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梓弓  作者: 長月 夜半
第一章 十六夜
12/57

鳴弦 後半


 微かな羽ばたきの音が耳を打つ。

 チチチ、チュリリという鳥のさえずり、チャプチャプと岸辺にあたる水音が、風にそよぐ草の音に混じって聞こえてくる。


 清浄な水の匂いが鼻孔をくすぐった。

 山中でしか感じられない清々しい山の空気が、呼吸のたびに胸を満たし、腫れぼったい喉を通る新鮮な空気を心地よく感じる。


 ……喉、渇いた。


 霞む視界をゆっくりと水音のする方へ向けると泉があり、その岸辺には青や黄色の小鳥たちが羽を休めている。


「アズ……?」


 わたしを呼ぶ声に、驚いた鳥たちが羽音を立てて一斉に飛び立っていく。

 その光景に名残惜しさを感じつつ、ゆっくりと声のした方へ顔を向けると、鼻を赤くしたチビちゃんの顔が見えた。


 声を出そうとして、失敗する。

 喉が掠れて、思うように声が出ない。目を閉じると瞼さえも熱く感じた。


「に、にいちゃ!アズ、アズおきた!!ア、アズ、ち、ちょっとまってて、み、み水、もらってくるからっ」


 ジャリッと地面を踏む音がして、軽い足音が遠ざかって行く。


 わたしは、まだシヤの泉のほとりにいた。

 どうやら熱が上がって眠りこんでしまったらしいと気付く。ぼんやりとした意識のまま上を見上げれば、木々の向こうに青い空が広がっていた。

 光が泉の周辺を浮き立たせるように優しくふりそそいでいる。


 ピィィィ、と笛の音のような鳴き声と微かな水音。耳を澄ましてみれば無数のさえずりと爽やかな風に揺れて梢や葉がこすれ合う音がして、ささやかな虫の羽音も聞こえてくる。


 森に息づくものたちの生命の息吹。

 森の奥まで梢が影をつくり、葉のすき間を通してこぼれる陽光がきらきらと輝いている。


 わたしの求めていた山の風景だ、と思った。


 街の門を出て、田園風景を見ていた時も崖を登っていた時にも感じた違和感。

 不自然な自然とでも言えばいいのだろうか。

 自分の求める野山の美しさとは違う、と感じていたのだ。


 横になったまま目をつむり、風に運ばれて立ち昇って来る土や草の香りをゆっくりと吸い込む。その間を縫って水の香りが漂っていた。まるで滝壺にでもいるような清涼感を感じて、目を開けもう一度顔を泉へと向ける。

