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梓弓  作者: 長月 夜半
第二章 朧月
37/57

襲撃


「結界まで下がってください!」


 騎士の叫び声へ身体が反応する前に、滑るような動きで移動した魔獣が目の前に立ちはだかっていた。


 ゆらりと立ち昇らせた胴体の先、見上げる高さに首をもたげている魔獣は、ひび割れたような口から舌をのぞかせ、黄色い円輪の中にある丸い黒眸でこちらを見据えている。

 緊張で強張った身体をうごかせずにいると、機を見た魔獣は首を後ろに下げた一瞬の反動を利用してそのあぎとを限界まで開いた。


 喰われる!


 目をつぶった瞬間、金属が擦れるような音を聞き一陣の風を感じた。


「あぶない!」


 突き飛ばされるような衝撃を受け地面を擦るように転がって行く。

 身体が地面に削られる痛みと共に、ズズンと腹に響く重い音が届いた。


「まだです、立って!」


 訳が分からないまま騎士にローブごと身体を引き起こされ、無我夢中で足を動かした。

 引きずられるようにして大木の裏に身体を滑り込ませた直後、背にした大木を叩きつけるような轟音と衝撃が襲う。

 続けて、みしみしと木の繊維が裂ける音を聞いた。


 鼓膜の痛む耳を押さえ次の衝撃に備えていると、周囲の木に当たる衝撃が何度か繰り返された後でその音はやんだ。

 そろりと手を離して耳をそばだてれば、ズルリ、ズルリと何かを引きずるような不気味な音だけが聞こえて来る。吹き荒れていた風はいつの間にかやんでいて、周囲に近づいていた煙の勢いも若干弱まっているように感じた。


「もう大丈夫ですよ。我々もあちらへ合流しましょう!」


 僕を助けてくれた騎士が先程とは打って変わった明るい声をあげ微笑んでいる。それを見て肩の力が抜けた。騎士の頼もしい笑顔に、もう泣きそうだ。


 ……助かった?


 先に木の影から出ていた騎士に手振りで促され、おそるおそる隠れていた場所から顔を出す。すると、自分が先程まで転がっていた小さな空き地には、グネグネと身を踊らす魔獣の身体がのた打っていた。


「ひぃっ!?」


 喉の奥から引きつった声が出て、後ずさろうとしたところに笑いを含んだ声が届く。


「アレはもう死んでいますから。そのうち動かなくなりますよ」


「え?」


 そう諭され確認すると、確かに魔獣の動きは先程と比べ緩慢になっているように感じられた。

 滑らかな蛇行を見せていたその長大な身体はいまも、重たげな様子で動いてはいる。だが、どうやら死後痙攣を起こしているだけのようだ。

 周囲の様子をよくよく見てみれば、落とされた首が胴体の傍に転がっているのに気付く。見事に両断された頸からはそれほど多くの出血は見られなかった。


「頼もしい方が援護に駆け付けてくださったのです。もう心配は要りませんよ!」


 そう語る騎士の顔には、力強い自信と誇らしげな様子が見てとれる。

 すっぱりと切り落とされた切断面を見れば、どれだけ実力のある剣士に切られたのかが察せられた。鱗の切断面には光沢があり、ひしゃげた部分など一つも見当たらない。筋繊維の一つ一つまでが美しい形を残していた。


「……すごい」


 金剛蛇。胴体に張り巡らされている脂膜のかかった蛇皮には、その名にあるように黄金の鱗が輝いている。薄く細長い舌を垂れ下がらせる口元には、猛毒を放つ牙。長大な胴を持つこの魔獣は朱を帯びた金色の鱗をまとう大蛇だ。

 大人の腕で一抱えもありそうな太い胴体に目をやると、激しかった痙攣も微弱なものになっていた。


 金剛蛇が横たわる小さな広場の向こうには、紺のローブを纏う人影と騎士二人の姿があった。体躯のいい男の纏うローブの下からは、燻されたような黒い剣鞘が見えている。


 ……金剛蛇の外鱗を切っても、刃毀(はこぼ)れしなかったのかな?


