【幕間】 休日・1(四月五日の場合)
殆どノリで一気に書き上げました。
文章力はいつも通りなのでお察しで。
「どうですか、兄さん?」
「…………、」
休日の朝の事だった。
カレンダーはもう四月と季節は既に春。そのはずなのだが冬の寒波はまだ続き、特に朝早くのこの時間はクシャミが出るような肌寒さを感じさせていた。今年は各地でそんな冷気が長引いているようで、引っ越したばかりのこの地も例外ではなかったのだった。おかげで春の代名詞ともいえる桜も最近になって満開がチラホラと見られるほど。かく言う俺もその肌寒さでこんな時間に起きてしまった節があるのだった。
つまり。
妹が何かを伝えたそうに豪快に部屋のドアを開けた時には、俺は丁度部屋着を薄手のものから厚めの暖かそうな服へと着替えている途中なのだった。
ものの見事に今の体は下着だけ、寒さに震えながらも手にした服も手で摘まんでいる部分で停止しているだけだった。
「きゃああああああああああっ!!!?」
「おやおや」
予想だにしない唐突な事態に、俺は思わず女の子のような悲鳴を上げてしまった。そんな事はお構いなしなのか、妹は見るからに風邪を引きそうな俺の格好をふむふむと頷きながら眺めて、一言。
「これはこれはラッキーなも……お忙しい戸頃を失礼しました」
「……お前それ全然隠れてないからな?」
というか寒いから早くこの部屋から出てドアを閉めてほしいのだが、全く動く気配はない。どころかどこから取り出したのか、妹の手にはビデオカメラがセットされていた。当然の如く某所のランプは赤々と点灯していた。
「…………………………おい」
「あっ、しーっ、静かにして下さい兄さん。パパとママはまだ寝てますから」
「い・い・か・ら」
最初から最後まで限界だった。
「部屋から出ろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
「あーれー」
俺は妹の両肩をガシッ! と掴んでくるりと百八十度回転させると、その力を殺さずに部屋の外へと突き飛ばしてガチャンッ!! と鍵が壊れそうな勢いで全力でドアを閉めた。
……こんなんだから以前住んでいたマンションでも、休日の朝も騒々しいと微笑ましく噂される明日葉家なのかもしれない。
洗顔と歯磨きは着替える前に終わらせていたので、パーカーを羽織った俺は部屋を出て、下のリビングまで向かった。
「ごちそう様でした」
「その感想はおかしい」
そのままの足で茶パンダ先生でお馴染みの『生茶』を飲もうと冷蔵庫を開けに台所まで進んだ戸頃で、朝食を作っている妹にそんな事を言われた。ホントにおかしいからな。
「……では、ところでですが」
「全然『ところで』じゃないんだが……なんだ?」
そうだ。今日の妹は着替えの時といい、朝からテンションが高い。『春擬き』を口ずさみながらフライパンに卵を落としてゆく姿はまるで新婚ホヤホヤの奥さんのようだ。……いや夫って誰だよ。
…………え?
つまり、そういう事なの?
