三番勝負
ドワーフは物造りを生業とする種族だ。
素材の採取から処理加工のすべてをこなし、世界中のありとあらゆる素材を使って様々な道具を造る。
骨は切り、牙は磋ぎ、玉は琢ち、石は磨かれる事で素材としての価値が高められていく。
金剛石を金剛石で磨くように、職人同士が鎬を削る中で本領以上の力を発揮させ最高の物を造り上げるのだ。
ドワーフが物造りに長けている理由のひとつに、セッカの泉に棲まう精霊の力があった。精霊によってもたらされる恩恵で、今日のドワーフがあると言っても過言ではない。
歴代のドワーフが守り秘して来たセッカの泉には、万物の宿す魔素や魔力の流れを円滑にする力があった。しかし、精霊が姿を消してからはその力を失っている。
いくら修錬に励もうとも、今造られている道具の出来は精霊の恩恵を受けていた頃に及ばない。
もとの精度に追い付こうと躍起になること早二十数年。
限界が見えて来たこの頃では、みんなの士気も下がりつつあった。そんな中で勲しに挑もうなんて気になる職人がいるはずも無く、秤が行われること自体、久しぶりの事になる。
秤に参加する資格を持つ者は、ドワーフ族とドワーフ族に認められた一握りの者のみ。
最近の世情からか、外の者がこの秤に参加することもなくなっていた。昔は女でもこの催しに参加していたようだが、僕が知る中で秤に参加したというドワーフの女は大婆ぐらいだ。
この秤でドワーフが見定められるもの。それは、一に『目利き』、二に『技量』、三、四で『根性』、五に『胆力』だ。
一の秤では造り手としての目利きと技量を、二の秤では忍耐を、三の秤では肝の強さを競い、勲しさを見せつける。
しかし、外から秤を受けに来る者は職人としての見定めを目的としているわけではない。それにそういう奴のほどんどが鍛冶の心得などない素人だ。だから技量勝負は免除され、造り手を里の者が引き受けることになっている。
今回だって、若手が呼び出され”鎚”となる者を選出するのは慣例通り。
”鎚”を引き受けるということは、その後もずっと面倒を見て行くと約束するということ。だから、大抵はそいつを里へ連れてきた者の血縁者が名乗りを上げることになる。
今回、アズサをここへ寄越したのはアニヤ様で、勝負をすると言い出したのはうちの爺さんだ。となると、勝負を仕掛けた爺さんの孫である僕が”鎚”を引き受けることは当然と言えば当然と言えた。
……まさか、アズサが女の子だなんて思ってなかったしなぁ。
今は人出も足りない時期だ。最初からアズサの性別がわかっていたとしても、結局は僕が引き受けることになっていたのかも知れない。そうは思っても、なんだか落ち着かない気分だった。
「目利き勝負にウィンロックを頼ることは許さんぞ。もし姑息な真似をしようものなら、玉を取って放り出してやるから覚悟しておけ!」
ふんぞり返った爺さんが、アズサに脅し文句を言いながら細工場へ続く道を先導している。
一度は先に岩屋へ向かったものの、広場から中々やってこない僕らにしびれを切らしてわざわざ戻って来たのだ。
歩きながらずっとアズサに話しかけている爺さんは上機嫌だ。
そんな爺さんの後をついて歩くアズサが、真面目な顔つきで呟きを洩らした。
「命をとる……そう、仁義なき戦いってわけね」
……ねぇ、きみに玉は無いよね?
