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第四章 『日常に潜んだ闇』

 ごめんなさい。

『……お前が謝ることはない』

 いつも怖かった、誰かにまた石を投げられるかもしれないから。だから気持ちが解る気がするんだ、ぼくと同じでこの人はただ怖がっていただけ。昔のようにたくさんの人が石を投げるんだ、やめてって言っても痛いって言っても。

 おかあさんは優しくてぼくを守ってくれた、石から守るために盾になってくれた、ぼくは隠れているだけの卑怯者だったんだ。

『お前は悪くない』

 おかあさんは死んじゃった、僕を守って死んじゃった。

『……ああ、この身体に腕があればお前を抱きしめられるのに』

 ぼくは呪われている。

 だってこの人は言ったよ、バケモノって。この世からいなくなれって。

『もうやめろ、自分を責めるのをやめろ』

 ぼくが……。

『そうなる定めだったんだ、お前は悪くない、悪くない……』

 もう一人のおかあさんを守れなかったよ?

 すごく優しくしてくれた、石を投げなかった、いい匂いがしていた。

 ぼくが悪い子だから、バケモノだからこうなってしまった。

『違う、違うんだ……そうしなければお前が……』

 ならぼくはいらない、もうひとりぼっちだから。

 おかあさん、おかあさん……。

 あかいあかいじゅうたんがそこにひろがっていた、そのうえでこわかったひととたいせつなひとがおひるねをしている、きっとこれはぼくがわるいこだからこうなってしまったんだ、おかあさんのようにもうひとりのおかあさんもぼくをおいていくんだ。

 ひとりはいやだよ、いやだよ。

『お前は一人じゃない』

 ほんとうに?

『ずっと一緒にいる、お前の終焉まで』

 しんでもいっしょがいい。

『そうだな、ならいつまでも一緒だ……世界が終わろうと星々が滅びろうとも永劫に一緒だ』

 うん。

『ああ……手があったなら頭を撫でてやれるのに』

 ぼくは君の声が聞きたい。

 ぼくは君の顔が見たい。

 ぼくは君の体を抱きしめたい。

『それが叶うならどれだけ素晴らしいだろう』

 だからぼくは君に会いに行くよ。

 世界の果てだろうと。

『本気なのか?』

 ほんきだよ。

『困難が待ち受けているぞ? それでも会いに来てくれるのか?』

 ぜったいにいく。

『そうか…………なら、待っているぞ』

 そして彼女は俺の名を呼ぶ。





「はっ!」

 悠久の時を彷徨っていたように気怠さが全身に襲う、ぼやける視界が徐々に解かれて行き同時に思考も正常に働き自分が微睡んでいたことを知る。開かれた瞳に最初に映り込むのは最愛なるパートナーだった。

「起きたか……」

「マギア、俺どれだけ寝てた?」

「疲れていたんだろうな、三時間程だ。ここのところ無茶していたからな」

「三時間か」

 横たわる背に伝わるのは畳と後頭部に柔らかな感触、マギアの顔が真上に見えるということはここは膝の上か。

 辺りを確認してみるとアパートの自室でマギアっと二人きり。

「……うなされていたぞ、悪い夢でも見たのか?」

「夢、そうかあれは夢だったのか」

 そう称するより記憶とした方がしっくり来るがな。

「……あの時のことを夢見たたらしい、約束をしたあの日を」

「ずっと一緒にいる約束だな?」

「ああ……」

「忘れるものか、わたくしはずっと一緒にいるぞ? 世界が終わろうと星々が滅びようとも永劫に一緒だ」

 あの時と同じことを言っている。

 そっとマギアの手を握った。

「どこにも行かないでくれ」

「ははっ、誰が離れてやるもんか。ユウヤの体も心も何もかも全てわたくしが所有するのだからな、そしてわたくしの体も心も何もかも全てユウヤのものだ」

「俺は全てを捧げる」

 何も残っていない俺にもたらされた幸福、それを確認するために彼女の顔を引き寄せ唇を重ねた。

 この時間が永劫に続くことを祈りながら二人の時間を大切にした。

 数分後、ようやくいつもの調子に戻って来たので起きることにする。

「ふぁ、よく寝たな。マギア、フォティアはどこにいるんだ?」

「小娘なら隣りの部屋に遊びに行ったぞ」

「そっかつぼみちゃんがお昼をご馳走するって言ってたっけ」

 羽原姉妹に事情を説明すると何も聞いていないのに協力すると張り切っていたっけ、きっとフォティアが自分たちと重ねてじっとしていられなかったのだろう。それにつぼみちゃんと直ぐに仲良くなってまるで姉妹みたいで妹ができたみたいだって喜んでたしな。

 体を起こし背伸びをした。

「うわ、もう完璧に昼過ぎてるな、マギアまだ何も食べてないだろ?」

「当たり前だ、ユウヤが起きるまで待っててやったんだぞ、なので昼食は豪勢に頼むな」

「分かったよ……と言われても豪勢な食事って何が食べたいんだ?」

「そうだな、ユウヤでも食べるか」

「ばっ、何考えてんだこんな昼間から! 隣りには姉妹とフォティアがいるんだぞ!」

「時刻などは関係ない、誰がいようと関係ない。寝る時に寝る、食べる時に食べるそれがわたくしだ!」

 威張って言うことか。

「もっと恥じらいってものを持ってくれ」

「恥じらいか……はっはっは、そんなものわたくしにあると思うか?」

「そりゃあ……ないな」

「だろう?」

 してやったりと顔に描いてあるぞ、だがこのままやられっぱなしってのも面白くないな。マギアは恥じらいはないが意外にウブなところがあるからそこを突くか。

「仕方ないな、じゃあ今日は俺の言うこと……命令を聞いて貰おうかな」

「め、命令だと?」

「ああそうだ、どんなことでも断れないんだ、どんな無茶難題を提示されても黙って従わなければならない」

「むっ、きょ、今日のユウヤはどこか一味違うな……ど、どんなことでもか」

 茹でダコの仮装かと突っ込みたくなるような勢いで真っ赤だな顔、どんな妄想が展開されているのか実況解説させてみたら面白そうだけどな。これでもういいと投げ出してくれるなら話しはうやむやとなるだろう。

 壁が薄いのを知っているくせに変なことを言うなよな全く。

「よ、よし! わたくしも女の端くれ、どんな酷い状況だろうと耐えてみせる!」

 あれ?

