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夢を叶えた老人

ミスティア戦記を読んでいた悟は……。

「あれ……もう終わり?」


 中途半端なところで話が途切れている。

 悟は紙束をパラパラとめくってみるが、その紙束には続きは描いていないようだった。

 次に今までのミスティア戦記が置いてある机の上を確認にしてみたが、以前と配置が変わっていないので、おそらくそこに続きはないと悟は判断した。


「……? 順爺が何も言わないはずは……ってもしかして……!」


 手に持った最終話の紙束の一番裏……いつも悟が稚拙な感想を書き記す部分に、順爺の字で「わしの机の上」と書かれていた。

 悟はその指示に従い、順爺の机に近付くと、先程の続きと思われる紙束と、一枚の封筒がそこに安置されていた。


 続きも気になるところだが、悟は封筒の方がより気になったようで、すぐさまシールを剥がして中身を確認する。

 中に入っていたのは一通の手紙だった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――


 悟へ


 お主がこの手紙を読んでいるときは、おそらくわしは遠い所へ行っているのだと思う。

 あの日、風邪をひいた状態でわしの家に来たときは心底驚いたが、ああなってまで来てくれたお主の気持ちは、心の底から嬉しかったぞ。

 さて、あの日お主には一応お別れを言ったんだが、もしかしたら覚えておらんと思ってこの手紙を残した。


 お主があのとき言ってくれた言葉のおかげで、わしは決心が着いた。

 わしはあの世界に戻ることに決めた。

 一時は打ち棄てたが、わしは夢を再び追いかけることにした。

 ミスティア戦記の中で言ったことを、自身が本気で思っていないなどと言えるわけがないからな。


 お主に直接別れを言えぬことは心苦しいが、わしは自身の道を進む。

 お主も何かしらの夢を抱くことだ。そうすればお主は若いのだから、わしより容易に夢を叶えることができるだろう。

 この家の鍵はお主に預けておく。いつでもミスティア戦記を見に来てくれ。


 それじゃあ、悟。また会う日まで……。


 順爺改め勇者ジュンより


――――――――――――――――――――――――――――――――――


「夢を叶える……? どういうこと……?」


 悟が文脈から理解できたのは、順爺がこの家にしばらくは戻らないのだろうということだけだった。

 悟は順爺がいつも座っている椅子によろけるように、腰を下ろす。

 そして、ミスティア戦記の続きをゆっくりと読み進めていった。




 ある日のこと、今度こそ紙束を処分しようと一つの部屋にそれを集め、ゴミに出そうとした。

 すると、その部屋に小さな少年がいた。

 彼はジュンに声をかけられると一目散に逃げ出し、紙束を一つ持っていってしまった。


 ジュンはまた処分せずに済んだと内心安堵しながらも、その少年のことが気になっていた。

 どうしてあんなところにいたのか? 何故あの紙束を持っていったのか?

 考えても答えは出ない。


 すると翌日、少年は家に不法侵入したことを謝罪しに来た。

 そして、紙束を返しに来たのと同時に、ミスティア戦記の続きを見せてくれとも言った。


「あれ……これって……」


 間違いない。この少年は自分自身だ。

 そう気付いた後、悟にとってその少年は、もう自分以外の人物には思えなかった。

 少年とジュンの奇妙な交流が始まり、この家で体験した覚えのあるエピソードが幾つも散りばめられる。


 そして少年が風邪をひき、ジュンはそれを送り届けた後、儀式を開始した。

 こちらに戻ってきたのと同じような物を使って儀式を完成させると、ジュンは向こうの世界に舞い戻り、何故か年齢も若返っていた。


 向こうでは時間が立っておらず、ジュン……いや、勇者ジュンは儀式が失敗したと嘘を吐く。

 そして宣言する。

「俺はもう元いた世界には戻らない。この世界に永住することに決めた! これからも俺がこの世界を平和に導いていくんだ!」と。


 それから勇者ジュンはその世界で、死ぬまで幸せに暮らしたのだった――




 それがミスティア戦記、最後の文章だった。


「順爺……異世界ミスティアに行ったんだ……。なんだよ……僕がもう一度来るまで待っててくれても良いじゃないか……」


 悟は泣いていた。

 嬉しいとか哀しいとか、そんな単純な感情ではなかった。

 物語が終わったことによる喪失感、順爺がいないことへの寂寥感、大団円を迎えたことの幸福感、自身が何もできなかったことに対する無力感。

 その他にも色々とない交ぜになった感情を処理しきれず、彼は泣いているのだ。


「でも良かった……。順爺は……勇者ジュンは夢を叶えられたんだから……」


 それが今の悟の、偽らざる気持ちであった。

 自身の戦場へと戻った順爺のことを思いながら、彼はもう一度、手に持った紙束を最初から読み進めていくのだった。

お疲れ様でした。お読みいただきありがとうございます。

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