転校生 3
前の席に座っている翔がバッと後ろを向いて笑顔で自己紹介を始めた。
「平岡翔です!明日香ちゃんって呼んでもいい!?僕のことはかけるって呼んでね!!よろしく〜!!」
「うん。翔くん、よろしくね!」
元気いっぱいな自己紹介に少し戸惑った様子の明日香だったが、笑顔になって答えていた。
翔が手を差し出すと、2人は笑顔で握手を交わした。
楽しそうだ。
だが、俺としては面白くない。
非常に面白くない。
彼女のことを名前で呼び、彼女からも名前で呼ばれる。
それだけではなく握手まで交している。
それがとても羨ましかった。
(俺のことは苗字でさえも呼んでくれなかった…このクラスで初めて呼ぶ男子の名前が翔か…俺も名前で呼びたいし、呼ばれたい。握手だってしたかった…!翔が狡い)
なんて思ってしまう自分の心の狭さに驚いた。
でも俺は女子は皆苗字にさん付けで呼んでいたから明日香だけ名前呼びはできない。
はぁ…とため息を1つこぼす。
休み時間になると明日香の周りにはたくさんのクラスメイトが集まった。
好きな物や趣味、どこから来たのか等質問攻めにされていた。
俺は翔と一緒にその会話に混ざっていた。
そして分かったことは、明日香は一人っ子だということ、父親の転勤で引っ越してきたこと、動物が好きで犬を飼っていること、甘いものが好きで休日はよくカフェ巡りをしていること、最近はふわふわのパンケーキにハマっていること、彼氏や好きな人はいないということ。
この最後の答えを聞いた時はホッとした。
顔には出さなかったけれど。
皆、特に女子はその答えに驚いた様子で「意外〜!絶対いると思ったのに〜」と言っていた。
それに対し照れたような反応であわあわしている明日香は可愛かった。
そして俺は、その時自分がどんな目で明日香を見ていたのか気づいていなかった。
放課後、いつものように翔と雄也と一緒に帰ると、彼らはニヤニヤした様子でこっちを見てきた。
「何…?」と聞けば「別に〜?」とにやけながら話を逸らされた。
一体なんなんだと思いながらまた聞けば、2人から大きな爆弾を投げ落とされた。
「千尋さ、明日香ちゃんのこと好きでしょ?」
「転校生に惚れてんだろ?」
疑問形ではあったけれど、その言葉は確信を持っていて、俺の心を乱すには十分過ぎた。
「はっ!?ちょっ、まっ、えっ?なんで…そう思う、の…?」
驚きすぎて変な声出た…
バレてないと思っていた恋心は親友2人にはあっさり見抜かれていたようで、頬に熱が溜まっていく。
「わぁ〜千尋真っ赤になった〜珍しい!」
「あんな目で転校生の事見てたら普通気づくだろ」
「だよねぇ〜、あんなに優しい目で熱く見つめてたらそりゃ気づくに決まってるよ〜!それに授業中もチラチラ明日香ちゃんのこと気にしてたじゃん?僕達が気づかないとでも思った?」
(うわぁ〜、まじか…俺どんな顔してたんだよ)
恥ずかしさから顔を手で覆いながら言葉を発する。
「…他の皆も気づいたと思う?」
「さぁな?俺らは千尋とよく居るから気づいたけど他の奴らは気づいてねーんじゃねーの?知らねーけど」
「んー、どうだろうね、千尋のこと好きでよく見てる人なら気づいたかも?…ってことは皆気づいてる?かも?」
雄也は興味が無いような態度で、翔は顎に手を当てて首を傾げて答える。
「まじか…そんなにバレバレだった?」
「うん!」
「ああ」
(即答ですか…)
頭を抱え地面にしゃがみこみたくなる衝動を堪え、息をこぼす。
「でも安心して!明日香ちゃんは多分気づいてないから!」
親指を立て元気よく言う翔にまたため息がこぼれる。
「てか千尋にとっては初めての恋じゃねーの?今まであんな顔見た事ねーし。だから、しょうがねーから応援してやるよ」
「そうだね!僕も応援してる!!相談にも乗るからいっぱい話聞かせてね!!」
面白がるように笑う雄也に、グッと拳を突き出す翔。
その姿を見ながら、俺は「あぁ」と答えるので精一杯だった。