 先程飛び立った小鳥の姿はもうない。だが、透明な水をたたえた泉が視界いっぱいに広がった。


 いくつもの水泡が浮かび上がっては美しい波紋を広げて行く。水底から光を孕んだ水泡と共に押し上げられてくる無色透明の水が、澱みを消したのだろうか。

 先程まで死んだ沼のようだった暗緑色の泉はもうここにはない。


 こんこんと清水が湧きあがる水面の下には、青々とした水草が大量に揺れている。泉の中に草原でも出来たかのような美しい光景がそこにはあった。

 暑い日に水遊びでもしたくなるような場所だ。いつかあの子達と来たいな、と離宮に住む子ども達のことを考えていると今度はお兄ちゃんの声がした。


「おい、お前大丈夫か?顔が真っ赤だぞ?」


 横からわたしの顔を覗き込んでおでこに手を当てると、難しい顔をしたお兄ちゃんが声をひそめて教えてくれた。


「さっきの魔獣は退治されたぞ。もうここには魔獣は出なくなるだろうってバルドさんが言ってたからな。安心して寝てろ」


 わたしの横に屈みこみ、小さな声でそう教えてくれるお兄ちゃんの目は心配そうに揺れていた。

 きしむ関節を伸ばし、重い腕を持ち上げてお兄ちゃんの頭をゆっくりとした動きでなでる。たった腕一本動かすのにも関節がきしむようなだるさを感じた。


「おにいちゃん、魔獣から助けてくれてありがと。怖い思いをさせて、ごめんね…」


 掠れた声が出た。

 魔獣が跳んできたあのとき、わたしを突き飛ばしてくれたのはお兄ちゃんだった。その一瞬をわたしに割かなければ、彼らが遠ざかることもできただろうに。


「アズサ殿、あまり無理をなされませんように。熱が上がっておられるのです。身体を動かされるのもお辛いでしょう」


 いつの間にかお兄ちゃんの後ろから覗きこんでいたバルドに声をかけられた。関節に痛みを感じるほどには熱が上がっているらしい。大人しく腕をおろして熱い息を吐いた。


「もうすぐ事後処理が終わりますゆえ、今しばらくお休みください。水や食料を用意しておりますが、いかがでしょう、召し上がれそうですか?」


 こくりと頷いて『水だけ』と掠れ声で告げれば、バルドは頷き去って行った。お兄ちゃんも後をついて行ったようだ2人の足音が遠ざかって行くのを目を閉じて聞いた。

 重く腫れぼったい瞼を閉じて休んでいると、頭上からカシャンという軽い金属音が聞こえてくる。


「……見習いさん、そこで何してるんですか」


 自分でも思ったより低い声になってしまったのは仕方がないと思う。

 しばらく返事が返ってこないので、だんまりか?とムッとしていると冷たい感触がおでこに当たる。


「すまない」


 ……はい?


 いきなり謝られて意味が分からず、頭上を見上げた。未だにフルフェイスの兜を外さずに全身を鎧で包んだ騎士見習いがわたしを覗きこんでいた。

 感情が何も伝わってこない無機質な白銀の兜を眺めていると、少し落ち込んだような声が降って来る。


「魔力酔いは魔法では治せない」


 ひんやりとした感触もすぐに自分の体温に浸食されてしまい、手の重みだけが残った。

 落ち込んでいる理由は分からないが、わたしを気遣ってくれている事だけは分かるので無下にもできず、言いそびれていた言葉を伝える。


「はぁ、謝らないでください。高山病……山酔いの時は治してくれたじゃないですか。ありがとうございます。すごく助かりました」


「…………。」


 ……何を気にしてるんだか。


 思わず溜め息が先に出ていた。

 高山病の時にもこうして何も言わずに手当てしてくれたことを思い出す。気遣うようにそっと触れてきた手の感触。根っからの悪人でないという程度には認めてもいいかもしれない。

 もやもやと考えながら目を閉じていると、子ども達の軽い足音が聞こえ、ふっとおでこが軽くなる。


「アズ、お、お水持ってきた」


「起き上がれるか?ちょっと待て、起こしてやるから無理すんな」


 ……おおぅ、至れり尽くせりで涙が出そうですよ。


 ここに来て確実に涙腺が緩んでいるのを実感した。熱のせいかもしれないが優しさが目にしみる。


「ありがと。―――…ごふっ」


「ア、アズ!?」「どうした!?」「………。」


 喉の渇きを潤そうと勢いよく飲んだら、変なんところに入ったのかむせてしまった。水が酸っぱいことを完全に忘れていた。

 このままじゃこの先ここで生きていける気がしないと思いながら、激しく咳き込んでいると水面に反射した光が目に入る。

 目の前に美味しそうな水が湧き出しているのに、と恨めしく思う。


 ……この水、飲めるんじゃない?


 こんこんと湧き上がる水からはもう嫌な臭いはしない。それどころか名水百選に選ばれそうな透明度だ。

 飲みたい誘惑がむくむくと大きくなり、喉の渇きによる誘惑に抗えない。


 フウ、フウ、と荒い息を吐きながらカップを確認する。

 木製のカップに入っていた水は咳き込んだ時にほとんど地面にこぼれていた。熱でだるい身体を、引きずるようにして泉へとにじり寄る。水際まで辿りつくと、泉の水でざっとカップの中を洗った。ひんやりとした水が熱のある肌に心地よい。


