【番外編】菓子の貯蔵は十分か―e(XTRA)
お
ま
た
せ
……というワケで。
待たせたな(cv.大塚明夫)。
いやー、加筆・修正している内に楽しくなっちゃいまして。気が付けば全キャラ総出演な豪華仕様&(個人的には)驚異の7000字超えとなりました。更にそこで時間ギリギリなのに(23時50分頃)、そこからおまけも無闇に2000時超えで書き出してしまうというからさぁ大変。
……(前書き書き終えて後から数えて)合計10000字突破という私史上最多の文字数を書き終えた辺りでようやく我を取り戻し、気が付けばこんな時間(1時過ぎ)になっちゃいました☆
なので思い切って面舵いっぱい正午投稿ですテヘペロ(殴って、どうぞ)。
そんな――半ばお祭りと化した番外編、最終局面となりましたがどうぞお楽しみ下さい。
あ、今日からは奇数日でこれこそ3度目(?)の正直で午前0時更新にしていきます。……昼間からじゃグダグダだったものですし。今もグダグ――HAHAHA、なんの事やら。
それと#07は#??に相当しますのでその旨もよろしくお願いします。
あっ、あとそうですそうそう!
URL:http://ncode.syosetu.com/n5673cl/
1回大体1000字とかーなーり短いですがこちらの作品(?)も応援よろしくお願いします。
長くなりましたが、今度こそどうぞ。
#10
「……それで、この期に及んでもまーだ何か申し開きでもあるワケ?」
「…………………………、」
「…………………………ちょっと待って」
昼休み終了五分前のチャイムが先程鳴ったというのにも関わらず、依然として十数分前となんら変わらない光景がここにあった。……いや、ハッキリ言ってチャイムとかこの際いっそどうでも良くて、重要なのはどのようにしてこの場を切り抜け離脱するかの一点のみだった。現在進行形で冷や汗が頬を伝うこの状態から逃れられる、そんな何かが。
なぜなら。
目の前には二人。まるで法隆寺の金剛力士像を彷彿とさせるお二人が、ドアの前で仁王立ちしていらっしゃった。勿論お約束とでも言うのか、両手は握って腰に当てていた。
まず阿形――大山智香。
黒髪をストレートに伸ばし、こちらに向く顔は釣り目が映える凛々しい美貌だった。スポーツが好きだからか本人曰く百六十五センチメートルと女性としては大きい背丈と引き締まったボディライン。それでいて二つの母性の自己主張が強かったりもする。また脚がとても綺麗で、こんな今も思わず目が行きそうになるくらいに眩しかった。
次に吽形――三咲可憐。
栗色の長髪をおさげに纏め、前述のチカとは別ベクトルの――『可愛さ』が強い端正な顔を持っていた。その頬などの肌は文化系な彼女らしく陽にあまり当たってないのか白く、とても柔らかそうだった。身体も厚手の生地のはずの制服から解るほどに柔らかそうで、なにより出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいるのがこれまた素晴らしい。特に平均並みの背とのギャップのある、哺乳類の象徴に関してはチカ以上のブツをお持ちになられていらっしゃった。
そしてその二人の前に正座を強いられているのが俺で、視界の端で未だベッドの上で混乱の渦中にある友花さんだった。ちなみに俺が正座してるのは、彼女達に発見された後、のしかかっていた友花さんから引き剥がすようにして引き摺られ、この硬質な床に転がされ、否応なしに正座する羽目というか空気に移り変わったからだ。
「…………さて、覚悟はできてるわよね?」
「…………………………、」
「いやいやいやちょっと待って待って下さいいやホント! ちょっとなんで肩をグルグル回してんの!? 鉄拳制裁とか今時の少年マンガでも失いつつあるような熱い真似をここで再現しなくてもいいじゃん!! ……ってかミサはミサで無言で冷たい目をするのは止めて!!!」
なんなの? 今日はキャラ大放出&大崩壊の日なの!?