 金剛の名は伊達ではない。だが、一刀で落としたことが見てとれる切り口を見れば、黒剣の切れ味やそれを使いこなす騎士の力量を疑う余地もなかった。

 遠目にも緻密な彫り物がされているとわかる意匠は、名立たる名工の手によるものだろう。剣柄に刻まれているはずの銘を見せてもらいたい衝動にかられ、ローブの襟を掴んでそわそわしてしまう。

 もっと近くで見てみたいが、僕にそんな度胸などあるはずもない。


「行きましょう。あの二人もアニス殿を心配していますから」


 蠢く骸を避けながら空き地へ出ていくと、こちらに気付いた二人の騎士が笑顔を見せてくれた。しかし、彼らはすぐにその表情を引き締めて目の前に黒剣の騎士に向き直り真剣な表情を見せた。


 黒剣を腰に帯びている騎士のローブはどうやらただの群青色ではなかったらしい、と近づいてみてわかった。

 黒から群青、微かな青へと色を変える光沢のある美しいローブ。

 材質は僕が身につけているローブとそっくりだ。彼が身につけている鎧も左腕に装備している盾も燻し銀の渋い意匠ながら、素材は最高級の物が使われているのがわかる。

 全てを調べ尽くしたい衝動に、うっかり手を出してしまいそうになった。怖いから絶対しないけど。


 黒剣の騎士は顔半分が煤で汚れた騎士達の言葉に、ひとつひとつ頷きを返している。

 二人はどうやら、目の前の騎士に今朝の出来ごとからここに至るまでの経過を知らせているようだ。


「重軽度の火傷(やけど)を負った者は複数おりますが、最後に聞いた定期連絡では死者は出ていないとの報告がありました」


「ヴィニアス隊長率いる第二陣が、敵を戦いやすい場所までおびき寄せる手はずになっております。四半時ほど前の指示では、山火事の延焼が酷いのでコルノ平野へ出るという話でした」


「そうか、報告御苦労。……どうやら間に合ったようだな。我々もすぐにそちらへ向かおう。ヴィニアスには連絡を取ってある。後の事は本陣と合流し指示を仰げ。あぁ、あの魔獣からは魔石を抜き取ってある。素材はこちらで回収するのでここに置いて行くが気にしなくていい」


「「 ハッ! 」」


 指示を終えると黒剣の騎士がこちらへ振り向いた。

 視線を僕に固定し、話しかけて来るその重々しく低い声からは、近寄りがたいような威厳が感じられ身体が強張ってしまう。

 けれど、黒光りする黒剣の騎士の装備から目が離せずにいた僕は、逃げる事もできず慌てて姿勢を正した。


「お初にお目にかかる。私はバルド・ペテリュグと申す者。以後、お見知りおきを。この度は良くやってくれた、アニス殿。このような辺境の地に貴殿ほどの魔術師が隠されていようとはな。今回は貴殿の活躍により大事に至らずに済んでいると聞いた。素晴らしい働きに感謝する」


「そ、そんな。めっそうもないです!僕なんて、足手まといになるばっかりで……」


 目を合わせていられずにぶんぶんと両手を振って否定すると、バルドと名乗った騎士はその厳めしい顔を微かに緩ませ首を横に振った。


「謙遜なされるな。アニス殿が素晴らしい魔術師だということは一目でわかる。詳しく話を伺いたいとは思うが、時が時だ。今はヴィニアスとの合流を急いでもらいたい」


「は、はい!」


 ヴィニアス隊長を呼び捨てにするこの人が何者なのか。こちらから訊ねるわけにもいかず、ただコクコクと頷きを返した。

 それを見届けたバルドさんは鷹揚に頷くと、ローブを翻し林の中へ入って行った。


 どうやら彼は自分の荷物を森の中へ置いてこちらへ駆けつけてくれていたらしい。バルドさんが去ってしまうと、魔獣の骸が横倒しになっている小さな空き地が広く感じられた。


「……金剛蛇の原型なんて、はじめて見た」


 金剛蛇の鱗は、高位魔術具の練成に使う素材として売りに出されているが、王都でも滅多にお目にかかれない高額商品だ。親指の爪程度の大きさで10万ベアもするという希少素材。目の前の魔獣は大人が手を広げて二十人程度並んだほどの長さがある。