アズサを男だと勘違いしている爺さんの話は見当違い。そのはずなのに、当のアズサが神妙な顔で頷いている。なぜ納得しているのだろう、そこは否定するところではないのか。
「ずるなんてしないから安心して。里長こそ、こっちが勝ったときには約束をしっかり守ってもらうんだから、覚悟しといてよ?」
彼女の挑発するような言葉に、爺さんは『生意気な奴め』と言いながらも嬉しそうに笑い、ドワーフのなんたるかを説き始めた。
アズサがこの里を訪れたのはつい数時間前のこと。
なのに、彼女はすっかりこの里に馴染んでいるように見える。余所者嫌いの爺さんが、楽しそうに勝負を仕掛けているのがいい証拠だ。
アズサは生成りのシャツに皮のベスト、下はズボンというこざっぱりとした出で立ちをしている女の子。容姿は少年とも少女ともいえる中世的な顔立ちで、一言で言えば童顔だ。
でも、その幼い容姿に似合わぬ物腰や会話の内容からみても、成人に近い年齢なのだろうと思う。
ドワーフ族の多くは身長が低く、きつい仕事をこなしているためか、老けて見える者も多い。なので、外の者からすれば容姿で年齢をはかることが難しい。アズサの身長は僕より低いが、里のドワーフたちと並べば高い方なのだ。
ちなみに僕らの兄弟は祖母の血が濃く出ているので、見た目ではドワーフ族だとわかる者はいないだろう。
アズサはちょっと変わったところのある子だけど、真面目で一生懸命。
身体の線は細く、見るからに筋力のない華奢な体つきなのがわかる。男だと思っていた時は、なまっちょろい奴だと思っていたそれも、女の子ならば納得がいく。
彼女の艶やかで美しい黒髪が短いのが惜しいところだ。
アズサを観察していると、彼女の肩に乗っている小さなネズミに睨まれた。
アズサの飼っている白ネズミは、とても賢いようで彼女の傍を片時も離れずにいる。アズサに話しかけられれば、まるで言葉を理解しているかのようにじっと耳をそばだて、鳴き声をあげたりもする。
そんな白ネズミをまじまじと見ていると、鼻面に皺を寄せて嫌そうな顔をして胸ポケットの中に入ってしまった。あんなに人に馴れる動物がいるだなんて、実に興味深い素体だ。
……アズサに頼んだら調べさせてくれるかな。
「カッカッカッ、お前さんもだいぶマシになってきおったな!ウィンロックも、ワシの胸をかしてもらえるなどと甘っちょろい事を考えとるなよ。孫だとて容赦はせんからなっ」
「え?あ、あぁ、わかってるよ」
爺さんに声をかけられ現実に引き戻された。
ぼんやりしているうちに、最初の秤が行われる場所に到着していたようだ。
細工場の手前に位置しているこの岩蔵は、常であれば部外者が立ち入ることが許されない。仕上がった物品や素材はすべてここに保管してあるため、ドワーフの宝物庫と言ってもいい場所だからだ。
ある意味、この場所に入れてもらえた時点で、その人物はある程度認められているということでもある。
「さぁ、ここにある素材から好きな物を選べ」
爺さんが腕を伸ばして蔵の奥を示した。
四方の岩壁には、大剣や斧、大槍、強弓など様々な武具がびっしりと飾られている。
すべてがドワーフの宝、といいたいところだが、その多くが装飾過多、賦与属性過多、重量過多、希少な素材がこってりと盛られた防具やアクセサリなどである。
この岩蔵で管理されている道具は、歴代ドワーフ職人の”若気の至り”とでも言おうか。
どれもこれも、凝りすぎて買い手のつかなかったものや値段のつけようがないものだ。中にはいわく付の物も多いので、取り扱いには注意がいる。
素直に感心するアズサを見て、腕組みをした年寄り連中が満足そうに頷いている。ここへ入ることを許された久しぶりの客人だ。年寄りの楽しみである腕自慢を邪魔することもない。
並んでいる道具が、一級品であることに間違いはないのだから。
勝負の説明を始めた爺さんから視線をはずし、岩蔵の中に保管されている素材に目を向けた。
ここにある物のほとんどが、自分たちの目で見定め手に入れて来た素材だ。棚に陳列されている素材の一つ一つが一級品だという自信がある。
