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エピローグ

「今回の事件は忙しいものであったな、事後処理は骨が折れたぞい」

 溜め息混じりに湯呑で茶をすする管理者、長沼源一郎は自分の書斎で何やら難しそうな書類に目を通しこちらを一瞥してまた視線を書類へ、どうやら魔平定協会から送られたものらしい。

「ふぅむ、やはりそうであったか」

 呼び出しておいて勝手に何かに納得して置いてけぼりは頂けないと思うのだが世話になっている手前大人しく待つより他はない。

 光芽タワーの事件から一週間が経過しマギアの献身的な治癒と看護の御陰で瀕死を脱し通常生活を送れる程に回復を果たした、しかし現在は魔法の使用した影響で魔力が安定せずに魔力使いとしては暫く休業しなければならない。上手く魔力を表に出せない、これもマギアに治してもらってはいるが時間が掛かると言われた、分かり易く言えば魔法のせいで魔力を扱う配線が混線して上手く起動しない状態だ。

 体に負荷を掛け過ぎたのも原因の一つだろう、だが治らないものではないと保証してくれたのは心強い、なので安静に自宅待機していたが源さんに事件の詳細を伝えるから来いと呼び出された。

「神道ユウヤ、お主は霊脈との言葉に聞き覚えはないか?」

「霊脈って自然界にある目には見えない力の流れみたいなものだろ? 霊気、俺達側から言えば魔力を運ぶ地の流れ」

「その通りだ。世界に魔力が満ちているのはその霊脈から湧き出たもの、血管と同義であるな、世界に枝分かれし魔力を運ぶ。何故この話しを持ち出したのかと言うと今回の事件と関わりがあるからだ。セルモクラスィア家が起こした魔力主義者によるテロは他の都市でも行われていたそうだ、つまりセルモクラスィアだけが動いていた訳ではない。お主は疑問に思わなかったか? 魔力世紀に戻すために都市を壊すと主張するがここは田舎も田舎、光芽市も都市ではあるが大都市程の規模はなく田舎と該当されてもおかしくはない、つまり都市の末端だと言ってしまっても過言ではない」

 確かにそうだな、こんな小さな都市を狙うよりも大都市でテロを行った方が魔力主義者の目的達成も早かっただろうに。地方都市を狙う理由が分からない。

「……その理由に霊脈があるってこと?」

「うむ、光芽市の下には巨大な霊脈が流れておる、不思議なことに都市と呼ばれる場所の下には必ず霊脈が存在し街が繁栄している。無論この影牢市もそうだ。中々に面白い話しではあるが都市と都市が例脈で繋がっているのが問題だ、エクスプロズィオーンを使い都市を破壊するとその衝撃は霊脈を通じて他の都市に打撃を与えてしまう。他のテロを決行しようとした連中も地方を狙っておった、つまり同時に発動させその衝撃で他の都市と大都市を連鎖崩壊させようとしたのだ。地方都市ならば大都市と違い規模が小さく破壊し易いと踏んだのであろう」

 だからこんな田舎に来たのか、光芽市を壊した衝撃が霊脈を通じて他の都市にもダメージが移る、多数の場所で同時に結構するれば連鎖崩壊で街が消えてしまい手軽に破壊できるってことか。それに大都市には魔術師が計三人で守りを固めていると聞いたこともある、地方都市ならば魔術師の相手は一人で済むからな。

「危ないところであったな、しかし他の管理者達がそれらを阻止できたからこそこうしてお主と話しができるという訳だ。ただ、連絡の取れなかった光芽市の管理者は殺されておった、マルスが魔術師だったのが誤算であった、本来ならこのような事件が起こる前に阻止されていたはず、他の場所は実行前に犯人達を拘束し連行できたのだがな」

「だから街の危機に管理者が来なかったのか」

「うむ、数日の内に協会から新たな管理者が来るだろうがそれまでは儂が代理をせねばならぬでな、しばし忙しい。お主には儂の仕事を手伝ってもらいたいが暫くは無理か、まあ安静にしているがいい、治り次第容赦はせんでな、覚悟はしておけ」

