斜め上に躱されたのなら
お父様とテリー様にアンドリュー殿下達の意図を知らされてから間を置かずにアンドリュー殿下から王宮へ招待する手紙が送られてきました。
事前に話していた通り、お受けする旨を返答し、王宮へ出向きました。
そうして何も知らない振りをして、お二方とお会いしました。
正直会うだけで同意と見做される可能性もあるとは思ったのですが、具体的な話を進めなければどうとでもなるとお父様方が言って下さったので返答にはとても気を付けました。
そして「結婚したばかり」であることを何度も口にして強調し、今は時間がなくて動けないのだと勘違いして貰えるように話しました。
勿論、アンドリュー殿下だけだと一方的に押し切られていたのでしょうが、具体的な話をお聞きするという体でキャロル様に話しかけ、キャロル様と話すようにしたのです。
キャロル様はきちんと私が今忙しくて具体的な話が出来ないことを受け取って下さり、アンドリュー殿下を説得して下さりましたので、成功と見ていいでしょう。
本当に疲れましたが、テリー様にその旨を話すと、とても喜び褒めて下さいましたので終わり良ければ総て良しということだと思うことにしました。
こうして時間を稼ぐことが出来た私達は本当に忙しい日々を過ごすことになりました。
二日と空けずに色んな方々とお茶会をしたり、会食をしたりして人脈作りに励んだのです。
そうこうしているうちに私とテリー様の劇が一般公開されました。
お父様とテリー様が短くても良いから、まずは公開して欲しいと頼み込んだ結果、半月で公開されることとなったのです。
そうして劇としては確かに短いですが、私達のことだと知っている方々が大勢居るお陰で人脈作りに非常に役立ちました。
同時に劇はペッパー領で夫婦共々辣腕を揮い、ペッパー領を栄えさせていくというところで終わっていますので、何故王都に居るのかと聞いて下さる方が出てきました。
お父様とテリー様の望んだ展開というものです。
私も不敬にならない程度にお二方に望まれていることを伝え、どうするべきか悩んでいると言いました。私の中では結論は出ているのですが、これは必要な社交辞令のようなものです。堂々と嫌とは言えませんから。
お陰様で噂好きの方々が広めて下さり、劇も繁盛致しました。
そんなある日、またもやアンドリュー殿下からの招待が私宛に来ました。
お父様とテリー様は一番嫌な展開だと申しておりましたが、無視するわけには参りません。
前回と同じ方法で乗り切ることにして、王宮へ向かいました。
「…………はい?」
「同じことを言わすな。ペッパー領に行くんだろう。いつからだ」
これはどう対応すれば良いのでしょう。
まさかこんなことを言われるなんて思ってもみませんでした。
「キャロルとは離れ離れになってしまうが、ここに居るよりマシだろう」
「お気遣いありがとうございます、アンドリュー様。シンディ様の元で必ずやアンドリュー様に相応しい妻になれるよう頑張ります」
「ああ、私もキャロルが過ごしやすい王宮になるよう、キャロルが居ない間頑張るよ」
私は一言も承諾していません。
そもそも私が承諾出来る内容ではないのです。
ですが、お二方の中では既に決定事項となっているようでした。
「ペッパー領に行く日が決まったら知らせるように。キャロルにも準備があるからな」
「どうぞよろしくお願い致します、シンディ様」
そう、何故かキャロル様がペッパー領に一時身を寄せながら、私が王妃教育をキャロル様に施すことになっていたのです。
本当に意味が分かりません。
どうにか私では決定権がないことを伝え、頭が沸騰しそうになりながら帰りました。
「はあ!?」
それを告げるとテリー様は本当に驚いたと言わんばかりの声を上げられました。
「何だそれ、意味が分からん……」
テリー様は焦られると言葉遣いが乱れられます。
私としては普段からその言葉遣いでも良いと思うのですが、まだ新婚ですからね、これからでしょう。
それに今はそれどころではありません。
「どうしましょう?」
「……取り敢えず、早急にパレット侯爵様と会いましょう」
お父様も呼び出しの内容は気になっていたようで、もう夜でしたがすぐに訪問することになりました。
「と、言うわけです」
「あんのクソガキ共が」
説明すると一言目にお父様が凄い形相でそう罵られました。
「お気持ちは分かりますが、侯爵様、今はそんなことを言っている場合ではありません。対策を考えませんと」
「分かっておる。無駄に頭の回る奴だ。上手くしないと更に余計なことをしてくるぞ」
