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梓弓  作者: 長月 夜半
第二章 朧月
43/57

ドワーフの勲し


 灯火具によって照らし出された鍾乳洞の岩肌はしっとりと濡れそぼり、天井から垂れる石灰質のつららから落ちる滴がぽつりぽつりと音をたてている。洞窟の中には、川や滝の流れている場所もあり自然の造形が美しい。

 長い年月をかけて(たけのこ)のように成長した石筍(せきじゅん)を避けて進んで行くと、水気の少ない岩棚に辿りついた。

 

 なんとか梓を宥めたシャムロックは、岩棚の奥にある渇いた場所に腰を落ち着けた。梓にも座るよう促すと、荷袋の中から乾燥した干し肉や硬く焼いたパンを取り出して行く。


「ほれ、そろそろ腹も減っとる頃じゃろ。ワシの持っとる食糧で良かったら食うといい」


 ぐずぐずと鼻を鳴らしていた梓だったが、シャムロックを見て自分の荷を探り、道具を並べ始めた。


「温かいお茶を淹れますね。あ、メイも飲む?」


 明らかに動物であるとわかるこちらに、平然と茶を勧めて来る梓。何度目ともわからないやりとりに溜め息を落としながら、そっぽを向いて答えとした。


「ぷすっ」


「コップはふたつ、と」


 梓の鼻は赤く、声も掠れているが、大分気持ちは浮上したようだ。シャムロックも自分から動き出した梓を見てほっと息を吐いている。

 梓は比較的平らな場所を選び、取り出した鉄板を開いて組み立て始めた。


 それは屋敷の庭師に頼んで造ってもらった簡易のかまどだった。

 あっという間に箱型になったそれは、下には通気窓、中央部には炉台がある。梓は炉台のなかに道中拾い集めて来た松ぼっくりや小枝を放り込むと、石を使って火を熾した。


「嬢ちゃん、それはどこで手に入れたんだ?見たことのない代物じゃが、なかなかどうして。こんな湿った場所でも火を熾せるなんぞ、素晴らしい道具じゃないか」


 続いて梓は持ち手が付いた細身の鍋を取り出し、その中に収納してあった茶碗や食具を外へ出す。鈍い光を反射する白銀の茶碗は、取っ手がないため重ねられるようになっていた。


「これはガルロックさんに外でも簡単に火が使えるものを造ってもらったんです。わたしの国じゃネイチャーストーブって言うんですよ。去年の秋に野外で料理しようとしたら、かまど造りから始まる大仕事になってしまって反省したんです。魔石を使ったかまどは移動させて使うことを想定された物じゃなかったし、冒険者向けのものは小さすぎて鍋に合わなかったみたいで。これはその試作品として造ってもらった小型版です」


 以前、梓が出先で料理をしたいと申し出た時、周りはそれを快諾した。梓は食材と鍋を用意することになり、火の用意は騎士達がすることで決まった。

 あの当時、梓はこの世界での常識をまだよく把握していなかった。

 夜営は焚火、昔は日本でもそれが常識だったが、こちらでは大掛かりな煮炊きを戸外で行う習慣がない。騎士や冒険者などは出来る限り最小限の荷物で移動するため、鍋釜持参の食事などしないのだ。


 現地に着いてから騎士団達がせっせと石を運んでかまどを作る段になり、やっと梓もその辺りの事情に気付いたらしい。大人数分の煮炊きが出来る鍋は重量があるため、簡単な焚火の仕度では済まなかったのだ。

 食事が終わった後にはそれをばらして元通りにし始めた騎士団たちに、梓は申し訳なさそうに謝罪していた。

 その反省を踏まえた梓の提案に応えたのが、庭師のガルロックだ。


「大型の物はもう少し改良するって言ってました。今のままじゃ重くて手軽には運べないからって。こっちの小型版はその辺で拾った小枝でも火を熾せるから便利だし、折り畳んで収納できる優れモノなんですよ。お鍋も取っ手付で造ってもらったから、調理にも湯沸かしにも使えるし、使っていない時は中に色々収納もできちゃう優れモノ。しかも、焼き網と鉄板のオマケつき!最高です!」