 なんか憂鬱になりそうだ。

「時に神道ユウヤ、羽原姉妹にこっぴどく叱られたと風の噂で聞いたぞ?」

「どこの風だよそれ、まあ黙って出向いたからね。戦いで数日間気絶して目覚めてみたら涙目で怒られたよ……悪いことをした」

「かっかっか、罪作りな男であるな、女を何人も泣かせるとは」

「他人が聴いたら誤解を受けるってそれ」

「事実であろうが。だがあまり心配を掛けるものではないぞ、擬似魔人化は諸刃の剣だ、以後気を付けることだ」

「ああ、分かってるよ源さん」

「理解しているなら何も言わん……それよりもこれを受け取れ」

 おもむろに手渡して来たのはお茶が入っていたとおもしき缶だった。

「お茶?」

「いや中身は儂が調合した薬だ、これで魔力が戻り安くなるだろう。早う治してもらわんと仕事の手が足らんのだ」

 そう言ってるけど本心は分かっているつもりだ、素直じゃないな本当に。

「ありがとう源さん……じゃあ帰るよ」

「うむ、養生しろ」

 書斎を後にして古本屋一階に戻り店番中の長沼えいなちゃんが暇そうな顔を変え一気に明るくなった。

「あ、神道くん用事は終わった?」

「ああ終わったよ。じゃあ帰るから」

「ええ、もう帰っちゃうの? せっかく暇潰しができると思ったのに、最近もあんまりバイトにも来ないしつまんないよ」

「あはは、もう少ししたら出て来るから勘弁してよ」

「もう仕方ないなぁ、今度来たらビシビシこき使っちゃうからね?」

 こき使われるのは同じか、やっぱり源さんの孫だなと痛感しながら了承した。挨拶を済ませて店を出ると正午を過ぎた太陽は空の頂でいつもと変わらぬ光を降らせていた、ずっと部屋にいたからこうして外を歩くのは久し振りで良いリハビリになるかな。相変わらず平和な日常を満喫している住民は俺達の戦いのことなど知らない、知らない方がいいこともあると踵を返しアパートへと歩き出す。

 寄り道せずに我が家であるアパートに到着して二階に上がる前に一階の一番奥の部屋に向かう、その部屋のドアをノックすると中から聞きなれた声が出迎えた。

「はい今開けます……あ、ご主人様!」

「…………あのさ、その呼び方どうにかならないか?」

「えっとですね師匠にそう呼ぶようにと言われてますから」

 とにこやかに表情を柔らかくする少女はエプロン姿でどうやら昼食の準備をしていたらしい。

「それは考え直した方がいいような気がするがな。ちょっと様子見できたんだがどうやら食事の準備中だったか、そうかもう昼だったもんな」

「はい、今日はご主人様に教えてもらったカレーと言う食べ物を作ってみました。良かったら師匠と一緒に食べに来ませんか? 作り過ぎてしまったらしくて三人じゃ食べきれません」

「いいのか? じゃあご馳走になろうかな、あいつを呼んでくるよフォティア」

 マギアと俺の努力の成果は確実に実を結んでいた。フォティアの魔力を俺が通してマギアに流し込み魔力を安定できる程に吸い上げに成功していた、その後に気を失ってしまうのだがその間のことはマギアから話しを聞いている。

 魔力が安定したフォティアは二、三日は安静にしていたが後遺症などもなく元気になったのは喜ばしい、そして今回のことで嬉しい誤算がもたらされた。低魔力だったフォティアはエクスプロズィオーンが体内で魔力を溜め込めるように変化させられたことが原因で魔力量が桁違いに跳ね上がっていた。つまり荒療治で魔力量を底上げし、小さなロウソク程度の炎しか出せなかったが今ではこのアパートを一瞬で黒焦げにできるだろう。

 その魔力量と本来低魔力で分からなかったがフォティアには魔力を組み上げる才能があったらしくそれを見出したマギアがフォティアを弟子にしてしまった、俺が寝ている間に。魔術師として大成しうる存在だと褒めていたっけ。なのでマギアを師匠と呼ぶ。ちなみに俺をご主人様とマギアが呼ばせているのは魔力を操作する時に使い魔の契約をしてしまったので現状フォティアは俺の使い魔だからだ。

 擬似魔人化をしている時に結んだ契約なので今は力も出せない魔力使いなので魔法的繋がりはなく魔力的繋がりでラインが結ばれている、フォティアの魔力を操作なんて芸当は魔人にならないと無理だ、今は精々ラインを通じて意思の疎通ができるくらいか。まあいつでも電話できる機能と思えば便利だろう。

