第三章 『美女との共闘』
源さんの店から北へと徒歩二十分進むと図書館がありその裏手には数年前に潰れ廃墟となった肉加工食品を製造していた工場の跡地がある、稼働していた頃は影牢市でかなり大きな会社だったが不景気が徐々に首を絞めて潰れてしまった取り壊すこともなく老朽化して立ち入ることも躊躇させるひびだらけの建物だ。敷地の周りには木々を植え自然環境にも優しい会社と当時は言われていたが現在は内地に自動車二十台程止められる駐車場があるのだが雑草が生い茂っている。
俺とあやめさんは侵入して木と植物の茂みに身を隠し遠くから工場を伺っていた。
「どうですかあやめさん」
「……そうですね、源一郎さんが言われた通り微かに魔力を感じます」
魔力探知が得意なマギア程ではないがあやめさんの精度も中々のもので、魔力により設置されたトラップなどを見破る特技を持っている。
「中にいるってこと?」
「はい、一つだけ感じますからおそらく一人……でも魔力を隠蔽されていたら私では分からないですよ? まだ誰か隠れている可能性も否定できません」
「その時は戦うだけですよ。あやめさんはここで待っててください、後は俺一人で」
危険な目には合わせられない、つぼみちゃんを悲しませたくはない。
「あらあら……そんなのはダメです」
いつもおっとりとしているあやめさんが鋭い表情をする、怒らせたか?
「神道さん、あなたはいつもそうですね自分一人が危険な目にあっても誰かを助けてしまうんです。私が、私たち姉妹が抱えていた問題も命を賭けて助けてくださいましたね……凄く感謝してますけど神道さんはもう少し自分を大切にして欲しいです、怪我をして悲しまれる人は身近にたくさんいるんですから」
羽原姉妹の問題、魔力を持った者のみがこの世界を統べるべきと唱える魔力主義者の両親を持つあやめさんとつぼみちゃんはその思想に反発し家を飛び出したが裏切り者と命を狙われる羽目になった、俺とマギアでそれにまたしても首を突っ込み源さんの力を借りてどうにか問題を収めることができた。
源さんの保護を受けこの町で暮らすことになり羽原家とは現在断絶状態だが妹と二人で力を合わせて幸せを手にしている。ま、俺が死なせたくないとのエゴで勝手に助けたのだ。
「ですので私も同行します」
「いや、それは……」
「私も魔力使いの端くれです、自分の身は自分で守れますから」
強い眼差し、これは決意の目、やはり引く気はないか。もしもの場合は身を挺してでも守る。
「……分かりましたよ、でも無茶はしないでくださいね」
「はい……ふふっ、でも無茶は神道さんの専売特許ですから自重してくださいね?」
「う、確かにそうかも……分かりました、なるべく自重しますよ」
「あら、なるべくですか?」
「あやめさんには敵いませんね、無茶は控えます」
「お願いします」
彼女に笑顔が戻る。
「それじゃそろそろ行きますか、俺が先行して突っ込みます」
「分かりました……私は後に続きます。上手く捕らえたら拷問は任せてください、その時は私に合わせてくださいね?」
「わ、分かりました……って今拷問って言いませんでしたか?」
「気のせいですよ」
怖いことをさらりと言うのは計算なのか言葉の意味を充分に理解していないかのかどっちなのか、正直どちらにしても怖いんだけど。心強いとして納得しておこうか。
ここからは命を賭けることになる、相手も魔力使いなら自分が襲われることも考慮して廃墟に仕掛けを施している可能性は低くはない。簡単に侵入させてくれたなら楽なのだがそんな甘い話しがどこかに落ちている訳もない、警戒厳守を心掛けて侵入しよう。
体勢を低く保ち二人で入口まで進むと灰色のスライド式の扉をあやめさんにトラップがないか調べて貰う、目を凝らし集中するとどうやらここには何もないらしい。安全と証明された扉に手を掛けるとすんなりと動いた。簡単に開いたことが疑問に思ったがおそらく中にいる奴はここから侵入したのだろう、先に工場内を観て貰ったが何もおかしな点はないらしく素早く進む。
薄暗い内部は湿気にカビ臭さと埃が充満し更に蜘蛛の巣だらけだった、嗅覚が充満している物質に不愉快さを感じたがこの程度で怯んでは魔力使いとの戦いなどできるかと自分を叱りたくなる。とにかく現場の把握をしておく必要があると四方を見回す内に瞳が闇に慣れ始めここはどうやら燻製を作る場所らしい、巨大な扉が横に連なって並ぶ燻製器が奥に存在している。残りのスペースは通行路だが道は左右二通り、小声であやめさんに問い掛けた。
「どっちですかね?」
「……左に進んでください、魔力の波動を感じます」
左に方向へ歩くとドアを発見したのでまた観て貰うがこれもトラップの痕跡はなかった、罠を設置するとの考えは間違っているのだろうか、それとも何か他に理由が存在するのか。考え過ぎるのが俺の悪い癖だとマギアに言われていたっけな。
しかし慎重にことを進めるのは悪いことではないと思い次の場所へ警戒しながら入ると複雑そうな機械が数代あり、それらはベルトコンベアで繋がれている。商品を袋に詰めてパッケージ化する作業場みたいだ。
先へと一歩踏み出した瞬間あやめさんが俺を制した。
「待ってください、魔力がここだけ異常に高いです」
「まさか罠?」
「……いいえ、違うようです。これは……本体」
そう結論を出すと甲高い笑いがこの場を振動させた、一番奥の機械の上にそいつが飛び乗る。