 楽しそうに喋りながら水筒から鍋へ水を注ぐと、上部にある小さな五徳(ごとく)の中央に置いた。

 話すうちに気分も上向いて来たようで何よりだ。

 調子の出て来た梓に相好をくずしながら、シャムロックはじっくりとその造形を吟味していた。


「ふうむ、大人数を想定すると荷重に耐えられるようにせねばならんからな。ガルロックの奴、しばらく大人しいと思っとったら、一人で楽しんでおったのか。こっちにも声を掛ければいいものを……。ふん、下から取り込んだ空気で、効率よく燃焼させるようにしてあるな。むむ、側面の板は二重構造か……」


「結構火力も強くて、二人分のお湯ぐらいならすぐ沸いちゃうんですよ。ほら…」


 すでに沸騰を始めている鍋を確認して、炉台の下にある扉を少し閉めると火の勢いが弱まった。重ねてあった茶碗を二つ並べた梓は、茶碗の中に小さな布で包んだ茶葉を放り込み、上からたっぷりと湯を注いでいく。するとすぐに、すっとするような爽やかな香りが広がった。


 この茶巾には、陳皮(ちんぴ)を混ぜた茶葉の中に乾燥させた生姜と葛が入っている。これは梓たちが冬の間に飲んでいた健康茶のひとつだ。


 梓は薬屋に勤め始めた子どもらに、”食育”と称して食材に含まれる栄養や期待される効能をひと冬かけて教え込んでいた。そうこうするうちに、妊婦を診に来ていた医者と意気投合し、梓が名付けを行った数名の子どもらが宮廷の薬学研究所に足を運ぶようになったのだ。


 この冬、その茶を飲んでいた離宮関係者たちの間では病にかかる者がなかった。


「茶に香味野菜を入れとるのか?こりゃあ、ええ匂いじゃ。ふうむ、こっちは火の調節まで出来るのか。……そうか、この引き戸で空気を取り込む量を加減して…」


 シャムロックがほうほうと感心しながら炉台を眺めているうちに、梓は先程出されたパンを網の上に乗せ箸で転がし始めた。硬いパンも、温めれば少しは食べやすくなるだろう。


「お茶、熱いので気をつけてくださいね」


 梓は茶の出具合を確認すると、小さなかまどに夢中になっているシャムロックに手渡した。


「あ、すまんのぅ。……なんじゃ?この茶碗に使われとる軽い金属は??それにこの茶碗、湯気を立てとるのに手にとっても熱くない。ははぁ、これも二重構造か」


 シャムロックは茶碗を受け取ると驚いてまじまじとその茶器を眺めた。

 白銀色の茶碗を手に、次々と新しい物を見つけていくシャムロックはとても楽しそうだ。梓の話を聞いている庭師と同じく、目の前の物から何かを得ようとする職人の目だった。

 シャムロックの反応を見て、梓は嬉しそうにそれがどうやって出来たのかを語って聞かせた。


「ふっふっふっ、これは一円玉を見本にして作ってもらったんです。あ、一円玉って言うのはわたしの国のお金なんですけどね?」


「ほう……?」


 アルミニウムという素材のことを語る梓はとても自慢げだ。

 シャムロックが褒め言葉を口にするたび、まるで自分が褒められてでもいるかのように嬉しそうに笑っている。


「ギブス石、ベーム石、ダイアスポアか……。ベルニア王国でよく採れる鉱物じゃな。……風化残留鉱床にこんなお宝が眠っておったとはのう。(やわ)い素材には軟いなりの使い道がある、か。バロックにも聞かせてやりたいわい」


「あ、バロックって里長のことですよね?シャムロックさんを訪ねてドワーフの里に行った時、お世話になったんです。ドワーフの里の露天風呂は最高でしたね。また行きたいなぁ。あっ、それに、鍛造や鍛金の様子なんかも見せてもらったんですよ?」


「……露天風呂じゃと?いや、それより嬢ちゃんは、岩屋の細工場に入れてもらえたのか?」


「そうそう、みんな細工場って呼んでいましたね。色んな火釜が並んでいて、見応えがありました。それに、わたしもちょっとだけ参加させてもらったんですよ?素材選びからやらせてもらって楽しかったなぁ。あ、コレがその時に造ってもらったアクセサリです」


 そう言うと、梓は胸元から石のついた白金の鎖を取り出して見せた。

 護身具についている石を見たシャムロックは口をあんぐりと開けている。


「じつは里長を怒らせてしまって、『勝負だ』みたいな話になっちゃったんです。だけど、お酒を呑んでるうちに許してくれました。アニヤさんもそうだけど、ドワーフの人たちはみんな優しくていい人たちばかりですね」