「そう言えばあいつらはどしている?」

「アグノスを連れてシャルールはお買い物に行ってます、もうそろそろ戻ると思いますけど」

 今回の事件で被害者でもあるシャルールは源さんに取り調べられ記憶を操作した魔術を解除してもらい記憶を取り戻した、本当ならフォティアもシャルールも協会本部に出頭させ裁判を受けなければならなかったがマギアがフォティアを弟子に取ると言って源さんを困らせて激しい口論の末、源さんの監視の元で三人を預かることとなる。

 詳しくは知らないが本部への対応は色々と裏から手を回したらしく監視するならとの極めて異例の判決を協会から得た。どんな手を使ったんだか。シャルールは源さんの仕事を手伝うことが条件となった訳だが元ディーナーだから使用人が欲しかったんじゃないのかとの憶測も飛び交っている。このアパートの大家でもある源さんに空き部屋で三人が暮らせるようにもしてくれたのは本当に感謝しなければならない、本当は面倒見のいい人だって知ってるからな、これじゃ頭が上がらない。そう思っているともう二人の頭の上がらない人物と遭遇した、どうやら買い物帰りらしい。

「あら、こんにちは神道さん。もう出歩いてもよろしいんですか?」

「こんにちはあやめさん、だいぶ体が良くなったのでリハビリも兼ねてます」

「そうですか……でも、無茶したらダメですよ?」

 お隣の羽原姉妹の長女あやめさんは静かにそう諭す、涙目で説教されたからな本当に頭が上がらない。姉の発言に続いて隣にいた妹も話し出した。

「そうですよ神道さん、あたしもお姉ちゃんもすっごく心配していたんですから!」

「ごめん、もう心配かけないようにします」

 反省しております。

「あやめさん、つぼみさん、こんにちはです」

「はいこんにちは。まあフォティアさんは挨拶もできてなんて可愛い子なのでしょう。お小遣いいりますか?」

「お姉ちゃんそれじゃあ子供扱い丸出しだって、フォティアちゃんは子供じゃないよ」

「子供でも大人でもフォティアさんにお小遣いをあげたいの! いつもつぼみにできない姉らしいことをしてみたいの! なので私の二人目の妹になってください」

「ふぇ?」

 真顔でそんなことを言われてしまったフォティアはどうしたものかと固まったしまった、するともう一組の買い物帰りが会話に割って入る。

「だめ!」

 一目散に駆け出しフォティアに抱きついた現役の弟が反論する。

「あ、お帰りアグノス、買い物から戻ったの?」

 とフォティアが声を掛けたがアグノスには聞こえていないらしくあやめさんに強い視線を送りながらフォティアを守るように抱きしめた。

「ぼくのおねーちゃんだもん、とったらだめだもん!」

「ち、違うんですよ、フォティアさんが妹になるってことはアグノスさんも私の弟に……」

「だめ! だめなの! めっ!」

「お姉ちゃん、そんな理屈はアグノスちゃんには分からないよ。ってか理屈にもなってないような気がするけどね」

「ううっ、アグノスさんに嫌われてしまいました」

 悲しそうにあやめさんがそう呟くと二回の部屋から甲高い笑い声が響き渡った。

『はっはっは! 良い気味だ女狐め!』

 俺の部屋からだな、マギアめ話しを聞いたいたらしい。人の不幸を笑うとか悪趣味だな。

「……ごめん、後で説教しとくから」

「マギアさんは悪くないですよ、問題なのは変なことを言うお姉ちゃんですから」

 大ダメージを受けたあやめさんはアグノスと良好関係を回復すべくお菓子なる賄賂を提供してみるとすんなりと篭絡できた、お菓子に目がないアグノスに感謝している姿を眺めていると買い物から戻ったもう一人が見当たらないのに気が付いた、フォティアはアグノスに問う。

「あれ? アグノス、シャルはどこ?」

「あっち」

 アグノスが指さす方向に全員の視線が向かうとアパートの塀を盾に体を隠しているシャルールの姿を目撃した、何やってるんだあいつ? 恐る恐るこちらを伺っているようだが。

「シャル? どうして隠れてるの?」

「か、隠れてねぇよバァカ! こ、これはその……」

 解せなかったのでフォティアが迎えに行き手を引く。

「ほら早くおいでよ」

「うわぁ! 引っ張るなよ!」

 みんなの前に連れて来るとシャルールはその中の一人と決して目を合わせないようにしていた、その人物に見詰められていると段々と汗をかき始め小刻みに体が震えている。この怪現象に心当たりが浮上した時にその原因となった人物がシャルールに語り掛ける。