 これだけの大きさならば、一生遊んで暮らせる金額になるのではないか。


 強さよりもその素材の持つ価値に一目置かれる魔獣に興奮していると、バルドさんが森の中から戻ってきた。騎士が抱える獲物を見て、あまりの驚きに顎が落ちる。


「こいつも一緒に置いておく。丁重に扱ってくれ」


 何が入っているのかと思うほど大きな荷物を肩に担いで戻って来た彼の小脇には、きらきらと輝くふかふかの生き物が抱えられていた。

 荷物を受け取るために駆け寄った騎士達に獲物の方だけを差し出した彼は、縛った縄を確認し結び目がほどけないかを丹念に確認している。


 縄で手足を括られ憐れな鳴き声を上げているのは、くるりとした立派な巻角とつぶらな瞳でこちらを見つめる白金色の綿毛。……ではなく羊。

 メーメーと憐れな声を上げる羊のふかふかの毛は、淡い魔力の光を放ち、神々しく輝いている。


「……うそでしょ、これ白金鬼羊……?」


 豊潤な魔力を帯びる細く上質な毛に加え、何よりも価値が高いとされるのは雷に耐性を持つこの巻角。

 避雷針の素材としても人気があるが、雷属性を持つ魔獣が多い地域での需要が高く、希少種故に昨年行われた魔法素材オークションではトリを飾っていたとお師匠様から聞かされた一品だ。

 たしか、妙齢のご婦人が落札したとかなんとか。


「ほう、さすがですな、アニス殿。一目でこれが鬼羊だと見抜かれるとは。まぁでも、運良く金剛蛇が討伐出来たのでね。これで少しは国庫も潤うでしょう」


 自分の獲物だというのに、あまり興味のなさそうな反応をする彼に面食らった。もしかしたらこの人にとって、この水準の獲物は日常茶飯事なのだろうか。

 だが、僕にとってはなかなか目にすることのない希少素材の数々に興奮が抑えられない。先程まで感じていた緊張など、どこかへ吹き飛んでいた。


「こんなに立派な角、初めて見ました!すごい、いくらで買い取られるのか想像もつかないです」


 ファフニアの奥地にしか生息しない白金鬼羊の素材は希少品だ。

 だが、次にバルドさんが放った思いも寄らない言葉に愕然とする。


「あぁ、鬼羊は生かしたまま連れ帰るので、角を折るのはご勘弁を。主が持って帰って飼うそうなのでね。金にはなりませんよ」


「はぁ!?飼う?こんな高額取引間違いなしの素材を目の前にして、飼う!?正気ですか!?」


 ……はっ、そうか!毛を刈って長い目で見て利を得ようと……?


 年に何回毛が刈れるのかは知らないが、雌雄で手に入れば増やすという選択肢もある。自分の物でもないのに頭の中で計算をしていると、いつの間にかそこに立っていた少年から声を掛けられた。


「こいつは病的なまでにモフモフ好きな奴にやるんだ。間違っても毛を刈ったりするなよ?これ以上不特定多数のモフモフに手を出す前に……!これを与えておけばきっと、あの熊っ子にだって手を出したりは……」


 どこからともなく現れた少年の髪は、鮮やかな青い髪色をしていた。

 勝ち誇ったような顔でこちらへ歩いていたが、話の途中から眉間に皺をよせ始めたかと思うと、ぶつぶつと何やら呟いている。

 少年の呟きにはまるで自分に言い聞かせているかのような響きがあった。


 病的?誰か病気の人に必要なのかな……。


 それならば、採算度外視で生かしたまま連れ帰るのも理解できるような気がした。僕なら絶対売りに出して、新しい魔術具の研究費に使ってしまう自信があるけど。


 ……でも、飼うって言ってたような……?


 少年の身につけているものは、白と青を基調とした揃いの服で、金糸銀糸で縁取られた袖口や裾は品の良さが感じられる。どこぞのお貴族様の子息なのだろうと思いながら、偉そうな口調を聞き流した。

 しかし自分で考えておいてなんだが、白金鬼羊が薬の素材になるなんて聞いたことがない。


 思案していると、生意気そうな少年の金緑色の双眸がこちらを見ていた。


「この魔法陣を張ったのはお前か?」


「へ?」

 

 少年が指差していたのは、僕が組み上げた魔法陣だった。魔獣がのた打ったせいで、描いてあった術式はもうほとんど消えかけている。


「う、うん。そうだけど」


「騎士達が耳につけてるオモチャも、お前が作ったのか?」


 オモチャ……。


 確かにあの耳飾り自体はその辺りで売っている一般人向けの装飾品と大差ない。でも、金属部分は魔伝導率のいい白金鉱石を使っているし、使っている石は小さくても純度の高い魔石だ。