「お前、何して……」


 カップの中になみなみと泉の水を汲んだあと、ゴミが入っていないか確認する。

 きらきらと水泡が揺れた。見た目には問題なさそうだと思う。匂いを嗅いでみたが予想通り無臭。


 一口含んで味を確認した。 


「「「 あ 」」」


 …………。

 ごくごくごくごく。


「ぷはっ」


「ぷはじゃねぇ!!なに飲んでんだよ!?お前あほだろ、そうか、お前はやっぱりあほの子だったんだな!!」


「あ、アズ?お、おなかこわすよ?」


「…………。」


 冷たい水が食道を通り、胃まで下りて行くのを感じる。五臓六腑に滲みわたるうまさとはこの事だったのかと実感していた。


「く~~~っ!美味しい~~~っ!!」


 もう一杯飲もうとしてカップを泉に向けたところ、お兄ちゃんに奪われた。


「返してぇ~、2日ぶりのお水!水を飲まないと人間は脱水症状で死んじゃうんだよ!?」


 掠れ声で追いすがれば、お兄ちゃんもチビちゃんも憐れなモノを見る目でわたしを見下ろしていた。


「もう、酸っぱい水は飲みたくないのぉ!このままじゃ、干からびて死んじゃうからぁ」


 肩で呼吸をしながら訴えると掠れ声も相まって、大分彼らの心が動いているのを感じる。同情するなら水をくれ。もうひと押しでカップが手に入る、という時に騎士見習いが声をかけてきた。


「水が酸っぱい、とはどういうことだ」


 いいところだったのに邪魔をするなと憤りつつ、昨日からの食事について半泣きで語る。そんなことをしているうちに無駄な体力を消耗してしまったようだ。またぐったりと横になるはめになった。


「我々には感じないほどの穢れでも、瘴気に免疫のないそなたには毒のように感じるか。それとも、本当に穢れによって毒素が発生しているのか……」


 ……なんですと!?


 毒という言葉に驚いて、騎士見習いを凝視する。彼はぶつぶつと呟きながら思案に耽ってしまっていた。

 瘴気で穢された大地から収穫された食べ物に少量とはいえ毒素が含まれているなんてなったら、健康被害に直結する。長年にわたって食べ物から毒を摂取しているなんて、公害を連想させて背筋が寒くなった。


 今、苦みや酸味を感じているのがわたしだけということは、この世界の人達はその毒に慣れてしまっているということの証ではないのか。


「いっ、いやだ。みんなが病気になっちゃうなんてダメだよ!」


 ここに来て出会った人たちが病気に倒れて行くイメージが頭に浮かんで怖くなり、思わず叫んだ。熱のせいでちょっと思考が鈍い。

 騎士見習いはそんな取り乱したわたしを、宥めるかのように淡々とした声で話しかけてくる。


「今のところ何らかの被害が出ているという話はない。それに、食べ物に含まれる毒素は元を正せば瘴気を含んでいるも同じ。そなたならば瘴気を抜くことが出来るだろう」


 食べ物から瘴気を抜くということがどういう事なのかよくわからない。だが、苦くて酸っぱいのが瘴気の所為だというならば瘴気が無くなれば毒素も無くなり、食べ物が美味しくなるということだろうか。


「……どうやって?」


「こちらこそ、どうやったのか聞かせて貰いたいところだ。そなたがその少年の弓で何かしたことで、この周囲一帯から瘴気が消えた。結界内のほんの一部、この泉の周りだけだがな。この泉から発生していた瘴気が今は出ていない。そなたの行った浄化がどの程度の効力を持っているのかは、しばらくこの泉を観察する必要があるな。……泉の水が美味かったのだろう?昔はこの泉の水を皆が飲んでいたそうだ。あの状態の泉を一瞬で浄化するとは恐れ入る」