「シャルールさん、どうして私と目を合わせてくださらないのですか?」

「ひぃいい!」

 羽原あやめの問い掛けに悲鳴で答える珍事は事情を知る者に取っては当然の反応だろう、あの廃墟での戦いであやめさんが行った魔力による特技で心底怖がらせたのだからトラウマになるのは当然だった、俺だってあんなことをされたら同じ反応になると思う。源さんの手配でここに住むと決まった時にあやめさんが同じアパートだと知った瞬間シャルールの顔はこの世の終わりを全て背負う悲痛を体現する表情だったのは言うまでもない。

「……お姉ちゃん、シャルールさんに何をしでかしたの?」

「さあ、どうしてかしらねぇ……」

 本気で分からないのかそれとも分からないふりをしているのか、どちらにせよシャルールにはこの先試練が待ち構えていることだけは確かだった。今は少々頼りないように思えるがあの時光芽タワーの屋上で記憶を失っていたのにも関わらずフォティアを助けようとしたのはどれだけ大切であったのかを裏付けるような気がしてならない、俺が目覚めてシャルールは照れながらありがとうと言った姿は今も脳裏に焼き付いている。

「何があったか知らないけど苦手なものは克服しなきゃ。そうだ、あやめさんつぼみさんお昼ご一緒にどうですか? カレーを作り過ぎたので師匠とご主人様にもお誘いしていたんです」

「フォティア、余計なことを言いやがって……」

「ダメだよシャル、仲直りしなきゃ。そのためにこの機会を活用しなきゃ」

「本当に良いの? じゃあ遠慮なくご馳走になっちゃうね! お姉ちゃんもそれでいい?」

「ええ、つぼみの指示に従うわ……ただ、神道さんがフォティアさんにご主人様と呼ばせているのが気掛かりです」

「あ、この野郎どさくさに紛れてよくも年端もいかない純情なオレのフォティアに妙なことを言わせやがって!」

「神道さんってそんな趣味があったんですね、あたしちょっとショックです」

 全身から噴き出す尋常ではない汗が冷静さを欠いでいるとの印のようでどうしたものかと思案するが答えは出ずにマギアを呼びに行って来るとの苦肉の策を述べてその場から撤退することとなった、マギアに事情を説明させないと俺の信用度が大暴落間違いなしだ。そそくさと二階に上がり玄関に飛び込むと当の本人の姿がなかった、声がしたからここにいるはずだと捜索してみると風呂場に気配を察知。

 そう言えばとあることを思い出して風呂場を開けるとマギアの姿は視認できず代わりに異質なものを発見する、それは浴槽にたっぷりと貯められた水に大量に浮かぶ氷、その水面には何故だかストローが直立で浮いてた。

 その不思議なものを見詰めていると無性にストローの穴を塞ぎたくなったので指をそこへ置いた。暫くするとストローが揺れ始め水面も荒れ狂い爆発して氷風呂の中身が飛び散ると同時にマギアが現れた。

「ぶはぁあ! がはっがはっ! はぁはぁ……ば、馬鹿者が! 空気の通り穴に栓をするとは何事だ! わたくしを殺す気か!」

「ごめんついつい」

「ついついで窒息死なんかしたくないぞ! あーー苦しかった」

「……何してんだよ」

「何って見て分からないか? つぼみに借りた漫画にこんな術をするサムライがいてだな、それが凄くカッチョいいんだ!」

 それってまさか水遁の術って奴か? それは忍者で侍じゃないぞ。

「……とにかく風呂場で遊ぶな、危ないから」

「ううっ、分かった、ユウヤの言う通りにするぞ」

「分かってくれたならそれで良い…………体の調子はどうだ?」

「うむ、どうにか体温が安定したぞ、おそらく人間で言えば平熱だろう」

「そっか。無茶をさせたからな今回は……」

 マギアの持病である体が発熱する現象は内側に内包している魔法が原因だ、創造主によって魔法を使えなくなっているマギアの体は強大な力である魔法を体内で押さえ込んでいるが力の発散ができずに膨張する場合が有りその後遺症で体が発熱してしまう。魔力使いや魔術師は無意識に流れ出る魔力が膨張を食い止めているがマギアは完全に自分では出せない、擬似魔人化は唯一の発散方法になる。