 子どもにそんなことまで分からないとは思うけど、石の中に内包されている術式には結構な技術が使われているのだ。


「これはオモチャじゃないよ。ちゃんと戦闘用に開発した魔術具なんだから!」


 正直にいえば、領地経営に暗雲が立ち込めていた領主様のお願いで宝飾細工師のまねごとをさせられていた時に、里帰りしていたお嬢様の話を聞いてひらめいた魔術具ですけどね。


 ぶっちゃけ、王都でお貴族様相手に売り出す予定で大量生産していたものに、調整した魔石を嵌め込んだだけの再生利用品。まだ完成したばかりの防具だったけど、宣伝のために持って行けと言われて重たい荷物を運んできた甲斐はあったと思う。

 少しは彼らの助けになっているようだから。


「だろうな、見ればわかる。耐火属性のある魔術具を指輪や腕輪ではなく、耳環にしたのが面白い。これなら武器を持つ時に邪魔にならずに装備できるし、個人に合わせた調節も必要ないしな。大量生産が可能になる」


「おぉ……。その通りデス」


 まだ小さいのにすごい観察眼の持ち主だ。

 この子からは僕と同種のニオイを感じる。どうやらこの少年も魔術具が好きなようだと気付き、彼につられて思わず笑みがこぼれた。

  印象的な金緑色の瞳を持つ少年は、口元をほころばせて楽しそうに魔術具について語っている。研究に没頭するお師匠様達と同じ顔だ。

 人と話すのが苦手な僕にしては珍しく、この少年に対してなんだか一気に親近感がわいていた。


「君にもあとでひとつあげようか。今は手持ちがないけど、あ、僕が使ってる分を君に……」


 自分の耳元につけてある耳環をはずそうとすると、少年が軽く手をあげてそれを制した。


「いや、防御の力は間にあってる。それはお前が身につけていろ。まだ安全とは言えないしな」


 一見したところでは、この子が防御系の魔術具を身につけているようには見えない。

 彼はまだ新人魔術師たちと同じぐらいの年齢だろう。身長だけで見れば彼らよりも若干小さなこの少年には、僕よりも守りが必要だと思うのに、受け取ってはもらえなかった。

 首を傾げていると、面倒くさそうに断わりを口にしていた少年が視線をそらした。


「なら、この魔法陣を借りてもいいか?せっかくの手土産だ。横から掻っ攫われないよう結界の中に入れておきたい」


「あ、それなら新しい魔法陣を……」


「いや、これで十分だ」


 少年が魔法陣の方へ歩き出すと、バルドさんが少年に駆けより話し合いを始めた。懐から何か取り出し、書付をしているのを眺めていると、護衛をしてくれている騎士の一人に声を掛けられた。


「アニス殿、このあたりも延焼が進んでいます。そろそろ出発しましょう」


「あ、はい。わかりました。じゃあ、あの子も一緒に……」


 近くに鳥の羽ばたきが聞こえ振り返ると、書簡のやり取りに使われる鷹が空高く羽ばたいて行くところだった。

 少年の立つ空き地の中央には、いつの間にやらぐるぐる巻きにされて置かれている金剛蛇の骸と、メーメーと憐れな声を上げる白金鬼羊が置かれている。

 その下には僕が描いた消えかけの魔法陣。


 ……いや、違う……?


