フェチズム
…すごくドキドキする。
そんなことを思いながら、公園のベンチで時計を確認する。
20時…そろそろ来てもおかしくないんだけどなぁ…。
何も言わないでこんな場所で待っていたら…びっくりするかな?
そんなことを思いながら彼が来るのを待っている。
ふと公園の入り口へ視線を向けると暗がりに見覚えのあるシルエットが見えた。
どうやら来たみたい、そう思って立ち上がろうとして…気付いてしまう。
街灯の光に彼の左手…薬指の辺りが反射していることを。
私は咄嗟に顔を伏せて、彼をやり過ごす。
「どうして…今朝はそんなのつけてなかったのに…。」
頭の中がぐるぐるする。考えが纏まらない。
ふと、ベンチから立てずにいる私の携帯に着信が入った。
それは彼からの着信だった。私は軽く頭を振ってから通話ボタンを押す。
「なぁ、今どこにいるんだ?今日、遅くなるんだっけ?」
スピーカーから流れる彼の優しい声色を聞くと少し安心する。
「ごめん、後輩がミスしちゃって…フォローしてたのよ。」
「それはお疲れ様…、夕ご飯用意しとくわ」
ありがとう、そう言って通話を終える。
まだどこか落ち着かないけど、帰らないと心配させてしまうだろう。
私は彼と二人で暮らしているマンションへと帰ることにした。
「ただいまー」
「おかえり、疲れてる?顔色あんまり良くないな…。」
彼の言葉を聞いて、全てをぶつけたくなってしまう。
でも、しない。そんなことしたら終わってしまいそうだから。
「仕事のことでちょっとね…。」
「後輩のフォローだっけ、その様子だと結構きつい案件みたいだな。」
そう言って彼は夕食の準備へ戻っていく。
こういう時、仕事を理由にすると楽だ。あまり掘り下げられないから。
今日は早めに寝よう、明日誰かに相談してみようかな。
翌日、昼休憩に私は同僚へ相談を持ち掛けた。
と言うより同僚が私の様子が普段と違うことに気付いていた。
この子にはいつも助けられている。
「今朝から顔色良くないけど、どした?彼氏が浮気でもしてた?」
「まぁ…そんなとこ、かな…どうしたらいいんだろう…。」
彼女は難しい顔をしながら唸り、少ししてから口を開いた。
「まぁ…割り切るしかないんじゃないかな、婚約とかする前で良かったって思った方が精神衛生上楽なんじゃないかな?男なんていっくらでもいるんだし!」
あっけからんと言う彼女に、少し救われた気がする。
「そうだよね、割り切っちゃえばいいんだよね…ありがとう、そうするね!」
「お役に立てたようで何より、まぁまた落ち着いたら合コンでも行って新しい人を探そ!」
そう言って笑う彼女に私は心から感謝した。
私は悩むことをやめた、もう答えは出たのだから。
『昨日未明、東京都在住の20代男性の遺体が〇〇公園で凄惨な状態で発見されました。』
『被害者男性は左手の骨が粉砕骨折しており、左薬指が切断されていましたが、直接の死因は全身の刺し傷による出血死の模様です。』
『また、男性の口腔内からは指輪が発見されており、被害者、または犯人のものとみて捜査を続けています。』
テレビのワイドショーでコメンテーターが口々に猟奇的だ、怨恨だと話している。
「〇〇公園って隣町じゃないか、怖いな…。」
そう言って彼が私を後ろから抱きしめてくれる。
やっぱり彼は優しい、彼以上の人は見つからないと思う。
「…引っ越す?先のこと考えたら、ここじゃ手狭になりそうだし。」
そんな私の言葉に彼は少し驚いて、その後ポケットから小さな箱を取り出した。
「まさかお前から先に言われるとはなぁ…せっかく色々準備していたのに…。」
そう言って彼が箱を開き、その中にあるネックレスを私の首につけてくれる。
「しかし変わってるよな、普通結婚って言えば指輪だろ?」
「指輪はね、苦手なんだ。どうしても合わないというか…。」
そんなもんかー?と言いながら彼は笑っている。
ああ、私はとても幸せだ、これからもっともっと幸せになっていこう。
2年後、私は久しぶりに同僚に会った。
彼女はまだ独身のようで、
「いい男が捕まらないの!もう全然ダメ、きっと私はずっと独身なのね…。」
そう言って泣き崩れる真似をしていた。
「貴女は恋愛と結婚を一緒に考えているからよ、まずはそこを分けないとね。」
「簡単に言ってくれるなぁ…これが主婦の余裕か!…でさ!実際どういうことなの?詳しく教えてプリーズ!」
「例えばだけど、フェチズムってあるじゃない?筋肉が好き!とかそういうの、それを重視するのが恋愛って私は考えているんだよね。」
「またまたディープな話を…ちなみにどんなフェチ?」
「私はね、指が好きなの…男の人の少し骨張った指、特に薬指かな。」
「あぁー…大学の知り合いにもいたわ、わからなくもないんだけどねぇ…。」
そんな話をした後、私は彼女と別れ、家路を急いだ。
彼女には幸せになってほしい、私は彼女のおかげで幸せになれたのだから。
2年前、割り切ってよかった。短い間だったけど充実していた。
今は結婚生活が幸せで、毎日が楽しい。もしかしたらまた恋愛をしたくなるかもしれないけれど、その時はその時。恋愛と結婚は別物なのだから。