結婚と攻防の開始
とうとう、テリー様との結婚パーティーの日がやってまいりました。
幼い頃からアンドリュー殿下と結婚するとばかり思っていましたが、人生分からないものです。
でも、とってもわくわくドキドキしています。
テリー様は今、何をお考えでしょうか。
私と同じだったら嬉しいです。
テリー様のご領地で結婚パーティーを挙げる案は両家族の都合で早々に却下されていたのですが、王都で結婚パーティーをするからと言って、ここまでの方をご招待することになるとは思いませんでした。
ご招待客の中にはアンドリュー殿下とキャロル様もいらっしゃいます。
我がパレット家と確執がないことを示す為に招待したいとテリー様におっしゃられた時は驚きましたが、我が家のことまで考えて下さるなんて嬉しくて即座に賛同してしまいました。
しかし、アンドリュー殿下とキャロル様と会うのはあれ以来初めてです。ご婚約なされたそうですが、お二方はどうなさっているのでしょう。
……私にはもう関係ございませんが。
「シンディ様、入っても良いですか?」
「テリー様! は、はい、どうぞ」
急いで最終チェックをして、出迎えます。
ご入室されたテリー様はいつもの何割増しで格好良く見えました。
「……素晴らしい。是非ともスチルに残したい……」
「スチル?」
「あ! し、失礼。とても綺麗ですね。本当に驚きました。このような素晴らしいご令嬢を我が妻に出来るなど本当に夢のようです」
「ふふ。私もテリー様とこのような日を迎えることが出来て本当に嬉しいです」
「ええ、素敵な結婚パーティーにしましょう」
時間になるまで、テリー様とお話をさせて頂きました。
お陰で落ち着いて会場に入ることが出来ました。
とても多くの方がいらっしゃっており、祝福の声を掛けて下さいました。
本当にとても嬉しかったです。
ですが、
「シンディ、久しぶりだな!」
「!! アンドリュー殿下……キャロル様も、お久しぶりでございます。本日はご参席頂きありがとうございます」
入場して、結婚パーティーの開幕を告げる為の神父様に祝福を授けて頂く舞台へ赴くまでの短い道のり。その道を塞ぐ様にお二方が前に出て来られました。
お二方に声を掛けられた際はすぐにテリー様を紹介して会話を引き取ってもらうことになっておりましたが、まさかこのような方法で声を掛けられるとは思ってもみませんでした。
チラリとテリー様を見ると、いつも優し気な顔を少し顰めておられ、テリー様にとっても想定外だということが分かりました。ですが、事前にお任せすることをお約束しておりましたので、まずは紹介しましょう。
「こちら――」
「ああ。まさか私達より先にお前が結婚するとは想定外だったよ。私とキャロルが先だと思ったのだがな。ああ、私とキャロルが婚約したことは知っているだろう?」
「え、ええ、遅くなりましたが、ご婚約おめでとうございます」
紹介する声を遮られ、一方的に話される。とても久しぶりな感覚でした。
「ああ。だが、未だにキャロルを認めない奴らも多くてな、全く腹立たしいことこの上ない。シンディもそう思うだろう。その点、シンディは良かったな。私と婚約解消したお陰で同じ侯爵家同士と言えども結婚出来たんだから。つまり、この結婚は俺のお陰でもあるわけだ。ならばシンディも俺達の結婚に手を貸してくれるのが当然の摂理だとは思わないか? こういうのはお互い助け合うものだからな。ああ、ここで話すことではないな。詳しい話はまた後日しよう。私達は忙しいからこれで失礼するよ。それでは王宮で待っている」
怒涛の勢いで話され、去っていくお二方を私は見送ることしか出来ませんでした。
お二方の姿が見えなくなってようやくしんと静まり返っていた会場が騒めき始めました。
「くそ、やられた……」
「テリー様……」
「っ、取り敢えずパーティーです。アレのことは後回しにしましょう」
「は、はい」
高揚していた気分はいつの間にかなくなっておりましたが、本日は一生に一度の結婚パーティーです。楽しまなければ損というものでしょう。
神父様より祝福を受け、皆様方にご挨拶を申し上げると、とても楽しみにしていた劇団の方々による私とテリー様の婚約までの話と今後の予定を素晴らしい形で纏めた劇が行われました。
