終身刑
「その穴は世界の真ん中に空いているので、みんなが覗きこむことが出来ます。あなたにはその中で生活してもらいましょう。十分な広さとトイレがあります。しかし食糧や寝床などはありません。よじ登ることも不可能です」
「どうしろと言うんだ」
「あなたには覗きこむ人々の善意だけで生きてもらいます。水も、食べ物も、生活用品も」
「……なるほどな」
「それがあなたへの終身刑です。幸運を」
俺が思っていたより、世の中は綺麗に出来ているらしい。その穴に入れられてから俺は、順調といっていいクオリティで生活できた。なんたって声は届く。あれをくれ、これを届けろと言えば誰かが持ってきてくれる。俺の声は全人類に届くんだ。何十億人の内の1人でも都合がつけば、俺には十分。
だが、俺は自分が長くないことも分かっていた。この状態は、全人類の善意に触れられると同時に、同じだけの悪意にも晒されているのだから。気まぐれにでも、計画的にでもいい。例えば誰かがこの穴の中にガソリンをぶちまけてタバコを投げ入れれば、それで俺は死ぬと同時に火葬されちまうわけだ。
その日は、穴に入れられてから2週間後に訪れた。ふん、思ったよりは長生きできたな。
その男は、今からお前を苦しめて苦しめて、その末に殺してやる。そう言った。おいおい勘弁してくれ。一瞬でサクッとやってくれよせめて。
ヤツが用意したのは、ゴムホース1本だった。それをどこかの蛇口に繋ぎ栓をひねった後、奴は高笑いしながらその場を離れた。なるほど、溺死、窒息死ってわけか。確かに、苦しい死に方だと聞いたことがある。徐々に溜まりゆく水に背中を浸しながら、俺はそんなことを考え目を閉じた。
だが、事態はヤツの思い通りには進まなかった。
当たり前だ、ここは密閉空間じゃねぇ。水が溜まれば水面まで泳げばいいじゃねぇか。馬鹿かヤツは。
とまぁ、こんな感じで、この終身刑を抜け出すことに成功した。
しかし、俺は途方に暮れた。
前科者だ。
財産もない。
知り合いもいねぇ。
家もねぇ。
一体これから、どうやって生きていけばいいんだ?
あの穴の中にいた時と違って、俺の声は誰にも届かなかった。一見すればただの人だからだ。穴に閉じ込められた可哀想な男ではない、ただの無職、ただの浮浪者。誰の善意も俺に届くことは無く、ただ悪意だけが降り積もった。
結局、俺はその後40年、泥を啜る生活をして生き延びたが、こんなことならあの穴の中の方が、よほど快適だったぜ。
なるほど、確かに。苦しんで苦しんで死んだわけだ。ヤツの言う通り。