一の秤で大事なのは、素材の目利き。
素材の一番わかりやすい見分け方としては、内包されている魔力量をみることだろうか。それだけではわからない事もあるが、素人にはそれが一番わかりやすい。
石でたとえるならば、宝石は大きさだけでその価値ははかれない。大きくても質が悪かったり、反対に小さくとも、純度が高ければそれだけ内包された力を発揮しやすいということがあるからだ。
ドワーフ泣かせと云われる希少素材の中には、魔力回路が閉ざされていて、ちょっとやそっとの目利きでは見抜けないものだってある。見習いたちは、多くの素材に触れることで見抜く目を養っているのだ。
「造るのはお前の鎚となったウィンロックだが、大きさや使う素材の数、種類はすべてお前さんの目利きで選ぶんだ。使えるまでに時間のかかる鋼のような素材を選ぶならば、すでに鍛造済みの物を使え。お前さん自身が打つわけじゃないからそこで良し悪しはつけられんからな」
爺さんは手近にあった鋳塊を手に取ると、アズサに向かって放った。
鋳塊とは、溶かした金属や合金を使い勝手のいい大きさの鋳型に流し込んで固めたもの。爺さんが放ってよこしたのは小さな白金色の塊だ。それは比較的どの素材とも相性がよく加工もしやすい白金鉱石の延べ板だった。
さりげなく扱いやすい素材を渡しているあたり、どうやらうちの爺さんにアズサをこてんぱんにするつもりはないらしい。
だが、要となる素材は一から選ばせ、彼女を試して楽しもうとしているようだ。
「組み合わせ奈何では、複数の効果がある道具を創ることも可能だ。だが、物には相性ってもんがあるからな。そこを見極めて最良を選び抜くのがワシらの仕事だ。ちなみに、この勝負は今まで自分が使ったことのある素材の組み合わせを使うことが禁じられている。今までに創ったもんが多い熟練者ほど不利になるというわけだ。素材の持つ力を最大限に引き出し、どれだけ使用者に親和性のある物に仕上げられるかはウィンロックの腕の見せ所だな」
爺さんは飾ってある道具類を見せながらアズサに詳しい話を聞かせていった。
アズサは道具に賦与されている効果を聞いては、驚き感心している。僕は年寄りの心をくすぐるような言葉を次々と繰り出すアズサに感心していた。
「本物のドワーフが造った物を見られる日が来るだなんて、夢みたい。月の満ち欠けを彫り込んだごつい盾もカッコいいけど、こっちの宝石がちりばめられてる透かしの入った腕輪も繊細で素敵……。え、これ里長の作品?おお――、いい仕事してますねぇ!」
……月の盾、のように見えるそれは巨人族に依頼されたけど、結局取りに来なかった料金未収のボタンだよ。(5個セット、攻撃反射賦与あり)
今アズサがほめちぎっている腕輪は、希少な魔石を注ぎ込んで創られた属性を増やす腕輪。……を目指したけど、思っていたのとは違う効果が出てしまった”売れない物”の筆頭だった。
面と向かって褒められた爺さんたちは、これ以上ないぐらい鼻面をあげて笑っているが、内情を知っているこっちからすれば複雑な気分だ。
本来の秤であれば、アズサのように素材を自由に選べと言われるようなことはない。
外の者が秤へ参加する時には、いくつかの候補をあげそこから選ばせる方法がとられていた。五つくらいの候補の中にハズレを仕込んでおくのだ。
ほとんどの場合ハズレはひとつ、選ぶ者と相性の悪い石を入れておく。他の四つにはそいつを連れて来た者と親和性の高い石が並べられる。
つまり余程のことが無ければ、挑戦者がハズレを選ぶことはないという出来レースである。
どうやらアズサは爺さんにかなり気に入られたらしい。
ここ数日、爺さんは元気がなかった。
原因は久しぶりに里帰りしていた一番上の兄が素材探しの旅に出かけてしまったのと、サニヤ婆ちゃんの留守が重なったせいだ。そして今、生き生きとしてるのは、アズサが相手をしてくれているからに違いない。
うちの爺さんは見かけによらず、寂しがり屋なのだ。
アズサは王都から来た人間にしてはとてもわかりやすい反応を返してくるので、内面が読みやすい。彼女が隠しごとの出来ない性質だとわかり、爺さんもいくらか気を抜いたのだろう。