 梓が懺悔でもするように里での話をしているが、それを聞いたシャムロックは茫然とした表情になった。目を瞬かせた後には、両手で顔を覆い唸り声をあげている。


「……バロックめ、いい年こいて何をやっとるんじゃ、あいつは」


 ドワーフの里で手に入れたあの護身具は、言わば梓の”戦利品”だ。


「ぷすっ」


「……あ、またメイが悪い顔してる」


「…………。」









 ドワーフの里と呼ばれる集落は、採石場にも似た様相をしており、岩を削って作られた洞窟のような家が建ち並んでいた。女人の姿は少ないようだったが、そこに暮らす人々の顔には活気があり、客人が珍しいのか興味津々と行った様子の子ども達が押し合いへし合いして顔を覗かせてくる。


 彼らは女も子どももみな髪を編み込むことが習慣のようで、男たちに至っては髭まで編み込んでいた。蓄えた髭を編むことが、一種の社会的地位を表しているらしい。

 長く剛毛な毛を編んでいる者ほど態度がでかいのが、この里の特徴だった。


「メイ、野ネズミの穴倉亭ってここのことかな?」


「中を覗いてみればわかるだろう」


「そうだね。それにしても、なんでわざわざこんな奥の方で呑むかなぁ……入口も狭いし、昔入った防空壕みたいだよ」


 梓はぶつくさと文句を言いながら、こちらの身体を掴むと自分のポケットの中に押し込んだ。きっとまた、ぶつかって落ちないようにとかそんなことを考えたのだろう。

 気遣われることに悪い気はしないが、他者のことを優先し、自分のことを後回しにするところは愚かな娘だと思う。


 ……そもそも、私はどこにいようと落ちるような間抜けでは無いがな。


 すっぽりと入れられたポケットから、顔だけを覗かせる。

 すると、満足そうに笑った梓は膝を抱えるほどに身を低くして、そのまま狭い土管のような入口を入って行った。


 狭い穴を梓が必死になって進んだ先には、天井は低めだが広い空間があった。

 土壁を掘って作られた洞穴には、アリの巣のようにそこかしこに他の場所へと続く穴が空いている。洞穴の中では獣脂のランプから立ち昇る臭いや、酒と食べ物の匂いとが入り混じり、澱んだ空気と男どもの臭いまでが充満していた。


 保温性の高い岩石の中をくりぬいて造られた外の家は、冬でも温かそうだったが、土を掘って造られたこの部分には湿度と換気面で難があるようだ。

 用が無ければ立ち入りたくないような場所だが、梓には立ち入らずにいられない事情があった。


「おいおい、ここはお前さんみてぇな毛の生えそろわねぇ奴が来る場所じゃねぇんだよ。とっとと出ていきな」


 髭面で柄の悪い酔っ払いに絡まれている梓を、近くで酒を呑んでいた男どもが嘲笑った。

 ドワーフの男達は梓よりも上背がない。ずんぐりとした体つきが目立つが、よく見れば筋骨隆々とした体躯をしている。

 だが、梓はそんな輩のことなど気にも留めず、あしらって見せた。


「――――あら、おじさん達こそ、そろそろお帰りになった方がいいんじゃないですか?外で緑髪のお婆ちゃんがものすごい形相でみなさんを捜してましたよ。呑むのもいいけど、早めに帰ってあげてくださいね。あれ?……まぁ、いいか。はいはい、ちょっと失礼しますよ――」


 緑髪の剛毛を編みこんで逆立てていた老女は、この里ではかなり顔のきく御仁のようだ。

 梓の話を聞くと、難癖をつけて来た男も笑っていた男も慌てて隠れるように壁際へ移動して行った。


 小さな穴倉の中にはひと仕事終えた男どもが寄り集まって、酒を酌み交わしていた。そのすき間をすり抜けて梓が奥へ進んで行くと、人垣の向こうに一人で呑んでいる男の姿を見つけた。


 男は赤毛に白髪の縞が入った髪を長く伸ばして編み込み、白一色の髭は飾りを編み込んで少し他者とは違う装いとなっている。ドワーフの男達はどれも煤けた姿をしているが、この男はそれ以上に黒いなりをしていた。