「――は」
「は?」
一瞬何を言われたのか、さっぱり解らなかった。
「――いいから歯を食い縛れって言ってんのよ」
「偏見を承知で言わせてもらうけどそれ女子が言う台詞じゃないよね!? あと待ってガチで胸倉掴むのはナシ!!」
「…………とおるクン」
「……は、はい、なんでせうか?」
「…………私もいいかな?」
「何を!? ――ってあー、もう説明は要らないですハイ」
ミサの途轍もなく平坦な声に身体を震わせながらも尋ねると、髪と同じブラウンの瞳に光を失った状態で見つめられながら、可愛らしく小さく細く柔らかそうなお手をぎゅっと握って拳を作られてしまった。いつもがいつもなだけにホントに怖いです。
「あ、あのですね? これには海よりも深い理由がありましてですね――」
「――やっぱ言い訳タイムはナシの方向で」
「何故だし!? というか言い方が酷い!!」
「……被告人には私刑を求刑します」
「だからキャラ! キャラがおかしいよミサ!! というかそもそも弁護人がいない辺りとか普通にズルくね!?」
前門の虎、後門の狼……なんにせよ、どちらにせよ、どうやら俺は確実に『詰み』に入ったらしかった。
……ああ、そうだった。
説明が遅れたが、一応は「チカ」こと大山智香、「ミサ」こと三咲可憐の二人は渾名で呼んでいる時点でお察しの通り、どちらも俺の知り合い――いや、幼馴染みである。
そう、幼馴染み。
「なので恩赦の方を是非とも」
「…………………………はい、じゃあ顔前に突き出すようにしてー」
「……なんで頬に手を添えてるのかねチカさんや」
「じゃ、――――3、2、」
「いや、ちょっ、待っ――――」
「1、」
――
――――
…………だからと言って、彼女達は手を一切抜いてはくれなかった。
寧ろ悪化した気さえした。
しかしこれによって俺はあの謎のピンク色な結界から抜け出す事ができたのだったから…………頼むから結果オーライという事にしておいてくれ。というかアレはなん――思い出すのは止めておこう。
#11
「明日葉…………お前昼休みは寝てたのか?」
四時限目。
担任の東有紀子先生にそんな質問をされた。
身長はまさかのチカより大きく、多分百七十は超えてる。長く黄色に近い茶髪を後ろに束ねてポニーテールにしており、綺麗な首が垣間見える。またキリッと凛々しさよりも厳しさが見てとれる整った顔に薄い銀のフレームが付いた眼鏡が教師らしさを醸し出していた。スーツも綺麗にピッシリと着こなしているのも魅力的だった。タイツを穿いた脚もこれまた美しい。しかし哀しいかな、身体の凹凸は……凹凸が…………。
とにかく、そんな相手にそんな質問を頂戴した。
「…………まぁ、はい」
「そうか……授業中には寝るなよ?」
そう言って有紀子――通称ユキさんは踵を返し、黒板へと向かった。
一体なぜそんな事を尋ねられたのか。
それは多分片頬が真っ赤だったからだろう。
ご丁寧に二人が同じ箇所を狙い撃ちしてきたおかげで、一発で紅葉とはバレてはいないが、やはりそれなりに目立つくらには赤々としてるらしかった。確かに俺自身まだヒリヒリと痺れに似た痛みがするとは感じていた。
「「…………………………」」
ついでに、後ろからの殺気も感じていた。
「…………はぁ」
無意識に溜め息が出た。ついでにお隣は毎度の如く熟睡モードだった……これでテストは上位十番とかこの手のキャラではお決まりのような展開を繰り広げているのだから、世の中は理不尽ばっかだ。
そんな通常運転の中、黒板にチョークで授業内容の総括めいた事を書いているユキさんの後ろ姿をぼんやりと見ながら。内容に飽き飽きとしてた俺は目を瞑った。
瞑ってすぐに思い浮かぶのは――――やっぱり友花さんだった。
つい頭の中で蒸し返してしまう。
なんで急にあんな事になったのかはともかくとして、あの時の友花さんの気持ち。それとあの時の表情が一向に頭から離れなかった。
俺はどうすればいいのか――誤れば良いのか?