 魔力が流されて波打つような青白い光を放った魔法陣が起動をはじめたのを見て、思わず走り出していた。


「アニス殿!?」


 天に向かって光の柱を立てる魔法陣のそばに膝をつき、じっくりとその術式に目を凝らす。

 綺麗に()()()()()()円形陣に目を瞠った。僕が組み上げた魔法陣が、より強固な結界へと上書きされている。


「そんな馬鹿な……。他人の組み上げた魔法陣に手を加えるなんて」


 それ以上に、ここにあった魔法陣は術式に必要な文様が消えていて使い物になるような物ではなかったはずだ。どうすれば再利用なんてことが可能になるのか。


「君…………っ!」


 確かめようと顔を上げた時にはもう、少年も大きな荷物を背負ったバルドさんの姿も見えなくなっていた。


「……いない」





 その後は移動中に魔獣と遭遇することもなく、先にコルノ平野へ戻っていた西軍騎士団と合流を果たした。

 周囲に集まる人熱(ひといき)れを探したがその中にも彼らの姿はなく、また後方へと移るように指示を受けた僕は大人しく下がった。


 甲高い威嚇音が響き渡り、周囲一帯の木々から一斉に鳥が羽ばたき逃げて行く姿を目で追う。

 鳥たちが逃げ出したその下では木々がミシミシと乾いた音を立ててなぎ倒され、重々しい地響きを起こしていた。

 山中に立ちこめた煙の中心には巨大な影が蠢いている。


 山火事と共に現れたまだ姿すら見えない魔獣が起こす異様に、誰もが息を呑んでいた。

 気まぐれな突風は、方向性を変幻自在に変えて吹きつけて襲い来る。

 嬲るようにあたりのものを浚って行く風に、お気に入りのローブを取られないよう首元を強く握りしめた。


 周囲に待機している兵士たちと共に固唾を呑んで山際を見つめていると、林の間から一匹の魔獣が飛び出した。その後を追いかけるように次々と森に生息する動物が後を追う。

 その様子を見て僕は、興奮に沸く胸に手をやり強く拳を握りしめた。


 襲い来る魔獣たちは、自分たちではそれとは気づかぬうちに狙い通りの場所へと誘導されている。


 コルノ平野に差しかかる山際では、面白いように魔獣とその他の獣たちが振り分けられ、無駄の少ない動きで騎士たちが魔力の高い魔獣を選別し、冒険者や兵士たちがつぎつぎと討伐していた。


 ――――自分が作った魔法陣が作戦に使われ、役に立ってるなんて!


 ちゃんと想定通りの機能を果たしていることに喜びを覚え、何とも言えない達成感を感じていた。たまには領地を巡って、自分の作ったものが使われているところを見ておくのもいいかもしれない。


 ……一年に一回、……いや、……三年に一回ぐらいならなんとか。


「周辺の山間部からは全員撤退の確認がとれました。近隣の者たちには朝から注意を呼び掛けてありましたので、避難済みです」


「報告御苦労。では、山際で討伐に当たっている者達にも後方へ下がるよう合図を送る。以降は手出し無用だ!」


 声を張り上げたヴィニアス隊長は、手にしていた指一本分ほどの大きさの笛を口に咥えると、細く甲高い音を響かせた。長く長く、そして最後に短く五回のリズムを刻んだ笛の音に、騎士や兵士、冒険者達が統率のとれた動きを見せる。

 だが、撤退と聞いて反発した者がでたようだ。


「数名の者たちが山の中に入って行くのを確認!報告をくれた兵士に状況を確認したところ、魔獣討伐の功を求めこちらの指示に耳を貸さなかったそうです」


「戻っていないのは、ベルベントスから一緒に来た私兵と冒険者一組か……。このまま見捨てるわけにも行くまい。二班を救出に当たらせよう。一陣から戻った者の中から探索隊を出せ」


