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落ちる音。

作者: 豆々駄

 22歳。実家暮らし。

 家には祖母、母、妹がいる。

 弟は大学生だから今は一人暮らしをしていて、父は1年前に他界した。

 いい死に方ではなかった。


 私は元々実家に戻るつもりはなかった。

 意地悪な祖母に毎日嫌味を言われるのが嫌だった。

 けれど母も祖母の嫌味に限界を感じていたようだったから、母を支えるためにも実家に戻った。


 結婚資金を貯められればいいかと、そんな風に思っていた。




 実家に戻ったのは3年前。

 専門学校を卒業と同時に戻って来たのだが、はじめは本当にキツかった。

 まず環境の変化に弱い私は初めての職場で軽い鬱状態になり、眠れない日が続いた。


 金縛りとはああいうことをいうのか。

 ある日、寝ている時に何者かに足を掴まれた感覚がしたのだ。

 驚いて目を覚ましたが体は動かない。

 怖くて怖くて仕方がなかった。

 しかしどういうわけか、私は再び眠りに落ちた。

 次の日の朝、起きて目に入ったのは足元にあるいくつかの段ボール。

 引っ越しのためにまとめたものばかりだが、その中に雛人形の入った箱があった。


 時は4月。

 いつもなら押し入れにしまってあるはずのそれ。

 どうやら今年は面倒になって押し入れまで運ばなかったらしい。

 私は母に文句を言った。

 本来それは母の部屋にあるはずのものだから。


 母は平謝りをしてその日の内に段ボールを片付けていた。




 私は幼い頃から妄想癖というか、恐怖心が強い節があった。

「兜が踊っている」だとか、「お面が笑った」だとか、そんなことを訴えながら夜に親を起こしたことも多い。

 雛人形などの人形も怖くて苦手だった。

 手に持った時の重量感がやけに気持ちが悪かった。

 2階に上がるのも怖く、1人で上がれるようになったのは高校生になってからだ。

 もしかしたらその頃からストレスに弱かったのかもしれない。

 金縛りも一種のストレスだろう。




 不眠気味になった他にも、実家に帰ってきたため夕食当番を任されたり、休日に部屋で過ごしていたら祖母に嫌味を言われたりと落ち着かない日が続いた。




 ようやく落ち着いたのは半年が過ぎた頃。

 仕事にも慣れ、夕食当番も苦じゃなくなった。

 祖母の嫌味は流せる程度になったが、まあ、認知が進んで少し面倒にはなった。


 次の年、父が死んだ。

 自殺だった。

 元々父とは良好な関係ではなかったから日常に支障はでなかったが、多少落ち込んだ。

 また眠れない日が続いた。




 そして今。

 私はなんとなく落ち着いた日を過ごしている。

 妹は高校生。

 夕食作りの手伝いもしてくれるできた妹だ。


 時は9月。お彼岸だ。

 この歳になるまで彼岸のルールをあまりよく理解していなかったが、1週間ほど仏壇にご飯を供えなければいけないらしい。

 仏壇に飾ってある写真は2枚。

 祖父と父。

 祖父は私が生まれる前に亡くなっている。

 過労だったそうだ。

 私は作った夕食を仏壇にあげて手を合わせた。


 今日の夕飯はカレーです。どうぞ食べてください。


 そんなことを胸の内で囁きながら。


 仏壇にご飯をあげれば次は私の夕飯だ。

 テーブルに作ったカレーを並べて皆を呼ぶ。

 テレビをつけながらの夕飯は少し賑やかだ。


 不意に妹が携帯を取り出した。

 心霊探知機なるアプリを開いて私に見せる。


「ねぇね、これ知ってる?磁気とかに反応するらしいよ」


 ニマニマとしながらそう言う妹に母が反応する。


「あら。今はお彼岸だからよく反応するんじゃない?おじいちゃんもお父さんもちゃんと帰ってきていればいいけど」


 妹は携帯をふらふらと辺りに向けながら、「どうだろねぇ」

 と言った。

 方位磁石のような画面がチカチカと光る。

 霊がいると高い数値が表示されるらしい。


「んっとねぇ、あ!お母さんのとこ反応強いよ!」

「それって人間に反応してんじゃないの?」

「んーん。だってお姉ちゃんには反応しないもん」

「じゃあ、お母さん死んでるってこと?」

「ちがうよ。お父さんが降臨してるんでしょ、きっと」


 カラカラと笑いながら携帯を向ける妹に母が「やだぁ」と言って少し困ったように笑う。

 なんだかんだ父を好いていた母はそれでも嬉しいらしい。

 祖母は「くだらない」と一蹴したが、そんな祖母にも妹は「おじいちゃんも帰ってきてるかもよ?」と口を添えた。


「あら。帰って来てるの?」

「わからない。でも全体的に数値は高いよ?」

「そうなの。なら、帰ってきているのかもね」

「お父さん、おじいちゃんおかえりー」


 妹に倣って母も「おかえり」と言った。

 数値は変わらない。


「これで数値上がったら怖いけどね」

「たしかに」


 私がそう言えば妹は同調してカラカラ笑った。




 夕食を終えて、洗濯物を片付けて。

 お風呂に入って携帯を触って。




 妹は早々自分の部屋に戻って寝てしまった。

 時刻は1時。

 私も早く寝なければいけないが、洗い物が終わっていない。


「はぁ。めんど」


 そう呟きながら洗い物を始めた。

 いつもなら妹が2時くらいまで起きていて話し相手になってくれるのだが、今日は耳をつんざくほどの静寂が流れている。

