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梓弓  作者: 長月 夜半
第二章 朧月
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 聞こえてくる悲痛な泣き声に、胸が締め付けられた。

 絶望を感じて叫び続けるあの子を、力いっぱい抱きしめてあげたい。


 そう、思うのに。


 差し伸べた手はあの子に届かない。

 何も出来ない自分に、悔しさがこみあげた。


 ――どうか、お願い。


 わたしは知ってる。


 呼んでも応えてもらえない寂しさを。


 不安を。


 恐れを。


 だからこそ抱きしめて、安心させてあげたいと思うのだ。

 赤ん坊のように庇護者を求め、ただひたすらに泣き声をあげているあの子を。


 誰でもいい、誰かわたしに力をかして。


 あの子を抱きしめてあげられる力を。


 これまでみてきたものも、あの子に何が起きているのかも、わたしにはわからない。だけど、これだけは確信を持って言えた。


 小さな子どもをひとりにさせて、あんな泣き方をさせたらダメだ。


 あのままじゃ、壊れてしまう。


 ――あの子の、心が。






 伸ばした指先に何かがふれた。

 そのとたん、強い衝撃が伝わって撥ねのけられる。


 伸ばしても、伸ばしても、そのたびに弾かれた。


 攻撃的なまでの苛立ちに、強い怒り。火傷しそうなほど激しいその感情に、怯みそうになる気持ちを叱咤する。


 ここで弱気を見せてはダメだ。何度拒否され痛みを感じても、手を引くことだけはしない。

 堂々と、自信をもって手を差し伸べなければ。


 大丈夫、安心していいんだよって。

 不安な気持ちも、泣きたいほどの淋しさも、まるっとぜんぶ包むみたいに。


 一度後ろへ引き、助走をつけてすくいあげれば、腕の中にバランスを崩した小さな身体が転がり込んできた。必死になって暴れるだだっこをなだめるように、少しきつめに抱きしめる。



 ――ニ―ア


 

 ニアという名前は、この世界では竜を表す言葉だそうだ。

 ニ―ア、と伸ばすと竜の子どもを示すらしく、そこから派生した名前や愛称をもらった子ども達が、この世界にはたくさんいる。


 この子も、子どもの頃はそう呼ばれることがあったらしい。

 そもそも各国歴代の王様の名前が竜から来ているというのだから、王子王女の愛称がニ―アとなるのも頷ける。


 だけど、自分に付けられた名前が嫌いって、本当にどうしたもんだろう。


 ねぇ?



 ――ニ―ア



 小さなあなたを、お母さんやアニヤがどんな気持ちで呼んでいたかなんて、考えてみた事はある?



 ――ニ―ア 愛しき吾子よ



 大切なひとを呼ぶあたたかな気持ちが、少しでもあなたに届けばいいのに。



 ――無上の叡智を継ぐ者よ



 アニヤに教えてもらい耳で覚えた旋律を、記憶をなぞるようにゆっくりと口遊めば、物騒な光が弱まった。だがしかし、逆にいっそう激しさを増していく泣き。


 でもその声に、ほんの少し甘えがまじった気がする。



  芽吹く緑に吹く風に



  天地(あめつち)潤おす恵みの水に



  お前は何を見いだすか




 よく見れば髪色も変わっている。こちらもだんだん光を失い、見覚えのありすぎる色合いへと変化しているのを見て、つい笑ってしまった。

 どうやら燃料切れを起こしたらしい。




  ニ―ア ニ―ア



  愛しき吾子よ



  無上の愛を()る者よ



  朝な夕なに灯る()