機嫌の悪かった爺さんに難癖をつけられた彼女は気の毒だったが、爺さん達との相性は悪くないようだし、本人も楽しそうにしている。ここはもう、年寄りの暇つぶしにつきあってもらうのが一番だ。
秤で”鎚”を引き受けた者は、目利きの最中に決して口出しをしてはならないという約束がある。真実はどうあれ、挑戦者に不正を疑わせることがあってはならないという決まりごとだ。
爺さん達の勲し自慢を聞き終わったアズサはひとり、素材が並ぶ一角へと足を向けた。
アニヤ様の知り合いとはいえ、アズサには素材の知識などなさそうだ。
そんなアズサがここで見定められるのは、”感性”ということになる。勝負の形は違えど、見定められるものは他の挑戦者たちとそれほど変わらない。
好きなものを選べ、と爺さんが言ったのは自分自身に親和性の高い物を選ばせるため。好みで選んだ素材には、その人物の本質が反映されるからだ。
素材からは属性や性質、言動からは人柄や健康状態。それを見て、ドワーフの懐へ入れるに相応しいかを秤にかけられる。
……僕が、アズサの”鎚”かぁ。
アズサは打てば響くような反応があって話すのが楽しいし、表情豊かで、からかうとすぐに食いついて来るようなところも可愛い。
……気丈で喧嘩っ早いのは御免だと思ってたけど、アズサがすることは可愛く見えるんだよなぁ。
あれこれと思いを巡らせてひとり身悶えていると、誰かに肩を強く押され我に返った。
「ウィンロックは下がって……。おい、なんだ気持ち悪いな。お前なに顔を赤くしてニヤけてやがる」
「……は?べ、別にニヤけてなんてないし。あっ、爺ちゃんには誤解のないよう言っとくけど、僕は本当にアズサの鎚になったわけじゃないからね!?ぼ、僕とアズサは、まだ会ったばかりだし、ちょっと気が早いっていうか、もう少しお互いに…」
目の前に立っていた爺さんに焦り、思わず妄想していた内容を口走っていると、アズサの楽しそうな声が聞こえてきた。
「ねぇ、里長!本当にここにある素材からどれでも選んでいいの!?」
こちらを振り向いたアズサはとても無邪気にはしゃいでいた。
彼女の喜びように、周りで見ていた見物人たちも苦笑している。
「まったく、嬉しそうにしおって。これは勝負なんだぞ?カッカッカッ!お前さんの好きなもんを遠慮なく持ってくればいい。ほれ、ウィンロック、お前は意味のわからんことをほざいとらんで壁にでも張り付いてろ」
「うっわ、わかってるよ!……まったく」
背中を容赦なく叩かれて、よろめきながら移動する。目の前の人垣が割れて、最後尾の岩壁に押しつけられた。
里のみんなより背が高い僕は、後ろへ行ってもアズサの動きを追うことができるので、観るのに何の問題も無いのがいいところだ。
「ふふっ、楽しい~っ」
浮かれた様子のアズサが素材棚を眺め歩いている。
ここに並ぶ素材は、大地から採れる鉱石や動植物から採れる魔石、天然素材に加工素材と種類は豊富だ。
希少価値の高い物も、そうでないものも一緒くた。そこに置かれている意味がわからない者からすれば、そう見える陳列でもある。
きょろきょろと素材を見まわしながらアズサが進んだ先には、ずらりと並んだ木箱があった。
木箱の中に積まれている鉱石は、この春掘り出したばかりのものだ。それは見習いたちが粗選別した原石。
見習いたちが使えるものとそうでないものを寄り分けた結果、価値なしと見定められた、つまりクズ石が集められている一角だった。
(今ある素材のなかで選ぶとしたら、鬼鎧鮫の水晶体が一押しだよね。……あ、素通りしちゃった。やっぱり素人だよ、あいつ)
(アーニャ嬢ちゃんの紹介だぞ?王の離宮から来たって話だ。只者じゃなかろうよ)
(……おいおい、オリハルコンに見向きもしないだと?古代遺物だし、ここにある中じゃ一番値の張る素材だぜ。もったいねぇなぁ、俺だったらあれで一撃必殺の武器を造るのに…)
(……ちょっと、おいちゃん!ぼくらにはオリハルコンには触っちゃダメだって言ったのに、なんであいつはいいんだよ!?)
