封印したはずの心(ウィリアム視点)
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本日、ちょっと長めです。
アラサー男がもだもだしているのが好きすぎて、力入りすぎましたorz
『また、見舞いに来ても良いだろうか』
そう口にしたときのシェリルの顔が、脳裏にちらついて離れない。
もう何度目かもわからないため息を吐いて、ぐしゃぐしゃと髪を乱すと、自室のソファにどっかりと座り込んだ。
(———本当はあんなこと、口にするつもりはなかったのに)
初日にぽつぽつと語られた言葉の端々から、これまであまり良い思いをしてこなかったのだろうということは十分察せられた。
仲間だったはずの人間に裏切られ、恐ろしい思いをした心優しい少女。
あんなにか細い身体なのに見捨てられ、両脚を折られて、助け出したときには右頬も赤黒く腫れ上がっていた。
治療のためにこの屋敷にいる間くらい、ゆっくりと療養してくれれば良い。
それはもしかしたら、自分の過去の傷を癒すための手段だったのかもしれない。
かつて自分の母親が受けた、周囲からの理不尽な扱い。
母親が目の前で死んでいくのを、何もできず見つめていることしかできなかった自分を慰める行為だと言われれば、頷くしかないだろう。
それでも、見捨てることなど到底できなかった。
ただ、男の理不尽な暴力に晒されたシェリルにとって、自分の姿はきっと畏怖の対象になるに違いない。
だからこそ、ウィリアムはこの一週間、一度もシェリルの元を訪れることができなかったのだ。
しかし、その思いとは裏腹に、自身の身体は正直だ。
使用人たちがシェリルの話をしていれば、仕事や合間でも無意識に耳を傾けてしまったし、訓練中に視線を感じれば、何をしているのだろうかと気もそぞろになることだって少なくなかった。
むさ苦しい男たちが汗水垂らして訓練しているところなど、嫌悪感を抱く対象にしかならないだろうに……。
そこまで考えて、彼女が他に何もすることがないのだ、という事実にようやく思い至る。
慌てて最初に彼女に贈ったのは、訓練場の周辺に咲いていたエキナセアの花だった。
時間帯はもう夕暮れに差し掛かっていたから街に降りることはできないし、何よりこの時期になると辺り一面を埋め尽くすピンクの花は、季節を感じるのにちょうど良いのではないかと思ったからだ。
(………あの少女に、この花はよく似合うだろう)
そうして始めた贈り物は、ウィリアムにとって小さな楽しみの一つとなった。
毎日仕事と訓練に明け暮れていた自分にとって、誰かのために何かを選ぶという行為は、殺伐とした気持ちをほぐすのにちょうど良い時間に変わる。
ただ一つ気に掛かるのが、それらの贈り物が彼女にとって、心安らぐものになっているのかどうか、だった。
シェリルにつけた侍女やオリバーの話から、ウィリアムの贈り物に関する話は一切出てこない。
喜んでくれているのか。迷惑ではないか。もしかして、嫌がられているかもしれない。
そう考え始めてしまったら、もう居ても立ってもいられなかった。
気づけば、彼女の部屋の扉を開いてしまっていたのだ。
一週間ぶりに近くで見たシェリルは、最初にこの屋敷に来たときよりも幾分ふっくらとして見えた。
元が枯れ木のようにやせ細ってしまっていたのだ、今でも全然足りないくらいだとは思うが、予想よりも元気そうにしていることがわかって、ほっと胸を撫で下ろす。
最初にこちらの姿を見た瞬間、少し身体がこわばったのがわかった。
それでも気丈に笑みを見せてくれたことに、安堵さえ覚える。
会話ができるくらいには、警戒心を解いてくれているのだということがわかると、今度は彼女の様子が気になって仕方がない。
思わず眉間にしわが寄っていることに気づきもせず、彼女の様子を窺っていると、シェリルが唐突に頭を下げた。
「………毎日、いろんなものを用意してくださって、ありがとうございます。私には過分なものばかりで、心苦しくて…」
「……迷惑だったか?」
「い、いえ!そういう訳では……!」