 男は深いしわを眉間に寄せ、近づいて来る梓に一瞥をくれたが、フンと鼻を鳴らしただけで酒に視線を戻す。


 梓が捜していた目的の人物は、ドワーフの里長であるバロックだ。

 先程、この里へ到着した時に顔を合わせたのだが、話もそこそこにどこぞへ姿をくらました。里の中をあちこち捜して回ったが、立ち入り禁止だと言われて仕事場には近づけず、外で待っていたのだが一向に姿を見せない。それで子どもらに訊ねたところ、ここを教えて貰ったのだ。


 やっと見つけたバロックを逃がすわけにはいかない、と意気込んでいる梓は、バロックのいる卓上に手に持った封筒を叩きつけるように置いて、目線の高さを合わせた。


「里長、アニヤさんから預かった手紙を受け取ってください!もう一通はシャムロックさんに直接会ってお渡ししたいんです。お願いですから、どこにいるのか教えてください!」


 先程も、梓はこれとほぼ同じ言葉をこのバロックに伝えている。

 だがバロックは今もまた、梓が机に置いた手紙に一度視線を落としただけで受け取りはしなかった。


「ふん。そんなものワシは読まん。そんなに読みたきゃお前が読め」


 つまらなそうに顔を逸らせ尊大な物言いをしてはいるが、人当たりが悪い感じはしない。なのに、手紙を受取ろうともしない。

 だが、その視線は手紙が気になるとでも言うようにそわそわと泳いでいるのだ。


「わたしが読んでどうするんですか。これはアニヤさんから里長宛てに書かれた手紙なんですよ?お願いだから受け取ってください」


 机にかじりつくように懇願している梓だが、効果はなさそうだ。

 バロックはムッとした顔をしただけで、手酌で酒を足そうとして顔をしかめた。見れば瓶が空になっている。手の平で酒瓶をひっ繰り返すと、最後の一滴まで垂らし味わっている。この男、相当なのん兵衛のようだ。


