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瞳の中のサファイア

メーリング王国の使用人の更衣室は、アルバンタ王国のそれよりもずっと広かった。

連なるロッカーの一番奥、そこにヴァレリーはいた。


今さっきまで着ていた服を脱ぎ、ロッカーへとかけ、真っ白くふりふりとした、この国の使用人服へと袖を通す。


採用された使用人の列に、何事もなかったように潜り込んだのは、ほんのついさっき。

周りには、ヴァレリーと同じような年頃の娘がわっと居た。

彼女達のもっぱらの噂話といえば、この国のルイ王子の話。

彼の側にいたい、彼に仕えたい。その一心で集まっていた。


(確かに、綺麗な顔だちは認めるわ)

前ボタンを止めながらも、ヴァレリーは彼女達の会話に耳をたてる。

ほんの一瞬ではあるけれど、確かにヴァレリーの瞳はあのルイ王子に釘づけになってしまった。


「あなた達、遅くなくって?」

突然ドアの向こう側からノック音と声。使用人達の娘は、思わずきゃぁと声をあげた。

あっという間に更衣室はガラガラになっていく。遅れないようにとヴァレリーが廊下の整列の中に加わると、そこには三姉妹が立っていた。


姉妹の長女であるアリアは、紫の扇子をひらひらとさせながら、使用人をきつく睨む。

次女のルマノは、この中では一番の癇癪もちのようで、キーキーと罵声をあびせていた。

三女のコーデリアは、おとなしい娘なのか、興味がないのか、窓の外を見ているだけ。


ルマノは、使用人頭になにやら文句をいっている。彼女には皆頭が上がらないのか、ひたすら頭を下げていた。


アルバンタ王国は、いつも至って平和だ。

こんなにゴージャスではないし、使用人の数だってもっと少ない。でも、もっと皆が仲がいいし、いつでも笑いが絶えない。

そんな風に考えていると、目の前にアリアが立っていたのに気がつき、ハッと息を飲んだ。


口元を扇子で隠し、表情が見えない。逆にそれが怖かった。

「あの、すいませんでした」

ヴァレリーは、深く頭をさげた。

いつのまにか、自分でも気がつかないうちに、使用人としての視線はなくなってしまっていたことに、気づいた。

しばらくじっと上から見下ろしていたけれど、アリアは何も言わずにヴァレリーに背をむけた。

色鮮やかなドレスは、ふわふわと揺れていた。



使用人の個別部屋は、小さいけれど、何も不自由はなく、むしろヴァレリーの中では好奇心が立っていた。

一人様の小さなベットに、一人用のデスク。お風呂と食事、トイレは共同だといってたけれど、それだけあれは、ヴァレリーには十分だった。

(なんて小さなベット)

いつも体を包む大きなベットと違って、なんだかモサモサしてて固い。けれどヴァレリーは笑いがこみ上げてきていた。


せっかく着替えた服だけれど、ヴァレリーはその服を脱いで、使用人専用の寝巻きに着替えた。


(明日からに備えて、早くねなくちゃ)

小さなベットに潜り込んで、瞳を閉じる。

「おやすみ、テレジア」


いつもの暖かい照明の光はどこにもない。

目を閉じても、開けても、そこは真っ暗。だからヴァレリーの意識はあっという間に眠りに吸い込まれていった。







「起きなさい! 起きなさい! 」

大きな罵声に近い声と、ドンドンと向こう側から叩かれる音に、ヴァレリーはベットから飛び起きた。

一体何が起こっているのかまだ把握できていないのか、ヴァレリーはきょろきょろと周りを見渡す。このままではドアは壊れてしまうんじゃないかと思うほどに鳴っているドアの前にたつと、勢いよく返事をしながら、扉をあけた。


そこには使用人頭のパルコが立っていた。

声がいいのはこの体型のおかげなのかと思うほどにパルコは威圧感があった。

「何時だと思っているの?」

パルコの片手には大きな箒、そしてもう片方の手にはチリトリが握られている。

トントンと指さされたパルコの腕時計の時間をみるなり、ヴァレリーはさっと血の気が引いた。

「すぐ、準備します!!」

言うがすぐに思い切りドアをしめると、勢いよく寝巻きを脱ぎ捨てたと思ったらハンガーにかけてある使用人服に手を通す。

ぼさぼさの髪のままひとつに髪を結んで、枕元に置いてあったメガネを手にとった。


朝の庭掃除は、早朝が原則。

パルコから箒を持たされたヴァレリーは、あくびをしながら庭掃除をしていた。

(使用人って、大変なのね)

いつだって目覚めたとき、朝食ができていて、庭だって、廊下だってピカピカだ。でもそれはこんな風にやってくれているからこそ。温かいスープひとつだって、勝手にうごいちゃくれない。

