プロローグ
「やっと出会える」
そう感慨深く呟いて眼前に広がる光景を逃さぬように視界へと収めた。
辿り着いた。そんな感想、いや成就と言葉を置換した思考はこの場所を神々しく映し出すが神秘的なものとは程遠い。鼻孔を侵食するカビ臭さが充満した石室は剃刀を首筋に這わせたように鳥肌を招く、寒気で覆われている地下深い世界は月光すら寄せ付けない、携えたタクティカルライトだけが擬似的な暗黙ルールを破り小さな長方形を模した部屋を照らし、見回す手伝いを買って出ていた。
石壁の繋ぎ目は完全に一致し、光沢を帯びて宝石を連想させる程に美しく加工技術が高いことを示している、現在の技術なら再現は然程難しくはないだろうが職人のスキルは必要になるだろう。ここで問題になる事柄は石壁がこの場所に使われているという事実だ。
この空間は数百年は経過している、石壁には湿気に晒されカビ一つ皆無でありひび割れすらない、新品と騙ったところで違和感すら与えないレベルだがそんなことは驚愕にすら至らず他の場所へ視線を変えた。息苦しい、人が四人も入れば窮屈で堪らない狭さだが石室中央に設置されたある物が更に圧迫感を醸し出す。
黒の物体、壁と同等に風化とは無関係に数百年ここに設置された状態を維持していた、造形は聖なるものを彷彿させるがあながち間違いではない。十字型の柩、ここは遺体を埋葬する遺跡。某所の山奥に人を遠ざけひっそりと聳える石碑は風化を掻い潜り雑草で姿を隠蔽していたがこの下に隠された部屋があることを見抜き降りて来た。
「これがそうなのか」
右肩に乗る相棒に語り掛けると肯定と頷いた。
「……分かった、なら早く始めよう」
もう一度ライトを当てると同等の年月を共にしたであろうそれらが光を反射して異様さを蔓延させた、西洋、東洋、多種多様な造形だが用途は全て同じ、計十三本の剣が刀身を柩に突き立てある目的を今も実行している。
それさえ阻止してしまえば目的達成へと前進する、手を伸ばし剣を抜く。引き抜き床へ落とすと剣は反響して役目を終えて行く、十二本までそれを続けると最後に柩の中央に全てが純白で構築された剣が鎮座し明らかに十三本の中核と知らしめていた。
これが最後の一本、力いっぱい握り締める。
「ぐっ!」
肉の焼ける匂いと激痛が手から生まれ苦痛に顔を歪める、剣に妨害のために何らかの術が施されていたらしい。痛い、だが俺はこの日のためにここまで来た、こんなことくらいで諦める訳にはいかない。
苦痛に耐え力を込めるとゆっくりと剣は動き声を押し殺して柩から引き離す、重量感のある鈍い音を響かせ事を終えた純白の剣はその色を失い黒へと刀身を変化させ闇と同化して消滅した。
「はあ、はあ、抜けた……」
これで封印は解かれたはずだと痛む手を柩の蓋へ、触れるとやはり痛みに悩まされるが歯を食いしばり力を込めた。
数百年の時を超えて柩は解放される。
「ようやく……出会えた」
十字の柩から顔を見せたのは遺体とは程遠いものだった。彼女はそこで待っていた、神秘を内包して。息が止まる、視線を逸らすことすらできない。全てが幻想で創り上げられたような造形は黄金比に等しい、余計な言葉はいらないただ一言美しいと呟ければ自分の心を満たせるだろう。
整った顔立ちに似合う透き通る白い肌、輝かしく白金の長髪は繊細で触れただけで壊れてしまいそうに儚げに映る。十三本もの剣が侵蝕していたはずの体には傷はなく、腐敗もせず形状を留めたまま探し人はここで眠っていた。不意に肩に乗っていた相棒である黒猫が飛び降り彼女の体に降り立つ、短く鳴き声を漏らしてその場で蹲る。
真紅の光を放って鍵としての役目を終えた。
そして彼女は目を覚ます。
切れ長の目が開き青の瞳が現れ視線が絡む、深淵を内包する海を凝縮した瞳、吸い込まれそうな感覚に陥り夢を見ているのかと勘違いしそうで怖かった。もしこれが夢ならばいつか消えてしまう、それだけは死ぬより苦痛だ。そんな心配をよそに時間は動き、彼女が微笑む。
「……ユウヤ」
優しく包み込むような彼女の声が耳を撫でる、それだけで幻想ではなく現実だと実感し震える手で彼女の頬に触れ、存在していることを確認して幻想ではないと自分自身に言い聞かす。
「ずっと……声を聞きたかった、君の顔を見たかった」
「どうだ、わたくしは美しいだろう?」
「ああ、想像以上だよ」
「当たり前だ……わたくしもこの時を待っていたぞ? これでユウヤの体も心も何もかも全てわたくしが所有する」
上半身を起こし吐息の掛かる距離に彼女の顔が迫る。
「同時に、わたくしの体も心も何もかも全てユウヤのものだ」
「異議なんかあるか、俺の命も体も何もかも捧げるさ」
遥か彼方を目指した旅路の果て、最愛の人にこの手が届く。
唇を重ね、互を感じる中で旅の終焉と日常の始まりを告げられた。