(あぁん?当ったり前だろうが、オリハルコンなんてお前らにゃ百年早いわ!しかも、あれはちょっとしたいわくつきだからな。あのひょろっちい毛なしが扱える品なんぞここにゃねぇが、ウィンロックなら大概の素材はいけるさ)
(ねぇ、まってよ。よく見て!あいつ、クズ石を手に取ったぜ?ぷぷぷ。この勝負、ぜったい里長の勝ちだね)
見届け役に集まっている者たちがひそひそと勝手な物言いをする中、アズサは手に取った石を炎の光にかざすとふわりと笑った。
そのまましっかり両手で包みこむと他の素材には目もくれず、爺さんの許へ戻ってくる。
「素材にはこの石を選んでもいい?さっき里長から渡された鋼と組み合わせて造ってもらえたらと思うんだけど……」
アズサがそっと差し出してきた素材を、爺さんは無言で受け取った。
ここからでは爺さんの背中しか見えず、アズサがどんな石を選んだのかまだわからない。
口を噤んだまま石を見ている爺さんを周りの連中が固唾をのんで見守っていると、しばらくして深い溜め息が聞こえた。
「……お前さん、よくこんなものを見つけたな。良い目をしとる」
先程までのおちょくりも、皮肉もない素の言葉。
アズサの目利きに、ドワーフの長直々の合格が出た。爺さんが発した里長としての言葉にどよめきが起こり、一瞬にして騒がしくなる。
「すげぇ、長に認められたぞ、あいつ……」
「それ、クズ石じゃなかったの!?おいらにも見せてよ!」
「そんな……、クズ箱の中身はみんなでちゃんと確認したのに…」
仕分けに携わった見習いたちが衝撃を受けている。
見習い全員がクズ石だと判断してあそこに置いたはずのものだ。悔しがるのも仕方がない。あとで叱られる可能性を考えて震えあがって青くなっている者までいる。
そんな見習いたちの悔しさ混じりの言葉に、アズサが反応した。
「ちょっ、クズ石なんて失礼な!たとえ値段がつかないような物でも、わたしが気にいったんだから、これはわたしにとって価値がある物なの。素材からのオーダーメイド、手作り、しかもドワーフであるウィンロックが造ってくれるんだもん。この世にひとつしかない宝物でしょ?」
アズサの言葉で、みんなが一斉に僕を見た。アズサと目が合ったけど、僕はなんだか胸がいっぱいでうまく言葉がみつからない。
「クックックッ、こうまで言われちゃ職人冥利に尽きるってもんだ。お前さんは目利きとしても、客としても申し分ない奴だよ。ほれアズサ、お前の”鎚”に、選んだ素材を見せてやれ」
「はい!……あ、違った。うん!」
わざわざ言葉を言い換えたアズサに、爺さんが苦笑した。周りにいた連中からも笑いがこぼれ、やわらかな空気が流れる。
爺さんから石を受け取ったアズサがまっすぐにこちらへ向かってきた。人垣をすり抜けると、誇らしげな顔をしたアズサが素材を差し出してくる。
「ふふっ、あとはよろしくね、わたしの”鎚”さん」
「!?……な、なに言って……!へ、変ないい方しないでよねっ、ぼ、僕はまだ、そんなんじゃないんだからっ」
「……は?」
アズサが変なことを言うもんだから、周りにいた仲間がニヤニヤとこっちを見て笑いだした。どもりながらアズサの言葉を否定したけど、アズサは怪訝な顔をして首を傾げている。
ドワーフの慣習なんて知らないアズサにはわかりようもないことだと、その反応で気づいたがもう遅い。
「な、なんでもないっ!」
熱くなった顔をごまかすように石を掴んで横を向くと、掴んだその手触りで、受け取った石に大きな亀裂があることに気がついた。
視線を落とすと、黒い石は研磨されたかのように丸みを帯びているのがわかる。
それを見て、それまで考えていたすべてが飛び、手にした素材に意識を集中させた。