  いきづく命の儚さに



  お前は何を想うのか





 拘束から逃れようとする身体を決して落とさないように、傷つけないように。

 幾重にも蔓や枝葉をまわして、柔らかく包み、あやして行く。





  ニ―ア ニ―ア



  愛しき吾子よ



  無上の悲しみを知る者よ



  瞳も声も この胸も



  すべてはお前のためだけに



  愛しき吾子の眠るまで









 絡みつく蔓を掴んでいた手が緩んだ頃にはもう、強張っていた身体から力は抜けていた。


 あれからどれほどの時間が経っただろう。

 泣き腫らし、疲れきって眠るあどけない顔をぼんやり眺めていると、すぐ近くから底冷えのするような声が聞こえてきた。


()ぐ様そこから出て来い、この愚か者が!」


 ……何をそんなに怒っていらっしゃるのか。


 声のした方へ視線を落とせば、根っこの上に小さな白いハムスターの姿を見つけた。大変不機嫌そうな顔をしたメイがそこにいる。


『あれメイ、なんかお疲れ?』


 たすたすと根っこを踏んづけてくるメイが疲れているような気がして心配したのだが、メイは鼻を鳴らして眉間のしわを深くすると嫌そうな顔をした。


「早くしろ、このような場所に長居は無用だ」


『あー。でも、この子寝ちゃったんだよね』


 蔦のゆりかごで眠る子をそっと揺らして見せれば、関心なさげな返事が返る。


「そんなもの、そのあたりにでも転がしておけ。それより問題はお前だ梓。愚図愚図せずにそこから出て来い、このバカ娘」


 バカだのグズだのおろかだの、メイのわたしへの扱いがひどい。


 そんなこちらの不満が伝わってしまったらしい。眼光を鋭くしたメイがさらに根っこを踏みにじってきたので、反論は止めておこう。


 でもねその八つ当たり、実は痛くもかゆくもないんだ。だけれども、今あなたが踏んでいるこの身体は借り物なので、これ以上はやめてあげて欲しい。


 わたしに力を貸してくれた子たちに、うちのツレがアレでごめんと謝りつつ感謝の気持ちを伝えれば、さやさやと優しげに木の葉が揺れる。


 とても寛容な彼らに甘え、ついさっきあけてしまった樹の洞にそっと小さな身体を横たわらせた。


 焦がしたり折ったり引き裂いて、暴虐の限りを尽くしたやんちゃな子だけれども、根っから悪い奴じゃない。そう謝って、起きるまで見守ってほしいと伝えれば、頭の中にひとつの光景が浮かぶ。

 見えたのは、愉しげな様子で大樹を囲む美女たちの姿。


『ほうほう、水と土ね。了解です!』


 次にここへ来る時に、お詫びにお土産を持参する方向で話はついた。

 絶対、これをやった張本人に手伝わせようと思う。


 梢を揺らして見送ってくれる大樹に大きく手を振れば、わたしを背に乗せたメイの口から、ここ一番深い溜め息が聞こえた。

 そのままメイにしがみつき、上へ上へと翔け昇って行くうちに、だんだんと意識が薄れていった。




















 深い深いところから水面に向かって上がる泡とともに、ゆっくりと意識が浮上して行く。

 こぽりこぽりと上がっては、はじけて広がる波紋に、水の匂い。


 感覚のなかった身体に少しずつ血が巡る。

 息を吐き、胸いっぱいに吸い込んだ空気が肺を満たして見上げた空は、突き抜けるような青空だった。


 しばらくぼーっとしていたものの、上ばかり見ていたら首が疲れてしまう。とりあえず岸辺へ戻るかと考えて、方向転換しようとしたところで足がもつれた。


「ぬぉ!?」


 大きな水音をたてて尻もちをついた水底は、記憶にあるより浅い。

 そのせいで尾てい骨をしこたま打った。


「いたたた…あっ、うそっ。お着物が……って、ヒィ!?」


 転んだ拍子に自分の身体が目に入る。

 いま身に付けているのは、せっちゃんに借りた装束だ。慌てて水から袖を引きあげたら、持ちあげたとたん、袖が空気に溶けるようにかき消えて行く。あとに残ったのは、もともと着ていた簡素な木綿の服だった。


 そういえば、わたしはこの湖に入る前、靴や防寒着はすべて樹の下に脱いで置いといたのだ。


「へ、へっちゃらだし。こんなの、メイがいるから怖くないし…って、メイはどこ!?」


 ぞわっと立った鳥肌に涙目になりつつ、急いで周囲に視線を走らせた。

 なんでだろう、ここはさっきまでいた場所と同じ場所なはずなのに、どこか違和感がある。でもすぐに大樹の下で揺れる優美な尻尾を見つけてほっとした。


「むむっ、メイ発見。……あー、そっか滝がなくなってるのか」


 狭くなっていた視界が広がると、すぐに違和感の正体がわかった。


 メイがいる大樹の向こう側、周囲を取り囲むように湧いていた外輪山からの滝水が止まっている。周りの音を吸い取り、轟音をたてていた水音が今は一切しない。

 そのせいで水位が下がっていたのか、と納得しつつ立とうとしたら、また足がもつれた。


「うぅ、なんで?」


 身体のバランスがおかしい。

 ひざ丈ほどの水の中で四つん這いになって体勢を整えているうちに、どうやら手足が麻痺しているっぽいことに気付いた。しばらくぐーぱーしていると、じわじわと嫌な感覚が襲ってきて顔を顰める。