「ハッ!」


 緊迫した雰囲気の中、退避して来た者達はみな一方向を向いている。火の粉を飛ばし黒煙を上げる山々に多くの視線が集まっていた。















 炎に包まれた山際近く。

 もうもうと立ちこめる黒煙の中に、討伐対象となる最後の魔獣の姿がある。

 背後からそれを見下ろす形で立つ山の斜面には、腹立たしい事に私の視界を覆うためだけにあるような邪魔な木々が密集して生えていた。


「バルド、自分で飛ぶからもう下ろせ」


「いいえ。魔獣の姿を見るだけであれば、わざわざ飛ぶことはないですよね。出来るだけ魔力を温存して倒すのでしょう?」


 魔獣の確認できる位置まで飛ぼうとしたところ、問答無用で両脇を抱えられ、バルドの肩に乗せられた。

 見晴らしは良くなったが、苛立ちが強くなる。

 身長が足りないことを言外に指摘されているような気がしていた。


 そう、気がするだけだ。

 被害妄想だとわかってはいるが割り切れず、何とも言えない腹立たしさに苛まれていると魔力検知に引っかかるものがあった。


「……ティアが指定の場所に着いたようだ。始めるぞ」


「承知しました。では、私は愚か者どもを回収するため一時離れます。無理はなさいませんようお願いしますよ」


 片手をついてバルドの肩から飛び降り、眼前に色とりどりの魔石を浮かべ並びたてた。


 ほとんどの石が、ここへ到着するまでの間に仕留めた魔獣から採れた物だ。

 中には、なぜここに?と首を傾げるものもいたが、良型魔獣が多かったので私の懐具合は大分良くなっている。


「心配ない。これだけあれば何とでもなる。――――行け!」


「ハッ!」


 魔石を出したとたん、こちらの存在に気づいた魔獣がその巨体を動かし、周囲の木々をなぎ倒して方向転換を始めた。

 山肌を滑るように降りて行ったバルドの姿が林の中に消えるのを視界の端で見届け、黒煙を上げる魔獣に向き合った。


 自然と持ちあがる口角を自覚して、思わず笑みが深まる。


 ……いまさら魔獣討伐を楽しく感じるなんて、おかしなものだな。


 幼少のころから散々魔獣を狩ってきた。それも全てはティアや魔術師、()いては王国民のため。


 だが、今は違う。


 あろうことか、アズサはこの私に向かって『将来は何がしたい?』と聞いた。もちろん、記憶を失くしていた間のことだ。戯れに話していたのだろうことは誰の耳にも明白だっただろう。

 しかし、今まで自分にそんなことを聞いて来た人間など一人もいなかった。


 いつだって、自分の前にあったのは誰かによって選別された、答えの決まっている選択肢。または、どうしようもない状況で選ばねばならなかった道のみだった。


 ……これまで、それに疑問を持つ事なく生きて来た。


 ただ、全てのことにそれほど関心を持つこともなかった。日々を面倒くさいと感じながら過ごしてきた自分を思い返して苦笑する。

 これまでの人生で唯一、自分から固執したのは母上の魔法陣を起動させることだけだったように思う。あの魔法陣に囚われていた、と言うのが正しいのかもしれない。


 アズサに問われた質問に、幼い私はその時の気持ちを素直に言葉にした。

 そんな私に対して彼女が笑ってダメだしをしたのが懐かしいような気さえする。幼い私は、なぜだと号泣したが、すぐに立ち直って別方向からやりたいことを並べたてたものだ。


 その姿を微笑ましいものでも見るように笑って聞いていたアズサ。


 玉座に就く未来など、その時の私の中にはかけらも存在しなかった。

 側にいたはずのアニヤが黙って聞いていたのも、元に戻れば子どもの戯言になるのだとわかっていたからだろう。

 だが、その時の思いは今も胸の中に残っている。


 この先、私が成し遂げると決めたこと。


 アズサと交わした約束。


 そして、自分のために選ぶ――――未来。


「炎と穢れをまき散らすしか能がないのか?賢さとは無縁の姿だな」


 視線を逸らさないまま挑発の言葉を口にすると、いきり立った魔獣から放たれた威嚇音が大気を揺らし、遠く彼方まで(とどろ)き渡った。


 たとえ、やり遂げると決めたことが自分にとっての最善ではなくても。

 今はやりたいことを為すための力をつけるのだと決めている。諦めないことや積み重ねが願いを叶える力になるのだと教えてくれた、彼女の言葉を信じて。


「……よくも私の(もの)をここまで穢してくれたな」


 魔獣の巨体が通った場所は無残に焼けただれ、今も白煙を上げている。

 そこから広がった延焼は、ファフニアとティルグニアにある国境付近の山々を炭化した黒い棒だけが残る焼け野原へと変えていた。

 濃い瘴気をまき散らしながらここまでやってきた魔獣たち。

 喰われたもの達の穢れも加わり、このあたり一帯の瘴気は酷いことになっている。


 気にかかることが一つあるが、それはまたあとで調べればいい。

 今はさっさとこいつを片付けておかないと、後片付けが面倒くさいことになると自分に言い聞かせ、意識を闘いに向けた。


 ……私には予定があるのだ。掃除に時間をかける暇などない!


 こちらの位置を特定した魔獣は、地響きを起こして突進を始め、煙の中からその全貌を現した。


 目の前に並んだ魔石の色は大まかに分けて五種類。

 炎の揺らめきを映す赤い魔石を手に取り、魔獣に向かい笑って見せた。


「それほど燃やすことが好きならば、――――手伝ってやろう」


















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