 うちってこんなに静かだっけって思いながらも洗い物を進めた。


 そんな中。

 不意に、目の前でドンッと鈍い音がした。

 目の前にあるのは4人掛けのテーブル。

 現在食事は和室でとっているから、テーブルの上には物が散乱している。

 何か落ちたのかと思い覗き込むが床には何もない。


 気のせいかと思い洗い物の手を再開させると、再びドンッと同じ音がした。

 何も落ちていない。


 築20年。

 過去に大きい地震も体験しているこの家はラップ音が絶えない。

 その類か。


 そう思った私は洗い物をさっさと終わらせて2階に上がった。

 階段を登り終えてすぐ。


 ドンッ。


 背後で音がした。


 今日はやけに音がするなぁ、と。

 呑気に考えながら部屋に入って横になった。

 毛布に包まりながらふと思う。


 あれ。これって。…居る?


 スッと血の気が引く。

 あろうことか、私は扉に背を向けて寝ていた。

 そちらを振り向く勇気はない。

 はじめはリビングで音がして、次が階段。

 じゃあ、今は…?


 バクバクと心臓が暴れ出した。


 嘘嘘。誰もいない。

 思い込み。

 これも妄想癖。

 だってさっきのはラップ音だ。

 重たい音がすることもあるはず。


 ドンッ。


 また。


 音がした。


 呼吸を止める。

 音がしたのは扉の横のクローゼット。


 来た?

 なんで?

 なんで??


 脂汗が滲む。

 なんだか体が重くなってきた気がした。


 寝よう。寝よう。寝よう。


 呪文のように繰り返して強く目を瞑る。

 フッと、耳を触られた気配がした。

 私はそこで眠りに落ちた。




 *




 翌日。

 私は昨日の出来事を母と妹に話した。

 母は思い出したように言った。


「ああ、そういえば。今、お姉ちゃんが使ってる部屋、昔お父さんが使ってたんだよね」

「え?」

「今はお姉ちゃんでしょ?」

「その前が私で、その前がお兄ちゃんでしょ?」


 妹がそう言えば、母は「そうそう。その前がお父さんだったの」と言った。


「お父さん、やっぱり帰って来てたのね」


 なんてほのぼの言うから私は全力で首を振った。


「いやいやいや、本当に怖いからやめて!そういうこと言うの!お父さんもお父さんだよ!私が怖がりなの知らないのかな??」


 怖い。たしかに怖い。

 けれど、どこかで見守ってくれているという事実に少しだけ胸が熱くなる。

 必死の形相で言う私を妹がジッと見つめる。

 そして僅かに口を開いた。


「そういえばさ、お姉ちゃんの部屋からよく足音するよ」

「え…?」


 なにそれ。知らないんですけど。


 あっけらかんと言う妹に冷や汗が滲む。

 私、今怖かったって言ったばかりだよね?


「いやね。お姉ちゃんがいない時に足音するの。ほら、お姉ちゃんがよく足バタバタさせてる時みたいな。で、あれいたっけ?って思うんだけど、お姉ちゃんいないんだよね」

「ねーぇ!やめてよ!怖いじゃん!」

「だって音するんだもん。だからわたし、お姉ちゃんの部屋行くのやなんだよね。ほら、たまにお姉ちゃん本屋行った時に家にある漫画本確認してって言うじゃん?」


 私の部屋には1000を超える漫画本がある。

 本屋に行くたびに最新刊が出ているため買うのだが、メモをしていないから妹に確認を頼むことが多々あった。


「本探してる最中も音するからやなんだよね」

「なんで私がいない時に音するのに、あんたがいても音するのよ」

「知らないよ、そんなの。クローゼットからドンッて音がするんだよ」

「えっ?やっぱりクローゼット?」

「うん」


 何故クローゼットなのだろうか。

 お父さんは某人気アニメキャラクターのように押し入れで寝ていたのだろうか。

 それともクローゼットに何か思い入れでもあったのだろうか。


「でも変ね。お父さんがあの部屋使ってたのなんて、10年以上前なのに」

「たしかに。なんであの部屋なんだろ」


 結局結論は出ないまま、話は終わった。

 しかし結論は出なくとも私の部屋は変わらない。

 私は今日もあの部屋で寝なければいけない。


 憂鬱だ。


 夜。

 私は案外あっさり部屋に入って布団に横になった。

 電気を消してしばらくすればやはりクローゼットから音がする。

 しかし昨日とは違って軽いラップ音のようなものだ。


 もしかしてクローゼットの中に物を入れ過ぎて軋んでいるのかもしれない。

 そういえば最近つっかえ棒に何枚も服をかけた。


 不意にそう思った私は布団から出てクローゼットを開けた。

 かけている服の枚数を減らせばいい。

 そう思った。


 しかし、


「あれ…なんで…」


 つっかえ棒の下、服に埋もれるようにして置かれていたのは雛人形の入った段ボール。

 それを認識した途端、私の脳内にある映像が広がる。


 私は。小さい時、私は。

 雛人形を飾ろうと皆で2階の押し入れから1階の和室へ物を運んでいた。

 私は母から渡された雛人形を両手で受け取り、やっぱり気持ち悪いなと思って。

 それで、それで…。


 私は持つのが嫌で1階で降りる最中に…




 落とした…?




 ドンッ、と。音がした。

 クローゼットの中。

 段ボール。




 お父さんじゃなかった。




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