「……なんか、痛い」


 どこが痛いって、どこもかしこも痛い。

 どくどくと心臓の鼓動が速まって、何かが皮膚のしたを駆け廻っているようだ。寒気を感じていた身体が、一瞬にしてお酒を呑んだ時のような熱っぽさにかわる。


 どうにかして水から上がろうと頑張ってみたけど、まるで自分の身体じゃないみたいに、生まれたばかりの仔馬よろしく膝も腕もかくかくしていた。


 ……くっ、メイのバカ。


 またもやわたしがこんなピンチに陥っているというのに、一体メイは何をしているのか。


 ちっちゃい頃は、いつだってそばにいてくれたのに。

 二十数年ぶりくらいに感動の再会を果たしたと言うのに、放置はいかん。


 そうしたら、もうお前はいい大人だろう、なんて溜め息をつくメイの声が聞こえた気がして、去って行くメイの後ろ姿が頭に浮かんだら、もうダメだった。


 これまで抑えていたものがこみあげて、こっちなんて見向きもせず、のんきに上を見上げている相棒に向け、思いの丈を叫んでいた。


「たすけて、わんわ――っ!」


 声を上げれば、期待通り。

 助けはすぐにやってきた。


「誰がわんわだ、まったくお前はまた何を騒いで…」


 あきれた様子のメイが、水面から顔を出す根っこの上を器用に渡っている。ぶつぶつ文句を言いながら、こっちへ向かってくるメイの姿にほっとした。


 もう、我慢しなくて大丈夫。


 肩の力が抜けた瞬間、目の前に水面が迫っていた。































 幼いころ、光る檻を前にして震えあがったことがある。


 それが僕の一番古い記憶だ。


 その日の僕は、空腹を抱え、臭くて暗い寝床に転がっていた。

 この場所への人の出入りは時々、食べ物を与えてくれる大人がやってくるぐらい。


 今日は食べ物をもらえるのか。

 擦れ合う鎖の音に頭をあげれば、そのまま外へ引きずり出され容赦なく冷たい水をかけられた。肌から血が出るほどに洗われて、入れと命じられたのがその檻だ。


 知らない部屋に通されて目の前に置かれた紅金色に光る檻を見た瞬間、僕はその場から逃げ出した。だけどここに囚われている子どもの足にはみんな足枷が嵌まってる。

 少し離れた場所に立っていた男の舌打ちが聞こえた瞬間、身体の芯から力が抜けて地面に倒れ込んだ。


 言われたことをちゃんと出来なかったり、客の前で粗相をすると、手足に嵌められている金の輪っかが光って身体がいうことをきかなくなる。

 この時、僕らの生殺与奪の権利はすべて、立ち働く男たちの向こうで偉そうにふんぞり返っているあの男が握っていた。


 だけど、後で酷い仕置きをされるとわかっていても、僕は目の前にある檻から少しでも離れたかった。檻から漏れ出てくる濁った赤い光に、心の底から恐怖を覚えていたから。


 ――世界は、たくさんの色にあふれてる。


 各々の持つ力が強い個体ほど濃い色をしていると気付いたのは、大人達の力関係に気付いたあたりだったかな。


 周りにいる大人にも、僕と同じように囚われている子どもたちにも。僕らに嵌められていた手枷や足枷にもそれぞれの色があって、姿形が似ていても少しずつ違う色をしてる。


 僕の目の前に置かれた紅金の檻は、これまで僕が見た中で一番濃い色をしていた。

 それが近くにあるというだけで震えが走る。僕の手足に嵌めれている輪っかなんかとは、比べ物にならないほどの存在感。


 けれど必死の抵抗も虚しく僕は、男の振り上げたこぶしに殴られあっけなく気絶した。次に気付いた時にはもう、紅金の檻の中。痛む身体を起こし周囲を見まわしたけど、目に入ってくるのはまったく見覚えのないものばかり。

 自分が貴族の屋敷に売られたのだと理解したのは、少し後になってからだった。


 檻に入れられ連れて行かれたお屋敷では、たくさんの動物が飼育されていた。その愛玩動物の一匹として、僕もめでたく仲間入りしたというわけだ。


 僕の飼い主となった“奥さま”というひとは、どうやら気が触れているらしい。

 別に、僕がそう思ったわけじゃない。このお屋敷で働いている使用人達が、陰でささやいていたのを聞いただけ。


 僕に言わせれば、奥さまはとてもいい奴だった。

 だって、食べものは毎日三回もくれるし、いつでも身ぎれいでいるようにさせられてからは、身体がかゆくなることも、お腹を壊すこともなくなった。


 殴られるかわりに撫でられて、罵られるかわりに奥さまのお気に入りの詩や本を読みきかせられる。


 動物たちを身内のように扱って、世話をやいたり芸を仕込んだり。

 たっぷりの食事を与えて可愛がり、死ねば涙を流して哀しみにくれる。


 使用人達は、そんな奥さまの姿を見るたびに陰口をたたいた。

 『またキチガイ奥さまがおかしなことをはじめた』と。


 今思えば、奥さまは大人の女性だったのに、振る舞いは子どものようだった。裏表のない笑顔、穏やかな言葉、時々いろんなことを忘れてしまうけど、とても幸せそう。

 それのどこが悪いというのか、僕にはわからない。

 けれど使用人達は、そういった奥さまの姿を嗤っては、馬鹿にして見下した。


 そんな風に屋敷の人間関係が理解できるようになってきた頃、転機が訪れた。


 お屋敷に盗賊が押し入ったんだ。

 戦利品として持ち出された美術品に宝飾品、高値がつきそうだと目を付けられた愛玩動物たち。


 その檻のひとつに入っていた僕は、他の動物たちと一緒くたに持ち出された。

 夜闇を駆ける馬車の中で、奥さまの泣く声を聞いた気がしたけれど、あのひとは無事に逃げられたのだろうか。今ではもう知る術はない。

 その時の僕は自分の事で精一杯で、他の事を気にしてる余裕なんてなかったしね。


 戦利品として盗み出されはしたけれど、格子をこじ開けた盗賊達が、中に入っていた僕を見て激昂したことは言うまでもない。

 価値があったのは僕を入れていた緋緋色金(ひひいろがね)で出来てるという檻だけで、僕自身は厄介者だ。


 自分が“獣混じり”と呼ばれる生き物であることは知っていた。

 おしゃべりな使用人たちの噂話や、こちらを嫌悪するような態度から。それらが、どういう存在として扱われているのかも。

 そこを気に入られてあの奥さまに買われたのだから、獣混じりであることも悪いことばかりじゃない。


 そんな僕が、あの時殺されずに済んだのは今でも奇跡だと思ってる。

 盗賊達に一通り小突きまわされはしたけれど、それで気が済んだらしいあいつらは、僕を自分達の雑用係としてこきつかうことに決めたから。


 その後は、毎日毎日、蹴飛ばされて目を覚まし、くたくたになるまで働かされては気を失うように眠る日々。そんなことを繰り返してだんだん頭が働かなくなってきたな、と思っていた頃、誰かがヘマをやらかした。


