第02話 「発祥」
#01
上ヶ崎市の閑静で寂しい住宅街の片隅に、『僕』は生まれた。
『僕』は、「何にでも馴染み、親しみを持てる奔放さ」と「明るいまま、清く美しく澄み切った潔白さ」を担ってもらいたいという願いから――――
――――明日葉透と名付けられた。
元々寂しい住宅街な上に片隅である事も相俟って、必然と近所付き合いも限定されていた。そのため『僕』が生まれる以前にここに一軒家を建てて住み始めた両親は、2つの家族と知り合い、親しくなっていった。
両親にとって――いや、後に誕生する『僕』にとって幸運な事に、どちらの家族も優しく暖かく接してくれた。そして何より、どちらの家庭も『僕』と同時期に日の目を見るであろう――出産予定日を迎えるであろう生命を宿し身籠っていた。
それが大山智香であり、三咲可憐であった。
#02
「……うっわー、しっかし家増え過ぎじゃね?」
「そうだね。以前は周りが草だらけだったからね」
俺の呟きに親父が反応を示した。そうだったんか。
七年の時を経て再突入した住宅街は(以前の地名は憶えていないが)『王戸ニュータウン』と名を改め、家々で溢れかえっていた。道路なんかも小奇麗に舗装されちゃってまぁ、と結婚式でドレスを着た新婦を見た親戚のオバちゃんのような感想を抱いた。
途中、俺達が乗る車が制服の少女が漕ぐ自転車を追い越して行ったが、ちゃんと白線の内側がゆとりをもっていて、車通りが少ない事も合わせて自転車での通行は安全そうだった。マンション付近じゃ枠線が狭すぎて歩道を通る他なかったから、これは結構嬉しかったりする。
……………………………………………………で。
「あとどの位で着くんでせう?」
痺れを切らした俺は、前部座席――要するに運転席と助手席に座る両親に尋ねる。
「んー、あと10分……はかからないかな?」
「あらあら……5分じゃなかったかしら?」
親父はプツプツと生えた顎を摩って、母さんは通常営業で頬に手をやりそれぞれ答えてくれた。……長くね?赤いきつね作れるぞ。あのかつおダシの美味さは異常。もはやダシの薫りだけでゴハン一杯食べるまである。
……まぁ、ミラー越しに見える親父の目の泳ぎっぷりでよーく解る。
「――――もしかして、道に迷った?」
運転席が不自然に揺れ、車も不自然に横滑りした気がした。
「キャー、振動デ兄サンノ方ニ倒レルー」
「絡み方が雑!というか露骨過ぎぃ!!」
言うが早いか飛びついて来た妹のネジの緩いお花畑頭を左手で押し留め、首を親父に向け、睨み付ける。
「い、いやぁ……ほら一軒家が増えちゃって……その……」
ハハハ……と力なく渇いた笑いを浮かべる親父。完っっ全に声が震えてた。ヲイコラ。
いや、実際思い出と予想を遥かに超えた住宅街の充実っぷりは俺も衝撃的で、平安時代の京都――碁盤の目を彷彿とさせるまであるワケで。それ以前に記憶が曖昧な奴が言えた台詞じゃないんだケドネー。
兎にも角にも。
結論を言えば、俺達四人を乗せた白のミニバンは晴天の中『王戸ニュータウン』に迷い込んでいった。
まだ到着には当分の時間が必要のようだった。
15分後。
住宅街をほぼ2周したミニバンはやっとこ目的地に到着――綺麗に駐車され停止したので、すぐさまバンッ!と(バンだけに……何かスイマセンでした)ドアを勢い良く閉め、外に脱出した。ようやく地に足をつける事が出来た。
南中高度は最大を振り切り始め、初夏並みの日差しがミニバンと明日葉一家総勢4名を照り付けた。雲1つもない青空も相俟って、麦藁帽子に白のワンピースの美少女と会い見えたい位だ。
しかし…………………………。
「い、意外と大きかったんだな……」
久し振り過ぎて記憶の片隅に眠りかけている我が家――明日葉家1号を手を翳し、見上げて思う。
眼前に聳え立つ(?)それは俺の記憶を大きく裏切るものだったのだ……良い意味で。
これローンなしの一括払いで購入したんだったよな親父ェ……。
複数の複雑な経緯があったとはいえ、俺が親父の立場だったら泣いて崩れ落ちてるビジョンしか浮かばないし、現実浮かばれなさ過ぎる。通りでマンションから引っ越す話を持ち出した時、ちょっと明後日の方向を向いて哀愁を漂わせていたのか……珍しく俺でも同情するわこりゃ。念。
明日葉家1号は、黒い屋根と薄い藍色の壁塗りが施されており、周囲を俺のたっぱよりもある赤レンガの塀に広く覆われている。ミニバン2、3台分の駐車スペースに物置、それから緑の映える寝転がったら人をダメにしそうな芝生。彩りも良さ気――というか色取り取りだ。身内贔屓一切なしで「良いセンスだ」と言える。
やれば出来るじゃん!
