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加速する音

不覚だった。あんな何気ない所で泣くつもりなんて、ひとつもなかった。

もう何度目になるだろうか? ヴァレリーはこの身勝手に触れる温度に救われている。

どうしてこんなにも、関わってくるのだろう。目の前に現れたかと思えば、考える隙をあたえぬままに、いつの間にか助けてくれる。そんな風に、さりげなく触れてきては離れていく温度が、心地よいと思っていることに、まだヴァレリーは気づかないでいた。


考えてみれば、いつもルイ王子の前で、泣き顔をみせているような気がする。

これが、王女、ヴァレリーであれば、きっと許されない事。

それが例え、テレジアの前であったとしても。


「あの、すいませんでした」

店を出たルイ王子が婦人に頭をさげたあと、出るとすぐにあった、大きな木の影と、ベンチへと腰をおろした。

静かなこの空間が、余計に二人の中の沈黙を強調しているような気がしているのは間違いじゃないはず。


だから急に背中にかけられた声に、二人はすぐに気づいた。

振り返ってみると、さっきまで居た店の婦人が、大きくひらひらと手を振っている。その掌の中には、ルイ王子に差し出されたハンカチが。忘れてきてしまったことをヴァレリーは思い出したようだった。


「はいよ」

婦人はヴァレリーの手のなかに、ハンカチをくしゃりと持たせた。

「ありがとうございます」

そう言ったヴァレリーの顔を、婦人はジッと見つめたかと思えば、にっこりと微笑んだ。

「あんた、何があったかは知らないけれど、落ち込むんじゃないよ」

思わぬ台詞に、ヴァレリーの瞳はパチクリとした。

すると、婦人はヴァレリーの耳に、そっと口をよせた。


午後からは別の会議があると言われ、午前中と同じように、ヴァレリーはルイ王子の隣で出席していた。

若干、居心地がわるいんじゃないかと心配していたようだが、胸に光るそのゴールドネームはそこにあるだけで、その存在を発揮していた。

会議が終わったのは夕刻、ヴァレリーは馬車の中に乗り込むと、口から思わず安堵の息をついた。

「なんだ、疲れたのか?」

ルイ王子からでたのは、いたずらなイヤミ。顔にしっかりと出てしまっていたかとヴァレリーは講義の言葉をもらす。

「違います!」

いいながら、ヴァレリーは背筋をピンと伸ばす。ムキになってしまったと後悔したときには、ルイ王子はすでに笑っていた。


城にと馬車がついた時には、すっかり辺りは暗くなっていた。

開けられた扉からルイ王子が降りたあと、ヴァレリーはそれに続く。

(っ痛)

右足に走った突き刺すような痛みに、ヴァレリーは目を細めた。

緊張のしすぎか、長時間、立っていたせいか、ヴァレリーの足の皮は靴の中ですりむけていた。

「どうした?」

馬車を降りたすぐそこでは、ルイ王子が降りてこないヴァレリーを呼んでいる。

「いえ」

何もなかったと、ヴァレリーが一歩足を踏み出すと、さっきよりも強い痛みが足を刺した。

でもこのまま歩いていけば、きっと分からない。

せめて平常心を保ちたいと思いながらも、ヴァレリーはうつむき加減になってしまう。


そうヴァレリーは横を通りすぎたはずだった。でもその肩にはルイ王子の手があった。顔をあげた時には、その手は、ヴァレリーの足に触れていた。

「なぜ言わなかった」

ルイ王子の問に、ヴァレリーは自分でも答えがわからない。

答えないヴァレリーを、ルイ王子は何もいわずに抱き上げた。


「王子っ!」

驚いたヴァレリーの体はすでにルイ王子の腕の中。抱き上げられたおかげでヴァレリーの顔は、ルイ王子のすぐ近くにあった。

しかも二人の視界はくらがりから、城のほうへと行くたびに、どんどんと灯りをとりこむ。

恥ずかしさのあまり、ヴァレリーはルイ王子の胸元にと顔をうずめた。


ヴァレリーの戸惑う気持ちがルイ王子に伝わったのか、ルイ王子は口もとをあげる。

そしてその扉についた頃、内側からゆっくりと、明るい光が差し込んだ。

「おかえりなさいませ」

連なる使用人を前に、ヴァレリーの顔は、まだあげられていない。状況がこれだけに、ヴァレリーは文句も言えないでいる。

でも抱きついたその服からは、ルイ王子の体温と、彼の匂いがヴァレリーの体を包み込む。


ルイ王子はその真ん中を通りながらも、バモフトに、声をかけた。


ヴァレリーの部屋へと連れ帰ったルイ王子は、椅子の上にと座らせた。包まれていた香りが、一瞬でヴァレリーから散っていく。

きっと、自分が特別だなんて思ったら、笑われてしまう。でも、そう思わずにはいられない。

なぜ、ここまでしてくれるのか、どんなに考えても答えなんか出ない気がした。だから教えてほしかった。

ドアの向こう側からノック音が聞こえてくると、バモフトが消毒液と包帯とテープを持ってきた。


「・・・・・・あの」

「なんだ」

ルイ王子の手は、擦り剥けたヴァレリーの足を消毒しようとしている。

「じ、自分でできます」

こんな事、一国の王子にさせられるわけがない。そうヴァレリーが足をひっこめようとすると、その細い足首をしっかりとつかんだ。どうしてこんなにも簡単に触れてくるのだろう。そのたびヴァレリーの心臓の早さを加速していく。

まるでからかっているかの様に触れてくるこの手をふりほどくのが出来ないわけじゃない。でもそれが特別じゃないとは言い切れなくて、もどかしさを覚えているのに、気づいてない。


ヴァレリーの講義を無視すると、ルイ王子は再び、ヴァレリーの足に触れた。

傷口に消毒液をかけると、ヴァレリーの口から声が出そうになり、抑える。


それかおもしろいのか、ルイ王子は笑うと、ゆっくりとふきとり、包帯を巻きはじめた。

「次は、ちゃんと言えよ」


見下ろせば、すぐ側に、ルイ王子の髪がある。

手を伸ばせば簡単にもふれられる。この手が触れているように。

でも、そんな事、できるはずなんてない。


まだ経験した事のない感情がヴァレリーの中を駆け巡る。

まるで、心臓を掴まれているような、加速していくその音を、この人に聞かれたくない。

くしゃりと服を握り締めながら、ヴァレリーはそう思った。



・・・・To Be Continued・・・・・

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