願いの実行
「服を脱げ」
「嫌です」
唐突にこの悪魔は妙なことを言う。
「心臓をいじらねばならんのだ、死にたくはないだろう?」
「そういう事ならそうと言ってください、唐突に言うと変態ですよ?」
正当な理由が無ければ、大男が少女を脱がすという十八禁である。
「聞くと、心臓のせいでまともに生活も出来んらしいじゃないか」
「ええその通りです、今までベッドの上に居る時間が生活の五分の三ですよ」
「切ねぇ……」
シオンにとっては、本を探し、本を読み、本の通り陣を描き、血を垂らす、この行動は死にもの狂いのハードルであった。
そう考えると、所詮一週間の縁だとしても充実させてやりたいものだ。
「この一週間だけはまともな心臓にしてやるよ、サービスだ」
「出来るんですか!?」
決意と覚悟しか汲み取れなかった瞳であったが、今は輝きに満ちている。
それは恐らくシオンにとって夢のようなものだったのであろう。
年相応に無邪気にはしゃぐ少女はまるで別人であった。
「だから、さっさと脱げ」
深い溜息を吐いてボタンを外し始めた、キラキラと輝いていた瞳は一瞬で損なわれた。
もう少し喜ばせていてもよかったかもしれない。
「まったく、本当は貴様の身体を切り開きたいくらいなのだぞ」
シオンは俯き、沈黙している。
いくら願いのためとはいえ、相手が悪魔とはいえ、異性に胸を触られるのは相当抵抗があった。
「まったく、面倒なお嬢様め……ん?」
「あの……、人の胸の前で執拗に手を動かすのはやめてもらえません?」
シオンの言葉には耳も傾けず、真剣な表情のままである。
「呪いか、厄介なものを持っているな」
「へ?」
服を着ていいぞ、と言ってルインは椅子にどすっと座った。
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「そんなもの医者が治せるわけないだろ、それは魔力を使った呪いだ、貴様は誰かにその呪いをかけられたのだ」
「そんなっ! どうして……」
「人間の事情なんざ知ったことか」
ルインが述べるには、呪いをかけた犯人は分からず、また治す方法も対応する魔力をぶつけるしか方法は無く、そんな魔力はルインも扱えないらしい。
「魔力は強ければいいという訳ではない、属性相性なども関わってくるのだ」
「じゃあ、寿命は?」
「それは心配ない、治すことはできんが呪いの進行を停滞させる事はできるのだ」
ならば呪いであろうが病気であろうが関係はないではないか。
どうせシオンに未来などないのだから。と思ったが、
「まともな心臓にしてやる、と約束したからなぁ…、仕方ない、魔力を大サービスしてやるか」
「あ、いえ、生きることができるのなら……」
「貴様のあんな嬉しそうな顔を無かったことに出来るものか、いいからサービスされてろ」
病気と呪いの違いは解くことが容易いか否か、いじるのが容易いか否かの問題であった。
だが、ルインは過程にかかるコストは度外視した。
両親とアルフレッド以外に優しさを感じたのは何年ぶりだろうか。
そんなことを考えながら、気付くとシオンは涙を流していた。
「そんなに嬉しいのかよ」
これを使え、とルインはハンカチを貸してくれた。
ハンカチを手渡したルインは、子供をあやすような優しい表情をしていた。
悪魔とはこうも人間と分かりあい、分かち合う事ができるものであったとは知りもしなかった。
しかし元々、魔力を悪用したのも関係を断絶したのも人間なのだ。
何も悪魔は疎まれるべき存在でも穢れた生物でもないのだ。
「ねぇ、ルインって呼んでもいいかしら」
「好きにしろ、俺も貴様を勝手にシオンと呼ばせてもらうぞ」
かくして魔王と少女の生活は始まった。