「――ヲイコラ目の前でボーッとするな」
「あだっ、」
どのくらい没頭していたのか、気付いた時には教科書の角を思いっ切り振り下ろされた。コツッ! と本気で硬質な部分が脳天にジャストミートした音が拡散した。痛みは拡散してくれなかった。
黒板――いやもう区切りの良い部分まで書き切ったらしく、教卓へと戻り、説明を再会し出していた戸頃だったようだ。これだから前の席は損な役回りだ。
「……ったく。そんな授業態度だとお前にはやらんぞ?」
「……いやどう考えてもあげちゃダメでしょう」
「……は?」
「え?」
「……お前、一体何と勘違いしてるんだ?」
「え……評価の『五』の話じゃ――」
「はぁぁぁぁぁ…………そうきたか。まぁ、確かにそれはお前にはやらんがな」
どうやら会話の内容に丸っきり齟齬があったらしく、滅茶苦茶長い溜息をつかれた。ついでに成績も約束もされてしまった。
「じゃあどんな――」と訊こうとした時だった。
「――ユキちゃんもしかしてくれるんかいな!?」
クラスの、エセ関西キャラの男子生徒の声が上がった。
は? 何言ってんのお前――と思わず声に出してしまいそうになった。
「ユキちゃん言うな。毟るぞ」
「何をや!?」
「――ったく……本当は授業が終了してからにしようと思ってたんだがな、仕方ない」
言いながらユキさんは教卓の方へと向かうと、教卓の中に手を突っ込んだ。そこからカバンを取り出して、更にその中からまた取り出し――た戸頃で、ようやく俺は合点がいった。
取り出したのはキットカットだった。それもパーティーセットだ。
「仕方ないから男女関係なくみんなに配ってやる……まぁ、休み時間にオヤツとして食べてくれ」
「先生愛してる!」
「はっはっは。…………私が独身だからって軽々しくそんな事言うな、剥ぐぞ」
「だから何を!? しかも言ってないし!!?」
また別の男子が騒ぎ出し、それを契機に一気に伝播するようにして教室中全体が程良い喧噪へと包まれていく。一応は隣のクラスから先生が跳んで来ないぐらいは弁えた賑やかさだが、それでもこのクラスがどんなクラスか解るものでもあった。
賑やかな中、窓際で先頭の俺の机の前にまた来ると、ニヤニヤした顔で言った。
「で、お前は要らないんだったな」
「……だから結婚どころか言い寄って来る相手がいないんじゃないですかね?」
今度は袋で叩かれた。
しかし結局はノックダウンした俺の机にもキットカットを置いてくれる辺り、それはそれはとても優しいユキさんなのだった。……なので誰か貰ってあげて下さい。
#12
「……なんでまだそんなに怒ってるのさ?」
放課後、帰り道にて。
放課を報せるチャイムが鳴り響いてすぐにチカとミサが教室を出て行くのを発見し、慌てて追いかけて声をかけるもガン無視された。なんでさ。それ以前に昼休みのアレだっててんで解らないままに怒られた気がして、……だが俺が悪いというオーラを途轍もなく感じているので何も言えなかった。頼みの綱だと思ってた妹にもメールで救援要請を送信したのだが、
『家に帰るので無理です』
と意味不明ながらもバッサリ断られた。その下には長い空白の後に『P.S.面白しろそうなので(笑)』と書いてあった時は携帯を下に叩き付けそうになった。ですよねぇ! あとお前絶対家でまたチョコ量産したいだけだろ…………。
ちなみに休み時間に友花さんに謝り(ついでに忘れていた昼飯回収)に行ったのだが、
『なんの事かさっぱり解らないわね~』