気が付けば俺は口をアホの子みたいにポケーッと開いていた。慌てて我を取り戻し――人のふり見てではないが、俺は同行者3名を見渡す。
と。
「……………………」
「あらあら……」
「ぉ、おおー…………大きいなんてもんじゃないですね。というか兄さん3階建てじゃないですか」
親父は日光の具合で表情は見えないが――お前は今泣いていい。
母さんはやはり期待を裏切らない平常運転で、頬に手をやり感動詞を呟いてしみじみとしていた。
妹は――正に目に入れても痛くも何ともないジト目で俺に無能の烙印をベタベタと張り付けていた。ってか現に今もベタベタと俺の左腕に張り付いて――――――――?
「きゃああああああああああああああああああああ!!!!!?」
多分今の俺はムンクが描いたような顔で女の子な嬌声を上げていた事だろう。さっきまで開けっ放しだった口から叫びと共に心臓1分の1スケールをセットで吐き出すかと思った。
「♪」
何でか一気にオートでご機嫌になったマイペース極まれりな妹を横に、俺は鼓動がバクバクし過ぎて少し痛い。これじゃ恋の予感じゃなくて死の予感だ。あやうく『おくやみ』に載るまであった。
「は・な・し・な・さいっ!!!!」
何とか戻って来れた俺は妹の頭にアイアンクローをキめた。これは正当防衛なのでセーフ。我が身を守れない奴が他人を守れるワケがないという事だ――うん、何言ってんだろうね。
俺がここぞと絡む(物理)妹を水槽に引っ付いたタコ同然の扱いで引き剥がそうともがいていると、やっと回想の旅から帰って来た両親2人はハッとなっていそいそと車のトランクを開けに行った。
各々の荷物を持って、かなり広い玄関に揃って入ると、どこか懐かしさを感じさせる木の薫りが漂ってきた。ワサビが効いたみたいに目に染みるものがあった。いくつかのどでかい梱包が置きものと化していて、上ヶ崎市に戻って来た事を更に強調させてきていた。
ここが始まりの場所。俺は少しほっこりすると同時に微かな――だが確実な違和感を覚えた。
「?」
妹も気付いたようだ。
「埃っぽくありませんね……?」
そうなのだ。有能な妹の言う通り、埃――いや、本来は溜まっているはずの空白の七年間の汚れが全くと言っていい程ないのだ。塵も積もれれば大和撫……そっとしておこう。
とにかく、
「あら、その事ね」
そんなこんなで兄妹仲良く疑問符を浮かべて首を傾げて振り向くと、母が説明をした。
「実は掃除してもらったのよ」
How much?
「いくらも何も無料よ。お隣の大山さん家と三咲さん家がお掃除して下さったのよ」
私、気になります!と言わんばかりに妹が目を輝かせていると、母はそう言ってにっこにこにーと満面の笑みを浮かべた。それを見て謎が解けた。成程、この前の賑やかそうな長電話はこの清潔さの伏線だったのですね。解るか。
かくして。
真実はいつも1つなありふれたオチを契機に、俺達は部屋割り会議(所要時間5分)を行い、各々の部屋へ家具・荷物を運ぶ段階へと移行した。
元々本棚(8割俺の)・ベッド・テレビなどの嵩張るものや、花瓶・食器類の――いわゆる「割れ物」と呼ばれる存在達は既にアリさんが目印な業者の方々に依頼しお願いしていたので、今日持ち込んで来たのは自分の身と小物各種、それから持てる大きさ・重さの各々の趣味嗜好品だけだったりする。他は先週の日曜日にビニール紐で縛って証拠隠滅しておいてある。
ちなみに今日の荷物は断トツで俺が多かったりする。以前『本の雑食家』とまで呼ばれた俺はその性質ゆえ、本棚にブチ込むべき小説・評論・マンガ・画集etc……の書籍達を連れて来なければならかったからな(ドヤァ)。
……そして引っ越しにはつきものの話かもしれないのだが、やっぱり俺も世間一般で言うところの「健全な男子」なワケで。それらの有象無象に紛れてその手のものも持って来てあるワケで。それも含めて自業自得だが超忙しく体を動かす事となってしまっていたりする。
いや、マジで隠さないと目聡い妹に見つかるからな。以前風呂から上がって自分の部屋に戻ったらベッドの上で読書された経験があるしな。ホント洒落にならない。
さて。
腕まくりをして、使命感たっぷりの整理整頓に着手しようと段ボールを持とうとした瞬間の事だった。
――――ピンポーン。
ファンファーレよろしく世代遅れのインターホンが、お昼な明日葉家1号の室内で高らかに鳴り響いた。
お読みいただき、誠にありがとうございました。
引き続き、『幼馴染同盟』をよろしくお願いします。
※誤字脱字表現ミス等がありましたら感想にてご連絡下さい。




