第10話 「仲介」―A
まさかの執筆時間30分(手抜きでは勿論ありません)。
日常(?)系の素晴らしきは頭を空っぽにして書く事ができるという点でしょうか。……ただ、自分はこうじゃなかったぜという虚しさが結構キますが、まぁそれはそれ。
それとタイトルの「仲介」ですが……実は私、今日の今日まで「中介」だと思ってたんだぜ…………。うわ恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!
なのでこれはその名残です、ええ……。
「ただ単にタイトル思い付かなかっただけじゃ――」
「そこまでよ」
それでは本編、どうぞ。
――気が付けば俺はまたここにいた。
茜色に彩られた、この『世界』に。
目の前の二人も相変わらず立ち竦んでいる……のだが。
「……ちょっと待った」
なんで二人とも成長した今の姿なの? ――と反射的にツッコみそうになるのをすんでの戸頃で呑み込んだ。
しかもチカに限っては昨日会った時に見た服装のままではなく、ミサ同様にしっかりと私立にありがちな紺色のブレザータイプの制服を着用していた。よく見れば見慣れたいつもの手足にいつもの学ラン姿だった。
鏡を見なくても十二分に判る――確実に今の俺は目を点にしてかなり呆けた顔を彼女達に晒してる。
その上、ただ姿が変わっただけではない。いつもだったら幼い彼女達が泣きじゃくって俺を責め立てる内容だったはずなのに、それもまた決定的なまでに違っていたのだ。
具体的には、
「とりゃ――――っ!!」
「ぐほぁっ!!?」
唐突にチカから綺麗な弧を描く回し蹴りを疲労された。当然の如くそれは俺の脇腹に着弾し、真横に吹っ飛ばされて舗装された歩道を転がされる。思わず息を吐き出してしまうがそこは夢、痛みどころか彼女のおみ足が当たる感覚も全くなかった……かなりの勢いだったので正直それにはホッとしたが。
「げほっ、げほっ……何すん――」
「それはこっちの台詞よ!」
「はぃいいい!?」
とはいえ唐突に暴力を振るわれた事には納得できなかったので噛みつくように反論をし――ようとすると有無を言わさず怒鳴られた。ナニソレイミワカンナイ。
「いいから透、アンタはここで正座!」
「え!? ココで!!?」
「い・い・か・ら」
夢の中の成長したチカは理不尽の塊過ぎた。多分昨日ボッコされたのが精神的にかなり効いたのだろう。見事どころかチカだったらあるかもしれないと思わされる超展開っぷりだった。マゾではないが目の前に立つその姿は東大寺南大門の有名なアレだったので有無を言わせてもらえないまま、歩道に直で正座させられる羽目になった。俺の夢はとことんリアリティに富んだ作りにしたいらしく、律儀にこちらを横目で訝しげに見る歩行者を歩かせていやがった。
「…………えっと、この状況は一体なんでせうか?」
「……解らないって言うつもり?」
なんか会社の上司からのパワハラってこんな感じなのかなと思いました、ハイ。
「そんなの、決まってんじゃない――」
俺が無言になったのを見て更に眉を顰め不機嫌さを募らしたチカが言った。
「――アンタがミサにセクハラした事についての謝罪よ!!」
「え……えぇぇぇぇぇええええええええええ!!!!!?」
まさか夢まで引っ張られるとは考えもしなかったぜ! 確かにある意味では印象的だったけども、でもそっちじゃねぇだろ俺!! 予想外過ぎて叫んじゃっただろうが!!!
