第09話 「意中」―C
遅れてスイマセン。
その代わりと言いますか、いつもの文章よりボリュームはあります(だから遅くなったとも言う)。
さてさて次回はなんと――――っ!
怒涛の午前0時投稿!! 0時投稿ですよ奥さん!!!
果たして自ら首を絞めるような宣言を言って大丈夫なのか私!?
ではでは次回も4649です☆
結果だけ言えば、幸いにもPS4の損傷はゼロだった。突然の据え置きゲーム機の登場には驚いたものの、ゲームが好きな俺達兄妹は突然に降って湧いた転校祝い(?)に目を暗く輝かせていた。……それ以前に親父はいつゲームをやる暇あるんだよ、しかも『CoD』ってかなりやり込まないとダメなタイプな内容だったはずで…………。それはさておき計画ミス&偶発的な無駄遣いの露見によって、無様過ぎるヒゲに合わせるために急遽、今日の夕食が激辛麻婆豆腐に決定された。そう、ヒ――親父は辛い物が大の苦手だったりする……というかただ単純に舌が子どもなだけだろ、アレは。
閑話休題。
そこでモノ言わず『私は悪い事をしました』と書かれた小さなホワイトボードを首から提げて硬い床の上に正座させられている親父を無視して、俺達三人は夕食作りのために台所へと赴いていた。しかし実際に調理を担当するのは俺ではなく妹と母さんで、寧ろ俺は皿洗いしかできない自負しかなかった。それは小学校の頃に俺自身がやらかした事が関係があるワケだが……その話については追々語られるのかもしれない。それに、俺はただ皿洗いに徹するだけではなくて、料理の度にしっかりそのレシピ――材料・器具・工程・時間を注視している。だからいざという時は作れる、はずだ。最もそんな時は来ないで欲しいのが本音だが。
と、そろそろ仕上げに差し掛かるようなので皿を食器棚から出して洗って水気もしっかり切る。すると丁度できたらしくフライパンを持つ妹が近寄ってきたので慣れた動作で場所を空ける。妹も慣れた手つきでその白い皿によそっていく。すぐに麻婆豆腐のしつこくない辛味を含んだ香ばしさが漂い始めた。
「…………あれ?」
「? どうかしましたか兄さん」
「いや、さっき作ってるのを横目で見てた時から思ってたけど……いつも通りの作り方なのな」
「サラッと横目で見てると言わないで下さい……それがどうかしましたか?」
「だから、辛くするって話だったじゃん」
親父のだけな。癪な話だが俺も辛いのは苦手だ。
「兄さん、ご安心を。辛くするのは今ですよ」
「じゃっじゃーん!」
年甲斐もないそんな台詞と共に母さんが割って入って来た。見れば手に何か持ってらっしゃる。一見して塩・胡椒のアレかと思ったが、違う。なにせ、見るからに赤々しいのだ。持つ指の隙間から窺える商品名を見ると――――、
――――『思わず顔から火が出る!? 超激辛☆タバスコ』。
……どう考えてもそれは顔じゃなくて口からだろとか言いたくなるのはさておき。頭の悪そうなそのネーミングを見て、思わず頭に手をやってしまった。できる事ならこのまま後ろに倒れたい気分だった。
だから母さんも母さんでなんでそんなもの買ってるんだと。どうやら我が家の無駄遣いの一斉摘発を行った方が良いのかもしれない気がして仕方ない。ただ我が家のヒエラルギー上男衆二名に軍配がないのはとうの昔に思い知っているので言及はしないし、できなかった。
「フフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフフ」
その間にも母さんは生き生きとした笑顔(その実負のオーラ全開)で化学薬品と言われたら信じてしまうくらいに毒々しく真っ赤な液体を――あ、零しやがった。おかげさまで親父の分だけ頭を疑う色彩に変わってしまっていた。…………ここまで来ると流石の俺も同情する。チラリと隣の妹を見ると、いつも通りのダウナーな表情だった、がよそり終わって空になったフライパンを握りっぱなしで硬直していた。よくよく見てやれば心なしか顔は青ざめていて、手の震えからかフライパンが微かに揺れている気も、する。かなり珍しい状態だがその気持ちは凄く良く解るので何も言えなかった。ぶっちゃけ俺も手が震えてるし。
…………ヒゲの夕食がカップ麺に決定した瞬間だった。
空の橙がなりを潜めて藍に移ろいだ頃。
すっかり暗くなった部屋で、ひとつだけある窓から薄く浮かぶ星を見ながら。ベッドの上でシーツを頭から被って包まって――三咲可憐は溜め息をついた。
(…………なんで、私)
思い返すのは数時間前の事。
――――正直、見蕩れてしまっていた。
背はすっかりと伸びていた。筋肉質で鍛えているというほどではないが、逞しく、頼り甲斐がありそうな身体。と、そこまで鮮明に思い出しただけで頬が緩んでいくのが自分自身でさえも解った。だからこそ思い出しては羞恥のあまりシーツに包まってはゴロゴロ、を先程から繰り返していた。
(……どうしよう)
ゴロゴロゴロ。
(ど、どどどどうしよう…………っ!? 急に逃げるように帰っちゃってみんなに失礼だよねというよりトール君に失礼なワケででもトール君はちゃんと私の事を意識してくれているワケでってそうじゃなでしょ何考えてるの私!!?)