「これは黒曜石?……いや、黒玉に乾燥でひびが入ったか。それなら丸みを帯びてるのも納得……。あれ?でもこいつ黒玉にしては重いし……母石だ」
黒玉は鉱石ではない。樹木が水中で化石化したものだ。
しかもこれは小さくてひび割れがある。見習いたちは黒玉だろうと判断して、価値なしとしたのだろう。
黒玉は割と多く採れる素材だ。この石じゃ小さいので加工しようと思っても、大したことはできない。それに今はひび割れのせいで母石自体の価値は低い。もしかしたらこの石は、仕分けした時にはまだ乾燥しておらず、ひびが入っていなかった可能性もある。
外側の母石にはそれほど変わった特徴は見られない。
問題はひびの奥にある結晶だ。爺さんはこの中心にある結晶を見て、アズサの目利きを認めたのだ。
光の入る角度に合わせて、じっくりと裂け目の奥にある結晶を見ると、それが黄色味を帯びているのがわかる。
……琥珀?いや、違うな。
もとは樹木であった黒玉だとしても、木の中に樹液が溜まって琥珀になったなんて考えにくい。琥珀の元である樹脂は樹木についた傷をふさぐために樹木自身が出す分泌物なのだから。
だとすれば、これは黒玉でもないのか。
外から見てもそれ以上のことはわからなかった。だから魔力を見分してみようと、素材に自分の魔力を流してみることにした。
「……ん?」
周りを囲んでいる母石からはまぁまぁな質とほどほどの量の魔力が感じられる。だが、亀裂の奥にある結晶からは何の反応も返ってこない。
「これは…」
この世にあるすべての物には魔力が宿っている。
その理の中で、魔力のない物が存在するとすれば、それはその素材が閉じているからだ。
考えられるのは二通り、素材自身が閉ざしている可能性と、故意に閉ざされている可能性。どちらも相当な力がなければ出来ない事だ。
――そして、アズサが見つけ出したこの素材は、前者だった。
「精霊石……!?」
職人たちや見習いの子どもらに見物される中、梓は素材の選別にかかっていた。
金銀玉、獣の爪や牙、毛皮に目玉、骨、木材、石材、炭に油、様々な物がごちゃごちゃと並べられた岩蔵の中で、梓の気を引いたのはまだ幼い石だった。
「……あ、教科書で見たことある。この中に宝石が入ってたりするんだよね?」
梓が覗いている隅に置かれた箱の中には、ごつごつとした石や岩の塊が無造作に積まれていた。
『ドワーフ体験!』と喜ぶ梓はすでに遊び気分。勝負を仕掛けてきたバロックに対しても、話を聞いているうちにすっかりなついていた。
「ねぇ、メイ。ここって、いかにもお宝が眠っていそうじゃない?」
「あぁ、確かに宝が眠っているな」
棚にはいくつか気になる物が並んでいるが、その中でも宝と呼べそうな物が目の前にあった。以前、目にする機会のあった勾玉。あれも同じように眠っていたことを思い出す。
「やっぱり?あぁ、迷っちゃう」
ここには、霊験あらたかな物から呪いのかかった物、何に使うのか不明な物まで雑多な素材が集められているようだ。
穢れに敏感な梓は、穢れた物を″触りたくない物″として視界にも入れないようにしていた。危ういものには近づくなという教えがしっかり身に刻まれているようで、何よりである。
「ど れ に し よ う か な…」
山積みされた石の中から迷うそぶりを見せながらも、梓は手鞠ほどの大きさの石を手に取った。
黒ずんだ石には、横に割けるようなひびが入っている。中を覗きこむと、ひび割れた石の中心に白くくすんだ琥珀色の貴石があった。
それは、神経を研ぎ澄ませなければ気づかないほど仄かな光を宿している。
その貴石は母の胎内にいるように、静かに眠っていた。
梓が石を光にかざすように持ち上げると中に光が通ったが、石の眠りが覚める様子はない。
