第06話 「面会」
最中は嘘つきではないのです。
間違いをするだけなのです……。
「……、」
もぞっ、という音でも聞こえてきそうな緩慢さで動いたかと思えば、
「…………はっ!?」
跳ねるようにして俺は起きた。一瞬見慣れた自分の部屋ではない事に違和感を覚えたが、すぐに思い出した――そうだ、ここはチカの部屋だ。
「……」
部屋全体をグルリと見渡す。
家具や装飾は、殺風景とまでは言わないが(この表現はあまり好きではないが)年頃の女子高生のイメージとはズレた、至ってシンプルなものだった。強いて言うならば、先程出されたティーカップやそれを運んできたトレイなど――友花さんが日頃から使っているらしいものが白を基調としていたのに対し、チカの部屋はクリアな青色だった。解りやすそうなので『どう森』的に言わせてもらえば、ロイヤルシリーズとブルーシリーズ……みたいな? ちなみに俺は和風シリーズ派だ。更に蛇足すると、俺は金の道具系コンプがデメキンの所為でできなかったりした。許すまじ。
……とつまらない蛇足が入ったところで、今更ながらに「そうだ」と思い出した。
そうだ――。
「チカは……?」
よくよく観察してみれば、窓付近のハンガーには制服の上下一着が引っ掛けられていて、慌てたように正面の衣装箪笥は少しだけ開きっ放しだった。どうやら俺が倒れている横で着替えたらしかった。
「――――、」
『向こう』でも度々感じた、女子特有の『甘ったるい』匂いというか空気というか雰囲気というか――ともかくそれも手伝って唐突に浮かびかけたナニカを振り切るようにブンブンと首を左右に振って、俺は飛び出すようにその部屋から逃げ出した。
「――で、ヒト様の部屋に勝手に押し入って、一体何の用よアレは…… お姉ちゃんの新しい彼氏?」
「もちろん違うわよ~。……それより~、『愛しの』とおるクンに向かってアレ呼ばわりはないんじゃないの~?」
「へ? え――って、ちょ、うう嘘でしょ!? ……いいいやいやいや、違う! そもそも『愛しの』とかそんにゃんじゃにゃいわよっ!!!?」
「まぁ~、智香ったらすっかり動揺しちゃって~」
「どどど動揺なんてしてにゃいわよ! 適当な事言わにゃいで!!」
「あはは、『にゃ』だって~」
「わっ、笑うんじゃないわよっ!!」
「………………………………………………………………………………………、お前なぁ」
「「あ」」
大山家――一階・リビングにて。
紳士然たらんとする俺が一階に下りると、まさかの(いやホントにまさか過ぎる)七年来の再会をば果たした目の前の釣り目少女・大山智香――チカは、いつの間にやら友花さんの待つここに戻って来ていて、仲良く(?)談笑していた。
二人とも、明らかに今俺の顔を見た瞬間ちょーっと目を離したよね、うん。
元はと言えば、元を辿れば友花さんに『お願い』されて俺は行った訳で。ドアだって確かにノックしたし、模範解答の丸写しのように基礎に忠実に丁寧に動いた筈だ。しかもアレは完全なるアクシデントなのであって、誰が悪いとかなくないか?
結論を言えば、――――酷くね?
