第五話 『昔話』と「物語」
この話を書いているのは8/6。広島の原爆投下の日です。
69年の間、全世界規模の戦争や核の使用はありませんでした。
このままこれからもそんな日々が、そして争いや悲劇が少しずつでも減っていくことを願うばかりです。
人
さて。
しんみり(?)してしまいましたが、怒涛の第五話、開始です!
橙色はすっかりなりを潜め、空は既に藍色に浸っている。時々浮かぶように光る星を部屋の窓から伺っては、少女――――三咲可憐は溜め息をつく。
(…………なんで私、あんな事しちゃったんだろう?)
思い浮かぶのは今日の昼。
小学生の時以来の少年が戻って来たと教えられ、今までにない速さで会いに行って――――
――――正直、見蕩れてしまった。
『あの時』のわんぱくっぷりが、どうだろう、心地良い冷静さに変わっていた。背も大きくなって、体つきも――ジムに通っているかのような筋肉質ではないが――逞しく、頼り甲斐がありそうだった。
実は先程から思い出しては頬が緩んでいるのだが、少女自身は全く気付いていなかったりする。というか何処か夢想していて自分の世界だ。
やっと気付いたのかブンブン頭を振って寝転がっていた自らのベッドの上で毛布を被って蹲る。
そう、問題はそこではないのだ。
(なな何で逃げて来ちゃったの私――――――――っ!!!?)
カァァァァッと身体が熱を帯び、被っていた毛布を退かして再びベッドの上で転がる。余りの恥ずかしさに悶死しそうな羞恥たっぷりの心を紛らわそうと必死だ。
ゴロゴロゴロゴロ、ゴロゴロゴロゴロゴロ…………。
「うぅーっ…………」
幾ら唸っても微笑ましさしか出ていない。火照りを覆うシーツはひんやりと冷たくて少し気持ち良かった。
「(落ち着いて、落ち着いて私……)」
唇を尖らせ呟き冷静になろうとする少女の姿は何処か小動物を連想させ、何だか可愛らしい。
今の少女の中では、七年も前に置いてきた憧憬に、思い出したように火が点いてしまっていて、とてもじゃないが押さえ付けられなくなっていた。
たった数秒の再開で混乱状態に陥ってしまった少女は、しかしこの翌日に自らが通う学校で件の彼と相見え――――そして気絶してしまうことはこの時は知らない。
取り敢えず、今の彼女の目標はこの「熱さ」を何とか冷まして早く寝ることであった。
明日からは学校なのである。
# # #
時を同じくして。
大山家にて、姉妹の賑やかな喧噪が繰り広げられていた。
「いやぁ~、それにしてもとおるクンカッコ良かったわねぇ~」
「え、えぇ、予想より更に――って、何でお姉ちゃんが先に会いに行ってるのよ!?」
「だって智香、お昼に帰ってこなかったじゃないのよぉ~」
「うぐっ……だって、委員長の仕事が増えて予定より時間が掛かっちゃったのよ!仕方ないじゃない!!」
そんな苦し紛れの、苦虫を噛み潰したような悔しさが滲む台詞に、もう一方はニヤリと微笑む。
「あら、それを言っちゃう?……なら私が先に会いに行っても問題ないわよねぇ~」
だって。
「『仕方がない』んだもの、ね~?」
「な!!?」
してやったりな顔をする五つ歳の離れた姉に足を掬われる妹。
それに気付きながら無視して姉は、
「そう言えば、とおるクンの妹さん、かなりの美人さんだったわね」
更なる燃料を投下する。
この言葉に先程から打ちひしがれていた妹も覚醒した。
「そ、そそそうよ!!妹がいるなんて知らなかったわ!!!しかもその娘も、あ、いやその娘”は”トールのこと、す、すすす好きっていうし、どういうことよ!!!?」
一々自分の台詞に顔を朱くしながら叫ぶ彼女は昼間の自由過ぎる(少なくとも彼女にはそう映っていた)彼の妹の登場に思わず頭を抱えていた。
「大丈夫じゃないかしら」
「何がよ!!?」
パッとすぐさま話に飛びついて来た妹に嬉しく思いながら、その姉は包み隠さず答えた。
「彼だったらハーレムも夢じゃないわ」
「んな――――――――」
姉のあんまり過ぎる言葉に今度は口を酸欠の金魚のようにパクパクさせて顔を真っ赤にしている。さながらリンゴ〇子(出典:『アン〇ンマン』)みたいである。
「ははハーレムだにゃんて、ふ、ふふフシダラだにゃっ!!?」
反論して舌を連続で、しかも思いっ切り噛んでしまう。彼女は涙目でその場に座り込んだ。
「~~~~~~~~~~!!!!」
「あっはは、智香ったらかっわい~~っ!!」
「~~~~~~~~っ!!?!!?」
ツンツンと姉に突かれ弄られている彼女は、しかしそちらに反応出来ない。
実はこの口論(?)の疲れがその夜ぐっすり眠れる遠因になるのだが、今の彼女は目の前の姉への反抗が精一杯でてんで思い付かなかった。
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それから数時間後。
時刻はもうじき零時を指そうとしている。
明かりの落ちた部屋の真っ暗闇の中、少年は布団の上で一人頭を悩ませていた。
脳裏には成長した二人の姿。
(……アイツら二人は今、どんな関係なんだろうか?)