「きゃははは! 罠ぁ? そんな卑怯なものを栄えあるディーナーが使う訳ねーーじゃん馬鹿じゃねぇの!」
百七十程の身長に上下黒のスーツを身に通しているショートの赤毛を有する年齢十六か十七程の女が腹を抱えて八重歯を剥き出しにして笑っている、聞いているだけで不愉快になる高音は眉間に力を入れさせた。両耳の赤いドクロのピアスを揺らし、ついでにつけ爪にも赤いドクロが描かれている。
「おっと、名乗りをしないとな、そこは厳しく躾けられてるからよ。初めましてクソ野郎共、オレはセルモクラスィア家に使えるディーナーでシャルールって言うんだ、よろしくな」
「ご丁寧な挨拶だな……あんたらは敢えて罠を使わないっていうのか?」
「当ったり前だろうが、オレらは誇り高いセルモクラスィア家に使えるディーナー、そんなちまちました面倒臭いことできるか、圧倒的な力で跪けさせるんだよ!」
「豪快だな、じゃあ教えてくれよこんなところで何してんだ?」
「あ? サボってんだよ、アゴーニのおっさんに怪我をさせてくれた御陰であのガキを探すのに手間取ってんだよ! ちくしょうめ!」
手間取るってこいつ魔力探知ができないのか、だったらアゴーニは町を離れた可能性が大きいな。
「それにしてもここを突き止めるってことは魔力探知できんだな、そこの彼女の力かぁ?」
「教えてやると思うか?」
「きゃはっは、そりゃあ簡単に教えてくれりゃガキの居場所も今頃には見付かってるしな、世の中簡単じゃねえよ。ま、ここでサボっていりゃあお前らみたいのが釣れるとは思ったけどな、餌を垂らして食いついたら力の限りぶん殴りゃあ居場所くらい教えてくれるだろ?」
フォティアを探せないなら自分を餌にして待ち構えていた、それにまんまと掛かってしまったのが俺ってことか。考えなしではないか、案外策士なのかもしれないなこいつ。
「だけどそれには欠点があるぞ? お前よりも強い奴が来たら返り討ちだぞ?」
「きゃはは! ばっかじゃねぇ? テメェらのような軟弱ラブラブカップルに負けるかよ!」
「まあ、ラブラブカップルですって、マギアさんに申し訳ないです」
「……あやめさんそこに食いつかなくていいですから」
「あら、私に魅力はありませんか?」
「あーーいやありますから、魅力満載ですから」
「うふふ、良かったです」
にこやかスマイルをするあやめさんの姿が癇に触ったらしくシャルールが睨む。
「ちぃ、バカップルが……オレだっていつの日か素敵な彼氏を……じゃない、何を言わせやがる! 誘導尋問か、この野郎!」
「何も言ってないって、勝手に喋ってるのはそっちだ」
「う、うるさい! ぶっ倒して泣かせてやる!」
顔を真っ赤に沸騰させて頭から煙を出すかの如く憤怒して魔力が膨れ上がるのを感じる、俺でも感知できるってことは本格的に魔力を使う気だ。
「あやめさん下がってください!」
「けっ! ナイト気取りかよ! 燃やしてやるぞ、セルモクラスィア家のディーナーが操る炎を舐めるなよコラ!」
全身を炎に包む、それにより発せられた熱が機械を赤く染め上げ形を歪に変化させた。
発火能力、体に炎を纏って攻防に利用する一体型の戦闘スタイルか。
「どうだ、オレの炎は凄まじいだろうが!」
「確かに凄いな、だけど負けられない」
液状炎を発動、右腕から肩まで包む。
「へっ、テメェも炎の魔力使いか、だけどオレの方が豪快な燃え方だぜ!」
源さんに聞いたことがある、魔力を体に纏わせる戦い方は攻防一体を表していて近距離戦闘を得意とするものに多いと。一応こっちも接近戦スタイルだけど本格的に格闘技を体得している奴と戦うには分が悪い、距離を取って戦おう。
回り込むように駆けた。
「ああ? 炎が空中で燃え続けている……空に浮かんでんのか?」
濃度を高め空間に貼り付かせながら液状炎を出し続ける、動きに合わせて炎の線を作り続ける、これに触れるだけでもダメージは入る。
建物に触れさせないように配慮して炎を設置して行く、ここが火事なったら大変だからな。
「きゃははは! なんだかよく分かんねぇが小細工かよ!」
シャルールが機械上からこちらへと飛び蹴りで攻めた、その速度は剛速球と等しい。咄嗟にもう一つの機械裏に身を隠すが蹴りを受けた個体は木っ端微塵に帰す。
「きゃはははは!」
衝撃が伝わり怯み奴に隙を見せてしまった、シャルールの着地から右ストレートまでの動作が刹那、顔面に驚異が貫かんと伸びる。魔力をブースターとして下へと爆発させ上空へ緊急回避。空に逃れ眼下では驚き顔でこちらを見上げる敵対者は鋭く眼光を輝かせた、このままジャンプする気だと悟り球体状に固めた炎球を投下、一つ二つと躱されたが三つ目で幸運にも大幅に後退させることができ距離が開く。
落ちた球は地面に当たりその場で燃え盛り進行を阻止する。
「ちっ、だが空じゃ逃げ場がねぇぞ!」
落ちると同時に殴らんと構えた。
「…………あ?」
だが俺が落ちてこない。それが理解できずに固まるシャルール、当然だろう俺の炎が持つ特性を発揮している最中なのから。空間に貼り付く炎、ならば空中で濃度を高め貼り付かせた炎の粘性を利用して上昇による衝撃を吸収、俺は空中で静止していた。
空に貼り付き傍から見れば浮いていると錯覚させる。
「ちっ、空飛べるのかよ! 降りて来やがれ!」
「言われなくてもそうしてやるよ!」