 気付いた時にはもう手遅れで、わざわざ国境を越えてまで泥棒をしにきたと言うのに、僕と一緒にいた盗賊はみんな、この国の騎士に捕まった。


 当然僕も捕まって牢屋に入れられていたのだけれど、ある日突然そこから出され、王城をとりまく森の中に建つ立派なお屋敷へと連れて行かれることになった。





 紫水宮と呼ばれるそのお屋敷には、お姫様が住んでいた。


 お姫様とは、王族に生まれた女の子のことを指す。

 こんな僕でもお姫様という存在を知っていたのは、前の飼い主が読んでいた本の中に出て来たのを覚えていたからだ。

 竜の力を受け継いでいる王族は、この世界に住むすべてのものにとって尊い存在だとかなんとか。


 実際に目にするその瞬間まで、僕はあのお話が本当の事だなんて思っていなかった。

 だけどその存在感を目にすれば、どうやったって実感せざるをえない。


 お姫様がいる、と教えられた部屋の方角。そこには濃い紫色の気配があった。

 宵闇をさらに薄めたような色ではあるけれど、僕がこれまで見た生き物の中で最も濃い色だった。


 こんなにすごい力を持ってるお姫様がいる場所に、なぜ僕なんかが連れて来られたのか。


 管理代行者だというアニヤの話によれば、王都で見つかった獣混じりは、みんなこのお屋敷に集められて一緒に暮らすのだと言う。それがこの国の決まりになったのだと説明された。


 悪意を持つ大人たちに利用されたり、危害を加えられないように、保護という名目で獣混じりを育てる施設。そこに僕らの意思は関係なかったけど、乳児は別として、集められた子どもらの中でアニヤの言うことに反発する奴はいなかった。


 それは、この場の上位者が誰であるかがはっきりしていたからだろう。

 最上位であるお姫様は言うまでもないけれど、これから生活の面倒をみるというアニヤも、ここで働いている使用人たちもみんな、その場に集められた僕らより数段濃い色を持っていた。


 子どもながらに生き物としての本能でそれを判断出来るのは、やはり僕らが獣混じりであるからなのか。自分と相手との格差を見定められる、という点に於いては、以前いた屋敷に勤めていた愚かな使用人たちとは違う、ということだけは確かだろう。


 僕以外の奴らには、相手の強さが色として見えているわけではないようだから、本当のところどうだったのかなんて知らない。だけど、僕がアニヤ達に大人しく従う理由はそれで十分だった。


 紫水宮の周囲を見まわせば、物騒な柵が敷地全体を囲んでいる。

 昔、震えるほどの恐怖を覚えたあの紅金の檻と同じぐらいだろうか。濁った色を持っている屋敷の柵からは、中のものを守りながら、外にも出さないという圧力が感じられた。


 世の中には、魔法の効果が付与された価値の高いモノがある。それを僕に教えたのは盗賊たちだ。

 特に需要が高く、高値で取引されるという魔術具。それは、優秀な魔法使いが古くからある魔法具を真似て作りあげる便利な道具であるらしい。


 中でもティルグニア王国で作られる魔術具は、効果が高く蒐集(しゅうしゅう)家や冒険者たちの間で人気が高い。

 そんな風に説明されながら見せられた価値があるとされる魔術具ほど、色が濃いものが多かった。


 盗賊達から見聞きしたことで、僕が色として感じているそれが物や人が持ってる魔力が可視化されたものだということを、僕はだんだんと理解していった。

 襲撃の時には、実際に魔法を使う場面や魔術具が使われるところを見る機会もあったから。


 けれど、これまでいくらかの魔術具を見てきた僕でも、お姫様の居室には驚かされた。


 お姫様の部屋全体、特に廊下を通れば必ず目にする扉や外に面した窓からは、吐き気を覚えるほどの濁った色が()み出ていた。近寄ることさえ畏れ多いほどの、濃厚な魔力でがちがちに固められた真っ黒な扉。


 だけどどうやらあの扉、黒く見えてたのは僕だけで、他の奴らには普通の木目に見えてたと知ったのは、それから何年も経ってのこと。

 近寄り難さは感じてたけど怖くはない、とみんなの意見を聞けたのも、あの扉に付与されていた魔法陣が壊されて、初めてこの目でお姫様の姿を見たその後のことになる。


 これは屋敷で数日過ごせば誰にでもわかることだけど、お姫様のお屋敷には滅多に人の出入りがない。外を通る人影も、騎士以外のものはほとんどない場所だった。

 なるほど、そんな立地条件は、見せたくない物を隠すにはさぞ都合が良かったんだろう。僕らみたいな、どこかしらにおかしな奇形を持つ者達を隠し育てる場所としては、特に。


 僕の獣混じりとしての特徴は、胸周りを中心に茶と白の縞柄のついた羽毛が生えているということだ。あとは爪先から鉤爪が飛び出すくらいで、服と靴を着こんでしまえばあまり目立つことはない。

