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つくばねの

作者: さつき

さっきから、何度見ただろう。

通知はありません、ってそればっかり。


時計の針が直角になって、一直線になって、重なって、それでもまだピクリともしないこの金属の塊を、投げ捨てることもできずに睨んだまま。


別に、特に約束なんかしてるわけじゃない。

わたしも社会人なんだし、残業になる日だってあるんだし、なんか疲れちゃってそういう気分になれない日もあるし。

だから、別に、なんとなく、いつもこの時間には鳴るのになって思ってるだけ。

ただ単に、それだけ。


体育座りして腕を組めば、ふうわり香る。なんとなく買うようになったボディクリーム、これで何個めだっけ。首元に顔を寄せる。慣れてしまった鼻ではもう分からないけれど、そこからも淡く香る、らしい。

睨んでいたスマホを引き寄せて、ぽちぽち叩く。何か用事があるわけじゃないから、適当に。

指先を手のひらにつけるようにしてぎゅっと握る。冷え性のわたしは暖房のついた部屋にいても指先だけはすぐに冷たくなる。揉み解してもいいんだけど、夜だと寝つきが悪くなるよと言われてやめた。じゃあどうしたらいいのと聞いて、そしたら笑って。ああ、指が冷たい。

ネットサーフィンは諦めて、適当なプレイリストを選んでベッドに放る。スマホが勝手に選んだ甘いメロディーに、撃沈。手を伸ばしてクッションをつかんで抱えこむ。

よく聴く曲なんだから、プレイリストをシャッフルしたところで、それが流れてくる確率は結構高いんだけど。けど。


「空気読みすぎでしょ……」


繰り返すフレーズ。

この手のバラードにはありふれた言葉だけど、いまは一番聞きたくなかった。

言ったってどうしようもないってわかってるんだもん。わたしは仕事を辞める気はないし、向こうもそう。というか、この年でそんな理由で仕事辞めるとか言ったら殴る。埋める。ついでに連絡先凍結する。


ベッドサイドの時計、長い針はもうすぐひと回りする。今日は諦めて寝ようかな。寝るべきなんだろうな。寝られるかどうかは別にして。


瞼の裏に浮かぶのは、誰もが振り返るようなイケメンでも、ものすごいお金持ちでもない。

だけど、

こういうのはあんまり詳しくないけどこの香りは好きだなって笑った顔とか、

冷えた手を握りしめて、カイロの代わりだよとかいうキザなところとか、

そのくせお前は女子か! って思うくらい甘ったるい曲が好きなところとか、

そういうのを思い出すとありったけの声で名前を呼びたくなる。


でも、あいつは、どうなのか知らない。


可愛いことも言えないし、口を開けば憎まれ口ばっかりなわたし。


最初に伝えてきたのはあいつでも、今はどうなのか分からない。惰性で続けているだけなんじゃないのと言われたら、もしかしたらと考えるくらいには。

もしかしたら、こんな風に考えてるのは、わたしだけなんじゃないかって思うくらいには。


ピロリーン


『遅くなってごめん。もう寝ちゃったかな』


あ、やばい既読つけちゃった。

ていうか音でかすぎ。いつの間にマナーモード解除したのわたし。

どうでもいいことが頭の片隅に浮かぶ。

ふと手元を見たらお気に入りのクッションがぺしゃんこで、慌てて形を整える。

『起きてるよ。お疲れさま』

『ありがと。待たせてごめん。帰り際に電話かかってきてさ』

『別に、待ってないけど』

うう、可愛くないこと言うのはこの指かチクショウ!

待ってたよちょう待ってたよ言いたくないけど言わないけど!

『うんうん。すぐ既読ついたけど全然待ってなかったんだよね。わかってるよ』

トドメに可愛い系のスタンプ。しかもちょう笑顔のやつ。

むかつく!

どんな顔してるか想像できるだけにむかつく!!

クッションをぎゅむーっと潰してしまって、慌てて直す。

そこは分かってても分かってないフリをちゃんとやっとくべきでしょ!

『たまたま触ったら通知が来たから』

『はいはい』

『違うからね!』

いや違わないけど!

『いやーほんと可愛い。ちょう可愛い。俺の彼女最高』

暑い。

お風呂から出てしばらく経ったのに。

クッションにしがみついてごろごろする。

『今の流れでどうしてそうなるのよ!』

『え。愛の力?』

『ばか』

あああもう、可愛いこと言えない、なんで!

可愛くないわたし。わかってる。

でもだっていまさら変えられない。

違うそうじゃなくて、ほんとはそんなことが言いたいんじゃなくて、


液晶が切り替わる。あいつの名前と受話器のマーク。

通話のアイコンに触れて、耳を近づけて待つこと一秒。


佐保さほ


ちいさなわたしが騒ぎだす。さっきまでのわたしはぴたっと動かなくなっている。

泣きたくて笑いたくて叫びたくてどうしようもなくて、半分に割れてしまいそうな体を小さくして耐える。

いつも、こうだ。

言えなかった言葉とか気持ちとかが降りつもって、息ができない。


「佐保。待っててくれてありがとう」

「……べ、つに……」

「嬉しかった。佐保からすぐ返事もらえて」

「……うん」


わたしもだよ、って言えばいいのに。

たった一言なのに。

ちゃんと言えないのを許してくれてる、だから寄りかかったままじゃなくてちゃんと伝えなきゃいけないのに。


「週末は、こないだ言ってた雑貨屋行こうな」

「……うん」


甘えてばかりのオンナノコ、なんて大っ嫌い。

そう言ったのはわたしなのに。


「佐保に会うために、頑張るよ。仕事」

「……うん」


声、震えちゃったの気づいたかな。

気づかないでね。

うまく言えないけど、でも、ちゃんと。


「今日は、佐保の声で聞かせて」


好きな香り。

手のひらの温度。

甘いメロディー。

どれもほんとは、


「おやすみ、りゅう

        ーーすきだよ」

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