ゴロゴロゴロゴロゴロ…………。
転がる度に恥ずかしさで熱くなる肌にひんやりとしたシーツが触れ、心地の良いアクセントのある冷たさを感じる。
のだが。
しかしそれで少女――いや乙女の悩みは止まらず、依然加速するのみだった。
時を同じくして。
こちらでもとある乙女が喧噪を繰り広げていた。
場所はとある少年の家の隣。そこで大山の苗字を冠する二人の姉妹が繰り広げていたのだった。と言っても一方がニヤニヤとした笑みでからかうのに対し、もう一方が悔しそうに噛みついてくるだけ……の気が、しなくもないが。
…………というか、事実その通りだった。
「――べ、別にそんなんじゃないしっ!?」
「口ではそう言っても、本当はどうだかね~」
妹である大山智香が必死に、しかし表情までは偽れないままに否定を試みる。その対面にゆったりと座って優しそうに微笑む姉の大山友花は、それを適当に受け流してゆく。
「そういやね~」
「な、なによ」
「とおるクンの家に見た事のない女の子がいたわよ~」
「…………………………は?」
「嘘じゃないわ~」
「……はっ、は――――っ!? はぁ――――っ!!?」
「信じられないなら一緒に確認しに行ってもいいわよ~?」
「こっ、断るっ!!!! ――――って、」
嘘でしょぉおおおおおっ!!!? と言う悲鳴が、夜の一軒家に響いた。
今日も今日とて、平和そうでなによりだった。
それから数時間後。
乙女達の思考の渦中にある、彼女達の悩みの種である少年もまた悩んでいた。
ベッドに全身を預け、手を差し伸ばすように上に掲げながら。少年はその右手を目を細めて見つめながら、考える。考えてしまう。
脳裏に浮かぶのは二人の幼馴染み。
彼女達は七年前とはやっぱり違って、やっぱり大きく、なにより美しく成長していた。見た目だけの変化だけであれだ。だとすると…………、
(人付き合いというか『そういうの』もやっぱり……)
そして、
(二人はどんな風に俺の事を思ってるんだろう?)
少年の悩みはそれに尽きた。少年自身の存在は二人にとってはただの過去の遺物で、本当は邪魔なのではないか――そんな嫌な想像が浮かんでしまう。なまじ七年前とはいえ交流があったからこそ。なまじ彼女達が少ない時間ながらも優しさを垣間見せてくれたからこそ。答えなど到底自分じゃ出せないような、そんな問いを。
と、そこでメールの着信を告げるバーブレーション音が暗闇の中、少年の鼓膜を揺さぶってくる。それで泡のように膨れ上がっていたものが一息に割られてなくなった気がした。起き上って部屋の電気を点けてから、机へと向かう。机の上に無造作に置かれたガラケーを取って開く。
『貴方の好きなように、為せば成るのでは? いつだってそうしてきたでしょう?』
向こうでできた数少ない、自分で胸を張って「親友」とまで言える存在からだった。
思わず、少年は笑みを浮かべてしまう。
(そうだったな)
すぐに感謝の意が伝わるであろう文面で返信をする。そこで携帯を閉じ、机に置いた。
そうだ。
少年には当然の事ながら異能の力なんてものは一切宿っていない。人の心の機微を読み解く能力も魔法も生憎と手元にはないし、そんな技能も全くない。人との出会いに関する運は人一倍あるような気がしないでもないが、あくまでそれは「気がする」程度で所詮は平々凡々の一人だ。精々が自らの都合の良い方へと展開が流れていく事を願うくらいしか、それに向かって人の範囲内で動くしか、できない。
――――ならば、だ。
ただ夢を、可能性を思い描くだけじゃなくて。
その考える暇を一歩でも動く方に使うべきだ。
「結局は、その時にならなきゃ解らない――か」
メールの通り、そうした方が良さそうだ。
そうしてアッサリとひとつのメールで悩みを断ち切った少年・明日葉透はそこで思い出す。
「……あ、風呂入ってないじゃん」
夕食を食べ終えてからはずっとリビングで妹の希と『大乱闘スマッシュブラザーズ for WiiU』をずっとプレイしていたからすっかり頭から抜け落ちていた。ムキになってやり過ぎたのが原因だった。ガチ部屋仕様なのもそれを加速させていたのかもしれない。
そんなこんなで何も考えず、透は風呂場へと足を運んだ。部屋を出て階段を下りて左の曲がって脱衣所の扉をノックもせずにガチャリと開けて――――、
「は、」
声を上げたのは、何故だか少年の方だった。
「……………………は?」
パンツを穿くところだったのか、前屈みになって――――――――――っ!!!!
何か肌色が視界いっぱいに入りそうだった。少年は全力で回れ右をして、「わ、悪い!」ドアを出ようとして、
「にーいさんっ♪」
被害者に抱きつかれた。
「ちゃんす!」
「何故だし!?」
彼、いや彼らの両親は仕事柄、早寝が習慣と化している。よって、今、少年はかなりTo-LOVEるでダークネスな危機に陥っていた。
「別に私は二番目でも三番目でもいいですよ?」
「何故だし!!? というか、は・な・せ!!!」
本日最大(?)の災難の前に数秒前までの迷いは霧散した。
今、少年の自分――の妹との戦いの火蓋が、ここで切って落とされた。
# # #
――――輝いていた『過去』はもう終わり。
明日はいよいよ始業式。
桜並木に囲まれて、彼らは新たな「現在」が紡いでいくこととなる。
さぁ。
七年前の『同盟』の続きを始めよう。
信じられるか?
実はコレ、『学園』ってタグ付けてるのにやっと始業式なんだぜ?