反射的に俺はチカの隣に立つミサへと顔を向ける。
と、
「…………うっ、……っ」
「…………………………、」
ミサが思いっ切り泣いていた。両手で服の袖をつかんで目をゴシゴシと擦るようにして肩を震わすその姿は、そんな場面に一度も出くわした事ないはずなのにいやに鮮明だった。鮮明過ぎた。
再現率高いなオイ! と頭の片隅でビックリしていたが、それよりもまずその状況によって生じた途轍もない罪悪感に早くも俺の心(笑)が押し潰されそうになっていた。理由もないはずなのに、うん、なんだろうこの俺が悪い感。
「トール君が……ひっく、まさかあんな人だったなんて…………」
その後に「最低です」と言われてたら、多分俺の心(笑)は容易く芯からへし折れ、ガラスのように砕け散っていただろう。そのぐらいに、彼女の涙はダメージがデカかった。デカ過ぎた。
「――ホラ、なんか言う事があるんじゃないの?」
陽に照らされたアスファルトに正座する俺を見下ろして――その実見下げ果てたようにチカはそう言ってきた。どうやら俺の深層心理は余程ミサに悪かったと思ってるようだった。
だったら、するべきは一つだ。
「――――申し訳ありませんでした」
土下座だった。
それも周囲の視線に躊躇せず、硬い地面に額を打ち付けるようにして。
「…………ふぅん?」
数秒、そうしていただろうか。
謝ったミサではなくチカの声が聞こえ、
「え――…………っ!?」
またしても唐突に自分の服の襟をガシッと掴まれ、ありえない力で上に引っ張られた。服の引っ張られる感覚もないのに俺は無理矢理に立たされて、そこで解放された。
と、思ったら。
「とりゃ――――っ!!」
「ぐほぁっ!!?」
更に、もう一度の回し蹴りが脇腹に刺さる。まるでループするかのような現象に困惑するものの――そこで気付いた。
ここは別に歩道ではない事実に。
気付いた直後だった。
「…………………………は?」
揺れる視界の中、先程までいたはずの二人が幻のように霧散し、消失した。
怒れるチカも。
涙するミサも。
彼女達が霧散して。
後に残ったのは茜色を照り付ける傾いた太陽とそれに染め上げられてゆく青空、
それからこの――車道だった。
「――へ?」
そして、
蹴られ横滑りした俺が最後に、
いや最期に見たのは。
真っ黒な、
乗用車。
「―――」
それは止まる気配が微塵も感じられないままに。
俺目掛けて走行して来る。
「――」
声も上げる暇もなく、
俺は――――。
――
――――
「――――――――――はっ!?」
ガバッと起き上がる。目を見開き覚醒した直後、見慣れたようで慣れていない光景が視界いっぱいに広がる。それもそのはず、ここには昨日引っ越して来たばかりなのだから。
「はぁっ……、はぁっ…………」
身体を起こして周囲を一息にざっと見回して、ここが自分の部屋だと気付いて安堵する。同時にどっと疲れが呼気として吐き出される。その息は荒い。緊張で心臓が痛いくらいの鼓動を以って全身に血液を送り、尋常じゃない発汗を促進される。
「はぁっ…………」
幸い冬ほどではないとはいえ四月の朝もまだ寒く、そのひんやりとした空気が頭に冷静さを取り戻してくれる。深呼吸をして、ざわついた心をと体を落ち着かせる。それから額の気持ち悪い汗を拭う。
超展開な上に酷過ぎる夢だった……チカどんだけ怖がってるんだよ。シバかれ過ぎたのが効果覿面だったのかもしれなかった。
視線を動かし、ベッドの枕元のデジタルな目覚まし時計を見れば――日付は四月四日、時刻は午前六時を十数分過ぎたあたりだった。どうりで空気がひんやりしているのか。
取り敢えずベッドから出た俺は、その場で背筋を伸ばし、首と肩をゆっくりと回す。ポキポキ音が鳴るが無視して、一息ついてから部屋の箪笥からタオルと着替えを取り、それから部屋を出る。理由は勿論、この気持ちの悪い汗を洗い流すためだ。描写が嫌なぐらいにびっしょりだったからな。
というワケで、風呂場のドアを開ける。
「あ?」
「えっ」
開けた先には妹がいた。……うん、だからなんで!?
「あれ、兄さん今日は早いですね」
そんな呑気な妹の立ち姿は下着姿と、深夜の時よりはまだマシではあった。
あるのだが。
「…………で、なんでその恰好で抱きついてくるのかねチミは」
「くんかくんかすーはーすーはー」
「ダメだこいつ全く聞いちゃいねぇ!」
すぐに引き剥がす事にし、痛くない程度のアイアンクローで妹の頭を鷲掴みする。
「何をするんですか」
「こっちの台詞だよ!」
言うが早いか俺は妹を風呂場に押し込み直してドアを閉めた。それからそのドアにもたれかかり、ズルズルと座り込んだ。
「…………………………朝から疲れた」
思わず額を押さえながら。
ついでに学校行きたくない――と始業式前から言いそうになった俺だった。