魔力を爆発させた衝撃で奴を目掛けて下降、シャルールが笑みを浮かべる。
「馬鹿がっ!」
拳を大きく振り被りタイミングを合わせて放つ。しかし標的に当たることはない。
「ああっ?」
粘性を帯びているのなら伸縮するということ、ようはバンジージャンプの要領で貼り付けたまま炎と共に落ち伸縮を利用しもう一度上空へ舞い戻ったのだ。丁度良く突き伸ばした腕へと液状炎を放つ、奴の体に纏う炎共々右腕を包み濃度を高め切り離す。
切り離した炎は空間で固定された。
「なんだこりゃあ! 腕が動かねえ!」
通常なら皮膚に貼り付かせ動きを奪いつつダメージを与え続ける拷問技、だが全身の炎が膜となって腕を守っているらしい、痛みは感じないだろうが空間に固定された、魔力解除ができない限りそのまま身動きは封じた。
「ち、近付くな!」
左腕と両足を駆使して攻撃を放つが動かせる範囲はもう決まってしまっているので避けるのは難しくない、隙を見て残りの腕と足を固定化し完全に動きを封じることに成功した。
「ぐっ! ぐぎぎぎぎっ! だ、ダメだ動かなぇ……テメェ放しやがれ!」
「こっちの質問に答えてくれたら解放する」
「だ、誰がテメェなんかに話すもんかよ!」
「話さないとずっと動けないぞ? それに今は大丈夫そうだけどお前の魔力が底をついたら体の炎が消えて俺の炎がダメージを与えるぞ?」
「うっ…………へっ、だったら我慢比べと行こうじゃねぇかよ!」
根性が座ってるなこいつ、源さんの言った通り話しを訊き出すのは難しいな。
「仕方ないか……あやめさんお願いします」
入り口付近で待機していたあやめさんがこちらへと歩み寄る。
「はい、私の出番ですね?」
ちょっと気は進まないけど。
「なんだこのクソ女! オレと殺る気か!」
「いいえ、私はただお話を聞きたいだけなんです」
「話すことなんかない! オレが簡単に喋るでも思うな!」
「まあ、話してくれないと私困ってしまいます」
「知るかよ!」
「そうですか、私あまり力尽くで質問することが苦手です」
「……へ、そっか力尽くが苦手かあ……オレは大得意だぜ?」
薄気味悪く笑ったかと思った瞬間シャルールの炎が火柱を立てながら肥大化し人型へと形状を変えた。激しく燃え空気を焦がすように人型となった炎が独自に動き出し、あやめさんに襲い掛かった。
「あやめさん!」
「燃えてしまえ!」
助け出そうと手を伸ばしたが遅かった、彼女が炎に全身を飲まれ焼かれる姿が眼球に焼き付いた。
「きゃはははは! 馬鹿め、オレの炎は自由に動き回るんだよ!」
捕食される体は這い回る炎が原型を完全に奪い崩れ落とす、対象を炭にして人型はこちらに照準を向ける。自立型の炎、遠隔操作できたのか。
「あーーあ、テメェの大事な彼女が炭になっちまったなぁ」
「……ああ、そうだな」
冷静にそう答えた。
「ん? なんだよ炭になったのに冷静だな、なんとも思わないのか? 冷たい奴」
「冷たいか……あやめさん俺って冷たい奴かな?」
問うた。
「いいえ、凄く優しくて頼りになる殿方です」
そして彼女は答える。
「……ああ?」
数秒程思考が停止してシャルールは我に返り俺の問い掛けに答えた彼女へと視線を移した、炭と化した場所の後方に何事もなかったと言わんばかりにあやめさんは無傷のまま直立姿を現す。炎を操りし者の驚愕した間抜けな顔を拝められた。
「なんだよこれ、なんで……燃やしたのに……」
「びっくりしました、急に襲って来られて燃えてしまいました」
「……ちっ、上手く避けたんだろ、だがこれならどうだ!」
こちらへの意識が外れもう一度殺めそこねた標的へ突撃する人型の炎、だがあやめさんはそれを避けるどころか表情を変えることもない。いや、その必要がない。
抱きつかれ肉体を焼き尽くされた。
「これなら確実に燃えたろ!」
跡形もなく燃え尽きた、だがもうあやめさんの術中、俺の出番はもう必要ないだろう。
「あらあら、また燃えてしまいました、酷いですせっかく新しい体でしたのに」
「なっ!」
最初からそこにいたようにシャルールの背後にあやめさんが立つ、殺した女の二度に渡る登場と焼きそこねた己の失態と異常さに絶句する、そして気が付かずに種が根付く。それは徐々に成長し体の隅々に絡み付き思考と体を凍結させて行く誰もが経験する現象を誘発する、名を恐怖。それを証明し始めた、幾度となく異端なる女を焼こうがその都度無傷のまま登場する。
炎を操る度にシャルールの魔力が低下して行くのを感じる、おそらく自立させ操ることが大量の魔力を使用すると予測、肩で息をし始めた頃から最初の勢いはなく体を駆け巡る炎が小さく今にも消えてしまいそうだった。
人型は微か灯火となり消滅、もう攻撃手段は皆無だ。
「はぁ、はぁ……く、くそったれ……」
「どうですか? 私たちの質問に答えてくれますか?」
「だ、誰が……オレを……舐めるな……」
「困りましたね」
瞼を閉じて思案するあやめさんは何かを閃いたらしく開眼する。
「いいことを考えました、神道さん、この方殺してしまいましょう」
「……え? あ、えっとですねあやめさん、俺はこいつから情報を聞き出したかっただけなんですよ、それはやり過ぎでは?」
「あら、そうなのですか? ですがこの方の意思は強固ですし……色々と面倒ですので殺して神道さんの炎で燃やしてしまえば死体も残りませんし面倒事はなくなりますよ?」