 取敢えず、この泉の水が飲料に適している事は分かってよかった。

 しかし、この騎士見習い、今変な事を言っていなかっただろうか。


「それはオレも聞きたい」


 横からお兄ちゃんが待ってましたとばかりに、口を挟んできた。少年の目には隠しきれない興奮が浮かんでいる。


「お前さっき何したんだよ? 変な音が聞こえたと思ったらオレは胸のあたりが痛くなった。……チビとそこの騎士見習いだけは、平気そうだったけどな」


 顎をしゃくってチビちゃん達を示すとチビちゃんが首を振る。


「わ、わたしも、おおお腹がちょっと変だった。い、いたくはなかったけど」


「私は特に変化はない。だが、鼓膜が痺れるような感覚はあったな。それで?あの音は何だったんだ」


 3人に見つめられ、居た堪れない気持ちになる。弓で出した音、と言われれば思い当ることは一つ。

 お兄ちゃんがその時の事を言っているのだとすぐに分かったが、身体が痛くなる様な事をした覚えはない。


「わたしはただ、弓を素引きしただけだよ」


「素引きって弦を引っ張るだけのあれか?さっきオレもやったみたいな練習?」


「そうだよ?」


 わたしは何も特別な事はしていない。

 だけど、わたしの答えを聞いてもお兄ちゃんは納得していないようだった。





 日本では弓を素引きして邪気を払うことを鳴弦という。今でも宮中や日本各地で弓を用いて行われる儀式の一つだ。

 あのときはそんな迷信にすがってでも、子ども達を襲うあの獣を何とかしたいと体が動いていた。


 なぜこんなことをわたしが知っているのかと言えば、祖父の仕事と関係する。

 打ち終えた弓を納品するために、その都度わたしにも『行くかい?』と聞いてくれる祖父と共に日本各地を廻っていたのだ。

 おかげで小学校高学年までにはわたしは日本一周を達成。


 わたしが鳴弦というものを知ったのは、祖父の仕事について行った先でおじさん達の茶飲み話にお付き合いしていたからに他ならない。仲良くなったお届け先のおじさん達に山で新弓の試し引きをやってくれないかと頼まれたのが3歳ぐらいのときだったか。

 祖父は新しい弓を打つたびわたしに素引きさせて出来具合を試していたので、その時のわたしは祖父の弓を触らせてもらえることが嬉しくて喜んで引きうけていた。

 祖父の仕事の手伝いができることが誇りでもあった。


 ……お駄賃といっておじさん達からもらえるぽち袋も目当てになっていたのは、小学校に上がったくらいだっけ。


 それは、早朝にお山に登って弓を素引きするだけの簡単なお手伝いだった。


 わたしの試し引きが終わると、途端におじさん達が忙しそうになっていたのを覚えている。おじさん達にとっての本番である“鳴弦の儀”と呼ばれる神事がその後に執り行われるという話だった。