 大の字で寝転がると決心したように深く息を吐いた。

「さあ来い! どんな要求にも答えてみせる!」

 なんか闘志に火を点けてしまったらしい。

「どうした、女にここまでさせたんだユウヤも力の限り応えてみろ!」

 こうなってはテコでも動かないぞ。

「……仕方ないな、なら命令だ、目を瞑れ」

「わ、分かった」

 力一杯瞼を閉じ身体が小刻みに震えている、ほら見ろ恥ずかしいんだろうが。

「俺がいいって言うまで絶対に目を開けるんじゃないぞ?」

「うっ、うん」

 この間に台所へ行って昼食を作ることにした。冷蔵庫を確認するともやしが入っていた、昨日の残りの豚肉もあるから炒めるかな。調理に取り掛かると何も起きないことに不安を覚えたマギアはか細い声で語り掛ける。

「な、なあ、ユウヤ?」

 今は調理中で手が離せない。

「随分と勿体付けるじゃないか……」

 調理を継続中。

「そ、そうか、これが噂に聞く放置プレイと言う奴だな? ユウヤは上級者なんだな」

 なんの話しだよ。

「来るのか来ないのか、このドキドキ感は中々にスリリングだな。むむ、こ、これはこれでいいものかもしれないな……」

 家の子が何かに目覚めたらしい。

 それから数分後。

「ユウヤ、結構これ気に入ったぞ」

「アホか……もう目を開けていいぞ」

 解放された瞳は潤んで何故かうっとりとしていたのは触れないでおこうと思った。

「へ? 食事が用意してあるのか?」

「調理中の音聞こえてなかったのかよ、どれだけ集中してたんだか」

「だ、だってだな……もう、ユウヤのイジワル」

 上目遣いでいつもの雰囲気と違い新鮮でめちゃくちゃ可愛かった。

「と、とにかくだな、飯食え」

「おやぁ? なんだか顔が真っ赤ですぞぉ?」

「べ、別に真っ赤じゃないし、変な喋り方になってるぞお前」

「なんだなんだ、わたくしに惚れ直したんだろ? そうなんだろ? 隠さなくてもいいじゃないか、もうユウヤは可愛いなぁ」

 攻守逆転か、やはり侮れない奴だ。

「飯いらないんだな?」

「う、悪かった、調子に乗ってしまったのを詫びるから食事を取り上げないでくれ」

「分かればいいんだ」

「もしかしてユウヤってドSじゃないのか?」

「なんか言ったか?」

「気の所為だろう、さあ楽しい楽しい食事の時間だ」

 ご飯を食べ始めるとあれだけ騒がしかったマギアもおとなしくなりよく味わっていた、どんな料理でもちゃんと美味しそうに食べてくれるのはやはり嬉しいな。

「旨いか?」

「いつも通りの味だ、わたくしは満足しているぞ」

「そっか、そりゃあよかった」

 二人だけの時間が過ぎて行く。

 食事を終え後片付けを済ませた後少し暇を持て余したのでセルモクラスィア家の対策を思案することにした。

 あれから数日、本当に奴らは何もしてこなかった。

 ずっとこのままではないことは分かっている、源さんは向こうが何かしらのアクションを起こす前に対応しようと町中を駆け回り何かをしている、おそらく防衛の為の魔術を施しているのだと思う。

 源さんは希少な魔術師だ、もし攻められても魔力使いには遅れは取らない、魔力と魔術には法則がある、それは絶対的なもの。だが本当は魔術師よりも更に高位の存在がいるが今回それは絡んでこないだろう、魔術師は希少だがその上は希少中の希少、なんせ世界に七人しかいないのだから。話が逸れたな。

 後手になるのは釈然としない、打つ手があればいいがセルモクラスィア家がどこにいるのか知らないし手掛かりだったシャルールは連れて行かれた、交換条件としてだけどな。もう情報源は皆無に等しい、フォティアなら何か知っているだろうが黙秘は今も継続、打つ手なしかな。無理矢理聞き出す? それは論外、彼女の意思を尊重したい。こちらからの攻撃、それは無理だし、やっぱり向こうを待って受身でいろと?

