斜め上に返しましょう
それからしばらくして、キャロル嬢が一人で我が家にやって来た。
本日は私とシンディとキャロル嬢の3人でのお茶会という名のイチャイチャを見せつける会だ。
「こうやってお話するのは初めてですね、キャロル嬢」
「そうですね。その……お2人がそこまで仲が良いとは知りませんでした」
私とシンディは隣り合っており、手を握った状態でキャロル嬢と普通に会話をしていた。
キャロル嬢は私達の手にチラチラと目線を向け、あまりのイチャイチャに面食らっているのが伝わってきている。
勿論、ふざけてこんなことをしているわけではない。
これはキャロル嬢にアンドリュー殿下の即位を諦めるよう進言して貰う為にしているのだ。
つまり、作戦はこうだ。
シンディは元々王妃候補だった。しかし、王子でも何でもない俺と結婚したことでその道は断たれた。が、むしろそのお陰でこれだけ幸せになっている。
対してキャロル嬢は現在王妃候補となっている。アンドリュー殿下と両想いになって幸せなはずなのに、新婚夫婦のところに押しかけ居候しようとするくらいには追い詰められている。不幸だ。
だが、アンドリュー殿下が王子でなくなれば、ただのアンドリュー殿下の妻となれれば幸せになれるかもしれない!
という考えを刷り込ませるのだ!
キャロル嬢だって女として幸せになりたいはずだ。わざわざ慣れない王妃教育を受ける必要もない。
むしろキャロル嬢を愛しているのなら、アンドリュー殿下はキャロル嬢が王妃教育を受けないで良いよう継承権を破棄すれば良いだろう。
キャロル嬢がアンドリュー殿下に王妃になりたくない。王子なんて辞めて2人で幸せに暮らそう。と進言してくれれば大団円!
誰も不幸にならない最高の結末だ。
……あ、王妃様は除いて。
その為に過剰と言えるほど、シンディに今がどれだけ幸せか、アンドリュー殿下の婚約者の座を代わって俺と結婚させてくれたことをどれだけ感謝しているかを告げて貰った。
俺も俺でアンドリュー殿下はこれだけ愛らしいシンディよりもキャロル嬢を選ぶ程、アンドリュー殿下にキャロル嬢は愛されている。羨ましいことだ。いや、俺にはシンディが居るなと惚気まくった。
そして、いい具合にキャロル嬢の顔色が曇った頃に、最後の仕上げをすることにした。
「それなのにわざわざ離れて暮らさなければならないほど王妃教育は大事なんですかね。私なら王位なんてどうでもいいからシンディと2人で暮らす方を選んでしまいそうです」
「仕方ありませんよ、テリー様。王族と婚約するということはそういうことなのです。ですが、テリー様なら本当に私の為に王位継承を放棄して下さいそうですよね」
「当たり前です。愛するシンディに苦労掛けて不幸せにしていたなどとあっては、男として情けなさすぎますからね。それくらいなら王位を捨ててシンディを攫って、どこかの田舎でシンディと2人のんびり暮らしますよ。その方が絶対幸せですから」
「ふふ。ありがとうございます。テリー様がそのような方ですから、私は今とても幸せですよ」
「私もシンディと結婚出来て幸せです」
どうやらキャロル嬢にきちんと伝わったようだ。
これ以降ずっと何か考え込んでいるようだった。
出来ればこのまま勢いに乗ってアンドリュー殿下に進言しに行ってほしい。
***
テリー様に言われて、キャロル様を呼び出し、お茶をすることになりました。
そこでテリー様とその2人きりの時でもしないくらい仲睦まじくすることとなりました。
いえ、勿論作戦だと言うことは理解しています。
しているのですが、「愛するシンディ」「こんなに素晴らしい嫁」「賢く聡明なのに可愛い」「シンディがいてくれるだけで幸せ」等々、テリー様刺激が強すぎます!