この会話を顔面蒼白に聞いていたシャルールは動揺を隠せなかった。
「な、何言ってやがんだ、オレがテメェ如きに殺されるかよ……」
声が震えだしている、何度も殺した相手が生き返る姿は恐怖そのもの、いくら強気だろうとまだ未成年の女の子だと言う話し。
「あら、震えているんですか?」
「はっ、誰が震えているって? オレはセルモクラスィア家に使えるディーナーのシャルール様だぞ、怖いものなんかない!」
「ふふっ、怖いとは一言も言ってませんのに。震えて強がる姿がなんとも愛らしいですね、どうしましょう、どう殺しましょうどう処理してあげましょう……ご希望は?」
「オ、オレの炎は鉄壁だぞ! 半端な攻撃は効かない! 物理攻撃も魔力攻撃も防げるぞ!」
「では、貴女の炎が切れるまで待ちましょうか? 神道さんの拘束を防いでいるだけで魔力を消費していますでしょう?」
炎が切れた時、両腕両足に固定させている液状炎が肌を焼く、動けずに肉を焼かれる苦痛から逃げられない。
「ぐっ……うるさい、オレはそんなことで……」
「……では待っている間退屈でしょうから暇潰しをしましょうか、手品と思ってください」
するとあやめさんは右手を差し出し手の平を上にして彼女に向ける。
「はい、この手はどんなものでも持ってくることができる不思議な不思議な手です」
手を握り締める。
「では、私がカウントすると不思議な現象が起きますよ? いいですか良く見といて下さいね? 行きますよ、三、二、一……はいオープンです」
閉ざされていた手が晒された。
「どうでしょうか、不思議でしょう?」
そこにあったものにシャルールの思考が追い付かず何が起きたのか理解できない。
「これはなんなのか貴女は分かりますよね?」
「え? なんでだよ、い、意味分かんねぇ……だってそれは、オレの……」
そこにあったのは赤いドクロのピアス、シャルールが付けていたものだった。
「嘘だ、だってここに……」
「私の手鏡で確認するといいですよ? ほら、綺麗なお顔が映ってます」
鏡の中に片方ピアスがない姿を確認した。
「え? え? だってオレ、炎で体を覆ってるのに、取れるはずないのに……」
「信じられませんか? では、これなんかどうでしょうか」
左腕を上げ差し出した手の平にまた何かが存在している。
「凄く可愛らしいですね、良いご趣味でセンスがよろしいのですね?」
掲げられた手にはドクロが描かれたつけ爪が、信じられなくて自分の指を確認すると右の人差し指からつけ爪が消えていた。
「オ、オレの爪……爪が……」
「次はどこがよろしいですか? もう一つのピアスがよろしいですか? それとも残り全てのつけ爪? なんなら生爪でも大丈夫ですよ、ちゃんとここに持ってこられます」
植え付けられた恐怖が開花する。
「い、いや、やめろ……」
「あらあら、可愛い喋り方になって、私可愛い子って大好きですよ? きっと綺麗なんでしょうね? 楽しみです」
震える声でシャルールは何が綺麗なのかと質問した、あやめさんは優しく聖母を彷彿させる笑顔で答えを述べた。
「内蔵……」
あまりの恐怖にシャルールが涙を流す。
「あ……ああ……」
「そうですね、心臓だと苦しいでしょうから肝臓あたりでどうですか? キラキラ輝いてとても美しいんです」
「あやめさん待って下さいやり過ぎですよ、力を理解させたなら尋問できるでしょう?」
「神道さん、あなたは甘いです。尋問よりも拷問が確実です」
「そうかもしれませんけど、これじゃただ楽しんでいるだけだ、あやめさんはそんなこと似合わないですって、だから……」
諌めようとしたが逆鱗に触れてしまう。
「うるさいですね、神道さんの血を全部外に出してあげます!」
次の瞬間、体中に亀裂が生まれ全身の血が噴き出す。
「があああああああああああああああああああああああああ!」
床に倒れ血の池を作り出す。
「ひぃ! い、いや、離して! ごめんなさい! もう許してぇ!」
「大丈夫ですよ、私は貴女が気に入りましたから優しく取ってあげます。肝臓ですか? 胃ですか? それとも舌でもいいですよ? 個人的にはろっ骨ですね、脊髄も捨てがたいですけど好きなものを選ばせてあげます」
「い、いや! もう嫌だ! な、なんでも言うから、だから!」
「……では一応訊いておきましょうか、どうして小さな女の子を追い掛け回すんですか? セルモクラスィア家のディーナーと言う高名な存在でしょうに」
「あ、あいつが……当主様の大事なものを盗んだんだ! オ、オレたちはそれを取り戻そうとしてここまで来たんだ!」
「大事なものとはなんですか?」
「し、知らないんだよ! とにかく捕まえろって言われただけなんだ! 信じてくれよ!」
大事なものを盗んだ、か。あやめさんが何度盗んだものを問いただしても知らないと答えるだけ、もう一つのつけ爪を手に移動させてみたがやはり知らないの一点張り、どうやら本当に知らないようだ。
血まみれの俺は起き上がりシャルールを睨んで見せた。
「ひぃ! あ、ああ、血まみれ……ゾンビ」
そう解釈したか。
「……盗まれたものを取り返すだけなのに何故フォティアを痛めつけるような真似をした?」
「オレは、そそ、そんなつもりなかった、本当だ! あ、あいつが、アゴーニのおっさんが楽しんでたんだ、狩りをするみたいに……本気を出せば難なく捕まえられるはずなのに……」
