尊敬します!
「………少し、いいか?」
楽しいティータイムが終わり、再びシェリルが窓の外に視線を向けていると、控えめなノック音の後にウィリアムとオリバーが入ってきた。
つい、きゅっと体に力が入ってしまったが、先ほどマリーから聞いたばかりの話を思い出し、知らず詰めていた息をゆっくり吐き出す。
そうして、意識してにっこり笑みを浮かべ、頭を下げた。
「調子はどうだろうか」
「はい、おかげさまでかなり良くなりました。足はまだ動きませんが……」
「足のことは気にしなくて良い。骨が折れているんだ、動かなくて当たり前だろう」
「はい、それで、あの………」
ちらりとウィリアムの方を見上げると、相変わらず眉間にぐっとしわが寄せられている。
萎縮しそうになる心を奮い立たせ、もう一度ウィリアムにしっかりと頭を下げた。
「………毎日、いろんなものを用意してくださって、ありがとうございます。私には過分なものばかりで、心苦しくて…」
「……迷惑だったか?」
「い、いえ!そういう訳では……!」
「毎日、外ばかり見ていては飽きるだろうと思ったのだが…」
「………え?」
思いもよらない言葉に、下げていた頭をぱっと上げる。
(どうして、外を見ていたことを知ってるの……?)
ぽかんと口を開けていると、シェリルが考えていることがわかったのか、くつくつと笑いをこぼしながらオリバーが口を開いた。
「シェリルさん。主は人の気配に敏感でして。おそらく、視線が向けられているのがわかったんだと思いますよ」
「えっ!?」
(あんな遠くから、視線に気づいたってこと?)
驚きに目を見開いていると、さっとウィリアムが口元を手で覆った。
視線を逸らしているが、その目元が少し赤らんでいるのを見て、まさか図星だったのだろうかともう一度驚いてしまった。
「……わざわざ、面白くもないものを見なくても済むようにと、だな…」
「でしたらご本人にそうおっしゃってください。シェリルさんも迷惑がっていたと、侍女から報告が上がっていましたよ」
「…………む、」
遠慮のないオリバーの言葉に、眉間のしわが深くなる。
不機嫌そうなその表情に、慌ててシェリルは両手をぱたぱたとふり、口を開いた。
「め、迷惑だなんてそんな!違います、ちょっとびっくりしただけで……!」
「いいんですよ、シェリルさん。こういうことははっきり伝えないと」
「……すまない…」
「だから、違うんです……!!」
明らかに面白がっているオリバーに、少しだけ恨みがましい視線を向けると、オリバーはそしらぬ顔で目を逸らす。
はあ、とため息を吐いて、ウィリアムに向き直った。
「本当に迷惑なんて思ってないです。今日いただいたお菓子も、とてもおいしかったです」
「……本当か?」
「本当に、本当です」
もう一度念を押すように伝えると、ようやくしわが少し薄くなった。
そのことにシェリルもほっと肩の力を抜く。
その場の空気が少し和やかなものに変わった気がして、もしかしたらオリバーはわざと、先ほどシェリルのことをからかってきたのかもしれないと思い直した。
自分の中でも、最初に身構えてしまったのがおかしくなるくらい、力が抜けているのがわかる。
「それに、面白くないなんてことはないですよ。むしろ、尊敬してしまいます」
「尊敬、だと?」
「はい。ああやって日々努力してくださっているから、今の平和があるんですよね」
辺境伯家が所有する軍隊が、隣国や魔族の脅威から国民を守っているのだという話は、兵士たちの訓練風景を眺めていたシェリルにマリーが話して聞かせてくれた。
小さな村や街の様子しか見たことのないシェリルにとって、魔族との戦いは先日の事件があった日が初めてだった。
それまでは遠目に魔族の姿を見るくらいしかなく、戦闘の際は後方支援組だったとはいえ、足が竦んだのを覚えている。
だからこそ、日々そんな相手と戦っている彼らには、尊敬の念しか湧かない。
「中でも、辺境伯様が一番厳しい訓練をしてたように見えました。だから他の皆さんも、辺境伯様に負けないように頑張ってるんだなって」
そう伝えると、ウィリアムは少しだけ目を見開き、その後ウロウロと視線を彷徨わせてから僅かに口元を歪ませた。
後ろに控えているオリバーも、誇らしげに笑みを浮かべている。
「……退屈していないなら、良かった」
「はい。私も、何かお役に立てれば良いんですが……」
「今はそんなこと考える必要はありませんよ、シェリルさん。まずは元気になることだと、クレアからも言われているでしょう?」
オリバーの言葉に、しゅんとシェリルが肩を落とす。
すると、ふいに目の前の影がこちらに近づき、シェリルに手を伸ばした。
そのままくしゃりと頭を撫でられて、つ、と視線を上に向ける。
そこには、視線があった瞬間にハッとした様子で手を引っ込めた、ウィリアムの真っ赤な顔があった。
「あ……いや、あの、すまない………」
「………辺境伯、様?」
どうしたんだろうと顔を覗き込もうとしたが、なぜかくるりと背を向けられてしまった。
困ってしまってオリバーを見やるが、にやにやとした表情のままだ。
どうしようかと視線を彷徨わせていると、ようやくこちらに向き直ってくれた。
しかしその顔は大きな掌で覆われてしまって、表情を窺い知ることはできない。
「……悪い、そろそろ仕事に戻る」
「は、はい……あの、」
「また」
「……え?」
「…………また、見舞いに来ても良いだろうか」
「……っ、はい!楽しみにしてます」
それでも、最後にかけてくれた言葉がとても嬉しかったから。
シェリルは、初めて心の底からの笑顔で、そう答えたのだった。
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