 みんなが準備に奔走する中、祖父は儀式には参加せずわたしを連れて温泉へと向かうのがお決まりの打ち上げコースだ。

 もらったお駄賃をつかって祖父と飲むラムネは、格別の味だったのを懐かしく思い出す。





 お兄ちゃんは妙に緊張した顔で背負っていた矢筒の中から朽ちた木の枝を取りだして見せた。


「これ、どうやったらこんな風になるんだよ?」


 そう言われてじっくりと朽ち木をみれば、それが弓の形をしていることに気がついた。


「これ、元は弓?お兄ちゃんこんなのどうしたの?」


 黒ずんだ古めかしい弓を見て首を傾げたわたしに、お兄ちゃんが反論する。


「どうしたのじゃない、これはオレがバルドさんにもらった弓だよ。さっき、お前が拾って素引きしたっていう弓だ」


 お兄ちゃんがチビちゃんに同意を求めて話を振ると、彼女は頬を上気させてこくこくと頷いていた。


「ア、ズが、これでお、音をならしたら、み、みんなから黒いのがきえたんだよ」


「黒いのって……?いや、それよりこの弓がさっきの丸木弓なの!?」


 驚いて聞き返せばみんなに頷かれた。

 さっきまで新品同様だった子ども用の短弓は、長年風雨に晒されたかのように黒ずみ、表面が乾いてささくれ立っていて乾燥によるひびまで入っている。

 顔を上げれば、何とも言えない空気が場を包んでいた。


「わたしが、何かしたと思ってるの?身に覚えがないんだけど……」


 わたしは本当に素引きしただけだ。だけど、わたしが持った後にこうなったと言われれば、なんだか責任を感じてしまう。


「ごめんね。せっかくお兄ちゃんがもらった弓なのに」


「……あぁ、いや、それはさっきオレからバルドさんに謝っといた。今度、別の弓をくれるって言ってもらえたんだ」


 はにかんだお兄ちゃんがいつの間にか近くに立っていたバルドを見ると、深く頷いてくれたのでわたしもほっと息を吐く。

 朽ち果てた弓のことを聞かれても、私には分からなかったのでその話はまた今度と言われてこの時は終わる。

 あれこれあって疲れしてしまった。


「もう、ほんとに何なの。疲れた、疲れたよ」


 なんとなくいじけて泉の水に手を浸し、熱っぽい顔を洗ってさっぱりしようと汲み上げれば、澄んだ水にひかれてしまう。洗った両手で水をすくいそのまま口に運んだ。


 ……うん、おいしい。


 熱で渇いた口内に水が甘く広がっていく。水がひんやりと喉を通って胃にしみわたっていくのがわかる。

 周りからまた「あ」と声が上がったが気にしない。


 手ですくって満足するまで飲んだ後、ハンカチを水に浸して軽く絞り顔に当てる。

 熱で滲んだ視界を覆えば、濡れた場所がひんやりと冷やされ心地いい。すぐにハンカチは温まってしまうが、何度か繰り返せば気分も少し上昇していた。


 起き上がって上から泉を覗きこんでわかったが、さっきまであった藻や水草が泉の中にそのまま残っていて、水は澄んでいるのに鬱蒼とした感じを受ける。


「……あのぅ、この泉の中を藻刈りしませんか?」


「藻刈り?」


 わたしの言葉に騎士見習いが首を傾げた。

 ここに着いてからずっとわたし達にくっついている騎士見習い。彼は今も当然のようにわたしの横に立っている。


「ほら、こんな風に大量に繁殖してしまった藻を取り除いて、泉をお掃除するんですよ。これを取れば、きっとまた底の方まで見通せるようになりますから」


 泉の中に肘まで突っ込んでわしゃっと藻を掴んで持ち上げれば、わんさかと水草が繋がってくる。強く引けばぷつぷつと切れる感触があるので、取り除くのはそれほど難しくもなさそうだ。

 緑鮮やかな藻が一面に揺れているのもわたし的にはアリだが、チビちゃんの思い出話にあった泉は、底まで見通せるものだったはずだ。

 水が綺麗になったのだから、出来る事なら泉の本来の姿に近づけてあげたいと思っていた。


「わ、わたしも、なななにかお手伝いしたい…」


「チビ!?」


「うん、いいね。離宮の子ども達も誘って一緒にお掃除したら、それほど時間もかからずに終わるよ。泉が綺麗になればきっと精霊さんも喜ぶんじゃなかな」


 チビちゃんは嬉しそうに微笑み、お兄ちゃんは苦虫をつぶしたような表情をする。こんな顔をしていても、きっとこの少年は可愛い妹のために次回もついてきてくれるに違いない。


「……精霊が喜ぶ、か。……いいだろう、手配しておく」


 騎士見習いも賛同してくれたので、アニヤに相談したうえでまた日にちを改めてここへ来ようという話になった。

 最後に泉の水に手を浸して撫でるように水をかきまぜる。わたしの起こした波紋で水面が揺れ、水草が踊るように揺れた。


「精霊さん、はやく戻っておいで?みんな待ってるからね…」


 そう泉に向かって呟いてみた。

 背後からチビちゃんの呼び声が聞こえる。もう、出発の時間らしい。

 そのまま振り返らずに泉を後にしたわたしは、泉の底からあがってくる一際大きな水泡を見ることはなかった。


















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