 その羽だって服を着てしまえば人から見えないものだれど、髪にも羽毛と同じ縞柄が入っている。


 それが、僕が茶シマと呼ばれるようになった由縁。


 ――だけどもう、その呼び名で僕を呼ぶ奴はここにはいない。








「はい、これで僕らの勝ちだね!」


 樹上から飛び降り、その勢いのまま引き抜いた長布をひらひらと振って見せる。すると、こちらに驚いた目を向けたバージが、頭をかきむしって唸り声をあげた。


「くっそ、ちょこまかと。ガイルてめぇ、正々堂々勝負しやがれ!」


 普段は取り繕っているのに言葉が荒くなっている。どうやら、僕らに翻弄されたのがだいぶ悔しかったようだ。


「あはは、正々堂々って。そんなお遊び鍛錬にならないって言ったのはバージさんじゃないですか」


 少し離れた芝生の上では、長布を取られ敗者となった騎士と仲間たちが座り込んでいた。

 騎士の方はバージの負けに無念の声をあげ、早い段階で長布を取られ悔しがっていたリンドやケイト、ジュ―ドの三人も今はこっちの勝利に歓声をあげている。


 騎士側が黒、僕らは白の長布をつけて挑んだ勝負は、アズサに教えてもらった“しっぽ取り”という遊びだ。それを今回は二手に分れて団体戦でやってみた。


 だけど、遊びと一言で言っても実はこれ、結構体力を消耗するし、囮と攻め手に分れて連携しようと思えば頭も使う。

 バージは頭を使わなかった分、体力を使ったようでお疲れみたいだね。


 騎士団では、訓練と言えば身体を酷使するようなものばかり。

 バカのひとつ覚えみたいに同じことばっかりやらされる訓練内容にも、正直嫌気がさしてきたところ。だから、訓練に他の鍛練法を取り入れることを提案したんだ。


 これならウカも飽きずに参加するだろうってね。

 ウカに力の加減を覚えさせ、力を制御する術を身に着けさせたい。お姫様と一緒に出かけたウカが昏倒して帰って来た日に、アニヤがそう言っていたと聞いたから。





 この冬、山へ行けなくなった僕たちは鬱屈した日々を過ごしていた。

 それは去年までと同じ生活ではあったんだけど、一度自由に身体を動かす楽しさを知ってしまった後では、我慢するのにも苦労がいった。


 それでも僕たち年長者はまだ我慢がきく。だけど、幼い子たちはそうもいかなかった。

 まぁでもそれって多分、あのチビッ子王様が目の前で我がまま放題やってたせいで感化されちゃったんだと思わなくもないけどね。


 アニヤに叱られている子ども達を見て、どうやら同情したらしいナグが、バージに話を通して『身体を動かしたい時は騎士団の鍛錬場へいつでも来ていい』と城への出入りを許された。

 だけど、名目は鍛練のためと言うことだったし、王城の敷地内でチビ達が自由に遊び回れるわけじゃない。それで一度は立ち消えになった提案だった。


 けれど、その後すぐにニーニャやアロエがフィロン先生の誘いを受けて王城に行くことになって、城の研究塔へ通うことが決まった。


 その初日、送迎だけすると出てったユーゴが昼になっても帰らなかったので、僕は様子を見に行くことにした。

 何か面白い事でもあったんだろうなー、と期待して見に行くと案の定、騎士団の詰め所でみつけたユーゴは、最近鼻下のチョビ髭をアゴ髭に変えたゾイにこき使われていた。

 どうやら帰ろうとしたところを見つかって、強制連行されたみたい。


 なんとも要領の悪いユーゴらしい光景に笑っちゃったけど、助けてあげた僕に八つ当たりっておかしくない?

 まぁでも、騎士達の訓練風景を見れたのは収穫だった。バージには教えてもらえなかった技を使っているところを見れたから。


 僕はちょっと考えて、その場で騎士訓練に参加したい、とゾイにお願いをしてみることにした。そしたらすぐにザッカリア隊長に紹介してくれて、あっさり許可が下りたんだよね。やっぱり、日ごろの行いって大事だね。


 その後アニヤからも承諾を得て、鬱屈してた年長者の奴らも一緒に王城へ通うことが決まると、今度はついて来たがるチビ達をどうするかが問題だった。

 だけどそっちはアズサが引き受けてくれたから、万事解決。あれはほんとに助かった、ぞろぞろ引きつれて行った日には、抜けだすのにも苦労しただろうし。


 そもそも僕がバージ達に近付いたのは、ティルグニア騎士団の強さを知っておきたかったからだ。


 ティルグニアの猛将、バルド・ペテリュグ。

 バルド団長率いるティルグニア騎士団の強さと勇猛さは、他国の盗賊の口にも上る有名な話だ。


 そのなかで一つ、奇妙な噂があった。

 それは、バルド団長の魔力量が低いというもの。


 酒に酔った盗賊達の噂話を聞きかじっただけだけど、僕はその話を聞いた時からおかしいと思ってたんだ。だって、騎士団は武の集団だ。魔法を使うのは魔法使いの仕事だろ?