楽しんでいただって、そんなことのためにフォティアは瀕死までに追い込まれたのか。怒りが込み上げて血管が切れてしまいそうだ、だがこれで何故フォティアが追い掛けられているのか理由を知ることはできた。
フォティアは何かを盗み出した、それも命懸けでだ。アゴーニの追跡に遊ばれ傷付けられて俺とマギアに遭遇したってことか。一体どんなものを盗んだのか、あの誠実そうな子がどうして。話せないと申し訳なさそうに言ったフォティアの悲痛な顔が脳裏に浮かぶ、ただ事ではないのは理解できる、何を隠しているのか。
しかしこれは主観的による見解だ。
シャルールの話しを聞いて客観的にこのでき事を考えるとフォティアが何かを盗み逃げている、それを取り返そうとしているのは本来正しい、アゴーニの猟奇的趣味を除いて。
だけど俺はフォティアに味方すると決めた、騙されているならそれでもいい、ただ幸せに生きていけるのならそれは俺の幸福へと繋がるのだ。それに、フォティアがそんなに悪い子には見えない。これこそ主観的で自分勝手な感想だがな。
「追い掛けている理由は分かった、なら教えろ、セルモクラスィア家の現当主の名前を」
せめて敵の名を知っておいて損はない。
「マルス……マルス・セルモクラスィア様……それがオレらの使える当主様の名だ」
マルス・セルモクラスィア、その名前覚えたぞ。
「もう訊くことはないでしょう? そろそろ貴女の中身が欲しいです」
「し、知ってることは喋ったじゃないか!」
「ええ、そうですねご苦労さまでしたそのお礼に貴女の一番大切な部分を貰いますね」
「一番……大切な部分……ど、どこのことだよ……」
問い掛けに答えず右手を再び差し出した。
「や、やめろ、やめろおーー!」
開け放たれた手の平にあるものを目撃したシャルールは白目になって気を失った。自身の炎も消えてしまったので俺の炎も解除してやりそのまま床に落ちる、微動だにもしなかった。
敵ながら同情してしまうな。
「……あやめさんやり過ぎですよ本当に」
「ふふ、ごめんなさい悪乗りが過ぎました。でもあの映画通りに再現できたと思うんですけどどうでしたか?」
「クオリティ高すぎでしたよ」
「まあ、それは嬉しい。頑張って台詞を練習した甲斐がありました」
満足げに魔力を解く、するとそこで喋っていたあやめさんの姿が歪み紐を解くように消え去る。驚きはしなかった、何故なら彼女は最初からそこにはいなかったのだから。
この入口付近から一歩たりとも動いてはいない、それは彼女の力に関係しているのだ、羽原あやめは特殊な魔力を持っている、シャルールのピアスもつけ爪も実のところ奪い取った訳ではなくそう言う風に見せていただけに過ぎない。
元々の能力は脳内映像を現実に具現化して上映する魔力の特性だ。入り口付近でここの風景を観察、敵の姿を完璧に記憶する能力も必要になるがこれはあやめさんの記憶力が優れていることが活かされている。部屋に入った瞬間から誰にも悟らせないように自身の魔力を散布して隅々まで充満させた、この力の発動条件の一つは対象へ散布させた魔力を吸引させることでありシャルールは自分を炎で包む前に吸引していたことになる。そうすることによって脳内映像を相手にも反映でき、相手の視界情報を捻じ曲げて伝えることが可能。あるものがなくないものがあると言う状態を作り出した。
自分の分身を作り出して歩かせることも、相手の姿を変えることも可能、後は演技力と演出で先程までの異様な現象を起こせる。ちなみに体の一部を奪うと言うシナリオはあやめさんがこの前見たホラー映画のシーンである、彼女はホラー映画好きで断るごとに俺やマギアを誘って視聴させられた、映画も何回も見せられた所為で全て覚えてしまったのがちょっと悲しい。
ちなみにシャルールを気絶させる要因となったもの、それはあやめさんの手の上に自分の顔、つまりシャルール自身の頭部を出現させたのだ、あれは引いたな。俺ホラー苦手なのに、だから気が進まなかったんだ。
「……あやめさん」
「はい、なんでしょうか」
「もしかしてさっきの演技じゃなくて素の自分だったんじゃないですか?」
演技と思えない程に迫力があったし。
「え?」
にこりと微笑んで言葉の意味を理解しかねていると首を傾げた、それは計算ですか、それとも本当に分からないんですかと一層と謎を深めた。
「あーーいいえ、なんでもないです」
「そうですか? 私神道さんを困らせることをしませんでしたか?」
「いいえ、そんなことないですって、あははは……」
まあいつも困らされているのは事実だけど。
「そうですか……さて、この方をどうしましょうか?」
気絶しているシャルールを眺めながらあやめさんがそう言った。確かにこのままにしておく訳にはいかないか、このまま連れ帰ってもっと詳しい話しを訊いてもいいがそれを皮切りにセルモクラスィア家が更なる増員を投入される可能性も否定できない。それならばこいつから当主であるマルス・セルモクラスィアがいる場所まで案内させて直接話しをしに行くのもいいかもしれないな、だがそうなると命懸けなのは言うまでもない。
さて、どうしたもんかな。
「こいつには利用価値がありますから……」
決断を決め兼ねているとケータイが震え出した、どうやら源さんからの電話らしい。
「はい、もしもし」
『神道ユウヤ、そちらにもう一つの魔力が近付いておる気を付けろ!』
それって敵が近付いているってことか!