 世界の法則を塗り替えてしまう魔法を抑えている体がもう既に奇跡であり耐え続け発熱で済むのはマシな方らしい、普通なら死んでもおかしくはないがそこは頑丈に『例外』へと創り上げた創造主に感謝すべきなのだろうか。だが苦しいものは苦しい、発熱は酷い時には五十度を超えることもあり苦しがることも多々ある、そんな時はこのように氷を張った風呂に入って温度を下げることに集中する、真冬だろうと。

 それに今回はフォティアの強大な魔力を吸い取って内部に入れたのだから酷い発熱は避けられなかった、それを覚悟してマギアはフォティアを助けてくれたんだ。

「暗い顔をして、わたくしの意志でやったことだぞ? それにもう苦しくない、ユウヤの辛い顔を見ているとわたくしまで辛くなってしまうじゃないか、ほら笑顔を見せてくれ」

 笑顔を望んでいるならそれに応えなければならない、それが今の俺にしてやれることだと思うから。

「やっぱりユウヤの笑顔が見られるとわたくしは嬉しいぞ。覚えているか、わたくしと初めて会った時は優しい笑顔を浮かべていたな」

「覚えているよ。でもあの時はクロに憑依した状態だったから猫に接しているつもりだったけどな」

「でも心地の良い笑顔だったぞ」

 記憶を掘り起こし蘇るのは邂逅の瞬間、虐待を受けて体も心もボロボロになりかけた幼い俺が出会ったのは小さな子猫、愛らしい姿が荒んだ心を洗い流してくれる気がしてずっと話し掛けていた。

 この猫が魔女のマギアであることを知るのはまだ先のことだが当時の俺はこの時間を心の拠り所にしていたのを覚えている。

「なんか恥ずかしいな……」

「何故恥ずかしがるんだ、今わたくしの生まれたままの姿を拝めているというのに」

「まあなんだかんだでいつものことだからな」

「ぬ、それはどう言う意味だ、まさかわたくしの体に飽きたのか! それはダメだ、もう一度わたくしの素晴らしさを体験させないと。よしユウヤ擬似魔人化してわたくしの体を乗っ取って好き勝手してみろ、きっと素晴らしさを再確認できるぞ!」

「な、何言ってんだよお前は! 確かに互の体に干渉できる契約をしてるけどそんなことできる訳ないだろう!」

「むう、ならばわたくしがユウヤの体を操って好き勝手にしてやるぞ!」

「馬鹿なこと言ってないで早く上がって服を着ろよ、フォティアが昼食に誘ってくれたんだ」

「ほほう、フォティアの奴も中々気が利くな……って話をすり替えるな!」

 そんな喜劇を体現する俺達を部屋の隅であくびをしながらクロがまたやってるとの視線を送りつつ眠りに付く、いつもの騒がしい日常が穏やかに流れていた。

 かつて無自覚に罪を重ねた魔女は自我に目覚め創造主に逆らい体を奪われて一人ぼっちで世界を彷徨った、その果てに体と心を傷付けた少年と出会い自分の体を取り戻す旅をした。魔力世紀の遺跡を探し回りその過程で二人は絆を深め見事に彼女の体を取り戻す。

 俺とマギアの願いは永劫に二人でいること、世界が終わろうと星々が滅びようとも。

 その思いがずっと続くようにと心の底に願いを灯しながら俺達はみんなの待つ場所へと歩んだ。





 いつかの記憶。


『ユウヤ……なら待っているぞ、わたくしを見付けてくれるその日まで』

 体なき魔女を探す序章、幼い記憶の欠片。

『絶対に会いに行くよ』

 遥か彼方の面影を上映する。

『その時が来たら契約をしよう。永劫にいられるように』

 永劫のフェアトラーク、二人の絆を結ぶ。

『うん、約束するよ』

 二つ、心は芽を生やし出会うその日まで大事に育ませ邂逅にて実を結ぶ。

 少年と猫による永劫を求め世界を彷徨う旅が始まろうとしていた。





 この度は永劫のフェアトラークを読んで下さりありがとうございました。

 この作品はとある小説大賞に応募して落選してしまったものを今回掲載致しました、話は気に入っているのでパソコンの中に眠らせておくのは勿体無いと思いました。

 これは小説化する数年前から温めていた話で残念な形でしたが思い入れのある作品です。


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