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地を駆ける竜は朝を告げる

作者: 屑人形

ガタガタと積荷が揺れる。森の木々も風に揺られてガサガサと鳴る。

彼らはいつだってオレを歓迎してくれる。優しい奴らだ。


「今日もおやじはよくもまぁこんなにも買い込んでくれたもんだ」

------また愚痴が始まった


がたがたと揺れる御者台の同行者はいつも愚痴を言っている。

------運ぶのはオレだ、オマエじゃあ無い


「あぁくそっ!野宿は勘弁だっておやじに言えば良かった」


街を出たのはちょうど鐘が三つなって宿屋の娘がデートに行った頃だったな、行くのは一番近い隣町だとしても今夜は途中野宿になるな。いや、もしかすると今回の同行者であるこの男なら寄り合いキャンプで休むかも知れない、そうしたら他の同業者達と話ができる。この男とふたりっきりはゴメンだ。


昨日降った雨は地面を濡らし泥となってオレたちに襲いかかる。ぐちゃぐちゃに汚れるのはオレだ、御者どもはいつだって俺の影に隠れて泥を避ける。


そのくせこう言うんだ------きたねぇ

「汚ぇなぁおい」


ほらな、唯一オレを大事にしてくれんはおやじか娘のティナ嬢ぐらいだ。時たま宿屋の娘も気にかけてくれるが、最近は彼氏とアツアツで構っちゃくれねぇ。寂しいはさみしいが嬉しい気もするから文句はねぇがな。


「おっ、ありゃマーシャルか?」


だいぶ前から気がついていたが前方にはもう一台走っている。オレたちは嗅覚が鋭い種族だから割と遠くても匂いでわかる。ありゃイヅモの匂いだ、つまりはマーシャルなんて呼ばれてるヤツのだ。あいつらも今日はおやじの荷を運んでるみたいだな。


「おう、トニじゃねぇか!お前もポプルスか?」


森の一本道を抜けて平原に出るとコイツらは横に並んで話したがる。オレだってイヅモのヤツと話したいが御者どもは許してはくれない。うるせぇって鞭で打たれてからはコイツらがいない時に話をするように決めている。イヅモのやつもそれをわかっているからこっちをチラリと確認するとすぐに前を向いた。


「おいおい、お前もかよマーシャル!」


ガハハとやかましいコイツらはやっぱり嫌いだ。さっさと寄り合いまでトばそう。そう思って徐々に速度を上げていった。イヅモもそう思ったのか離れず並走する。イヅモはオレより若いからスタミナがある、きっともっと早くトばせるんだろうが合わせてくれる。優しいヤツだ。


「最近アルドで妙な噂があるよな」


「あぁ、お前も知ってるかトニ」


「なんでもポプルスに行った奴が帰ってこないだとか」


「おおかた花街かギャンブルでものめり込んでんだろうよ」


「ちげぇねぇ、俺たちも今日ので同じ目に遭うな!」


「一緒にするなよトニ、俺は結婚資金で足りてないんだからよ」


「おいマーシャル!つれねぇこと言うなよ俺たちの仲だろ、なぁ?」


のんきな奴らだ。乗ってるだけで給料がもらえるなんて楽な仕事だろうよ。

------オレたちは大した飯だって食えねぇのによ


イヅモも大変だろうな、食べ盛りだってのにマーシャルが結婚資金にほとんど持って行くだろうからな。

今度オオツノジカかイリポムウサギでも持って行ってやるか。いや、オオツノは去年がピークだったから今年は数が減ってるだろうし、イリポムはまだ時期じゃなかったな。オオサンショウあたりでいいか。


途中キュルキュルとイヅモたちの車輪が音を立てる。しかしその音は次第にギュルギュルと変わっていく。まずいな、この音は脱輪する音だ。御者どもは気が付いてないようだがオレたちは聴覚もいい。間違いなく外れる。急激に速度を落とすと軸が割れる可能性があるな、ゆっくりなめらかに落としていかなければ。



整えられていない道を走るのは容易ではない、昨日降った雨が草花を濡らして滑りやすくもなっている。ただでさえこの平原は細長くて車輪に絡まりやすい。濡れていればなおさらだ。