と下手過ぎる芝居と共にもう一つの目的の中身が入ったビニール袋、それと『チョコレートケーキ(手作り)』と友花さん本人直筆で書かれた箱を頂戴した。どうやらチョコだけにチョコっと――どころではなく完全になかった事にしたいらしかった。俺自身もそりゃあなかった事にしてもらえるのならそれはそれで結構なのだが、誰がどう見てもカクカクすぎる動きを考えるともうしばらく引き摺りそうだった。
「…………………………はぁ」
「……何が『はぁ』だって?」
「……スイマセン」
「――――フンッ」
チカは道中ずーっとこんな感じだ。だから何でコイツにここまで怒られなければならないのか…………全く見当もつかない。答えがあるなら――誰か、是非とも教えてもらいたい。
一方、
「(いつにしよういつにしよういつにしよういつにしよういつにしよう…………………………うーん)」
チカを挟んで左を歩くミサは、まるで魔法の呪文のようにブツブツと小さく呟きながらうんうん唸っていて、知恵熱でオーバーヒートしそうになっていた。蒸気を減資してしまうぐらいの見事な悩みっぷりだった。俺は二人の後ろを廻り込むようにしてミサの左隣に行って、物は試しにと小声で話しかけてみた。
「(ミサさんやミサさん)」
「ひゃうっ!?」
「(しっ、静かに)」
「(ととトール君どうしたの!?)」
「(いやさっきから何悩んでるのかなー、って思って)」
「(な、何の事かなぁ)」
視線をガッツリ明後日の方向へと逸らして、ミサはとぼけたように首を傾げた。……バッレバレの嘘はやめーや、目が勢い良く泳いでるぞ。
とはいえミサの方は機嫌が快復していたみたいだし、折角だからもう少し訊いてみるか。
「(それとなんで隣はあんな激おこなの?)」
「(……それは私にはなんにも言えないなぁ…………)」
「(え、なんでお前もまたそっぽ向くの?)」
「……聞こえてるわよ」
「ホントにスイマセンでした」
――って、え? マジでこのまんま番外編終わっちゃうの?
…………………………嘘だよね?
「…………」
「…………」
嘘だと言ってよ、バーニィ!
#13
そんなこんなで女子二人と一緒なはずなのに割と寂しい帰路も、数十分経った今ではすっかり俺達三人のそれぞれの家が見えてきていた。……どうやらマジみたいです、みなさん。
「…………、」
正確にはもう既に我が家の目の前まで辿り着いてしまっていた。思わず溜め息をついて自宅の敷地内へと足を踏み出そうとして。最後にせめては挨拶と、それからよく解らないなりに謝――――ろうとした直前だった。
「チカとミサ、今日は――」
「……仕方ないわね」
「は、はいトール君っ! こここここコレ!!」
二人同時に何かを胸板に押し付けられた。唐突に突き出されたそれを確認してみると、チカからは青、ミサからは赤の包装紙で装飾された――どちらもクッキーなどのお菓子を入れたラッピングをグイッと手渡された。
「…………え?」
不意な事態に、戸惑いが生じる。まるでこれが夢だとでも疑わんばかりに二人の顔を交互に、何度も見てしまった。しかし彼女達の照れや恥じらいでほんのりと紅くなった表情を見る限り、これは現実のようだった。
「こ、これって……?」
「……言わなくても解るでしょうよ」
「バレンタインですよ、トール君」
いやそれは知ってる。
知ってるのだが。
「てっきりお前らからは貰えないもんだとばかり……」
「……昼休みのあの一件で渡す気が一回ゼロになったけどね…………それと、拗ねてゴメン」
「折角作ったので、貰って下さい」
しかも手作りだった。
…………そっかぁ。手作りかぁ――――って、一旦ストップ。
「て、手作り?」
「な、何よその心配そうな顔は! 一瞬幸せそうに貰ってたじゃない!! そのままの顔で素直に貰っときなさいよ!!!」
確かにチカの台詞が正論なのだが…………ねぇ?