「……このままでも素敵だけど、中から出してあげたらどんな姿になるのか見てみたいな」
周りの母石に守られるように隠れている貴石。それを気に入った梓は、他のものには興味を示さずまっすぐにバロックの許へ戻った。
その場にいた子どもらは声を出さぬよう笑っているようだったが、大人たちは興味津々と集ってきた。
その黒い石塊を、さきほど投げ渡された銀色の鋼のかたまりと一緒に手渡すと、バロックの表情が一瞬で真剣なものに変わる。
鋭い目で中心に眠る石を見定め、顔をあげた時には、呆れたような表情をしていた。
「……お前さん、よくこんなものを見つけたな。良い目をしとる」
バロックの反応にどよめきが起こり、梓の選んだ石に子どもが難癖をつけてきた。梓は憤慨していたが、価値のわからぬ者など放っておけばいい。
梓の匠となることを望んだ男にその価値がわかれば好し、わからぬような役立たずならば別の者を指名すればいいだけの話だ。
――――結果、ウィンロックという男には匠を買って出ただけの技量はあったようだ。
周囲の喧騒が大きくなる中、バロックが足を踏みならしたことで周囲が静まった。
「フン、この数多ある素材の中から一発で精霊石を見つけ出すとはな。しかし、男に二言は無い!アズサの素材はこれで決まった!次はワシの番だ、毛なしに後れをとるわけにはいかんぞ!」
バロックが大声で呼びかけると、側にいた職人たちの熱が高まった。
「グスッ……この歳になって精霊石にお目にかかれるとはのぅ……。うおぉ、こっちまで興奮してきおったわ!素材では勝てずとも、里長の技量でぎゃふんと言わせてやれぃ――!」
「そうだっ!ドワーフの勲しを見せてやれ!里長!!」
バロックは色黒の顔を上気させ、鼻息も荒く素材選びに向かった。それを囲んでいた見物人たちが一斉に応援を始めたので五月蠅いことこの上ない。
「ウィンおじちゃん、それクズ石じゃなかったんでしょ?」
「おいら達が仕分けした時には、そんなひびの入った石なんてなかったのに!お前、そんなものどっから出して来たんだよ!?」
その場に残った子どもらに詰め寄られたウィンロックは苦笑を洩らし、石を持っていた手を下ろすと子どもの目線に下げて見せた。
「これを見つけ出せるようになれば、お前らも一人前だ。よく見ておくといい」
職人の里といえど、石の価値を見抜ける者は熟練者のみのようだ。子ども達に眠っている石の波動を感じ取ることは難しいようで、手にしても首を傾げている者が多い。
そこには一緒になって首を傾げている梓もいた。
「ねぇねぇ、ウィンロック、精霊石ってなに?魔力の見分ってどうやったら出来るの?」
「……アズサ、きみこれが何だかわからないのに選んだんだね?」
梓の発言に衝撃を受けたウィンロックは頭を抱えた。
梓は石の希少さなどを聞かされても、それほど心動かされた様子はない。だが、何度教えられても”魔力の見分”という作業が出来ないことを悔しがっていた。
そのあとで、『取り出して見るまでどんな大きさの物が出て来るのかわからない』と聞かされると、そのことで頭をいっぱいにさせ喜んでいるので、問題はないだろう。
そんなところへ鼻息を荒くさせたままのバロックが戻ってきた。
その両手には素材の入った箱が抱えられている。中には大きな水晶にいくつかの色石、金の延べ板が見えた。
「さぁ、細工場へ行くぞ!あとはウィンロックの腕次第だ。アズサ、お前さんの″鎚″がいい音を奏でるように祈っておくがいい。カッカッカッ!久しぶりに面白くなってきおったわい!!」
高笑いを響かせたバロックは、足早に扉の奥へ去り、それに続いた見物人たちも扉の向こうへ消えて行った。