「おい、イヅモどうしたよ」


完全に止まりきった時にコイツらは気がついた。鈍い奴らだ、イヅモが目線を後輪へと向けるとようやくマーシャルはことに気が付いた。


「おいおいおい、勘弁してくれよもうすぐ寄り合いだってのによ」


「なんだマーシャル、また手間を惜しんだのかよ」


「昨日嵌めたばっかだぜ?替え時かなぁ」


「また結婚が遠のくなマーシャル」


そう言いながらもトニもマーシャルを手伝うようだ。もうじき寄り合いだが少し早い休憩と行こう。

車輪を嵌めるのは一人では重労働だ、ひょろいやつだとできないのも居る。一人が少し持ち上げて、浮いてる間にトンカチで嵌め直す。チカラがあって器用じゃないと出来ない芸当だ。長旅のときや金持ちは工房で浮かせるカラクリを買うらしいが、大きいし場所を取るから基本コイツらは載せない。何より高いしな、オレたちの飯代の五年分はあるらしい。以前おやじがぼやいてた、盗まれたってな。


「よし、再開としよう」


ヒョイとトニが御者台に乗り込むとマーシャルがぼやいた。


「手が草汁でベタベタだぜ、ちくしょう」


たずなを持つマーシャルの手は絡まった草を切った時についたのであろう汁がべっとりとついていた。


「もうすぐ寄り合いなんだから我慢しろよな」


その声を始まりにオレたちは走り出した。もう寄り合いの簡易な小屋と明かりが見えている、いくつかの同業者たちは既に夜飯を食べているようだ。いい匂いがする、滅多と嗅いだことのないシチーというものだ。おそらく貴族か金持ちからもらった幸運な輩が自慢しているんだろう。


「俺はちょいと手を洗ってくるぜ」


寄り合いに着くやいなやマーシャルは飛び出していった。近くに川があるからそこで洗い流すつもりなんだろう。オレとイヅモは荷物番を任されて、トニは御者たちが集まる焚き火へと向かっていった。

傍の小屋の中では女が一人妖艶な舞を披露していた。御者の男たちは皆そろって鼻の下を伸ばし、あるものはその身へ触れようとして華麗に躱されていた。


------よう大将、久々だな


イヅモがオレに向かって言った。若い奴らはみんなオレのことを大将と呼びたがる。


------おっ、大将じゃねぇえか!おやじ専属じゃなかったのか?

------はあ?ティナちゃんの専属だって聞いたぜ?

------今日は新人か?見ない顔の奴だなぁ

------イヅモも一緒か、メアは元気かよ?


傍で休んでいた他のヤツらもオレたちに気がついたみたいだ、コイツらは話し好きでよく噂話に流されている。メアはイヅモの娘だ、今はアルドでイヅモの帰りを待っている。


思い思いに話していると、ガタリとイヅモの荷台が鳴った。


------誰かいるぞ


誰が言ったか降りてきたのは小屋の女と同じ格好をした別の女。こちらのほうが少々背が高い。


「ふふっ、今日は大量ね」


頬を緩ませイヅモの荷台から降りた彼女はこちらに振り向くと腰に据えた曲刀をクイッと強調してトントンと見せつけるようにしてつついて見せた。そしてその人差し指を可憐な口元にそっと添えた。騒げば殺す、そう伝えているのは一目瞭然だ。


「ふぅ、さっきの車輪の時は焦ったが何とかバレなかったぜ」


マーシャルだ、手を洗ってから小屋に向かわず戻ってきたようだがあいにくとここは今かなりヤバイ。まだ気がついていないマーシャルだが、女の方は臨戦態勢だ。音も立てずにもう抜いてやがる。


「さてと、どうやって隠すかね。カラクリは場所とるからなぁ」


”カラクリ”この単語には聞き覚えがある。まさかとは思うが、コイツおやじから盗んだのかっ!危険を伝えてやろうと思ったが因果応報ってやつだ。コイツの命なんぞ知らん。


「おやじの今朝のマヌケ顔と言ったら、今でも笑えるぜ」


「あら、あなた盗人さんだったのね」


だったらココロがちっとも痛まなくて済むわ


そう言うと女は曲刀でマーシャルを切り捨てた。そのままマーシャルは地面へと落ちた。返り血を一滴も浴びないこの女はきっと手練だ。目的はなんなのかはっきりしないが、こいつも物取りだろうに何を言ってんだ。


「さて、次は彼らね。少々心苦しいけど仕方ないことだわ」


女は血糊を拭うとそのまま小屋へと歩いて行った。次の標的はオレたちではない。つまり中に居るヤツ、焚き火であったまってる連中だ、そこが隙だな。


------オマエら、合図したら走れ。イヅモが先頭だ

------大将はどうするんでぃ

------オレがオマエらのケツ守ってやるつってんだよ

------おいおい大将、あんたのケツよりオレの方が硬いぜ


すぐに小屋には炎が上がった。小屋の前にはふたりの女、燃やしているのは彼女らで間違いない。中の男たちは必死に出ようともがいているが扉は開かずもはや"オーブンの中のチキン"も同様だ。焚き火で暖まってた連中も皆小屋の中にいた。


------行けっ!!