演技だと分かっているのに、恥ずかしいのと嬉しいのとで頭が沸騰しそうです。
ですが、頑張ってテリー様の誘導に沿ってキャロル様に自ら辞退するよう進言してもらえるような会話が出来たと思います。
実際、キャロル様は最終的に具体的な話を一切していないことにも気付かずに何か考え込んだ表情のまま帰って行かれました。
「……上手くいったでしょうか」
「ええ、恐らくは。それより流石シンディですね。素晴らしい演技でした」
「ご期待に沿えておりましたら嬉しいです」
「勿論ですよ。それと……私が言ったことは全て本当ですからね?」
手の甲に口づけを落とし、片目を瞑ってそうおっしゃったテリー様のお言葉を理解すると、全身が沸騰したように熱くなりました。
「わ、私の言ったことも全て本当です」
「それは嬉しいですね。どうです? 少し部屋で休みませんか?」
「はい……」
やはり、テリー様と結婚出来て私は本当に幸せです。
キャロル様には本当に感謝していますので、是非とも幸せになって欲しいと思っております。
いえ、出来ればテリー様とはあまり近付いて欲しくはありませんが。
ただ今日は本当に感謝します。テリー様は本当に素敵な方でした。
それから、しばらくは静かになるかと思っていたのですが……
「だから貴様が考えろと言っているんだ。貴様が言ったんだろう。シンディの為なら王位継承を捨てると。責任を取れ」
数日後、いきなりやって来たアンドリュー殿下がそうテリー様におっしゃいました。
話を聞く限り、キャロル様はアンドリュー殿下にテリー様の目論見通り王位継承権を破棄し、2人で暮らすことを要望したようです。
そしてアンドリュー殿下はその考えに前向きなようなのですが、王以外の選択肢を考えたことがなかったのか、テリー様に丸投げしてきたというのが今の状況のようです。
テリー様はと言うとやはり少し口元が引き攣っていらっしゃいます。
「アンドリュー殿下がおっしゃりたいことは理解致しました。が、少々お時間を頂けますか? お2人にとってより良い選択肢を検討してから進言させて頂きます」
「ああ、励めよ。私はまた来る」
テリー様が同意したことで満足されたのでしょう。
アンドリュー殿下は早々に帰って行かれました。
「……テリー様」
「大丈夫です。これはむしろ幸運と思いましょう。作戦も上手くいったのですし、そんな顔をなさる必要はありません。ですが、早急にパレット侯爵様とお会いしましょう」
「ではお父様にお手紙を出すのは私の方がしておきます。テリー様はごゆっくりなさっていて下さい」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて貰いますね」
***
あのシンディとのイチャイチャを見せつける会は上手くいったようだ。
キャロル嬢も現実に打ちのめされたということなのだろう。
ゲームで上手くいっていたのはそれだけシンディが頑張っていたからだろうな。
しかしまさかアンドリュー殿下の方から頼ってこられるとは思ってもみなかった。
アンドリュー殿下は俺様だからこっちの意見を聞かせるのは苦労するだろうと思っていたのだが……普通に王様になることを望まれすぎていて視界が狭まり考えが凝り固まっていただけなのだろう。
それ以外の選択肢もあることを告げられて、あっさりと道を見失ったようだ。
「ほお、君に頼ったのか。あのアンドリュー殿下が……」
「はい、ですから侯爵様。以前にお願いした件ですが、どうなっているのでしょう」
「ああ、ちょうどよかった。先方からの承諾が先程貰えたばかりなのだ」
「ありがとうございます!」
10年ほど前に水害が発生し、その復旧が終わらない内に特産であるぶどうが虫で大被害を受けた。子供も病で失くしており、必死で働いてはいたものの、借金で首が回らなくなっていた。
そんな家とキャロル嬢の養家となっていた家の3家で取引をし、キャロル嬢はその家の養子となり、アンドリュー殿下が婿入りするのを承諾してくれたそうだ。当然、その費用はパレット侯爵家が出すことになる。
勿論、ペッパー家も出すべきではと思ったのだが、他にも政治的なあれこれを取引して十分に利益が出たから要らないと言われてしまった。
何より、シンディとこれから素晴らしい結婚生活を始めるのだ。君が気にするべきはシンディの幸せだと言われてしまえば、何も言い返せなかった。