまりを決め込んでしまった。

いよいよどうすれば良いかわからなくなったシェリルが口を開こうとすると、堪えきれず噴き出したオリバーが、笑い声を隠そうともせず二人の間に割り込んだ。







最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


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それではまた明日、お会いしましょーう!




今後も何卒よろしくお願いいたしますm(_ _)m

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