オレの一声でイヅモを筆頭とした一団が駆け出した。当然荷台は付いたままだ、すぐさま音で気づかれる。背の低いほうが焦った声を出すがもう遅い、オレたちが本気を出せば最高速度は馬の全力を超える。追いつけないはずだった。


「待ちなさい!」


背の高い方の女が着いてくるではないか!並走してくるほどではないが着々と迫ってくる。化物かこの女!


「ま、待ちなさいってば!」


よく考えれば人間にオレたちほどのスタミナはない。ものの数分で女は突き放され諦めた様子だった。しかし、盗賊はしつこいと聞く。もしかすると先で待ち伏せしているのかもしれない。女二人だったという点も気になる。


「待てつってんでしょーが!!」


左の茂みがガサリと揺れたと思ったら、馬に乗った二人が飛び出してきた。これは予想外だ、まさか足があったとは。しかも乗っている馬はサラブレッドの"サファイア種"だ、彼らは特に足が速く天を駆けるペガサス紛いのこともできる。


「はぁっ!!」


長身の女が曲刀を振るうと前を走っていた荷台の後輪が弾けとんだ。だがしかし、そのまま弾けとんだ後輪は宙を舞い綺麗な放物線を描いて女の顔面へと直撃した。


「シャルールお姉さま!!」


オレはすぐさまもう片方の車輪を足で弾き飛ばした、こうすることで片方だけ残った車輪が悪さをするのを防ぐのだ。当然荷台の後方が下がり地面と接触するのが普通だがおやじの荷台は特別製で、実は内部にもう一セット車輪が隠れている。その為、荷台内部には車輪がある部分が木枠で囲われていて若干積載スペースが減るが有事の際、つまり今みたいに車輪が走行中に失われた時に便利だ。


「-----まって!!」


背の低いほうが何事かをこっちへ叫んでいたが聞き取れなくなっていた。幸い姉の方が自滅してくれて二人共追って来る気配はもうない。かなり突き放せたようだ、それにいつの間にか平原を抜けて麦畑まできていた。ここら一帯はポプルス領だ壁門も見えている、やましい賊どもは何があっても近づかないだろう。


------撒いたか。なんだったんだアイツら


あたりは既に夜が明けゆっくりと朝日が昇ってきている。


------大将、助かったぜ


そうオレに言ってきたのは前を走るパウロだ。コイツは、一人だけ種族が違う。カラビダラ種と呼ばれ砂漠地帯に住んでいる変わり者だ。どんな状況でも決して慌てず対応する冷静沈着な種族、それがカラビダラ種だ。


------礼と言っちゃなんだが今度オレのムスメに会ってくれよ


度々、事あるごとにコイツのムスメとの婚姻を勧めてくる変わり者でもある。大体、歳だって二十以上はくだらないのに馬鹿かコイツは。


------いらん、それより砂漠トカゲでも食わせろ


そんなこんなで行商隊のように一列になって進んでいく。アルドからポプルスへの道のりはそう長いものではない。アルドのそばの森を抜け、車輪が絡まった平原を抜けひと悶着あった寄り合い所をまっすぐ進み、ポプルス麦畑を通ってポプルスの門という流れだ。


------きれいだ、なぁ大将

------今年も豊作だなポプルスは

------アルド麦は不作だったらしいぞ

------道理で運んでる荷物に農具が多いわけだ


黄金色がそよ風になびく麦畑は滅多と見れない。朝日によって照らされた麦がこんなに綺麗だって知ってるのはオレたちぐらいだ。人間は日が昇って鐘が鳴ってからようやく起きる、もしかしたら鐘を鳴らす修道女たちはこの風景を独り占めしたくて日が昇りきってから鐘を鳴らすんだろうか。だとしたらオレも同じことをするだろうな、この景色は心の汚い奴らにはこれっぽっちもわからないだろうからな。


------さぁ、到着だ大将。いつもの頼むぜ


先頭を走っていたイヅモたちは既に壁門の前で整列している。横一列、少々上半円なのはコイツらがオレを慕って、なんだかんだで認めているからだろう。ど真ん中の一番突出したスペースはいつもオレの場所だ。最近は隣にイヅモが居ることが多い。もっとも、こんなことになるのは二週間ぶりだがな。


------今日もこの町の人間は皆飛び起きることになるな


オレは今日も遠慮なく、門番に街全体に響かせるように叫んだ。

Thank you for reading ♡



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― 新着の感想 ―
[一言] テンポよく読める作品でした。 あらすじにもある通り、テンポの良さに流し読みをしたりすると読み戻す羽目になるかもしれません(笑) 終始主人公の視点で固定されているので、主観カメラで風景を思い浮…
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