 初めてアニヤからバルド団長を紹介された時、僕はああやっぱりって妙に納得したのを覚えてる。


 バルド団長は騎士団の制服の上に、宮廷魔術師のローブを羽織っていたから。


 あとこれは僕も最近知ったことだけど、アニヤはドワーフ一族の族長の娘であるらしい。

 そのアニヤの息子なんだから、バルド団長は宮廷魔術師になれる程の魔力の持ち主で、長の血を継ぐ後継者候補でありながら、この国の騎士団長を務めているということになる。


 ほんと、ひとの噂って当てにならないよね。

 でも、バルド団長が魔法を使ったところを見たって人の話を聞いたことがない。もしかしたら、あの噂の出所はそのあたりから来たものかもしれないとも思う。


 おかげで長年気になってたバルド団長の謎はひとつ解けたけど、最近ちょっと気になる事が出来た。

 つい最近まで離宮に住んでたあのチビッ子王様。あのひとがアズサのために作った魔術具を、盗賊達に見せたらどんな値段をつけるのかなってね。


 アズサがもともと持ってた小さな水筒に、シヤの泉から水を引き込む魔法陣を付与したっていう意味のわかんない代物は、正真正銘、この世にひとつしかないだろう貴重なものだと断言できる。


 まぁ、それを気軽にありがとう、なんて言ってその場でカバンにつっこんだ時には、チビッ子王様だけじゃなくみんなが衝撃を受けた。

 そんな世間知らずなアズサは、自分のことを何にも出来ない、なんて殊勝なこと言っている割には、誰に言わせてもおかしな奴だった。


 変なネズミをシヤの泉で拾ってきたなと思ってたら、おもしろい効果のある刺繍を平気で量産したり、健康茶だとか言って変な効果のあるお茶を作っては、おかしなおまじないを女の子たちに広めてみたり。


 あの人達ってほんと、見てるだけで飽きない。

 でも、ティルグニア騎士団の強さの秘密が、今はチビッ子になっちゃってる王様とバルド団長にありそうだってのは間違いなさそうだ。

 騎士団の強さの真相を知るにはもうちょっとかかりそうだけど、おもしろそうだから文句はない。






「うっわ、この肉串うっま!」


「んんん~、ほっぺ落ちるぅ…」


 負けを認めたバージにメシをおごってやると声をかけられた僕らは、屋台街のはずれにある水場のへりに腰をかけ、香ばしく焼かれたお肉に舌鼓を打った。


「だろう?あそこは店もじじいも汚ねぇが、値段は安くて味は絶品だからな」


「副隊長、酒!俺には酒をおごってください!」


「ふざけんな、お前ら夜間任務を忘れてんじゃないだろうな?まったく、そんな軽口ばかり叩いてると、ベルベントス達の二の舞だぞ」


「ヤですよぉ、冗談に決まってるじゃないですか。流石に俺だって冗談を言う相手は選んでます」


「ああ、ナグ・ベルベントスでしたっけ?団長直々に強化訓練への参加を言い渡したって騎士は」


 夜勤の前に腹ごしらえをするため一緒についてきたのは、大柄なバッカスと細身だがその分身のこなしの速いデュティエの二人。大量に買った肉串を両手に抱えて頬張るバッカスの姿には、先程離宮で見せていた凛々しさなんて微塵も残っていない。


「まったく、せっかく団長に目をかけられてたってのに、あいつは何をやらかしたんだか。まぁ、こんな時期に雪中訓練なんて話が出たからおかしいとは思ってたんだ。恐らく、最初から近衛の編成に合わせて鍛え直すお考えがあったんだろうけどな」


 この春、といっても僕が知ったのはここ数日のことなんだけど、これまでナグ一人だったお姫様の護衛が、正式に“王女殿下直属の近衛隊”として編制された。

 名簿にはナグとゾイ他数名の名前もあったらしいけど、任命式を欠席した彼らは今王都にいない。


 『鍛錬不足による騎士の規律の乱れが著しい』とかなんとかいう理由をつけられて、バルド団長が提案した訓練に強制参加させたれているそうだ。

 それも、冬にしか姿を現さない魔獣数匹の討伐を目標としているらしく、ナグ達は今黒山より向こうにある“果ての雪原”を彷徨っていると聞いている。


 奢ってもらったニ本の肉串を食べ終えバージ達の話に耳を傾けていると、今回南軍から近衛に抜擢され王都に戻って来たという女性騎士、デュティエがこちらへやってきた。

 僕の前まで来ると、手に持っていた肉串を一本差し出しながら声をかけてくる。


「やぁ、さっきはどうも。よかったらもう一本食べないかい?えっとキミは確か、ガイル君だったね」


「ええ、そうです。遠慮なくいただきます」


 串を受け取りながらお礼を言うと、彼女の視線は僕の横へと流れていく。


「で、そっちはユーゴ君とウカ君だね。キミ達ももう一本ずつどうかな」


「たべる!」


「……ありがとうございます」


「いえいえ、どういたしまして。食べながらでいいからさ、ちょっとお喋りにつきあってくれ」


 ユーゴが頷いたのを見て、デュティエは僕の隣へ腰掛けた。


「さっきの勝負、完敗だったよ。“しっぽ取り”だっけ?遊びとはいえ、キミ達があそこまで連携のとれた動きが出来るだなんて誤算だった。それに、キミ達三人は身体強化を使いこなすのも上手だったし、あれは誰かに教わったのかい?」


