第03話 「祥応」
今日はコミックス発売日だったからなのか、ジャンプな内容が多いかもしれません。鼻で嗤ってやって下さい。
……あ、別に服装の部分は違います。確かに麦藁帽子被ってますが。
#03
『シュレディンガー(シュレーディンガー)の猫』の話は有名だろう。
箱の中を開ける――観測するまで箱の中身あるいは状態(この話では猫の生死)が不明であるという思考実験の事だ。実際はこれは量子力学の確率的解釈の批判の、いわゆるたらればな話であって本当に猫を残虐に殺したワケではないのだがそれはさておき。
今回俺はゲフンゲフンなゴホン(ご本)を本棚の奥へと押し込み施錠した(奥が金庫式になっていて、購入当初の俺はテンション上がりまくりだった)俺は、インターホンの機械的な音に促され、玄関に向かい扉に手をかけていた。
能天気にも7年振りの土地だというのに誰とも――てっきり郵便とか遅れてやって来た引っ越し業者が荷物を持ってきたとか場違いもいいところな思考回路で応対しようとしていたのだ。
そう、『シュレディンガーの猫』のような可能性は世界が外には数多く存在するというのに、だ。
だから。
俺は我が家の門戸(?)を叩く存在を視界に収めた瞬間――――
――――フリーズした。
#04
「やっほ~」
朗らかな笑顔と共に、やけに間延びしたソプラノボイスで宣誓した訪問主は、いつぞやか想像――妄想した、麦藁帽子に白のワンピースを着た、大人な女性だった。
左目の下に泣きホクロ、潤いタップリな唇の、おっとりとした端正な顔つき。
後ろ首で綺麗に整って切られた、鮮やかな黒髪。
頬に当てている、白くて細くて柔らかそうなお手。
品を損なう余分さが微塵たりとも見てとれない、いっそ見蕩れてしまう上半身。
華奢と健康の2つを連立というか両立させている腰。
そんな腰から伸びる、スラッとした脚線美。
……………………………………………………そしてそれからなによりも。
ワンピースを(物理的に)盛り上げる、母性の象徴たる2つの塊。
正直に言おう――思わずクラッときた。グラッとも揺れたかもしれない。
(とてもじゃないが「アイツ」の前では言えないし、言ったら殺されるが、)ついこの前まで住み慣れていた向こう――宵宮市では見慣れない、中々お目にかかれない絶景がそこにはあった。何てこったのテラコッタだった。はだけることなく真っ白な服に包まれ隠されたそれは松本乱菊のそれではなく、井上織姫のそれであった。
何てこったのテラコッタ、コイツが真正の「清楚系」か……「清楚」と謳ってはいるが――コレは凶悪だ。
ヤバい。凶悪過ぎるぜコイツぁ…………。
具体的には「エロ」要素ZEROなのに――殴られてもいないのに、鼻から真っ赤な何かが溢れ出そうだし、膝から硬い玄関の床に崩れ落ちそうでもある位のものであった。
ある意味でT.K.Oで、ある意味で世界を狙えそうだった。
それを知ってか知らずか、俺を見た途端に「あら~」と珍しいものを見たような表情で口に手をあて言った。
「とおるクンよね?」
「え、あ、まぁ……はい」
和服が似合いそうな表情で前屈みに自身の顔を覗かれ、俺は仰け反るように視線を逸らし、動揺のまま口をどもらせて言ってしまった。
すると。
「きゃあ~~~~!!!!」
甲高い声を上げて抱きつかれた。
脳の活動が停止したかと錯覚した。
「へぇ~、随分大きくなっちゃって~!髪の毛も赤っぽく染めちゃってまぁ~!」
「――――――――」
「あら~、二の腕も――というより全身逞しくなったみたいね~!細マッチョって言うのだったかしら~?」
やけに間延びしたソプラノボイスを上げながら、抱きついては体のあちらやこちらを触られて――――
――――はっ!!!?
「ちょっとストップ一旦待って下さい!!」
慌てて早口で制止に入るが、
「あ、おでこの所に傷があるわね~、何かあったのかしら~?」
「ちょちょちょっと」
全然の無視であるってかちょっとホント柔らかいのが腕に当たってるからホントにホントにホントにホントにストップ!俺がマズイ!!さっきも言ったけど俺も「健全な男子」なんですきゃあああああああああああああああっ!!!!!!!!!?(思考放棄)
数分後。
「――――っはぁーっ……、はぁーっ…………」
「うふふ~、ごめんなさいね~」
俺の心の中の議会が理性を総動員させてくれたおかげで、何とか無事に解放――されたか?
