少女の願いと純情派魔王
「取引ねぇ……、そんなもの下級の悪魔にやらせればよいものを……」
仰るとおりではあるが、残念ながら召喚された悪魔に頼ることしか人間にはできない。
改めて見るとその男は、2メートルをゆうに超える身長、女性のように美しく流れる緑の髪、鋭い爪、漆黒の瞳
何より二本の湾曲した角を持っており、雄雄しく気高く麗しい。
見るからにこの男は強大な魔力を持つものであった。
「自己紹介がまだでしたね、わたくしは、、」
「シオン・ブライトだろう?」
名を名乗る前に遮られた。
「魔方陣に血を垂らしただろう、その時点でお前の情報は既にこちらに筒抜けているのだ」
魔法というにはなかなかブラックな条件である。
極悪非道な悪魔が相手ならその情報はどう使われるのであろう。
「シオン・ブライト、十三歳、血液型はA型、両親は既に他界、料理は出来ないため召使に任せている、そのため栄養バランスは概ね良好……」
少しの血液でそこまで筒抜けなのか、と問おうとした時、
「む…、貴様寿命が近いな、あと三日、死因は……奇病?」
血液の情報からそこまで知られているのならば話は早かった。
「この奇病を治せ、というのが願いか?」
「いえ、そこまでは望みません」
予想外、といったようなリアクションをしている。
「私の寿命をあと四日延ばしてください」
「容易い事だが…、報酬は?」
悪魔は契約を前提に行動する。
報酬さえ払われれば、人間にも使役されるし、同族でも殺す、そういう生物である。
さらに、人間の概念である貨幣はこの報酬としては利用できない事が多い。
「寿命の後でなら、私の肉体でも魂でも差し上げます」
悪魔への報酬には魂を払うことも出来る。それは悪魔の大好物である。
これは悪魔にとって価値は高いが、魂を奪われた人間は二度と救済されず永遠に地獄以上の苦しみを味わうといわれている。
故に人間にとっては禁忌中の禁忌、最大のタブーとされている。
「貴様の寿命四日にしては報酬が多すぎる、ダメだな、釣り合っていない」
悪魔は意外と公平で厳正であった、面倒なものだ。
「じゃあ、私の寿命の三日分と延びた分の四日分、合わせて一週間の間は私のそばにいてください」
「面倒な願いだが…よかろう、契約成立だ」
悪魔を一週間縛り付ける契約は安くはない、それが上級悪魔ならなおのことだ。
「ああそうでした、悪魔さん、名前は?」
「悪魔には名乗る文化など無いのだが……、ルインだ、ある魔界の王をやっている」
「へぇ…ルイン……、へぇぇ………」
気軽に名前を聞いたつもりが、魔王であるというカミングアウトをさせてしまった。
シオンは戦慄しながら、ランダム召喚を生み出した学者を蹴飛ばしてやりたくなった。
部屋の扉をノックする音が響き渡る。
「お嬢様!お嬢様!どうなさいましたか!妙な音が!」
召喚の際になった轟音を聞きつけて、召使がやってきた。
「アルフレッド、問題ないわ、物を落としただけよ」
「そんな軽い音ではなかったような気もしますが…、無事ならよろしゅうございます」
アルフレッド・メイヤー、老いた召使である。
シオンの両親が亡くなってからというもの他の使用人は辞めてしまったが、この人だけはブライト家に大恩があるからと、今でも仕えてくれている。
「おや?その方はどなたですかな?」
アルフレッドがルインに気付く、というより大男のルインに気付かない訳は無かった。
「それにその角……、悪魔ですかな」
「いかにも、俺はコイツに」
「散歩してたら森で出会ったのよ」
ルインが自ら説明する前に、シオンが遮る。
「捨て猫じゃあないんですから、いけませんよ、牙を剥くやもしれません」
「大丈夫よ、彼はそんな野蛮じゃないわ」
どうしてもルインを森で拾ってきた設定にしたいようだ、無理があるだろうに。
「仕方ありませんな、お嬢様は頑固でいけませんな……」
そう言うとアルフレッドは部屋から出て行った。
「何で俺ほどの高貴な悪魔がその辺の森で拾われた事にされねばならぬ」
「あうぅ…、ごめんなさい、隠さなくてはならなくてですねぇ」
聞くとブライト家は富豪であると共に、政府に信用された名家でもあったため、禁書の保管なども行っていたという。
それ故に、今回の召喚が可能だった訳だが、ブライト家に恩のあるアルフレッドに今の当主であるシオンが禁書を悪用していた、なんて事を伝えるわけにはいかなかったのだ。
「事情は理解したが、一つ分からんことがある」
「何でしょう?」
「何故貴様はたった四日だけ寿命を延ばすのだ」
ルインにとっては興味本位でしかないが、呼び出された理由を聞いておかねばムシャクシャするばかりだ。
「ああ、実はもうすぐですね……」
「おや?お客様……、えぇと」
「ルインだ」
「ルイン様、わたくしめに何用ですかな?」
ルインはアルフレッドに話しを聞きに来ていた。
「奴の奇病について教えろ、俺が何かしら対処してやる」
「はぁ、しかし…」
躊躇うのも無理はない。
なにせ、(お嬢様曰く)森で拾われた何が目的かも分からない悪魔が、お嬢様の病気を治すと言っているのだ。
「別に信用出来ないのなら構わんが、症状やら発症時期を聞きたいだけだ」
「左様ですか、では……」
アルフレッドが語るには、その奇病は人間には治せる技術がないものらしい。
心臓の機能が徐々に低下し、最終的には眠るように死に至るという。
また医師から宣告された余命もとっくに過ぎているという。
「お嬢様は…、いつもはベッドでじっとしていなければ、生きているだけで苦しむような病気を患っているのでございます」
「だろうな、寿命があと三日ってのも不思議なくらいだ」
「悪魔には寿命が分かるのでございますか」
「まぁな」
人間に治せない病気も魔力を利用すれば、治すことは出来ずとも中和することくらいはできる。
「奴はどうしてもあと一週間は生きねばならんらしいからな」
「一週間?何のことですかな?」
「きっと、その時分かるさ」
そう言ってルインは去っていった。