「あれはそんな、大層なものじゃないですよ。その場の思いつきでやっただけだし、同じことをもう一度できるかどうかも怪しいです」


 やさしげな笑顔ではあるけれど、目の奥にはこちらを探るような気配を感じる。

 それには気付かないふりをして、笑顔を絶やさないままもらった肉串にかぶりつく。すると、食べ物で懐柔されたウカが警戒心のかけらもなく首をかしげた。


「しんたいきょうかって、なに?」


 手に持っている串にはすでに肉がない。ほとんど噛まずに呑みこんだんだろう、ウカってよく腹を下すけど、原因は絶対に消化不良だと思う。


「ええと、身体強化っていうのは肉体に魔力をまとわせて出力を上げさせる強化方法なんだけど……ウカ君にはちょっと難しいかな?」


「うん、わかんない」


「そうか。えっと、もう一本食べるかい?」


「うんっ!」


 デュティエはウカに理解させることを早々に諦めて最後の一本を与えると、すぐにこっちへ視線を戻してきた。もぐもぐとわざとゆっくり咀嚼しても、じっとこっちを見てくる視線が外れない。そのうち串に刺さった肉もなくなって、諦めまじりに息を吐く。


「ごちそうさまでした。えっと、身体強化なんて、別に珍しくもない話ですよね?冒険者はもちろんだけど、町中でも使ってる人をよくみかけますし」


 なぜそんなことを気にするのかわからない、って顔をしながら首を傾げて見せるとデュティエの笑顔が深まった。


「そうだね、でもキミ達ほど自然に使いこなしている者は少ないよ。魔力で強化した身体を思うように動かすにはそれ相応に時間がかかる。日常での力仕事程度なら平民だって使えるけど、激しい運動や戦闘に応用しようと思えば熟練の技が必要だ。全身は出来ても、部分特化は特に難しい」


「……それって、オレの耳が他の奴らよりよく聞こえるとか、ウカの鼻が利くって話のこと?だったら、これは誰かに習ったんじゃないし、身体強化なんてそんな御大層なもんでもない」


「へぇ、そんな特技もあるんだね」


 デュティエの声には楽しそうな響きがあった。もしかして、本当に純粋な興味で訊いているのだろうか。


「あのさ言っとくけど、ユーゴの耳もウカの鼻も身体強化を使ってるんだよ。僕の足が速いのも、身のこなしが軽いのも、もとの身体能力が高いってわけじゃないからね」


「そうなのか?まぁ別にどうでもいいけど。オレの耳がいいのなんて、今に始まったことでもねぇし」


 ウカは肉串を持ってないデュティエから関心を失って、水路に手を伸ばし遊び始めた。

 逆にデュティエはこっちの話に身を乗り出す勢いだ。ユーゴはそもそもこの話に興味がなさそう。まぁ、知ってたけど。


「そうか、キミらは本当におもしろいな。あっ、いや、誤解して欲しくないのだが、別におかしな意味で言っているわけではないんだ。身体強化の精度をあげられるいい方法があるのなら、コツを教えて欲しかっただけで」


 自分の言葉に動揺したデュティエは勢いよく頭を振って、さらっとした短い緑髪を左右に揺らした。それに対して僕は肩をすくめて見せる。

 別に今更、自分が獣混じりだという目で見られようと気にしないし、話して困ることもない。


「コツって言われても、僕も気付いた時には出来てましたし、騎士である貴女にこちらから教えられる事なんてないと思いますよ。赤ん坊の頃から見てるウカだって、気付いたらああだったし。ユーゴは何かいい方法おもいつく?」


「そんなんオレが知るわけねぇだろ。……あーでも、前にアニヤがなんか言ってたな。オレの耳がよく聞こえんのは、生きるために必要だったからじゃないかって」


 ……ああ、それは僕も言われたことがある。


 気配を殺すのが得意なのも、身のこなしが軽いのも、僕が生きるのに必要だったのは本当だ。それが出来たからあの盗賊達は、僕のことを生かしといてもいいと判断したのかも知れないし。


 たぶんアニヤは僕のやってきたことを知っている。

 だけどそのことで責められたり、咎められたりしたことは一度もない。


「生きるため、か。そうかだな、環境が人を育て、人を作るとはよく言ったものだ。やっぱり、艱難辛苦を乗り越えた先にこそ強さがあるってことなんだな」


 おかしな事を口走りながら拳を握るデュティエは、やっぱりあのバルド団長の部下なんだなと思う。凛々しくて綺麗なひとなのに、とても残念な臭いがする。


「ああ、いやすまなかったね。これからキミ達とはちょくちょく顔を合わせることになるだろう。その時にはよろしく頼むよ」


 さっきの勝負、最後まで長布を取られずに逃げ切ったのは僕とユーゴ、ウカの三人だけだった。

 でも、ジュ―ド達だって身体強化が使えないわけじゃない。まだ自分の力を上手く使いこなせていないのと、僕らより魔力量が低いってのが理由だろう。そしてこのデュティエも騎士達の中では、魔力量があまり多い方ではない。