 ちくしょう悩み事ばかりだ。

「ユウヤ、また悪い癖が出てるぞ」

「……仕方ないだろ、そう言う性分なんだからさ」

「それは知っている。だが悩むだけじゃ何も解決はしないぞ、頭では理解しているだろうに」

 さすがに俺を理解しているな、そうこの思考は子供のわがままと同じなのだ。全部理解しているくせにまだ足掻こうと熟考する、だけど答えは最初から知っているのだ。

「やれることをやる、それが答えだって前に言ったぞ? まあ、わたくしもできることをしているんだ、わたくしの忌まわしい使い魔にもやっと光が当たるな」

「そう言えば町を探させているんだっけか、だけどこの町は源さんが管理しているんだ、町に放っても意味はないんじゃないか? 敵が入って来たら源さんから教えてもらえるし」

「ユウヤ、やっぱり考え過ぎて変なところをループして思考が凝り固まっているぞ? そんなことは百も承知だ、ならば外に目を向けろ」

「外?」

「簡単な話しだ、この町にいないなら隣街に目を向ければいいのだ。もしかしたら光芽市の方に潜伏している可能性があるぞ?」

 あ、そっか。

「灯台下暗し、凝り固まった思考はそう言う単純なことすら曇らす。ユウヤは状況判断とかできても足元がお留守になりやすいからな」

「う……それは面目ないけど」

「たまには心を落ち着けてみるといい、考え事して思考がループしたら深呼吸して心を落ち着けてリラックスしろ。急がば回れとも言うだろ?」

「……そうだよな、分かった、なるべくそうしてみるよ」

「うむ、素直な子は好きだ」

 マギアも本気で動き出したか。

「それでクロは光芽市に行ってるんだな? いつ頃調査は終わる?」

「そうだな、あの忌々しい使い魔クロはわたくしと同じで魔力探知が優秀だからな、少しでも魔力の痕跡があれば直ぐに知らせに戻るだろ。こっちと違って向こうは都会だ、それなりに時間が掛かっている、その内戻ると思うがな」

「クロの到着待ちか」

「それまでは気長に待っているとしよう……クロがいない内にユウヤとイチャイチャするぞ」

 小声で何をぼそぼそ喋ってるんだ? よく聞こえなかったが今回の教訓をマギアに教えられた気がするな、急がば回れか。

「ありがとうマギア、少し希望が見えた気がする」

「全く、世話の掛かる奴だ」

「ま、世話を焼かせられるのは他にいないしな」

 これは失言だったかも。

 キョトンとした顔でこっちに視線を投げ掛けるパートナーは頬を赤く染め上げ一度視線を下げてからもう一度上げる、そして嬉しそうに微笑んだ。

「不意打ちだぞユウヤ」

 そう言ってこっちに近寄って俺の胸に顔を埋める。

「ど、どうしたんだマギア」

「素直に嬉しいんだ……ユウヤの匂いがするな」

「ちょ、恥ずかしいこと言うなって」

「いいだろ、二人きりだ」

 そんなに喜ばせることを言ったかな。でもまあいいか、マギアは嬉しそうだしその姿を眺めているだけで安らかな気分になる。

 しばらくこうしているとお隣からフォティアが帰って来た。

「ただいま戻りました……あ」

「む、戻ったか小娘」

「あ、あの、ごめんなさい!」

 思春期の暴走のように動揺するフォティア。

「待てフォティア、誤解するな!」

「落ち着け小娘、まだ抱き合っているだけだ」

「ちょっと待て、まだってなんだまだって」

「それはそうだろう、このままそう言う流れだろうに……どうだ小娘も混ざるか?」

「ひゃ! そ、それって……」

 未成年に何を言っているんだと教育的指導のためげんこつを落とす。

「ひぎゃ! な、何をする!」

「未成年をかどわかすことを言ったらまたげんこつだ」

「うう、冗談じゃないか」

 マギアが言うと冗談に聞こえないぞ。

「とにかく、冗談でも言うんじゃない、フォティアには強烈だ」

「ちぇ、分かったよ、つまんないな」

「フォティア、マギアの言うことは気にしなくていいぞ」

「は、はい、分かりました」

 油断も隙もないな、これからは動向を常にマギアを見張っているしかない、未成年に有毒なカテゴリーにされてしまうのは虚しいぞ本当に。取り敢えず話しの話題を変えようか。

「何をご馳走になったんだ?」

「え? あ、クリームシチューをご馳走になりました、すっごく美味しかったです!」

「へえ、つぼみちゃん料理上手だからな」

「はい! あんなに美味しいものがあったなんて驚きです!」

 目がキラキラしているな、余程美味しかったのか笑顔を絶やさなかった。

「ふむ、これはレベルが高いな、愛らしい。よしこっちに来い小娘、抱き締めさせてくれ」

「え、あの、恥ずかしいです」

「後でプリンをやるぞ」

「プリン! はい、どうぞわたしの体を自由にしてください!」

 プリンで承諾したのかよ、案外安いんだな。そのセリフを待ってましたとばかりにマギアがフォティアを抱き締めるとほっぺたを突っついたり頭を撫でたりと完全におもちゃにして遊んでいた。

「はっはっは、なんとも柔らかな頬ではないか、マシュマロを彷彿とさせる」

「あう、あう、あうう」

「いいぞ、声も可愛いな、小動物みたいだな……なあユウヤ、小娘をペットにしていいか?」

「言い訳あるか! フォティアも嫌だったら突き放していいんだぞ」

「いいえ、プリンが待ってますから!」

 この苦行に耐え切れる報酬がそれで納得しているのか、そんなにプリンが食べたかったのなら仕方ない今日のおやつはプリンにしてやろう。

「あ、あのユウヤさん、唐突ですけど何かお手伝いさせてください」

「本当に唐突だな、どうしたんだ急に?」

「わたしのような見知らぬ者を保護して頂いて、それに追われる理由も話せなくて……だから何かしたいって思ったんです」

「フォティア……」

 数日様子を観察していたが怪我の具合は完治した訳ではないがある程度動けるようになると頼んでもいないのに家の中の掃除を始めたり、食べ終わった食器を綺麗に洗ったり洗濯物を進んでやるなど家事全般を請け負うようになった。でも怪我人には変わりがないから無理をさせないように気持ちを汲んだ。

