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アドが目を覚ましたのは、数時間後だった。倒れた原因は、過労……とのことらしい。あの老婆が言っていたから、本当かどうかは解らない。でも、あの時、他に頼れる人がいなかったので、仕方ない。
アド、と名前を呼ぶと、私を見てはぁ、と溜息をついた。
「お前、飯は?」
食べてないというと、また溜息をついて、何やってんだよ、と呟いた。
アドを心配していたこと、食事どころでは無かった事、目を覚ましてくれて嬉しい事を伝えると、心配かけて悪かったな、と不機嫌そうに言った。
その後、療養のため、しばらく休むことになった。
ベッドに横たわるアドは、顔色が悪く、昨日より弱弱しく見えた。
そばにいようとすると、怪訝な表情をされるが、構わず居続けると、根負けしたのか、目を閉じた。
まつ毛が長くて、鼻はスラッとしていて、童顔で……私は人の顔を覚えることが出来ない。さっきアドを助けてくれた老婆の顔も、もう忘れてしまっている。でも、アドの顔だけは、忘れない気がする。
顔を近付けると、あのバケツの中身と同じ匂いがした。
「何やってんだよ、お前」
ふっと目を開けた。眠ってはいなかったようだ。
そばにいたい、と言うと、勝手にしろ、と言われた。
勝手にしろ、か……。