細かな塵を集めながらも、アルバルタの使用人達に、感謝の気持ちをヴァレリーは感じてしまう。

「帰ったら、皆でパーティでもやろうかしら」

きっと楽しいに違いない、テレジアだってきっと賛成してくれるはず。使用人頭のタランチャモに、執事のベッサー。

みんなみんな一緒に、感謝の気持ちを祝えたら・・・・・・。

思いながら、朝一番の掃除はヴァレリーの中で終えた。


庭掃除がすむと、ヴァレリーをはじめ使用人の娘達は広間で朝食の準備の手伝いをすることになっていた。

国は違えど、ナイフ、フォークの作法は誰よりも心得ている自信がヴァレリーにはあった。

磨いた食器を、ひとつひとつ丁寧にと並べていく。


すると、時間を見計らったように、三姉妹が姿を見せた。


三人はゆっくりと席につく。

目の前には朝食がすぐに用意された。


「ちょっと」

窓際に、整列をしていた使用人に、声がかけられた。

ルマノの指先は、パルコを呼び寄せる。耳元で囁くと、すぐにパルコは頭を深くさげた。

そして、ヴァレリーを呼びつけると、ルマノのナイフとフォークをすぐに取り替えるように命じた。

確かにきちんと磨いたはず。ヴァレリーは信じられないと顔をかしげながらも、そのナイフをとった。

「何か問題でも?」

取り下げようとしたヴァレリーの手が、ルマノの言葉にピタリととまった。

「いえ、申し訳ございません。すぐにお取り替え致します」

深々と頭を下げる。

「そうして頂戴」

ヴァレリーはルマノの視線にあわせないようにと、顔をあげた。

奥にさがると、今度は見落としがないようにとナイフとフォークを磨きあげる。

本当は、どっちかなんて分からない。自分が正しいのかも、正しくないのかも。けれど、今この場で正しいのは、この国の王女であるルマノだって事は理解できた。


ヴァレリーはもう一度ルマノの前で、深々と頭をさげた。


ルマノはしばらくそれをみてから、パルコに何やら耳打ちをしていた。

ヴァレリーは何事もなかったように、窓際に並ぶ列へと帰る。きっと、これはここでは、日常などだと。



パルコに耳打ちしたとき、確かにルマノはヴァレリーの方をみていた。

だからなんとなく嫌な予感はしていたけれど、その思惑通りに、ヴァレリーは午前中、彼女達の使い走りにされているまに、きがつけば、正午の鐘が城から鳴り響いた。


使用人の食堂は、お昼休みになると、混雑をするという話を聞いたヴァレリーは、ちいさなおにぎりを二つだけもらい、一人庭へこしをおろしていた。

いい具合の塩加減と、港でとれた魚のフレークが中には入っていて、ヴァレリーは初めてたべたけれど、このおにぎりにすっかり虜になってしまったようだった。

(なにこれ、美味しいじゃない!)

手でたべるなんて、テレジアに見られたら、きっと声をあげられてしまう。

でもきっとテレジアだって、これを食べたら、もっと声をあげてしまうに違いない。そんな事を思っては一人くすくすと笑う。


「そこのお前」

無防備な背中に急に声をかけられてしまい、ヴァレリーの背筋はピンと伸びた。

しばしの沈黙のあと、ヴァレリーはこの声に聞き覚えがあることに気がついたけれど、自分の中でも確信をもてないようで、ゆっくりとふりむいた。そこには、ルイ王子がいた。


咄嗟、顔をふせてしまったのは、自分でも意味が分からなかったけれど、ルイ王子の足は、ヴァレリーの前でピタリととまった。

「そこで何をしてる」

使用人は皆、食堂にいるはず。だからこそこんな所で一人でいる人物が怪しく映らないわけがない。

「いえ、別に」

ヴァレリーは顔を伏せたまま、言葉を続ける。

「申し訳ございません」

ここは謝っておくのが得だと、朝の経験からヴァレリーは学んだ。草の葉で包まれたおにぎりをそっとしまうと、ヴァレリーは立ち上がった。そして、早くたちさるべきだと、ルイ王子の横を通り過ぎたはずだった。

けれど、ルイ王子の手が、ヴァレリーの手を掴んだことによって、ヴァレリーはそこから動けなくなってしまった。


「顔をあげろ」

喉をコクリとならしたものの、ルイ王子に逆らう気にもなれず、ヴァレリーはそっと顔をあげた。

「珍しいな」

ルイ王子の瞳は、ヴァレリの深いブルーの瞳を見ている。

ヴァレリーの瞳とテレジアの瞳は、瞳の中のサファイアとも言われ、アルバンタ王国の中でも、このメーリング王国の中でも見ることができない色だった。

「親譲りか?」

「違います」

双子のブルーの瞳は、親譲りではなく、祖母譲りだった。

この短時間で、たかが瞳の色だけではあるけれど、見たことのないこの色に、ルイ王子は確実に興味をもっていた。

けれど、それを止めるように、短い昼休憩の終わりをつげる鐘がなった。

「申し訳ございません、勤務に戻りますので」

ヴァレリーの言葉に、ルイ王子の手はやんわりと離れた。

もう一度、深くおじぎをすると、ヴァレリーは逃げ出すようにその場を離れていった。



・・・・To Be Continued・・・・・

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