 申し訳ない気持ちを償いたいと願っている少女に何をさせるべきか。

「そうだな、昼飯の食器も洗ったし……じゃあ夕食の準備を手伝ってくれるか?」

「はい、喜んで!」

「なら夕食はどうするかな、フォティアは何か食べたいものはないか?」

「なんでもいいです、ユウヤさんの作るお料理はどれも美味しいですから」

「だったらユウヤ! スキヤキ! スキヤキが食べたい!」

 すき焼きか、それも悪くはないな。

「あの、すきやきってなんですか?」

「フォティアはすき焼きを食べたことないのか?」

「はい、この国に来てまだ間もないので」

「そっか、なら今夜はすき焼きにしてみるか。鍋物だからお隣りも誘ってみんなでやるか」

 そうとなったら夕食に誘って食材を買いに行かないとな。

「じゃあ今から買い物に行って来るから」

「あ、じゃあわたしがお隣りさんをお誘いしておきます」

「分かった頼むな」

「ユウヤ、最高級の肉を頼むぞ!」

「それはさすがに無理だ」

 最高級は無理だがそれなりに良い肉を仕入れよう、すき焼き初体験者もいることだしな。

 アパートを出て激安スーパーへと向かう、律儀にも返済期間なるものを守ってはいるがそれを絶対に破らないとは限らないので警戒して進む。魔力探知ができない俺の警戒がどこまで効力を得るかは心配だがもしもの場合はマギアにはフォティアを連れて逃げるように言い含めている。あやめさんにも言っているので大丈夫だと思う。

 気を付けて歩き、ふとフォティアのことを思い出した。この数日間あの子は時々窓の外を遠くを見る目で憂いていたのだ、どんなことを想い寂しそうで悲しそうな顔をしていたのか。ばたばたしていて聞く機会を失ったがフォティアの家族はどうしているのだろう、小さな体躯に何かを抱え込んでいる。子供の頃から闇を抱え込むとろくなことにならない、経験者が語っているんだ間違いないよ。

 俺のように心が歪んでしまう。フォティアにはそうはなって欲しくない。

 そんなことを考えているとスーパーに到着した、すき焼きの材料を購入して寄り道をせずに帰宅すると羽原姉妹が部屋に遊びに来ていた。

「ただいま」

「あ、神道さんお邪魔してます」

「いらっしゃつぼみちゃん、あやめさんもいらっしゃい」

「この度は夕食にお誘い頂いてありがとうございます。まあ、大荷物ですね、私持ちます」

「ありがとうございます」

 軽い方の荷物を渡し台所へと向かうと直ぐにすき焼きができるように準備がされていた、多分フォティアがやってくれたんだろうな、マギアにはできないけ芸当だ。

「あのあの、神道さんあたし考えたんですけど、せっかくみんなが集まるんですからすき焼きの後でみんなで何かしたいって思ったんです、そうしたらフォティアちゃんも喜んでくれると思うんですよ」

「ああいいね、それで何をするんだ?」

「そうですね……」

「つぼみ、すき焼きの後で映画鑑賞会をしませんか?」

「映画か、それもいいね……あ、でもお姉ちゃんが観る映画ってホラーばっかりじゃんそれも血とか内蔵とか飛び出すよなのばっかり、拷問系はもう勘弁だよ」

 だよな、あやめさんがホラー映画観ることになるといつも何故か俺が呼ばれて一緒に見る羽目になるし、もっとこうハートフルな映画を所望するぞ、例えば動物とか出てくる奴とか。

「もっとこう動物とかいっぱい出てくるのがいいな、感動系とか」

 お、つぼみちゃんと同意見だ。

「そうなの? 分かったわ、可愛いつぼみのためにお姉ちゃん秘蔵の映画をチョイスするわ」

「本当? ちゃんとした奴だよ?」

「ええ、ちゃんとした奴ね」

 あやめさんが普通の映画をね、ちょっと気になるなどんなものを用意するのか楽しみだ。

「ユウヤさんお帰りなさい」

 フォティアが可愛らしい白のエプロン姿で台所へやった来た。

「ただいま。ありがとうフォティアだろ準備をしてくれたの」

「大したことじゃないです、わたしにできることをするって決めてますから」

「謙遜することはないぞ、これは立派に大したことに該当するから自信を持ってくれ」

「は、はい……あんまり褒め慣れてないから恥ずかしい感じがします」

「……恥ずかしいことじゃないって、人の役に立つって大事なことだからな」

 照れて癖であろう耳たぶをつまんでいじりだし恥ずかしさを緩和させていた。

「フォティアちゃん可愛い、もういっそのことあたしの妹になりなよ」

「わたしがつぼみさんの妹ですか?」

「うん」

「まあ、つぼみに新たな妹ですか、では私の妹も同然、どうしましょう妹が二人もいたらお姉ちゃん幸せ過ぎて溺死してしまいそう」

 幸せそうな姉妹だな。あやめさんとつぼみちゃんが笑っていられるようになってよかった、フォティアにもああやって笑っていて欲しい。

 さて、すき焼きの準備を始めるか。

「……あれ、そう言えばマギアはどこだ?」

「家のお姉ちゃんとのバトルに疲れてそこで眠ってますよ」

 部屋の隅で小さく丸まって眠るパートナーはうなされている様子、女狐めなどと寝言を発しているところをから夢の中まで喧嘩しているのか? 飽きないな本当に。ここ数日マギアには無理をして貰っているからな、最大限の魔力探知を常時使わせて警戒していたから疲れないはずがない、常に魔力を消費しているのだから辛いだろう。

 魔力は本来自然界から発生されたエネルギーを体内に取り込みそれを利用して魔力を行使する、しかし今現在自然界エネルギーは魔力世紀程の膨大さはなく微々たる量のため回復には時間が掛かってしまう。マギアのように眠るか食事による栄養補給で魔力は回復する、まああまり気の進まない方法で回復する手段はいくつか存在するがな、他人から奪い取るとかそう言った邪道のやり方。マギアはそんなことは絶対にしない。