「あやめさんこっちに誰か近付いてる! どこかに隠れて、もしもの時は逃げてください!」
「隠れますけど逃げません、もしもの時はサポートします」
と言い残してあやめさんは機械の影に身を潜めた、やれやれ頑固だなと戦闘態勢を整え警戒する。不意にこちらに近付く魔力を感知、この俺でも感じ取れると言うことは魔力の隠蔽など一切行っていことになる、明確な目的があって近づいている可能性を否定できない。
静けさが辺りを覆い耳鳴りに苦痛を感じ苛立ちを覚えたがそれは些細なもの、工場の壁が吹き飛び外気が塵を舞い上がらせた、眼前に魔力の根源が渦を巻く。
「……またお前か」
「おやおや、それはこちらの台詞ですよ」
一度退けたディーナー、アゴーニが憎らしく笑いここに立つ。昨日の怪我は赤い手袋にて遮られどのような状態なのかは分からない、あの時指がありえない方向へと曲がり腕の骨にひびが入ったはずだが平然としているのは治癒に特化した魔力使いが向こうにいるのか?
「昨日はお世話になりました、そして今度はシャルールまでも子守をしてくれたようですね」
「まあな、色々とシャルールから聞かせて貰った、フォティアが盗んだものとはなんだ?」
「単刀直入ですね、この私が教えるとでも思いますか?」
「だよなやっぱり」
なら戦うしかない。
「おっと待った、この私は怪我人ですよ? ここに来た理由はシャルールの回収です、戦う気は更々ありませんよ」
「……フォティアを取り戻しに加勢しに来たんじゃないのか?」
「まさか、貴方の強さは昨日思い知らされました、慢心が招いた結果でしたがここは不利だと理解していますよ? もう一人隠れているのだから勝ち様がありません」
こいつあやめさんに気が付いている、ここに来たってことは魔力を辿った証拠、こいつ探知ができるのか。厄介だが源さんがアパートの周辺に施している術が魔力探知を妨害するものだからフォティアはまず見付からない、気を付けないといけないのは俺の魔力を辿らせてしまった場合か、ある程度の場所を感づかれてしまう。
「おや、今まずいと考えていますね? ああ警戒しなくてもよいですよ、今回は当主様からの伝言を言付かっています」
「当主様、マルスって奴か」
「我らが主様を呼び捨てとは許しがたいことですが戦力差から今回は大目に見ましょうか、セルモクラスィア家現当主様、マルス様は数日のみフォティア探索を中断なさいます、言うなれば返済期間とでも思って頂ければ幸いですね」
「返済期間だって?」
どう言うことだ、フォティアを必要以上に追い掛け回したのは盗まれたものを取り戻すためじゃないのか? なら何故期間を設定する必要があるというのか、性急に取り戻す必要がないとでも?