「(トール君、袋! 袋見て!!)」
「え?」
錬金術師のチカは無視するとして、耳打ちしてくれたミサに言われて見れば――どちらも色違いではあるものの同じ包装紙を用いていた。
「(って事は、)」
「(そういう事です! 私がしっかり確認しながら作らせましたから安心して下さい!!)」
「(そうか! なら安心して食べられるな!!)」
「……聞こえてるわよあなた達」
じゃあ、私はこれで――そう言ってチカは踵を返して自宅の門を開けて入っていこうとする。
「じゃ、じゃあ私も!」
ミサもミサで自宅の玄関まで走って行ってしまう。
「ちょっ、ちょっと待った!」
「な、何よ……私にはこれから靴を脱いで手を洗う日課があるのよ」
「わ、私もっ」
「そんなのみんなそうだよね? ――って、そうじゃなくて、」
そんな二人に――――。
「ありがとう」
これだけは、言っておく事にした。
「なんか途中機嫌悪くさせちゃったみたいで、それも合わせて謝らせてくれ――――そして、チョコ、ありがとな二人とも。大事に食べさせてもらうよ」
「う、ぅぅぅぅぅううううう~~~~っ! うっさい!!」
「えぇ――――っ!?」
「近所迷惑だよトール君!」
「なんでさ!?」
「「そっ、それじゃっ」、じゃあねっ」
「え、あ、ちょ…………っ」
止める間もなく二人してパタパタと家に入って行ってしまった。
…………なんでさ。
「あっ、そうだ中身見てなかったな」
気付いて俺は二つ纏めて開けてしまう。それぞれ包装紙と同じ色のリボンで口を締められてただけだったから、開封は容易かった。
さてさて、そんな中身は…………………………。
「おっ」
クッキーだった。濃い茶色だから生地の時点でチョコ味が楽しめそうだった。チカのはやや形が崩れてはたものの錬金されたワケでもない、努力の証が読みとれる二重に嬉しいものだった。ミサの方は更に工夫を重ねてあって、星型や菱形など形を変えてあったり、またチョコチップが一緒に練られてあったりと実に美味しそうな出来だった。試しに両方それぞれ一個ずつ口に入れてみる。
「うん、美味い」
サクサクとしながらも苦味のあるチョコで喉に絡まず飽きさせない、それでいてほのかではあるが確かな甘さが絶妙だった。貰った事による嬉しさの補正もあるのかもしれないが、市販の商品よりずっと美味しかった。
#14
今年も今日は色々あったが、みんなにチョコを貰えた――それを思い出しただけで自然と全身に活力が湧いた気がした。友花さんとも、平常運転で接して……いいのかなぁ?
さて、と。
もう一口。
「うん、美味い」
再び〆るようにそう言って、俺も家に入る事にした。
外は寒い。
そのはずなのに、僅かだが温まった気がした。
#15(おまけ)
「ただい――ん?」
ポカポカとした気分のままに慣れた動作でカバンから出した鍵で開け、玄関に入る。と見慣れないものが目に飛び込んできた。
「…………郵便物?」
やけに物々しいというか仰々しいというか。大きさはティッシュ箱サイズだが如何せん梱包がまさに手に持っているチカとミサのより慎重な扱いだったからだ。もしかすると『割れ物注意』とでも書いてあるのかもしれない。
「…………、俺のだ」
しかし見れば宛先――宛名は明日葉透。詰まる所の俺だ。
そして送り主は――――、
「み、水無瀬…………」
水無瀬幸。本編を既に知っている面々はお分かりだとは思うが――俺は七、八年前にこの地を引っ越し、また去年の四月に戻って来た人間だ。そしてその空白の八年をただ無為に浪費したワケでなく、ちゃんと友達――いや「親友」と呼べさえする存在も作る事が出来た。その相手が水無瀬だった。
容姿としては青みのある黒髪で、ショートなボブ。機会を連想させるぐらいの鉄面皮なのに、チカやミサや希などの所謂美少女の中に放り込んでも全く遜色のない美貌。その顔を台無しにしないどころか更に昇華させる黒縁の眼鏡。背は小さ目で小柄、中学生料金で通ってしまいそうだった。つまりは胸も以下略。
そんな彼女のニックネーム「サチ」。そのサチからの郵送だった。
「うーん解らん」