 この様子を見る限り、梓の返答が気に入らないようなのだが、梓にはそれがわからない。

 酒を舐めとったバロックは酒瓶を振り、近くの男に新しい酒を要求した。


「おい、火酒をもう一本!」


「あいよ」


 どうやらこの穴倉、一応は店らしい。

 店主らしき禿頭の男が、土を削って作られた棚から新しい酒瓶をとり、バロックに差し出した。店主の頭は薄いが、髭はたっぷりと蓄えられている。

 嬉々として酒瓶を受け取ったバロックは、蓋を開け酒の匂いを楽しんでいた。


「どうしたら、わたしのお願いを聞いてもらえますかねぇぇぇ?」


 しびれを切らした梓が火酒の瓶をがっちりと掴む。

 自分の酒に手を伸ばしてくる梓を見て、それを奪われまいとしたバロックも瓶を掴む手に力を込めた。向かい合った二人の間で、目には見えない火花が散る。


「お前、毛なしのくせに、このワシの酒を横取りする気か?上等だ、受けて立ってやろうじゃないか!お前がワシに勝ったら、お前の言うことを何でも聞いてやるわっ」


 ……話がおかしな方向へ向かっている。

 しかし、そこで『言質はとった』と言いきった梓がすぐに酒瓶から手を離し、仁王立ちして口の端を吊り上げ笑った。


「ふっ、いいでしょう。こちらこそ受けて立ってやりますよ!さぁ、何の勝負をしましょうか?」


 ……お前が煽ってどうする。


 梓は割とこういうノリが嫌いでは無い。

 むしろ、幼少時代から年寄りとばかりつきあってきたので、こういった意味のわからないことを言い出す酔っ払いの扱いには慣れている。

 椅子から立ち上がっても背の低いバロックと、腰に手を当てて屈んだ梓が睨み合う。すると、周囲の男どもが一斉に騒ぎだした。


「うおぉぉぉぉっ!?久しぶりのガチンコ勝負だぞ!皆の者、出合え――――!!」


 『おぉ――――!!』と、洞穴中で(とき)の声があがり男達が立ち上がる。


「へっ、な、なに?何なの!?」


 いきり立ち、そこら中の小さな穴から外へ飛び出して行く男どもを呆気にとられて見送るうち、店の中には梓と、酒場の店主だけが残されていた。


「あ――ぁ、お前さんも気の毒に……。今は歯止め役のサニヤ様が留守にしてるからなぁ。ありゃ、もうこの里のもんにゃ止められんわ」


「さ、サニヤ様?ってどなたですか」


「長の奥方さ。アニヤ様の母君だよ。手紙の件についてもよー、もおちっと上手く立ちまわってくれりゃあ、こんなことにならんかったのになぁ」


「は、え……?ど、どういうことですか?わたし、何かまずいことしたんですか!?かなり丁寧にお願いしたと思うんですけど!?」


「それだよ」


「……それ、とは」


 梓が首を傾げて聞き返せば、店主は大仰な溜め息を吐いた。

 この後、店主に詳しく話を聞いた梓は、自分の言動を悔やんだがもう遅い。

 後悔先に立たずだ。自分の常識が、相手にも通用するとは限らない。それを手痛い経験として、身を持って知ったのだった。


「アニヤさあぁぁぁん!!お土産リスト渡す前に、事前情報を教えてくださいよぉぉぉっ!!」


 梓の嘆きは土壁に吸い込まれ、誰にも慰められること無く消えていった。
















 ことの起こりは、ぼっちゃまの癇癪で壊された竪琴から始まった。


 噛みつき亀のように、見境なく目の前で動く物をかじるぼっちゃまの件は、その後の発見で一時保留とされている。だけど、ぼっちゃまはしっかり叱られればいいと思う。

 ティア王女にはその権利がある。


 そもそもの話、あの弓に使われていた弦は弓用の弦ではなかった。

 竪琴に使われていた弦が、バルドの屋敷にあった素材と同じものだと判明したあとに色々なことがわかってきたのだ。


 バルドのお父さん、つまりアニヤの亡くなった旦那様は、趣味で弦楽器を嗜む人だったらしい。

 ペテリュグ伯爵は、今は亡き王妃様に頼まれて竪琴を調律していたのだとアニヤが教えてくれた。旦那様が亡くなられてからは、弦を変えた事はなかったという。

 最後に弦を張り変えたのはペテリュグ伯爵で、その時余った弦を戴いて帰ったのではないかと言っていた。


 竪琴はいつも目に付く場所にあったのに、なぜバルドは気がつかなかったのか。

 普段なら素材には真っ先に反応しそうなものなのに。

 気まずそうに目を逸らせていたバルドの様子から、楽器(あれら)が苦手なのだろうと察してそれ以上は突っ込まずにおいた。……わたしも一時期、ピアノや譜面を見たくないと思ったことがあるので気持ちはわかる。


 弓弦の素材を早急にシャムロックの許へ届け、一刻も早くぼっちゃまを回復させたい。

 そう言ったのはノディアクス宰相閣下だった。

 バルドやアニヤの故郷なのだから彼らが行くのだろうと思っていたが、護衛騎士として今のぼっちゃまの側を離れることは許されないらしい。情緒不安定(?)なぼっちゃまを置いて行くことに多少悩んだが、早く回復してほしいと思っているのはみんな同じ気持ち。

 ティア王女の後押しもあって、快く引き受けたのだ。


 預かった手紙を渡して、シャムロックに弓弦を届け、もし弓が出来ているようなら試し引きをさせてもらえたらいいな、と考えてわたしはここにいる。


 それが……。


「……どうしてこうなった」


「わーはっはっはっはっ!もう、怖じ気づいたか?軟弱な奴だ。だが、今更逃げることは許さんぞ!」


 そう言って笑うのはドワーフの長であるバロックだ。

 バルドのお爺ちゃんらしいが、顔はあまり似ていない。里長だと聞いているけど今はそんな威厳も感じられない。どちらかと言えば、シャムロックが長だと言われた方がしっくりくる気さえする。


 目を輝かせて『勝負だ!』と叫ぶ大きな子どもをどうしてくれようか、と思って見ていると、先程酒場に集まっていたおじさん達よりもヒゲの薄いドワーフたちが広場に集まってきた。


「おう、来たか!この毛なしがワシに勝負を挑んできおったのでな、ドワーフのなんたるかを知らしめるためにも”勲し”に参加させてやることにした。お前らの中から誰かこいつを手伝ってやれ」


 ざわり、と若手が騒いだのが伝わってくる。だけど名乗りを上げてくれる人はいない。まるで値踏みをされているような視線に居心地の悪さを感じていると、この里の中では珍しくひょろっとした背の高い男の人が前に出て来た。


「お客人、もしよかったら僕がお手伝いしましょうか」


「よし、ウィンロックに決まりだ!さっそく素材選びにいくぞ――!!」


 『ワァ―――…』とお祭り騒ぎするおじさん達を引きつれて里長が細工場の中に入って行く。さっきは近づくことも許して貰えなかった場所だ。


 着いて行くべきなのか迷っていると、周りで遠巻きにみていた若者たちが近づいて来た。その後ろから通称”毛なし”と呼ばれている鍛冶見習いの子ども達もわらわらとついてくる。