「(……まぁ、それ言ったら俺の身がアブナイからなぁ)」
『残酷な表現あり』のタグは付けたくなかったりするので自粛はするけども。それ以前に誰が好き好んで痛い目に遭いそうな台詞を吐きますかってんだ。
「? 今なんかヘンな事考えなかった?」
「イ、イイイヤ、ソンナ事アリマセンノ事ナノヨ!?」
射殺されそうな、すすきの辺りでは『ご褒美』になりそうな底冷えする視線を手向けられたので、俺はちょっぴりオネエっぽい言葉遣いになりながらも、首をブンブンと振って容疑を否認した。
…………怖いわ。
そう心の中だけで思いつつ、改めて目の前に座る美少女――大山智香ことチカを一瞥する。
身体は健康そのもので何より、特に脚に美しさとして反映されているのがなんとも素晴らしいの一言に尽きるほどだ。ダボッとしたパーカーからも判別できるボディラインからもそれは読み取れる。フードを被らずとも道行く人に声をかけられそうな、モデルも裸足で逃げ出すだろう。
それでも、先程から放たれる言葉とは裏腹に可愛らしくマグカップを両手で持って口をつけるその顔――いや美貌も、シミは勿論の事ホクロの一つもないこれまた瑞々しい肌で、フードを被っていない事にただただ感謝するばかりだった。おかげで不機嫌そうな表情をつくっていても全く遜色ない美少女っぷりを拝めるというものだった……一応言っておくが、俺はマゾじゃない。
「? ……何よ」
「いいや」
なんでもないさ、なんでも――――。
そんな事を考えながら俺が、注ぎ足された紅茶に口をつけていた頃だ。
「あっ、そう言えばそうだったわ~」
ここで、流れを断ち切るように唐突に友花さんが声を上げた。何が「そう言えば」なのか全く解らないのですが――と俺が尋ねようとすると、
「さっき電話で可憐ちゃん呼んどいたわよ~?」
「「…………」」
直後だった。
――――ピンポーン。
大山家のインターホンが、さっき我が家ので聞いた時よりも大きく鳴り響いた気がした。
「「…………」」
「あら~? もう来ちゃったみたいね~?」
お菓子まだ並べてないわ~、などと呑気極まりない事を言って台所へと向かう友花さんを尻目に、散々いがみ合っていた俺とチカは打ち合わせもせずに揃って黙った。それからお互いを見て、友花さんの去って行く姿を見て、もう一度お互いを見て。
一度深呼吸をしてから、言う事にした。
「「えぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええっ!!!!!?」」
ちょっと待ったホント待ていいから待とうよお願いですから待って下さいってばちょ、まっ、――――急展開過ぎるだろ!?
「「いやいや、いやいやいや!」」
「あら~、二人とも仲いいわね~ ちょっとお姉さん嫉妬しちゃうわ~」
馬鹿を言ってる場合か! 聞いてないからそんな話!!
俺が急過ぎる第二(厳密には第三)の再会に硬直している内に、アクションがあった――――チカだ。
「ちょ、ちょっと待った!」
「な、なんだ!?」
「あ、アンタにいきなり会わせるなんて、何か嫌な予感がするわ!」
「なんだよソレ!?」
「だってアンタ…………………………み、見たじゃない」
「あ? …………………………、あー」
「っ!? いいい今アンタ絶対ヘンな想像したでしょ!!?」
「え、あ、いやお前が蒸し返すような事言うからコレは不可抗力だろ!?」
「いいから私が応対するから!」
「まず俺との応対が理不尽過ぎだろ! コッチからなんとかしてくれよ!」
「い、いいからアンタは黙って静かにそこで正座してなさいよ!」
俺の反論を悉くぶっつぶしてリビングを離脱して玄関へ向かうチカに、思わずポカーンと呆けてしまう。
…………って、ちょっと待て。
三咲可憐――――ミサは俺と会うために来たんじゃないっけか?
いや自意識過剰とかそういう話ではなくて。
…………。
「ちょっと待ったぁああああああああああっ!!!!」
「え、な、なによ、ちょ、まっ――!?」
まるでスペインの闘牛のように。まさに猪突猛進といった勢いで俺が対応に向かう――と、てっきりもう玄関まで行っていたと思ったばかりにリビングを出てすぐを歩くチカ目掛けて、本当に勢い余って突っ込んでしまった。
「――危なっ!」
勿論自分が、と言う隙間もなくぶつかり(幸い当たり具合は強くはなかった)、そのまま倒れそうになる、のを瞬時に腰に手を回して阻止する。
「す、スマン……大丈夫か?」
「え、ええ…………………………え?」
こっちが悪いのにこういう時はキョトンとしてて不意に可笑しさが込み上げてきた。その所為で今の状況と、それから間を置いてからのチカの疑問符に反応できなかった。
そして――――。
「あ、本当に開けっ放――――――――え?」
ましてや、見ようによっては腰を抱き寄せてキスをしようとしているようにもとれる俺達の体勢は変わらないまま、多分どうせ友花さんにインターホン越しに「入って良いわよ~」なんて言われたらしかった『彼女』が大山家の扉を開く事になることなんて、更に思いもよらなかった。
急・展・開☆(キラッ)!
……ホンッッッットにごめんなさいっ!!!!
この回も後で書き直すから許してorz