ここに戻って来る上で考えていた懸念点が顔を覗かせていた。
一つは自身と彼女達の時間の溝。
そしてもう一つが彼女達同士の時間の溝。
余り想像出来ないし、したくもないが、チカの言いかけた「可憐」という台詞が過って仕方がない。
もし、「そうだった」場合。
(俺はどうすればいいのだろうか…………)
考えても答えは出ない。
生憎少年は人の心が読める能力も持ってないし、そんなことを可能とする魔法も知らないし使えない。せめて自分の都合の良い展開が訪れることを夢見るしかない。
「結局は、その時にならなきゃ解らない、か」
そう一人納得すると、そういえば風呂に入ってなかったことを思い出した。
(そういや『〇リオカート8』でヒゲと対戦してボロ負けしたんだっけ。アイツ、ゲーム超強いんだよなぁ……)
そんなことを考えてたからだろうか、少年は風呂場のドアを――誰もいないだろうと――ノックもせずに開けた。
開けてしまった。
「は」
声を上げたのは、何故だか少年の方だった。
「……………………」
パンツを穿くところだったのか、前屈みになって――――――――っ!!!!
何か肌色が視界いっぱいに入りそうだった。少年は全力で回れ右をして、「わ、悪い!」ドアを出ようとして、
「にーいさんっ♪」
被害者に抱きつかれた。
「ちゃんす!」
「何故だし!?」
彼、いや彼らの両親は仕事柄、早寝が習慣と化している。よって、今、少年はかなり『T〇-LOVEる』でダークネスな危機に陥っていた。
「別に私は二番目でも三番目でもいいですよ?」
「何故だし!!?というか、は・な・せ!!!」
幾ら妹とはいえ、(身内補正抜きで)彼女は美少女だ。美少女の裸なら見たらマズイ(彼としては何がどうマズイかは考えないで反射で判断した)のだ。
本日最大(?)の災難の前に数秒前までの迷いは霧散した。
今、少年の自分――の妹との戦いの火蓋が、ここで切って落とされた。
# # #
――――輝いていた『過去』はもう終わり。
明日は始業式。
桜並木に囲まれて、彼らは新たな「現在」が紡いでいくこととなる。
さぁ。
七年前の『同盟』の続きを始めよう。
これにて序章と言うかプロローグと言うか、まぁ、冒頭らしきものは終わりました。こっからはガンガン時間が進むはず!
ついでに超今更感ありますが、実は『』は『過去』を、「」は「現在」を、それぞれ象徴する単語に使われていたりします。あ、作品名(何のこっちゃ)も『』ですのであしからず。知ってた?あ、知ってますよね……。
次回は幕間(超短め)と零話(いつもの長さの番外編)の二話掲載です。
お読みいただきありがとうございました。
※誤字脱字表現の誤り等がありましたら感想にてご連絡ください。
随時修正致します。
引き続き、『おさどう』をよろしくお願い致します。