 あいつは人の痛みを知っている、俺と同じように心の痛みを経験しているのだから。すき焼きができるまでゆっくりと眠らせておこう。

 テーブルにガスコンロと鍋を置き食器と箸を用意しておく、これはみんなが手伝ってくれたので直ぐに準備できた。材料を整える作業を手伝うと言ったフォティアに簡単なことを頼んで手早く下ごしらえは済む。

「ありがとうフォティア、助かったよ」

「いえ、これくらい当然です」

「じゃあこれをテーブルに運んでそろそろ始めるか」

 そろそろマギアを起こすか、少ししか休ませられなかったな。その分すき焼きをたくさん食べて貰うか。近付いて体を揺さぶる。

「起きろ、すき焼きするぞ」

「むぅ、五分待て……」

「その五分の意味が分からい」

「……はっはっは、五分は三百秒だぞ、秒数にするとお得な感じがするだろう、つまり三百もの間寝られるのだ」

「寝てたら三百秒なんてあっという間だろうが。て言うか完全に起きてるだろ?」

「いやちゃんと寝たぞ、ユウヤの声を聞けば直ぐに起きられる」

 そんな小っ恥ずかしいことを呟いて体を起こすと周りの女性達が黄色い声を出しながら騒ぐ。

「わぁ、神道さんとマギアさんラブラブだ、いいなあたしも素敵な彼氏欲しいな」

「はっはっは、ユウヤ程の良い男はそう簡単には見付からんぞ」

「ですよね、あたしも頑張らなきゃ」

「私のつぼみが遠くに行ってしまう、お姉ちゃん悲しいわ」

「なんでお姉ちゃんが悲しんでいるの?」

「え、だってずっと一緒だと思っていたのですもの……悲しいけどつぼみの幸せを考えるなら仕方ないわ、お幸せにねつぼみ!」

「お姉ちゃん、あたしまだ結婚もするような相手いないから、て言うか未成年ですから!」

 あやめさんとつぼみちゃんによるコント風味な会話も終わったようなので改めてすき焼きを始めた、様々な調理の仕方があるがここは源さんに教えて貰ったやり方で調理してみることにする、先に肉を焼き火が通ったらそれに砂糖と醤油を加えて味を整えの野菜を投入、後はにこみ火が通りのを待つばかりだ。

 数分後、いい感じに食材が煮えた。

「よし食べていいぞ」

「はっはっは、久し振りのスキヤキだ!」

「わあ、美味しそうです!」

「あたしがフォティアちゃんによそってあげるね」

「つぼみ、私はお肉以外何もいらないわ」

「また好き嫌いして、野菜も食べないと健康でいられないよ。美味しいから騙されたと思って食べてみて」

「騙されるものですか、私は嘘を見抜く女だと信じています」

「ここで自分を信じちゃダメだよ、それに騙すつもりはないから!」

 そう言えばあやめさんって野菜嫌いだったっけ、これじゃつぼみちゃんが母親みたいだな、大きな子供をあやしているようで面白い光景だった。まあ当の本人たちにとっては微笑ましいとは程遠いのだろうけど。

 テキパキとつぼみちゃんはフォティアのとあやめさんのすき焼きをよそう姿を眺めているといいお嫁さんになりそうだなと思った。

「フォティアちゃん、熱いから気を付けて食べてね」

「ありがとうございます……じゃあ、いただきます」

 と一口食す。

「お、美味しい……美味しいです!」

 好評だったらしい、それは良かった。

「いっぱいあるからたくさん食ってくれ、遠慮すんなよ」

「はい!」

 食事はみんなと食べると美味しい、誰が最初に言ったのかは知らないがそれは正しかったと思う。ここにいるみんなが笑顔で楽しげにしている姿はとても居心地がいい、無意識に口角が上がってしまう。

 すき焼きは好評だったので買って来た材料は殆ど残らなかった。

「ごちそうさまでした、ユウヤさん、すっごく美味しかったです!」

「そっか、喜んでくれたならこっちも嬉しいよ」

「ふう食った食った、今回も美味だったぞユウヤ」

「ありがとうよ」

「夕食に誘って下さってありがとうございました、今度はあたしの料理でもてなしますね」

「ああ、楽しみに待ってるよ」

「お肉は最高ですね、世界の心理をこの食卓で垣間見た気がします」

 羽原姉妹にも喜んで貰えたようだ。

「お姉ちゃん野菜も美味しかったよね?」

「ふふっ、つぼみが何を言っているのかお姉ちゃん分からないわ」

「って、野菜だけ残してるじゃん! 食べなさい、今直ぐに!」

「ま、待ってつぼみ、私には荷が重いわ」

「ああ言えばこう言って、食べなかったら一週間おやつ抜きね」

「ああっ! つぼみが意地悪なことを言って私を困らせるわ」

「……そろそろ実力行使をしようかな」

 つぼみちゃんによる強引な攻撃が展開され、野菜を無理やり口の中に押し込んで食べさせていたのだが涙目のあやめさんを目撃してしまうと何故野菜嫌いになってしまったのかその理由を知った気がする。

「も、もう無理よ、私を汚さないで」

「野菜は体を健康にするから! はい、後二口!」

「あ、もうダメ、あ、あーーーー!」

 悲鳴が木霊する。

「はい終わり」

「……つぼみに体を汚されてしまったわ、でもつぼみだから受け入れられるわ」

「変なこと言わないでよ」

「へっ、野菜も食えないのかよ、わたくしに好き嫌いはないぞ」

 余計なことを言うマギアにいつも温厚なあやめさんがほっぺを膨らませている、もしかして怒ったのか?