解せない。
「何を考えている?」
「この私に申されましても困りますね、これは当主様の決定事項です……ですが、期間が終了しだい全力を持って取り戻しに参りますのでそれをお忘れなく」
「……それを拒んだ場合はどうなる?」
「即、セルモクラスィアの名に賭けこの町に攻め入ります」
この申し出は必ず向こうに何かしらの利点がるはずだ、それが分かればいいのだが情報不足でどうしようもない。
「納得できないようであればシャルールの返還が探索の引き伸ばしによる条件、と言うことにしておいたらどうでしょうか?」
「取って付けたような取引だな」
「そりゃもう今考えましたからね、とにかく当主様の決定事項を叶えなければならないのが仕事ですので納得して頂かないと……町を燃やしてしまうことになる」
断った場合セルモクラスィア家の総攻撃が町を襲う、つまり飲まざるおえないのか。
「……分かった、条件は飲むがフォティアは返さないぞ」
「本当に酔狂な方だ、どうしてそこまであの子にこだわるのです?」
「……お前には教える訳がないだろう」
自分自身の身勝手による救済など誰であろうと話せない。
「ことらとしては取引成立となる訳ですので文句はありませんがね。ではシャルールは貰って行きますから」
軽々とシャルールを肩に担ぐアゴーニはこちらを一瞥すると気色の悪い笑い方をする。
「数日、楽しい時間を過ごされると良いでしょう、ではごきげんよう」
嵐は去って行く、不快さと謎を残して。
「神道さん……」
あやめさんが姿を現してこちらに歩み寄る。
「まあ、どうなるか分かりませんけどやれるだけのことをしてみますよ。とにかく今回得た情報を源さんに伝えなきゃね、帰りましょう」
「は、はい……」
気が付けばもう夕刻、早く帰ってやらないとマギアとフォティアが心配してるだろうな。
謎に嘲笑われている気がしてならなかったが後ろ髪を引かれるかの如くこの場を後にした。
それからあやめさん一緒に源さんのところに赴いて今回得た情報を伝えて俺はそのまま帰宅することにした、帰りに激安スーパーで今晩のおかずを購入して家路を急ぐが頭の中はセルモクラスィア家の当主が命じた返済期間のことでぐるぐる思考が回る。結局のところ考えても自分の都合に合わせて答えを出してしまいそうで真意と掛け離れる結果を招きかねない、理不尽な気もするが諦めろともう一人の自分がいたら答えるのだろうか、マギアなら考え過ぎだ馬鹿者と言われそうなのは目に見えてるしな。
まあ、深く考えない方が答えに近づくのでは? 現在はそんなところで落ち着いた。それで納得させようだなんて薄っぺらい説得だなと失笑してアパートに戻って来た、二階に上がるとお隣りさんから楽しげな二人の声が耳をくすぐる、どうやらあやめさんは無事に帰ったようだ、つぼみちゃんには内緒で源さんの仕事を手伝っているからいつも言い訳を考えるのが大変そうだな。
とたわいないことを思い我が家のドアを開く。
「ただいま、ごめんだいぶ遅くなって…………」
思考停止。
「おっ! 帰ったか、遅いぞユウヤ、待ちくたびれたぞ!」
「……マギア、お前何やってんだ?」
「何って見て分からないか?」
そこに映し出された風景はマギアが頬を赤らめ息を荒くしフォティアを押し倒しているなんとも犯罪チックな場面であった。
「あ、ユウヤさん……助けてください」
涙目で懇願するフォティア、これはさすがに不味いだろう色々と。
「あーー、その、状況が全然掴めないんだけど?」
「全く、わたくしとユウヤの間には以心伝心があると思っていたんだがそれは幻想だったらしいな、わたくしがしていることを理解できないようではまだまだ修行不足だぞ?」
「へーー、修行したらマギアが変態だってことが分かるようになるか、だったら問題ない、この場面を見て変態だって誰だって思うぞ」
「む……」
あれ、怒ったか?
「ユ、ユウヤが望むのであれば変態プレイをしてもいいんだぞ、マニアックなことが所望か」
「なんの話しをしているんだ、とにかく何故そうなっているのか説明しろ!」
「ノリが悪いな……特別なことじゃないのだ、ただわたくしが買ってきた服やら下着やらを試着させて遊んでいたが物足りなくてな、下着の代わりに絆創膏を付けてやろうと思ったのだ」
うん意味分からない。
「途中まではなんとなく意味は理解したが、どうしてそこから絆創膏が出てくるんだよ! それをどうする気だ!」
「どうって、これはユウヤ秘蔵の雑誌に載っていたことで女の人が下……」
「ごめんもう喋らないでくれ」
「ん? ユウヤがそう言うなら喋るのを止めるぞ?」
俺の秘蔵を見付けてしまったのか、くそ絶対に見つからない自信があったのに。これは由々しき事態である、もっと分かりにくい場所に移動させておかなくては。
「とにかく止めろ、フォティアが嫌がってるじゃないか」
「ちぇ、面白そうだったのにな」
不満げにフォティアを解放して膝を抱えていじけた子供みたいに口を尖らせていた。
「フォティア大丈夫だったか?」
「は、はい、助かりました……」
「いいか今度何かされそうになったら俺に言え、そうしたらご飯抜きの刑にしてやるから」
「あ、いいえ、そんなことになったらマギアさんが可愛そうです」
「いや、これはマギアのためなんだ、ちゃんとした一般常識を覚えさせることで素晴らしい人格が宿ることになる」
まあ多分無理だけどな。
「わ、分かりました! マギアさんのためですね、ならそうします」
いい子だなフォティアは、それに引き換え我が家の大きな子供はもう興味を失ったのか寝転んで雑誌を読み始めていた。どうせまたいつも読んでいる変な雑誌だろう。
「なあユウヤ、包帯って怪我をした時に使うものだよな?」
「は? あ、ああ、そうだけど……どうしてそんな質問をしてくるんだよ」
「いや、このユウヤ秘蔵の雑誌を読んでいると包帯を変な使い方しているから」
「って、まだ読んでいたのかよ!」
直ぐ様それを取り上げるとマギアが足元にしがみ付いて駄々をこねる。
「返せ! まだ全部読んでないんだぞ!」
「読まなくていい! この雑誌のことを忘れろ、記憶から削除しておけ!」
「ユウヤの深淵へと踏み入る大事な鍵だ、その雑誌をよこせ、そして全てを曝け出せ!」
狭い部屋で暴れていると俺の手から秘蔵雑誌が離れ宙を舞う、そして神の陰謀かフォティアの前へと飛んで行き綺麗に畳へと着地するとこれでもかと言う程にページが開き雑誌の内容が筒抜けに。それをまじまじと目撃してしまったフォティアに教育上本当によろしくない状況を作り上げてしまった俺と、これは後で怒られると顔を青く染め上げるマギアは少女の行動に注目せざるおえなかった。
「なんですかこれ……あれ? 女の人が裸で体に包帯を巻いてます……この方怪我をされているんですか?」
どんな本なのか理解できないのか、これはあれだ、この子はピュアな存在なのだと咄嗟に理解して言い訳を考えた、ここまでで一秒経つか経たないか。
「そ、そうなんだよ、これは……け、怪我した時の対処法が乗っているマニュアルみたいなものなんだ! そうだよなマギア、なあ?」
最後の口調を強めてアイコンタクトを取ると即座に理解した我がパートナーは話しを合わせることに。
「も、もちろんそうだ! これは手引書! 決してユウヤのエッチな本ではない、断じてないからな!」
この馬鹿!
