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迷子のアイリス  作者: 豆内もず
第三話 期末考査、薄雲が広がる。 
15/35

15.栢森あやめは埃を掴む

「どうだった⁉︎」

 最終科目のテストが終わり放課後になった。いつも通り屋上前で待っていると、言葉と同時に栢森が姿を現した。

 普段より荒々しい足取りに慄きつつ、俺は彼女に指を向ける。

「やれることはやった。後は天命を待つのみだよ」

「へえ。珍しく強気じゃない」

「ここでは本心を吐くってルールだろ」

 最上部まで踊るように足を進めていた栢森は、わかりやすく目を丸くした。

 自分でルールを追加しておいて意外そうな顔をするとは、今日も栢森はややこしい。

「そうだったわね。あの時の安堵、かなり終わった顔をしてたから、覚えていないと思っていたわ」

「終わった顔……?」

「目は風船のように晴れ上がり、口の端は柳のように垂れ下がり、汗で張り付いた前髪が」

「勘弁してください」

 遮るように頭を下げた俺に、栢森の笑い声が降ってくる。風情のある表現で外見を罵倒されてしまった。いくら風邪をひいていようと、そこまで酷い顔はしていなかったはずだ。

 顔を上げると、いつも通り口角を上げた栢森の表情が映った。

「でもまあ、回復してよかったじゃない」

「そうだな。どれもこれも栢森のおかげだよ。ありがとう」

「ふふん!」

 結局のところここに帰結するのが、俺たちのやりとりなのである。

 堂々と腕を組んだ彼女を見たところ、まだ褒め言葉を欲しているようだ。俺は近くを漂っていた埃の塊を払いながら口を開いた。

「栢森は?」

「もちろん私も絶大な手ごたえがあるわ! 天命すらも私の意のままよ!」

「凄いな。結果が返ってきたかのような迫力」

「今回も素晴らしい成績を残してしまったわ」

 やはり結果が返ってきたような言葉を栢森は言い放った。いくら自信があるとはいえ、ここまで豪語出来る姿勢には素直に感心してしまう。

 意気揚々な栢森は、堂々とした姿勢を崩さず足を組んだ。どうやらまだ帰る気がないらしい。

 俺は階段に腰を預け、大きく腕を伸ばした。

「テスト返却が終われば、後は夏休みを待つだけだな」

「そうね」

「夏休みの予定は?」

「アルバイトが中心よ。休みだろうが何だろうが、やることに変わりはないわ」

「そっか。相変わらず忙しいんだな」

 普段から忙しなく動いている栢森のことだから、ほぼ予想通りの返答だった。クラス全体がテスト終了と同時に浮かれた様子になっていたのに、彼女からはそういう雰囲気が漂ってこない。

 陽がほとんど差し込まないおかげか、屋上前にはひんやりとした空気が漂っている。それでも夏は、すぐ目の前まで迫ってきている。

 ぼんやりと夏休みに思いを馳せ始めたところで、栢森が言葉を放った。

「安堵は? どこかに行ったりするの?」

「うーん。特にないなぁ」

「寂しい青春ね」

 栢森は呆れたようにふっと息を吐いた。お前だってアルバイトを増やすだけだろう、と言い返してやろうと思ったが、言い返したところで俺の青春が寂しいものである事実に変わりはない。

 クラスメイトはほぼ部活で出払ってしまうし、とにかく遊び相手がいない。これは中学時代の友人にも同様のことが言える。

 帰宅部でそれなりに交流があるのは、目の前のツインテールくらいなもので、本来学校にいる時間帯が、夏休み期間中丸々空き時間になってしまうのだ。

 栢森様にあやかって、アルバイトでも始めるか。そんなことを考えながら、俺はぼんやりと口が開いた。

「アルバイトって毎日あるわけじゃないよな?」

「当たり前でしょ。ワーカホリックに見えるの?」

「じゃあ空いてる日、どこかに遊びに行こうぜ」

 埃のように浮かんだ俺の言葉を掴み、栢森はきょとんと目を丸くした。

「どうして私があんたと遊びに行かないといけないの?」

「どうしてって言われると……」

 理由は特にないけれど。友人を遊びに誘うことに理由が必要とは、生き辛い世の中になってしまった。

 急に温度が上がったように、ぶわりと汗が吹き出してくる。

 どうやら栢森との距離感を測り損ねたようだ。ここに集まるようになって、長期休暇の一日くらい遊びに行ける仲になったと思っていたのは俺だけだったらしい。ああ恥ずかしい。

 気まずさが許容量を超え、俺は逃げるように言葉を吐いた。

「栢森と遊んだとなれば、良い思い出になるなと思ったんだよ。青春が枯渇している夏休みに、栢森という栄養を一滴垂らしたかったんだ」

「くさっ! さすがにくさいわ! それはもう褒めではなく毒よ!」

「言いすぎだろ。泣くぞ」

「私も恐怖で泣きそうよ」

 本気で泣きたくなってきた。照れ隠しで発した言葉が、より深い恥ずかしさを産んでしまった。これ以上の摂取は致死量だ。

 俺は上がった体温の全てを溜息に込めた。 

「はぁ。俺もアルバイトを始めようかな。栢森に断られて暇だし」

「えっ、ちょっと待ちなさいよ。断ってはいないわ」

 皮肉のこもった言葉を受けた栢森は、人差し指を真っ直ぐこちらに向けた。俺はたまらず首を傾げる。

「断ってはいないと?」

「理由を聞いただけよ。遊びに行くくらい、いいわよ別に。きっもい理由も聞けたしね」

「きっもいが余計すぎる!」

 おまけで言えば態度がややこしすぎる。良いなら良いと言ってから理由を聞いてくれれば良いじゃないか。無駄な恥をかかされた気分だ。

 俺のリアクションに満足げな栢森は、ふんぞり返って腕を組んだ。

「ただし、誘い方の訂正を求めるわ。遊びに行こうぜ、じゃなくて、遊んでください、でしょう? あやめ様の貴重な休日を消費するわけなんだから」

「はいはい。遊んでください」

「うーん。なんだか言わされた感がすごいけれど、良しとしましょう」

 実際言わされたわけだからな。反論よりホッとした感情が勝ってしまった俺は、頬に落ちた汗を肩口で拭った。

 少しの間悦に浸り続けていた栢森は、鞄を担いで階段を下った。

「そろそろ帰るわ! 予定調整はテスト結果が返ってきた後でいいわよね?」

「おう。気を付けてな」

「あんたもやりたいことを考えておきなさいよ!」

 声だけを残し、栢森は超特急で階段を降りていった。残響を身に浴びながら、俺は鞄から文庫を取り出す。

 珍しく褒め切る前に帰っていったな。よほど嬉しいことがあったのか。多分それほどにまでテストの出来が良かったのだろう。そうに違いない。

 そんなことを考えページをめくり、俺はぼうっとレジャー施設に思いを巡らせた。

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