「マギア言い過ぎだ、誰にだって苦手なものはある」

「わたくしにはない」

 いやいや結構あるぞ、虫が苦手だし大きな犬が苦手だしお化けとかも苦手だしその他もろもろ、だがそれを言ったらただじゃおかないぞとパートナーからの厳しい視線がこちらに向けられているのでこの事実を公開する機会はないらしい。自分のことを棚に上げてよく言えるよな、逆に感心するよ。だがマギアは気が付いてなかった、この後に訪れるあやめさんによる復讐劇が始まることを。そんな感じで煽ってみたが実際にそうなるかは不明である。

 すき焼きを食べ終わり後片付けた後に食休みを入れた、みんなで映画を見ることになっていたのであやめさんが自分の部屋から秘蔵と言うDVDを持ち込む。

「ふふっ、これは素晴らしいものですよ、きっと皆様を楽しませると思います」

「お姉ちゃん動物ものなんだよね?」

「ええ、とても可愛らしいワンちゃんが出てきますよ」

 表情を曇らせたマギアは恐る恐る聞き返す。

「い、犬だと……?」

「ええ、つぶらな瞳のワンちゃんで愛らしいんですよ?」

「そ、そうか」

 犬苦手だもんな。

「では見ましょうか、このお話しはラストが最高なんです」

 DVDをプレイヤーに入れてテレビに映画が映し出される、白い子犬が可愛らしく走り回り飼い主の少女と仲良く遊んでいる。幸せそうな二人は戦争で引き離されてしまうが子犬はご主人様を探しに一匹で旅をする、と言うストーリーだ。

「可愛いです」

 満足げに映画に見入っているフォティアと少し嫌そうな顔で犬を見詰めるマギア、対照的な二人である。マギアの奴子犬も苦手なのか?

「おい子犬もダメなのか」

 小さな声で語り掛けると小さく首を縦に降る。

「子犬の御陰で死に掛けたんだ」

 ああ、俺たちが出会う前の話しか。

「じゃあ仕方ないか」

「もうトラウマなんだ」

「分かった、もうこの件には触れない」

「助かる」

 ならこの映画はマギアに取っては苦痛だな。気を取り直して映画に集中することにしたので画面に意識を移すと主人を探している子犬は戦場を駆け回り爆弾や銃撃の恐怖に晒されながらどうにか生き延びた、泥だらけの姿に涙しそうになる女性陣。

「あれ、これどこかで……」

 と小さな声で呟いたつぼみちゃんは何かを思い出そうとして。

「あっ!」

 青ざめた顔でつぼみちゃんが何かに気が付いたらしい。

「お姉ちゃんこれって」

「どうかしたのつぼみ?」

「どうかしたのじゃないよ、この映画ヤバイ奴じゃん!」

「だってつぼみが動物がいいって言ったから」

 なんの話しをしているんだ?

「どうかしたのか?」

「し、神道さんこの映画を最後まで見たら……」

「あら、もうクライマックスよ?」

「やばい! ごめんフォティアちゃん!」

「え?」

 咄嗟にフォティアの視界を手で遮りそのまま抱えて連れ去った。あやめさんがお転婆な妹を温かい目で見送っているのだが俺とマギアは訳が分からないのでどうしたらいいのかと途方に暮れていると映画がラストシーンに差し掛かっていた、困難な道をどうにかくり抜けて主人である少女に再会する。嬉しそうに子犬を抱き締める少女、そして子犬は少女を見詰めて。

 鬼のような形相で少女を噛み殺した。

「…………は?」

 思わず声が出てしまう程に衝撃的で残酷だった、なんだこれ?

 後で聞いたあやめさんの説明によると残酷な世界に精神を病んでしまった子犬は再会したのが主人だと気が付かずに敵だと思い込んで殺してしまう、なんとも救いのない物語だ。これはフォティアには見せられないな、精神が病んでしまうよ。

 これが上映された時あまりに結末が突飛で衝撃的な内容に酷いと気分を悪くする客が続々と出てしまったので社会問題となり、公開一週間で封印されてしまった問題作である。当時としては画期的だったDVD発売と同時に上映すると言う手法で話題になったのだが封印されたためにDVDは数量しか出回らなかったらしくとても貴重とのこと。

「うえっ、なんだこれは、ううっ……ひ、酷い……」

 気分を害したマギアは顔をしかめ犬嫌いを加速させたのは言うまでもない。

 俺も夢に出てきそうで怖い。

「どうでしたか凄くいいでしょうこの作品、カタルシスにまみれた名作で。感動ものと見せかけた戦争に対する悲惨さを込めたメッセージ性の高い作品です」

「あ、あやめさん、この映画は一人で楽しんでくれた方がいいと思います」

 やっぱりあやめさんが好む映画はこんなのばっかりだ。

「そうですか……ではもっと素晴らしい映画を……」

「お願いですから止めてください」

「女狐のアホ! これ以上わたくし達を困らせてどうする気だ!」

「……残念です」

 程なくしてつぼみちゃんとフォティアが戻った。

「あ、あの映画どうなったんですか? ワンちゃんはちゃんと女の子に会えましたか?」

 何も知らないフォティアには真実を語らない方がいいだろう、知らなくてもいい事実もあることを今日学んだ気がする。

「あ、ああ、無事に飼い主と再会できたぞ!」

「わあ、良かったです。ワンちゃん頑張ってましたもんね!」

「そうだな、あはは……まああれだ、楽しい映画も終わったしそろそろお開きにするか」

「そうですね、もう遅くなって来たし私たちは部屋に戻りますね? 今日は食事に誘ってくださってありがとうございました。お姉ちゃん帰るよ、それから色々とお話しがあるから」