「えっちな本……?」
不思議そうにフォティアは雑誌のページをめくった、そして顔が噴火する。
「ひゃあああああああっ! お、男の人と女の人が変なことを!」
「やばい!」
雑誌と取り上げたが既に遅かった、湯気が立ち上りそうな程に赤々とした顔は頭にやかんを乗せたらお湯が沸かせそうだ。この子のご両親とかにどう言い訳したらいいんだ。
あれ、そう言えば朝はセルモクラスィア家に関連することばかり質問してフォティアの家族のことを訊くのを忘れていたな、しっかりしているとは思うがやはりまだ子供だ、両親が心配しているかもしれないな。少ししんみりとしてしまったが俺は忘れていた、このアパートは壁が薄いのだと言うことを。来客を知らせるチャイムが部屋に鳴り響く、誰だろうと出てみると冷や汗が溢れそうになった。嫌な予感。
「こんばんは……」
お隣りさんのつぼみちゃんが来訪しその後ろにあやめさんの姿も。
「い、いらっしゃい……どうかした?」
「あの、そっとしておくべきだったのかもしれませんが……今女の子の悲鳴みたいなのが聞こえてしまって。確か今朝も同じような悲鳴が聞こえた気がしました、最初は気の所為だと思ったんですけどさすがに二度目はちょっとおかしいかもしれないって思って、あ、別に神道さんが犯罪を行っているなんて思ってないですよ!」
それは少し思ってると言うことだろうか。
「まあ、神道さん犯罪をしているんですか?」
「もうお姉ちゃん、話がややこしくなるから黙ってて!」
「あぅ、ごめんなさいねつぼみ、お姉ちゃんを怒らないで、つぼみの優しい笑顔が大好きよ」
「はいはい、分かったから黙ってて」
軽くあしらわれたのであやめさんが落ち込んだ。ちょっとかわいそうかも。
「ま、これは冗談で……神道さん」
「な、何かな?」
「もしかしてですけど……あたしたちのようにまた誰かを助けようとしてませんか?」
困ったような、心配そうに俺を見詰める。
「あたしもお姉ちゃんも神道さんに助けて貰いました、だから今度はこっちが助ける番です! あたしも何かお手伝いをさせてください!」
力強い視線、本当に義理堅いところは姉妹だな。事情を話さない訳にはいかないだろう、ここで隠し通したとしてもそれは余計に心配させるだけだ、ならきちんと話した方が向こうも納得するだろうし、もしもの場合に備えられるか。
「…………分かった、事情を話すよ」
開示を宣言するとつぼみちゃんは嬉しそうにハニカム。ならば決意する、つぼみちゃんもあやめさんも守ると、最悪な事態を起こさせないと。
ふと俺は思ってしまった、いつからだろう、もしもとか考え過ぎる癖がついてしまったのは。自分自身に問い掛けると決まって同じことを思い出させる、ある人を死なせてしまった、俺の目の前で。何もできなかった自分を恥、あらゆる事態を想定していたなら違う結末があったのではないかと自問自答の毎日だった。それが考え過ぎる癖になってしまったのだと自覚している、だってそうだろう無力に死んで行く姿を眺めているしかできなかったのだ、そんな地獄を回避したいと思うだろう?
過去は変えられないのに今でも思ってしまうんだ。
「……じゃあ話すから中にどうぞ」
「お邪魔します……あ、女の子だ」
「あらあら、なんとも愛らしい子だわ。小さい頃のつぼみを思い出しますね」
「なーーにが思い出しますねっだ、やい女狐、どさくさに紛れてユウヤを誘惑したらただじゃおかないからな! 覚えておけ!」
「はい、覚えておきますね?」
「ムッキーーーー! 馬鹿にしやがって!」
「おい喧嘩をするなってば!」
マギアを落ち着かせてからフォティアに話し掛けた。
「この人たちは信用できる、ちょっと承諾の順番は違うが話してもいいかな?」
「……はい、ユウヤさんが話したいならどうぞ」
「ありがとう」
「いいえ……わたし、肝心なことを話せてないから」
「無理はしなくていい」
「ごめんなさい」
そんな顔をしないでくれ、君は笑っていろ。だって生きているのだから。
この夜、羽原姉妹に事情を伝えた。肝心なことはまだ解明された訳ではないが知っている限りのことを公開する、ただシャルールが言っていたフォティアが盗み出した物のことは伏せてた、こちらも真偽がはっきりとしていないための措置だった。
夜が深まる。