「でしょうね。それに私達はキャロル嬢を高く見積もりすぎていたことも分かりました」
そうです。
それは私も気になりました。
キャロル様はこのような非常識なことに賛同なさるような方でしたでしょうか。
「多分焦っているんだろう。王宮では祝福もされなければアンドリュー殿下以外の味方も居ないからな。だから王子妃教育さえ上手く行けばと思っているけど、肝心の王子妃教育が上手く行かない。だからアンドリュー殿下が示した救済の道に何も考えずに飛び込んだ。そんなところだろう」
なるほど。
キャロル様も大変なんですね。
でも、その道を選ばれたのはお二方です。と言うのは冷たいでしょうか。
***
「しかし、侯爵様。もしこれが外に漏れたら益々お二方から人が離れていきませんか?」
「もう十分離れておるだろう。これで離れるような奴はもう残っとらんよ」
「ああ、そういうことですか。ならそこを突いても意味がないんですね」
「それどころか、受け入れた時点であの令嬢の王妃教育が終わらない責任をお前たちに擦り付けてくるだろうよ」
「やっぱりそうですか……」
シンディから衝撃的な展開を聞いてから、急いでパレット侯爵様と会談していた。
分かってはいたけれど、随分とアンドリュー殿下は後がないらしい。
だからと言って俺達を巻き込まないで欲しい。
「シンディが保留にしてくれたのは助かりましたが、俺が断れる正当な理由がないと詰みますね」
「常識に訴えても意味はないからな……どうするべきか……」
本来なら新婚夫婦にお邪魔しようとすること自体が有り得ない。
それに嫁入りした人に家にお邪魔するなんて告げるのも非常識だ。
いや、嫁と交流するだけに留めるのなら良いのだ。だが、宿泊することになる時点で主である俺に話を通さないのは失礼極まりない。
そもそも婚約破棄する原因になった女に、婚約破棄された女が協力すると思っている時点で頭がおかしい。
まあ、シンディは仕事が出来る割に少しお人好し過ぎるからな、分からなくもないが。
でも社交となるときちんと出来るんだよな。貴族令嬢とは不思議だ。
と、そんなことより正当な理由、か。
「……無理じゃないですかね?」
「テリー様?」
「いや、諦めるとかではありませんよ。ただ、私達に手に負える範囲ではないということです」
「つまり、もっと上に動いてもらう、だな。それは私も考えたが、誰が適任か……」
そう、動いてくれる人が居るかどうかが問題なのだ。
「陛下は静観ですよね?」
「ああ、アンドリュー殿下がここからどうするかで王としての資質を見極めようとされているから手を出すことは良しとはされないだろう」
「王妃様はアンドリュー殿下の味方ですよね?」
「あの令嬢のことは追い出したがっているがな。アンドリュー殿下の即位自体は諦めていないよ」
「他の王族は多分アンドリュー殿下が自爆してくれるの待ちですよね?」
「概ねそうだな」
「つまり可能性があるとしたら、陛下に責任を追及する、王妃様にキャロル嬢以外の令嬢を紹介し味方に付いてもらう、他の王族の方にアンドリュー殿下が居なくなった後の支持等の利益と引き換えに味方に付いてもらうのどれかですかね」
「陛下は無理だな。既に王家から慰謝料は貰っている。無論、未だに迷惑を掛けられているが、もう少し明確な損害でないと難しい」
「ですよね……」
「王妃殿下はどうだろうな。もしそんなご令嬢が居たとして……あの令嬢のことを気に入っているアンドリュー殿下をどうにか出来るだろうか」
「そもそもアンドリュー殿下は王位と王妃様を捨ててでもキャロル嬢を欲しがりますかね? 確かにアンドリュー殿下はキャロル嬢をとても好いているようですが、そこまでキャロル嬢を好いているのなら王位を諦めた方が…………って、それだ!!」
そうだ。
ゲームでは即位していたけど、必ずしもアンドリュー殿下が即位する必要はないんだ。
なら、アンドリュー殿下に即位を諦めて貰えば良いのでは?
「侯爵様。アンドリュー殿下がキャロル嬢と穏やかに暮らせる方法なんてないですか?」
「うーむ、アンドリュー殿下ご自身に王位を捨てさせる方針か……確かにそれが一番良いかもしれないな。うむ、分かった。継承権を捨てても良いくらいあのご令嬢と幸せに過ごせる方法を探してみよう」
「ありがとうございます!!」
他に何か出来ることは……そうだ。
「シンディ。キャロル嬢ともう少し具体的な話をしたいという体でキャロル嬢を呼び出してもらえませんか?」
「はい、それは構いませんが、何をなさるのですか?」
「シンディにも協力して頂きたいです」