「あ、あら? つぼみの顔がなんだか怖いわ」

 お説教が待っていることを察したのかあやめさんの表情に陰りが、今回は自業自得だと思うよ本当に。襟首を掴まえられて引きずるように帰還したのだった。

「つぼみちゃんが怒ったら怖いからな、あやめさん今夜眠れるかな」

「あんな女を心配するとはやっぱり巨乳がいいのか?」

「だからなんでそんな話になるんだよ!」

 あやめさんの名前を出すと直ぐにこれだ、全く。

「言っとくがな、俺が誰よりも側にいて欲しいと思っているのはマギアだけだ!」

 あ、口が滑った。

「はにゃあ!」

 これはどうしたことだろうか我がパートナーは変な声で鳴いたと思ったら燃え盛る太陽を演じるかの如く顔面を変色させてフリーズした、そう言えばあんなセリフを力強く言ったのは初めてだったかもしれないな、二人きりの時はそれらしいことを伝えたような気がするが。

 つまり甘い言葉は平気でも熱い言葉には耐性がなかったと言う話し。

「……あーーマギア?」

「な、なんら!」

 噛んでるし。

「大丈夫か?」

「な、なんでもらい! む、ううっ……なんでもないは馬鹿者めが!」

「お二人は愛し合ってるんですね! 素敵です!」

 そんな歯の浮くようなことを、俺も恥ずかしくなって来た。これじゃマギアとは真逆だな、甘い言葉っていうものに弱いらしい。 

 妙な雰囲気になってしまってどうしたらいいのかと気まずかったが夜の訪問者がそれを解決してくれたらしい、窓を小突く振動が部屋を走り回った。そこへと視線をやると相棒が帰還したことを知る。

『ニャ』

 黒猫クロが前足で窓ガラスを軽く叩いて開けろと催促。

「クロお帰り、お疲れ様」

 開けてやると澄まし顔で入室、相変わらず愛想がない。

「わ、ねこさんです」

「あれフォティアは初めてだったか、こいつはクロ、マギアの使い魔だ」

「わあマギアさんは凄いんですね、使い魔と言ったら一人前の魔力使いや魔術師などが使役する悪魔、それを持っているってことは優秀なんですね!」

 確かに様々な場面で手足として働かせるために悪魔と契約して使い魔とするがクロの場合は少し特殊だからな、クロは悪魔じゃない。でも人間も使い魔として働かせる魔術師もいるって聞いたことある。

 悪魔だけが使い魔ではない。

「凄いですね、憧れます!」

「む、そうか? ま、まあ、わたくしは最強だからな!」

「わたしも使い魔を使役できるでしょうか、魔力は殆どないんですけど」

「ふ、努力次第で大丈夫だ、小娘は愛らしいからな」

 愛らしいと使い魔と契約できるのかよと心の中で突っ込んだ。

「わたくしの使い魔は従順だ」

 と言って気を良くしたマギアは華麗に使い魔を従えている姿を披露しようとクロを撫でようと手を伸ばし。

『フーー!』

 威嚇されたクロに手を噛まれた。

「痛い! は、離せ! 離さないか!」

 猫と暴れまわってどうにか手が解放される。

「はぁ、はぁ…………こ、この猫畜生めが、誰が主人か忘れたとは言わないだろうな?」

『ニャ』

 鼻で笑う猫も珍しいな。

「こいつめ、今日こそ引導を渡してくれる!」

『フーー!』

「おいこら、やめろ近所迷惑だ、喧嘩するなら二人共外に追い出すぞ」

「む、それは困る……」

『ニャア……』

「ほら仲直りしてくれ」

 睨み合う両者、まるで姉妹喧嘩だなこれは。

「今日のところは見逃してやる、命拾いをしたな」

『ニャ……』

 貴様もな、とでも鳴いたように思えた。

「あ、あのユウヤさん……」

「気にするないつものことだ、こいつらにた者同士なんだよ。ほらよく言うだろ近親憎悪って奴、似た者同士が仲を悪くするあれだ」

「それって大丈夫なんですか?」

「ああ大丈夫、あいつらは似た者同士以上だからな」

 言葉の意味を理解できなかったフォティアはちょっと困った顔をしたしまったが分からないように敢えてそう説明したんだ。あいつらの関係は特殊だから。

「疲れただろうクロ、お腹減ってないか?」

『ニャ』

 当たり前だろうと鳴いた気がしたので餌をあげることにした。

「また猫缶のまぐろ味か?」

 違うと鳴いたのでとっておきを差し出す。

「まさか滅多に出回らないレア猫缶の金目鯛味か!」

『ニャアン!』

 うわ、何ヶ月ぶりだろう愛想がないクロの可愛い鳴き声、一番の好物だからな。

「分かった、クロは今回頑張ってくれたもんな、そのご褒美だ」

「け、贅沢な猫だ」

「マギア、隣り街を探ってくれたのはクロだぞ、労ってやらないと。それからクロの集めた情報をちゃんと受け取ってくれよ」

「分かった分かった、あーーヨクガンバッタナクロ」

 棒読みが酷い。

『フシャア!』

 本当に仲が悪い。どうにか両方をまたなだめてクロが持ち帰った情報の譲渡を始めさせた。両者嫌そうな顔だったが額と額を合わせて瞼を閉じクロが収集した記憶をマギアへ、そうするとクロの記憶があたかも自分が体感したようにマギアに蓄積される。それが終わりクロは大好物を食べ始めると一気に機嫌が治り金目鯛味に舌鼓を打つ。

 受け取った記憶をマギアが語る。

「……街に異常はないらしい至って平和そうな……いや待て、異質な魔力反応が一つ、一番高い建物のてっぺんだ」

 一番大きな建物って確か百メートルを超えるタワーマンションじゃなかったか、地上三十五階の名前を光芽タワー、光芽市最大の大きさで影牢市でも話題になってた。

 そんなところに魔力が?