いや、まだこっちに引っ越して来たばかりで異性と会う機会なんてないし、いやいや、以前住んでいた向こうでも恋人のこの字も感じさせなかったし……。
……。
…………………………。
「おっ、お兄さんはしっかりした人じゃないと認めませんからね!」
「? 何を言ってるんですか?」
「声に出ちゃってた!?」
しかし。よく判りませんね、と首を傾けるその姿を見る限り、まだまだ春は来ていないようだった。なんだか嬉しいような応援したくなるような……むしろ俺に来い。
「まぁ、そんな兄さんの意味不明すぎる発言はこの際、横に置いておくとして」
目玉焼きの横にベーコンを並べていきながら、妹は言葉を続ける。
そして。
最後の一枚がフライパンの端に置いた戸頃で蓋をする――そのタイミングで綺麗にターンして俺の方へと振り向き、満面の笑みを浮かべる。
「この、――――」
その笑顔のまま、エプロンを――――脱ぎ去った。
その下にあったのは、彼女が来週から通う県立・上ヶ崎高等学校の女性用の制服だった。
「――――私の制服、どうですか?」
昨日の夜に届いたばかりのそれを、えっへんとやや薄い胸を張って妹はお披露目してきたのだった。
「――」
だからそれは満面の笑みじゃなくてドヤ顔だろとか、制服で料理するとか油とかなんとかで万が一に汚してしまう事があったらどうするんだとか、そんな正論めいた文句を言ってやろうと思った。
しかし。
目の前の妹――少女の真新しい制服姿に、俺は何も言えないでいた。
別に一目惚れとか、そもそもが実の妹である彼女に思うのはそんな青い理由ではなく。
「ふっふっふ」
「……何その邪悪な微笑み。見た目と声のギャップが酷いぞ」
「だって……兄さんがそんなに私を見つめてくれてるなんて久々なような気がしますから」
「いや……」
思わず言葉を濁す。なんて言えばいいのか解らない。
でも、結論はひとつ。
「なんて言えばいいのか思い付かないけど……凄く似合ってるよ、希」
そう、恐ろしいくらいに似合ってるのだ。紺のブレザーに赤のネクタイ、それに赤と黒のチェック柄のスカートという制服にしてはそこまで特別ではなさそうなその服装が。同じものを着ていたチカやミサのあの綺麗さ可愛さとは違う、この美しさを果たしてなんて言えばいいのだろう。
「…………に、兄さん」
「?」
そんな事を考えてると。ふと前を見れば妹の顔がいつになく、まるで茹ダコのように真っ赤担っている事に気付いた。湯気が上がってそうな感じに出来上がってしまっている。
……? よく解らないが、
「とにかく、凄く似合ってるのは保証する」
「……ありがとうございます」
俺も――頬を紅潮させながらも、ちゃんと嬉しそうにはにかむその姿を久々に見れて良かったと心から思っているのだった。
「……相変わらず、兄さんは卑怯です。サラッと考えている事を暴露しているかと思えば全部褒め言葉とか、殺す気です。ですです。」
相変わらず言っている言葉の意味は解らないけど。
「「いただきます」」
両親は昨日までのお勤めで披露困憊だったようで、この時間も各自の部屋で睡魔に身を委ねているようだっだ。そのため今日はふたりで合掌。
今日の朝食は白米に豆腐とわかめの味噌汁、目玉焼きにベーコンと中々に満足の品々だ。流石は我が妹と言うべきか、しっかり卵は半熟に留めてあった。箸で半分くらいの大きさに切って口に運べば卵独特の味と多少の醤油が程良く味覚を刺激してくれた。うん美味しい。
「そういやカメラとかはどうする? やっぱり撮るべきだよな」
「できればお願いします」
「……ってかカメラってどこにあったっけ?」
「あ、少々待って下さい」
そう言うと、すっかり朝食を食べ終えた妹は立ち上がって、タッタッタッと小走りにリビングを出て行った。その足取りも心なしか軽く、嬉しそうだった。二階に駆け上がる足音を耳に入れながら、俺は穏やかな気持ちで微笑む事ができた。
「コレです」
十数秒後。
戻って来た妹が手に持っていたそれは。
「お前、コレって……」
「あ、動作は今朝確認しましたが問題はありませんでした」
「『今朝確認しました』じゃねーよ! それ朝俺が着替えてた時に使ってたヤツじゃねーか!!」
「あだだだだだ」
本日二回目の臨界点突破につき、容赦なくアイアンクローを決めさせてもらった。
「……消せよな」
「えー、そんな……って、あだだだだだだっ、消します、消しますから離して下さい兄さん」
と。
「「あ」」
――――ガシャッ。
妹がジタバタした拍子に手から滑り落としてしまったらしい。
それが……その盗撮カメラの唐突な、あまりに不憫で不遇すぎる最期だった。
「「…………………………買うか」」
こうして。
本日の予定が突然にも決定した瞬間だった。