サチと言えば俺と同等の――それでいてこの作品の登場人物で唯一俺と本の話題でついて来れる存在である事と、超々々々々々々々々々々毒舌家な事の二択だ。ハッキリと断言できる……だからこそこの中身が見当も付かなかった。
「いや…………やっぱ解らん」
ので開封して箱の中の真実を事実へと確定させる事にした。
すると、
「…………なんだこりゃ?」
松田優作のような名演技とはいかなかったが、思わずしてそう言ってしまった。
取り敢えず箱の中身としては、
一枚のメモと更なる梱包
だった。
「…………謎解きかよ!?」
ディナーの後に血の匂いとセットでありそうなのだった。
「……つーかこんなんだったら梱包一個でいいんじゃね?」
開けた梱包の中ピッチリに黄緑に白の水玉模様の梱包で包まれており、この間――隙間に手紙が挟まっている、そんな中身だった。
……とはいえここは定番(?)の手紙から。
文章は以下の通りだった。
『久し振りですね。
14日はバレンタインらしいので、取り敢えず毎年家族以外で一つも貰えない憐れすぎる貴方に、仕方なく嫌々ながら送っておきますね。
まぁ、文句なんて貴方に言う権利はありませんが。そもそも人権が保障されている事に驚くくらいですが。
それでは。
食べ終わったら感想をメールで教えて下さい。
貴方のような人間に不味いと思われたら一生の恥ですので。
それでは。 』
「――――」
思わず左右に引き裂きそうになった。が、大人で冷静な俺は深呼吸で怒りを鎮めろ。その後、今度はもう一つの梱包の開封に取り掛かった。
そちらには……、
「おおっ!」
抹茶じゃん!! ――と思わず叫びたくなるぐらいの抹茶だった。ホント、マジ抹茶万歳。
中身は抹茶生チョコだった。濃厚そうな抹茶のパウダーがふんだんにかかっており、チョコレートも綺麗なハート型。それを形が崩れないように型に入れての郵送だった。成程、成程成程。流石は作中料理四天王(ミサ・サチ・希・友花さん)の一角――枠外からとんでもないパンチを仕掛けてきやがったぜ…………!
「――これは美味いだろ」
ミサと同様、見なくても解った。
これも一口いただ
「――兄さん! なんで風呂場に来ないんですか!!」
「――――はぁっ!?」
こうと舌鼓を打とうとした直前の良いタイミングで、唐突に妹に理不尽な罵倒を浴びせられた。なんでさ。
仕方なく俺は箱を綺麗に閉じて妹が呼ぶ――妹の声がする風呂場へと向かった。
「なんだ――――」
「ふっふっふ」
到着した俺の視界に入ったのは、風呂場のドアが全開なまま立つ妹の姿だった。
…………勿論、全裸で。
「――はぁぁぁぁぁああああああああああっ!?!?!?」
予想外過ぎて顎が外れそうな叫んでしまった。
特に、
「兄さん――――」
妹が全裸という事
「私を――――食・べ・て♪」
――――だけではなく、全裸の上に顔を除いて全身に液体状のチョコレートを被っていたからだった。
まるでチョコレートのドレスを着ているようだった……全然隠せてないけど。
「お、まえ、まさか…………」
「ふっふっふ。その通りですよ。今朝の大鍋いっぱいにチョコレートを作っていたのは伏線だったのですよ。すぐに帰って来たのはコレを再び融かして浴びるため……これぞ完全犯罪ですよ兄さん。詰めが甘いです。チョコだけに」
確かに。
確かに――風呂場に近付けば近付くほど、甘ったるい胸妬けを起こしそうな強烈な匂いがしたと思ったワケだ。
なんて事だなんて事だなんて事だ…………。
満面の笑みでそんな恰好でそんな台詞を言う妹の姿に思わず頭を抱えそうになった。これこそ嘘であってほしかった。
が、
「…………お前、後で母さんに怒られても知らねーぞ」
「あ」
この一言で。
ピシィッ――――と妹がチョコレートごと固まった気がした。
「それに、排水口詰まっても知らねーからな」
「…………………………」
「じゃーな」
「待って下さい兄さんお願いですなんでもしますから!」
「お前の場合マジでなんでもオーケーだから怖いんだよな!」
「可愛い妹のためだと思って!!」
「自業自得だしそもそもカバーできる範囲を飛び越え過ぎなんだよ!!」
チョコ塗れのままゾンビみたいに縋り付いて来た妹に掴まれるよりも速く、そう言って俺はピシャリと風呂場のドアを閉めた。
今度こそ、めでたしめでた……し?