「魔力反応って隣り街にも管理者がいただろ、その人が張っている魔術じゃないのか?」

 街を管理して守護している訳だそのための魔術かもしれない。

「いや、ちょっとおかしいかもしれないぞ、魔力が一点に集まりつつあるんだ、それも屋上付近に……でも集まっているのに魔力の収縮点すら感じ取れない」

「ちょっと待てって、魔力が集まるなら巨大になって一般の魔力使いだって気が付くぞ」

「だが集まったはずの魔力が見当たらない……集まったら忽然と姿を消す、なんだこれは?」

 奇妙な現象だ、これは管理者が仕掛けた魔術なのか? それともセルモクラスィア家に関わりがるのか、もしくはフォティアとの関連?

 ダメだ考えても判断材料が少ない。

「……他は異常はないのか?」

「そうだな、クロの記憶にはそれ以外におかしなものはなさそうだ」

 瞼を開け俺を凝視する。

「胸騒ぎがするな、何か嫌なことが起こりそうだ」

「……源さんに知らせて隣り街の管理者に確認を取って貰おう」

「それがいいだろうな、わたくし達が独断で動いても向こうの管理者が迷惑がるだけだ、それに小娘を一人にはできない」

 意見に同意して源さんにケータイで連絡を取り事情を説明した。

『ふうむ、それは妙だな』

「だろ? だから監視者同士なら交流もあるだろ? 確認を取ってくれよ」

『相分かった、それは任せておけ。こちらに妙な現象が起きて災いになっては困るかなのう』

「じゃあ頼んだよ」

 電話を切った、この件は源さんが調べてくれるから問題はないはずだ。

「さてと夜も深まって来たし風呂に入ったらどうだ? 俺は最後でいいから」

「そうだな、気分も変えてそうするか……よし小娘、わたくしと入るぞ」

「え、あ、一緒にですか?」

「当たり前だ、裸の付き合いって奴だ付き合え」

「わ、分かりました……」

「緊張しているのか? 大丈夫だ、優しくしてやる」

「は、はい! 不束者ですがよろしくお願いします!」

「いやいや、風呂入るだけなのになんか会話がおかしいから。早く入って来い」

「ちぇ、ユウヤ乗りが悪い」

「乗りが悪いです」

 あれ、フォティアお前はいつからそっち側の人間になったんだよ。きっとマギアの影響だな、まさか他にも変なことを教えてないだろうな、小さい内から妙なことを吹き込むと教育的にダメな気がするんだよ。

 そんな心配を知ってか知らずか二人は仲良く風呂場へと向かった、家の風呂場はそんなに広くないが狭い浴槽に大人と子供の二人ならギリギリ入れるだろう。クロはお腹いっぱいになって部屋の隅にある青い座布団の上で丸まって眠っていた、疲れていたんだろうな、お疲れ様。

 さて、居間と風呂場が近いので中の声が丸聞こえなのは不可抗力だと抗議しよう。

『わ、マギアさん凄くスタイルがいいです』

『ふふん、当然だこのスタイルを維持するのに影で努力しているのはユウヤには内緒だぞ?』

『分かりました、絶対に喋りません』

 ごめん、全部聞こえてしまった。そっか努力していたのか。

『だが小娘も中々に将来性のある、ほらこことか』

『ひゃ! そ、そんなところ触らないでください!』

『はっはっは、愛らしい反応だ。しかし覚えておけ、触るなは触れということだ、ほれほれ』

『ひゃん!』

 何やってんだマギア、お前変態か!

「いや、変態だったなそう言えば……」

 ちょっと頭痛くなって来た。気分転換に明日の食事の準備でもしておくか、えっと米を研いで炊飯器にセットしてタイマーで朝食前には炊き上がる。オカズの下ごしらえも済ませてあすは起きたら簡単に調理できるだろう。

 あっと言う間に準備が終わってしまったので暇を持て余してしまった、テレビでも点けようかとリモコンを探しているとまた風呂場から声が漏れ出す。また馬鹿なことをしているのかと思ったが今回はそうではなかった。

『あのマギアさん』

『ん、どうしたお湯が熱過ぎたか?』

『お湯は丁度いいです……えっと、ずっと訊きたいことがあって』

『おお遠慮するな、なんでも訊け』

『はい……あの、こんなことわたしが言えた義理はないかもしれませんけど、わたしを助けてくれた本当の理由が知りたいんです』

『……そうか、そうだな知りたいよな』

 俺の歪な心が招いた干渉、自分勝手で自己満足に酔いしれる為の手段、そして心の崩壊を阻止する行為。マギア、全てを話しても怒ったりはしない。むしろ本当は早く言わなければならなかったことかも知れないな。

『話す前に小娘には謝らなければならないことがある、それはこちらの都合で干渉したということだ……本当に済まない』

『あ、そんな謝らなければいけないのはわたしです、事情も話せないのに匿ってもらってそちらにどのような理由かは知りませんけど助けられたのは事実なんです、だからわたしは感謝してもしきれないんです……』

『そう言って貰えるのは正直助かる、だがちゃんと理由を話さなければならない。それは自分の都合で干渉したわたくしたちの義務だ』

 正確には俺の義務だ。

「マギア、後は俺が話す」

『……聞こえていたのか』

『ユウヤさん……』

「二人が上がったら全部話すよ」

 理由を語る前に俺の過去を晒さねばならない、助けられなかった二人の母さんの話しを。



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