「おい、ウィンロック。大丈夫なのかよ?相手は長だぜ?負けたらお前の髭に傷がつくぞ」


「あはは、でも今回は髭はかかってないだろ?この子には賭ける髭がないんだから。こんな機会でもないと長はめったに勝負なんて受けないし、いい腕試しになるよ」


 友達と思われるうす紫色のヒゲ君から視線をこちらに向けると、彼は自己紹介をしてくれた。


「君はアズサだったよね?僕はウィンロック、アニヤ様から見れば甥っ子にあたるよ。バルド様とは従兄弟だね。爺さんが無理なことを言ったようでごめんよ。今日の僕は君の鎚だ。よろしくね」


 爽やかに笑って腕を差し出して来たウィンロックは、さらさらの金髪にまだらに生える金のヒゲ、灰色の瞳をした好青年だ。ちょっとだけ尖った耳がチャームポイントである。

 彼が差し出して来た腕に自分の腕をこつんと当てて、感謝を伝えた。


「ありがとうございます。ところで、このあと何の勝負をするんですか?」


「……そこからか。爺さん、そうとう浮かれてるな。アニヤ様から手紙が来たのも久しぶりだったから仕方ないかぁ」


 溜め息を吐きながらこちらを見下ろしたウィンロックに、同情的な目を向けられた。だけど、あれはわたしも悪かったのだ。というか、わたしが悪い。


「お手紙の件で失礼なことをしてしまったので、このあと出来れば謝罪もしたいんです」


「あ――、あれね。せめて公衆の面前でなけりゃ助け舟も出せたんだけどさ。まぁ、あの人変なところにこだわりがあるしなぁ。……でも謝るよりも、勝負に真剣に挑んでくれる方が打ち解けられるからさ、頑張ろうよ。僕も今度はちゃんと助けるし」


「…………くっ、惚れてまうやろ…」


「うん。……は?いや、……え!?」


「あ、ごめんなさい。うっかり心の声が……。よろしくお願いします!」


「……ちょっと、確認させてもらってもいいかな?」


「はい?」


「君、ひょっとして……女の子?」


 ウィンロックの言葉で周囲がざわりとどよめいた。みんなの視線がわたしに集まるのを感じ、わたしも自分の胸板を見下ろす。

 そのままそっと胸に手を当てて俯くと、その場が静まりかえった。


 ……ひょっとして、とはどういうことだろう。


 絶対にBはある。いや、言いすぎか。だが、女子小学生御用達(あつでのキャミソール)を卒業する程度には育っている筈だ。


「……ひどい」


 ……こんなに育ってるのに!


 という抗議の思いを込めてウィンロックを睨みあげると、痛々しいフォローが返ってきた。顔を赤くして手をわたわたさせている。思春期か!


「いや、本当にごめん。今わかった、アズサは可愛い女の子!だから、やめて、その顔は反則だよ!」


「いま……?」


 ……あぁ、そういうこと。


「そうですか。……ひと目では女だとわからない程度の女子力だ、とそう言いたいんですね」


「いや、違っ!だって、ドワーフの勲しには大抵男が参加するんだよ!だから…」


「……ほう。じゃあ、あのおじさん達はみんなわたしを男だと思っている、と」


「あぁ!?やぶへび!?」


 おろおろと痛々しいフォローもどきをかまして来るウィンロックに心抉られながら、決意を新たにする。

 この勝負、なんとしても勝たねばならない。

 勝ってあのおじさん達に、わたしの女力(おんなぢから)を見せつけてやろうではないか。


「いやいやいや、この勝負なかったことにしてもらおうよ!」


「いやです!絶対に勝つんだから!」


 意固地になったわたしを、周りの若者や子どもたちが生温い目で見ている。

 確かに、わたしはまだナイスバディの域には達していないが、そこまで言われるほどでもないはずだ。周りの様子にも少し腹立たしさを感じていると、頬を染めて相好を崩したウィンロックが頭を撫でて来た。


「……なんだコレ、ほんと可愛いな」


 それが決定打となる。


「ぐぬぬっ、その子どもを愛でる目をやめろぉぉぉぉっ!!」


 もう、この里では敬語の必要性を感じない。

 わたしの中で彼らへの扱いは、バルドへのそれに準じることが確定された。
















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