短い劇でしたが、何だか非常に美化されている上に話も盛られておりました為、自分のこととは思えないくらい感激してしまいました。
テリー様も珍しく照れていらっしゃるようで、そんなお顔を見られたことも嬉しかったです。
自由に歓談する時間となった時もいろんな方から劇の感想とテリー様との結婚の祝福を述べて下さり、テリー様と結婚出来たことを心から幸せに思いました。
***
「やられましたね」
結婚パーティーの後、即座に侯爵様の元に向かった。
「ああ、だが劇のお陰で招待客はこちらの味方になってくれるはずだ。一番見せたい者達は見ることなく帰って行ったがな」
「はい、祝福の言葉一つ述べませんでした。それだけ追い詰められているのでしょうか」
「そんなはずはないと思っていたのだが、少し探るべきかもしれないな。どちらにしろ、これで君達は首都からしばらく離れられなくなった」
「承知しております。我が家は構いませんが、シンディ様には少し苦労を掛けてしまうでしょうね。本当に申し訳ないです」
「あれは誰にも予想できないさ。君が謝ることではない。だが、シンディに隠すのも限界だな。明日、シンディと来てくれるか? 私からシンディに話そう」
「明日でよろしいので?」
「初夜くらい何の憂いもなく過ごさせてやってくれ」
「ありがとうございます」
苦々しい気持ちを抱えながらも、心から笑みを浮かべてくれているシンディの笑顔を曇らせないように王都の我が家に迎え入れた。
両親と兄夫婦も笑顔で迎え入れてくれた。
本当は領地の我が家に越すまでの短い期間滞在してもらうつもりだったのだが、どれだけ延びるだろうか。
両親と兄夫婦には滞在期間が延びるであろうことは既に告げているし、殿下のあれを見ていたので事情は分かってくれている。
それでもシンディにとってはお客様状態がしばらく続くことになるのだ。俺が気を配ってやらなければならないだろう。
本当に余計なことをしてくれた。
初夜を恙なく終えた後、パレット家に赴いた。
昨日の今日だが、シンディは特に疑問を呈することもなくついてきてくれた。
「やあ、シンディ。ペッパー家はどうだったかい?」
「お父様。問題ありませんわ。皆さまとってもお優しいのですよ」
「それは良かった」
和やかに始まった親子の会話だったが、侯爵様が殿下の意図を伝えるとシンディは困惑した顔をした。
「そうでしたか……ですが、お父様。私は王子妃教育は受けましたが、王妃教育は受けておりませんよ?」
「ああ。アンドリュー殿下が王妃教育と言っているだけで実態は王子妃教育なんだ。まあ、王子妃教育が終わらなければ王妃教育なんて当然無理だし、何よりアンドリュー殿下はまだ立太子されていない。キャロル嬢に王妃教育を受ける資格はまだないのさ」
「そうでしたか」
さて、ここでシンディがお人好しを発揮して乗り気になられても困る。
俺もそろそろ混ぜて貰おう。
「私としてはシンディに私と共にペッパー領に来て、ペッパー領を盛り上げる手伝いをしてほしいと今も願っています。ですが、もしシンディが彼らの手伝いをしたいと言うのなら……」
「い、いえっ、私はもうテリー様の妻です。テリー様をお支えすることが最優先です」
「……ありがとうございます」
「あ、も、申し訳ございません。お言葉を遮るなど、はしたないことを致しました」
「構いませんよ。言いたいことは口にして下さる方が嬉しいです」
「……はいっ」
「こほん。さて、そうと決まったのなら、今後のことについて話し合おう」
本来の作戦では、シンディの今後は既に決まっていること、シンディは殿下達とは既に道を違えたことを前面に打ち出し、言えない空気にするはずだった。
しかし、それよりも先に強引に約束を取り付けられた。
だから俺達の作戦は失敗した。
が、世論は俺達の味方になっていると見て良いだろう。
あの劇も学園時代のことも足して通常の長さの劇にしたものを一般公開することになったから、益々増えるだろう。
まあ若干恥ずかしいが、名前は変えてくれるようだし、盛りすぎてて自分のこととは思えないものに仕上がるであろうことはむしろ朗報と思おう。
何より世論はとても大事だ。俺達の唯一の武器と言っても良い。大々的に宣伝できないものだが、俺達のことであることは意図的に市井に流すつもりだ。
そうなれば、俺達の勝ちだろう。