……
「ふむ」
四月三日、太陽の高度が落ち始めた――午後に差し掛かった頃の事。
「ふむふむ」
明日葉家――彼ら一家の中で言う『一号』の玄関にて。
一人の少女がちょこんと座っていた。他でもない、明日葉家が長女、希だ。
彼女は座ったまま、当の――今しがた引っ張られていった兄が出て行って鍵の閉まってない、少し開きっぱなしの扉を見つめていた。唸る姿も相俟って、まるで御主人様の帰宅を純真に待つ犬や猫のようだった。耳はピコピコと、尻尾はパタパタしていたかもしれない。事実、『ご主人様』という点においては完全に一致していたが。
「ふーむ……」
兄を引っ張っていった下手人であるご近所さんは、確かに『お姉さん』らしかった。家族がどうのこうのよりも、色々と包容力が凄かったという意味で、だ。同性から見てもこれだから、被害者である彼女の兄はどうなのやら。
彼女――明日葉希は、兄にとって『都合の良い女』になりたいと真剣に思っている。恐らく昨今の受験生よりも。
だからこそ、彼女にとって一連の騒動は面白くなかった。兄に遊ばれるのは良いとして、兄で遊ばれるのは快く思えないのだった。
とはいえ。
(……まぁ、あの兄さんの事ですし、問題ないでしょう)
既に結論は出ており、現在はその点では全く悩んで――唸ってはいなかったのである。
さて。
(……どちらも自分の部屋の荷物整理がまだまだかかりそうですね)
スタッ、とその場から軽やかに立ち上がった彼女は、まず耳を澄ませた。次にリビングに静かに向かい、周囲を――特に彼女の両親の部屋のドアを注視した。そして、ある事を思い付いては目を輝かせてニンマリと笑った。
――そう、彼女はそもそも悩んで唸っていたのではない。両親が動けなくなったこの瞬間を待っていただけである。
目的は、兄の部屋。
(……兄さんの持ってきたえっちいものを探すのも良し、兄さんの布団に巻き付くか潜るかして私の匂いを――いや兄さんをここで出迎えるというのもそれはそれでありですふふふふふ)
……彼女は恍惚と、満面の笑みで幸せそうだった。
はい、VSSです。
…………えっと、以上です、はい。
……最後に一言。
「コイツは手遅れだ……」




