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ただの鳥の卵丼

(この人の考えが、全く読めないわ)


馬車の外の景色を見ながら、ヴァレリーは思う。

向かい席に座っているルイ王子と、この馬車の中、会話もなければ、説明もない。


ただアルバンタ王国よりも、ずっとずっと賑やかなこの街の景色が眩しかった。


もし、この真向かいにいるのが、テレジアだったら、きっと会話だってつきないはず。

可愛らしいものを二人して、見ながら、美味しいものだって食べたい。馬車から降りれば、街の皆がいつだって、歓迎してくれていた。


「とても、賑やかな街ですね」

アルバンタ王国とは違うけれど、その景色、その表情をみれば、この街が人に愛されていることが分かる。

でもあまりにもアルバンタ王国とは違い過ぎる現実を、つきつけられる。




時間も過ぎ、結局ルイ王子と話すことも出来ないまま、到着したのは、何気ない街の真ん中。

静かな馬車から降りた途端、その場がわっと歓声に包まれた。


この時間を待っていたのか、あっと言う間にルイ王子の周りが人で溢れた。


あまりの人数に、ヴァレリーは、驚いてしまう。


こんな事は、毎度の事なのか、王子専用の護衛が一列に並び、その間を作っていく。

その真ん中を進んでいくルイ王子の背中をみるけれど、向けられる視線の多さの比例率に、どうやら自分も入っている事にきづき、足が動かない。

針のむしろ、そんな言葉をヴァレリーはこの国に来て、何度か味わったけれど、こんな所にまで来てまで遭遇してしまうとは思いもよらなかった。


「ヴァレリー」

足の進まないヴァレリーの前、ルイ王子が振り向いた。その視線はついて来いと言っている。

護衛の連なる列の真ん中、向けられる視線の前で、ヴァレリーは、無理だとでも言うように首を振る。

すると、ルイ王子は進んでいた道を、逆方向にと歩き出した。


「お前は俺の横に居ろ」

ルイ王子の腕は、ヴァレリーの腕をしっかりと掴んでいた。


民衆の中から、漏れた嫉妬混じりな声。だけど、ルイ王子は全く気にもとめずと歩いていく。

「あ、あの、ルイ王子」

掴まれたままの腕を、必死に離そうとしてみるが、ヴァレリーの力ではピクリとも動かない。

だから小声でルイ王子に講義してみたけれど、どうやらそれも却下された。


仕方なく、ヴァレリーは視線を下にむけ、ルイ王子と同じ道を歩き続けた。



街で行う会議の間、ヴァレリーは絶えずルイ王子の側へと居た。


同じ国を納める身分として、この会議はとてもヴァレリーに有意義な時間であり、気がついてみると、丁度この街の鐘が正午を知らせていた。


このまま城へ帰るかと思っていたけれど、ルイ王子はそのまま馬車を城へと帰らせてしまった。


まだこの後、予定があるのだろうか? ヴァレリーは思いながらルイ王子の背中にと続いていく。

騒がしい街をぬけ、どんどんと人の影が少なくなっていく。

細道の脇に、小さな見逃してしまうほどの小さな店があった。

ルイ王子はそこの戸をガラガラと開けた。


続くようにヴァレリーがその店に足を踏み入れる。

まず驚いたのはその狭さだった。おもわずあの窮屈だった馬車を思いだしてしまう。

「座れよ」

「あ、はい」

城とは比べ物にならなく、少しその場でジャンプすれば、天井に手がつきそうにも感じる。


「はいよ」

店の主であるのは、六十代の婦人。二つぶんのグラスの中に水を注ぎ入れると背を向ける。

「珍しいか?」

確かに珍しすぎるこの光景に、ヴァレリーは視線をあちらこちらと泳がせる。

だって、あまりにもこの場所とルイ王子は不釣り合い。

どうしてこんな所をルイ王子は知っているのだろうか?

思っちゃいけないけれど、今にもつぶれそうなとはこんな感じだと思わせる。


ヴァレリーをよそに、ルイ王子は慣れた感じで二人分の注文を済ませた。


何か言いたげなヴァレリーの視線をとっくにルイ王子は気づいている。

関われば関わるほど、この男が分からない。でも確かに王子には間違いない。




しばらくして、二人の前に出された物をみると、まずはヴァレリーが見下ろした。でも、その料理から立ち上がる香りは、ヴァレリーの鼻腔を刺激する。

この国にきてから、城から出されるいつもの料理とは違うものばかり食べている気がしているけれど、どれもこれもヴァレリーには新鮮で仕方がない。


「食ってみろよ」

目の前に、置かれたのは二本の長い箸。

ナイフとフォークしか握ったことのないヴァレリーは使い方がわかない。

だからルイ王子をみながら自身も試してみた。

けれど、おもったよりも難しく、箸の隙間からポロポロとこぼれおちてしまう。


「お前・・・・・・使いかたも知らないのか」

ルイ王子の瞳は馬鹿にしているというより、驚いているようだった。

それもそのはず。民衆の間ではこれはあくまで一般的。まるで産まれたばかりの赤子を見ているようだった。


「あらあら」

後方からの声は、この店の婦人。手には、スプーンが握られていた。

ヴァレリーは見慣れたこのスプーンをみると、瞳に安堵が広がった。

「ありがとうございます」

丁寧に、頭をさげると、それを受け取った。

それを手前からゆっくりと滑らせる。目の前にあるのは、ただの鳥の卵丼。


ヴァレリーはその平凡な外見から想像しなかった美味しさに、口の中で感動が起きていた。


城の中で一体何を食べていたのだろう、なんて言ったら怒られてしまうかもしれない。

けれど、体験するこの民衆の味は、ヴァレリーの中で美味しさと懐かしさ、そして温もりを味あわせた。


スプーンを握る、ヴァレリーの人差指に、きづけば、ポタポタと跡ができている。

それを目の前で目の当たりにしたルイ王子は思わず手をとめた。


「・・・・・・っ」

泣くことを許されないヴァレリー。人前でなんて、もっての他・・・・・・。

「・・・・・・っふぅ」

下を向いた所で、溢れ出てくる涙が抑えられることはない。

どうしてか、これを食べた瞬間にアルバンタ王国を思い出した。

城にいる皆を、心配しているだろうテレジアを・・・・・・。


帰りたい、会いたい、でも、帰れない・・・・・・。


ヴァレリーの手の中にはきゅっと握り締められたスプーンがある。

それはヴァレリーの中で、この知りえない土地で、たった一つの自分の物。


震える背中の後ろから、様子に気づいた婦人が裏から顔を出した。


ルイ王子は当然、この状況が分かっていない。その涙の訳も。


けれど、差し伸べられたその掌は、この知りえない土地で、ヴァレリーが見つけた、もうひとつの居場所だった。





・・・・To Be Continued・・・・・

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