 それにあいつらは今、僕やユーゴに負け続けなのが悔しくて、こっちの動きについてこようと思考錯誤しているところだ。今後ウカと一緒に鍛えてみて、うまく行ったら彼女に教えてあげるのでもいいだろう。


 屋敷にいるチビ達がチビッ子王様に感化されたように、僕らもまた身近にあるものに感化されて日々変化しているんだと思うから。

 アズサが前に言っていた、情けは人のためならず?って奴。そのうちデュティエが僕の役に立ってくれることもあるだろうしね。


「これから時間がある時にはそちらの訓練にも参加させてもらいたいな。キミ達は“しっぽとり”のようなおもしろい鍛練法をたくさん知っていそうだしね」


「あー、あれは僕たちもアズサから教えてもらったものだから」


「アズサ?それは誰だい?」


 近衛隊が離宮のみんなに紹介されたのは、アニヤの客人が帰ったあと。デュティエはまだアズサの顔を知らない。

 アズサの話題になると、水をたたいて遊んでいたウカが顔をあげた。


「アズはね、アニヤのおつかいで、ちゅーおーりょーってとこに行ってるから今いないの。でも、美味しいもの作ったり、おもしろい遊びをかんがえる天才なんだよっ」


「……中央領?へぇ、それはすごいな。アズサ殿がお戻りになられた際には、私にも紹介してもらえるかい?」


「いいよ!お姉さんのぶんのおやつも作ってくれるように頼んであげる!」


 その後、ウカがアズサの話をデュティエに聞かせているうちにみんなも食べ終わり、ユーゴは王城へニーニャを迎えに、バージ達は離宮へ戻る時間となった。


 帰り道、城へ続く大通りの坂道をあがっていると、ウカがもぞもぞと腕を擦りはじめた。見れば、顔色も悪くなってる気がする。


「なんか、きもちわるい」


「大丈夫かい、ウカ君」


 ウカに懐かれたデュティエが心配の声をあげるが、仲間内では慣れたものだとみんなの反応はやや冷たい。


「食べ過ぎだろ」


「噛まずに呑みこんでるからそうなるんだよ」


「ちがうよ、見てよこのぶつぶつ!兄ちゃんたちはわかんないの?ほらぁ、ぞわぞわってするじゃん!」


 震えながら訴えるウカに、ちょっと違和感を覚えた。

 消化不良にしては様子がいつもと違う。少し離れて歩いていたユーゴを見れば、立ち止まって周囲を警戒している。


「どうし…」


 ユーゴに声をかけようと足を踏み出した瞬間、僕の方にもおかしな感覚が来た。全身が総毛立つような恐怖が、足元から這い上がってくる。


「おい、どうしたんだお前ら、そんなに殺気立って」


 このおかしな感覚はジュ―ド達にも遅れてやってきたようで、僕らの間にだけ不可解な緊張が走っていた。戸惑うようなバージの言葉を遮って、片手を挙げる。


「黙って、動かないで。ユーゴ、何だかわかる?」


 心臓が早鐘を打つようにうるさく動いている。

 いますぐにここから逃げ出したい、そんな焦燥に逸る気持ちを抑えながら、周囲を警戒しつつユーゴに近付く。


「王都の動物たちもみんな息をひそめてるぜ。空気がおかしい……いや、それよりも地面が…」


 ユーゴがそう言い差した時、周囲に目を走らせていたバッカスが戸惑うような声をあげた。


「バージ副隊長、あちらをご覧ください!」


「――なんだ、ありゃあ…」


 バッカスは王城とは真逆の方角を指差していた。


 王城を背にして遥か先に見える地平線、この坂のてっぺんからは、快晴であれば中央領の最中央に位置する紫雲に包まれた山頭さえ臨むこともできる。

 今日の空はよく晴れていて、城下から続くティルグニアの大地もよく見渡せた。緑の大地の上にいつもは見られない、黒いものが漂っているのが見える。


「雲……?」


「いや、あれは鳥だよ」


 南の空に浮かび上がった黒く見える鳥影は、少しずつこちらへ移動して来ているようだ。

 その動きをじっと見つめていると、突然地面の下が揺れ、大地が波打った。


「山津波!?くっ、全員地面に伏せろ!」


 バージの声にみんなが一斉に地面へ伏せて行く。

 僕はデュティエがウカの頭を抱えて地面へ伏せたのを視界の端にいれながら、目の前で起きている現象に息を呑んでいた。

 地鳴りと遠く人々の叫び声が響く中、誰かの微かな呟きを耳が拾う。


「なんなんだよ、あれ……」


 南の空にはあちこちで土ぼこりが舞いあがり、逃げ惑う鳥達が飛び交っている。

 さらにその先、地平線の彼方には、どこからともなく発生した黒い靄が渦を巻き、刻一刻と中央領の上空に黒雲を広げていた。


















後半のサブタイがどうしても浮かばず、まとめて投稿。

長くてすみません<(_ _;)>


活動報告にイラストを載せました。

よろしければ見にきてください。今話の梓(頂き物)とメイがいます♪

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