「毎日、外ばかり見ていては飽きるだろうと思ったのだが…」
「………え?」
やはり迷惑だったのだろうかと落ち込みそうになるが、どうやらそうではなかったらしい。
「本当に迷惑なんて思ってないです。今日いただいたお菓子も、とてもおいしかったです」
「……本当か?」
「本当に、本当です」
そう言って必死に言い募る彼女の様子が、まるで子リスか何かのように見えて。
(………かわいい)
ついそんなことを感じてしまう自分を、止めることができなかった。
屋敷の近隣に暮らしている住民にとって、ウィリアムの存在は脅威でしかない。
後継争いに巻き込まれた母親が亡くなった翌日、最愛の女を殺したとして、父である魔族の王は報復として相手の一家を全員亡き者にした。
その事実は領地内だけでなく国内全体に大きな衝撃をもたらし、『ウィリアム・キーストンに近づくと殺される』という根も葉もない噂が大々的に広められた。
当時はそんな噂などどうでも良いほど打ちのめされていたということもあり全く興味がなかったが、次第に領民たちが一様に自分に怯えている事実に気付かされる。
それまで母と街に行けば、一緒に遊んでくれていた友人も、気さくに声をかけてくれていた大人たちも、皆ウィリアムに背を向け、心無い言葉をぶつけるようになっていたのだ。
『魔族の血を引いているだなんて、恐ろしい』
『きっと母親が殺されたのを恨んで、魔族を操って殺させたんだ』
『あんなに小さいのに、やっぱり魔族は血も涙もない』
前辺境伯亡き後、屋敷に残ってくれたのは何代にも渡ってキーストン家に仕えてくれていたオリバーやクレアたちだけ。
あとは、彼らの両親がつてを頼ってかき集めてくれた、新たな使用人たちだけだった。
新たに来てくれた使用人たちも、今でこそ何の衒いもなく仕えてくれるようにはなっていたが、最初の頃の怯えようはひどいものだった。
そんなだから、この屋敷には未だに女性が極端に少ない。
魔族の血を引いているというのは、もう変えられない事実だ。
しかし、だからといってむやみやたらと人間を襲うわけではもちろんないし、むしろその血のおかげで、戦に向いた身体を持って生まれることができた。
魔族の血を引いている以上、同じ血が流れる魔族を倒すということに何も感じないわけではないが、それでもウィリアム自身は、自分のことを人間だと思っている。
だから、同じ人間である領民に対して魔族が牙を剥くのであれば、自分が持てる全ての力でそれを打ち払うのみ。
そう思っていても、やっぱり虚しさを感じずにいられるわけではない。
途方もない孤独を感じる夜だって数えきれないほど経験した。
そんなウィリアムに向かって、シェリルはあっさりと言ってのけたのだ。
『尊敬している』、と。
「日々努力してくださっているから、今の平和があるんですよね」
「中でも、辺境伯様が一番厳しい訓練をしてたように見えました。だから他の皆さんも、辺境伯様に負けないように頑張ってるんだなって」
母親がいなくなってしまってから、ウィリアムにそんなことを言ってくれる人は誰もいなかった。
いや、かつて一人だけ、同じようなことを言ってくれた女性はいたが、それもただのまやかしだった。
あの日以来、もう女性は信じないと決めてここまでやってきたのに。
唐突に、いとも簡単に差し出されたやわらかく温かい言葉に、今まで自分がどれだけそうした言葉に飢えていたかを思い知らされる。
———あの言葉を、信じてもいいんだろうか。
(信じたって、どうせまた裏切られるだけなのに?)
———でも、彼女は自分のことを何も知らないはずだ。
(どうして、そう断言できる?)
———でも、だって、あの子は。
葛藤の中、自分が無意識にシェリルを擁護したがっていることに気づいてしまう。
それはかつて封印したはずの、自分の心の一番やわらかい部分に彼女を迎え入れたいと願う衝動だ。
「…………参った……」
また盛大にため息を吐いたウィリアムは、久々に眠れぬ一夜を過ごすことになったのだった。
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