「……あの、えっと…………?」
名前を知るのと知らぬのとでは大きく違う的な事を斬月のオッサンも言っていたし、今も満面の笑みを浮かべるこの謎過ぎる和服美人(仮名)さんの正体を
「えっとお名ま――――」
「あら~、もしかして忘れたのかしら~?」
尋ねようと
「小さい頃『友花姉《ねぇ》』って呼んでくれてたじゃないの~」
して。
「大友家長女の大山友花よ~」
――――言われた。
大山友花。
そうだ、あの2人の一方である大山智香には姉がいたんだっけか。
…………正直、憶えていなかった――というより今の今まですっかり忘れていた。
「ふふっ、以前よりかなり大きくはなったけど、可愛さは健在ね~」
俺が記憶を遡るのを開始しようとすると、彼女――友花さんは妖艶とさえ思わせる微笑みを向けてきた。その所為で、あっさり思考と腰が砕けそうだった。
裏腹に、友花さんは可愛さというより貴方の弄り具合が悪魔的な――いや、神がかってると言うべきか。それが何であれ俺は今、暑くもないのに冷たい汗が止まらなくなりそうな気さえして、緊張で胃が痛くなっていた。
本能が叫んでいるのだ――この人物には勝てない、と。
「うんうん」
対して友花さんは知らず存ぜず、只々ひとりごちしていた。
で、だ。
「ここ俺の部屋なんですケド…………」
整理整頓中のマイルームに侵入されているんですかね、俺。
本棚や家具の配置・本の整理は終わったものの、いまだに俺の部屋には段ボールが2……あ、3個程残っている。そんな中、ベッドに腰を下ろす友花さん。その仕草も様になっていて、少し見蕩れていた。
「男の子の部屋ってもっとこう、玩具とかマンガとかがいっぱいあるものだと思ってたわ~」
さいで。
胃がキリキリしてきた俺が馬鹿みたいに、友花さんはマイペースだった。
「本というより活字が多いけど、とおるクンって濫読派?」
「あー、どうでしょうかね……作家買いの時もあれば作品買いの時もあるので、そう考えると濫読派なんでしょうかね」
「確かに今見ると東野圭吾ばっかりの所とか『ハリー・ポッター』シリーズの所とかあるものね~。あっ、『バッテリー』シリーズもあるわね~」
まるで『ミッケ!』を読んでるかのように俺の本棚を指差しで興味深そうに視線を行き来させていた。余談だが今見えている「前」には一般で広く知られている作品を、「中」には個人的に気に入っている物語を、「後」にはにゃんにゃんな内容のものが入っていたりする。
「有川浩もあるわね~。『図書館戦争』は私も読んだ事あるわよ~」
へ~、とか感嘆を呟きながら見るその姿は、女子大生のショッピングみたいだ。というか、本について会話(?)出来てるのが超嬉しい。
「……………………」
だからこそ。
が、我慢だ明日葉透!ここで語り始めたら止まらなくなる上にドン引きされる(妹にされた経験あり)からな!!じゃなかったらわざわざ家で本を入れる場所に気を配ったりしないのだ。
……中学の頃に家族でAEONに買い物に行った際、未来屋書店で目に付いた『キノの旅』を全巻まとめて購入して鼻息を荒げていたら妹に「ご、ごめんなさい……」と言われた記憶があるからな……。
「兄さん呼びました?」
「うわぁビックリしたぁ!?」
ちっこい昔の妹を懐かしんでいた戸頃でドアから妹の声がしたので滅茶苦茶動揺してしまった。って、「呼んでました」って……。
「い、いや呼んではないけ
「――――兄さん」
「はひぃいいい!!!?」
本能が恐怖した。
全身をドライアイス、いや液体窒素で覆われた感覚に襲われた。それでいて、今の状況を瞬時に思い出し、反芻し、把握した。
解りやすく言えばこうだ。
<問>
・女性を自室の部屋に招き入れ、ベッドに腰掛けさせている兄の現場に踏み入れたあの妹の心情を答えなさい。
ブワァッッッッ!!!!!!と。
緊急事態な汗も増し増しで追加された。
「あー、……………………えーっとですね、これはですね……その…………」
止まらない冷や汗が背筋を流れ落ちてゆく中、俺は(多分)引き攣った表情で弁明をしようとして、ドンドン自らが「詰み」に入っている事を自覚させられ、薄らいでいた胃痛が復活してきていた。
コレ、死ぬ気弾が必要だわ。
「あら~?」
後ろで今更マイペースに首を傾げている友花さん。
どうやら俺の人生のクライマックスは、ここから始まる!――みたいだ。
お読みいただき、誠にありがとうございました。
引き続き、『幼馴染同盟』をよろしくお願いします。
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