第01話 「再発」
明日から毎偶数日正午更新予定の魔法モノ、『魔法な未来へようこそ!』もよろしくお願いします!!(名前を検索or作者名からジャンプすればOKです!)
四月三日早朝。
春が涼しさを漂わせる時間帯、少年と少女は、共に住んでいた――今まさに少年が出て行くマンションの前で相対していた。
マンションの住民専用の駐車場からエンジンのかかる音と排気音が聞こえた。その方向を見やり、少女は尋ねた。いや、変えようのない事実を確認した。
「……もう行くのね」
「ああ」
対して少年はいつもと変わらず味気ない反応で答えた。
家具・食器類の搬送も無事終え、後はその身と小物の荷物だけである。
少女は冷たく、しかしどこか哀愁を漂わせて一方の少年を見つめていた。少年はそれに気付いたのか、少々むず痒さを覚え頬を掻いた。
「あー……別に大丈夫だってほらケータイもあるし」
少年はポケットに入れていた携帯電話――一般には「ガラケー」と呼ばれる代物をパカッと画面を見せつけて言った。少女は一瞬その画面に目を奪われ、設定で現在表示されている壁紙を捉えてクスッと笑った。
「そうね。電話も出来るしメールも出来るわね」
「ああ。ってか向こうに着いて落ち着いたら……大体ゴールデンウィーク辺りにはまたこっち来るよ」
「そう」
「何なら俺ん家来ても良いまである」
「そう。……………………って、え?」
少年が放ったさり気ない一言を頭の中で反芻してフリーズした。直後、思い出した――少年は無自覚にそういう事を言ってしまうという事を。現に目の前の少年は普段通りもいいとこな無愛想な表情だ。少女は一瞬期待した自分を心の中で叱責した。
「そう……なら五月の初めにでもそちらに行こうかしら」
「ん。……でもメシは俺作れないから、お前と妹に協力して作ってもらう事になっちまうが良いか?」
「え、えぇ……」
「?」
本当に気付いていない事実にもはや呆れてしまった。少女の動揺に首を傾げるまである。こっちが溜め息をつきたいくらいなのに、全く。
「どうした?」
「いいえ、何でも」
「そうか、なら良いが……」
そういう気遣いが出来て何で気付かないのよ――そう叫んでしまいたかったが今は朝で人通り、とりわけ朝のジョギング人口が多いマンションの前の上、叫んだらキャラ崩壊だ。
と。
「透ー、そろそろ行くぞー」
遠くから、目の前の少年に歳月を重ねたような声が届いた。どうやら時間になったようだった。
…………とうとう。
「んじゃ、俺は行くな」
「ええ、行ってらっしゃい」
そんな相も変わらずお互いに素っ気のない言葉を残して。
こうして少年と少女は、近隣の住人に「他所でやれ!」と(心の中で)騒がれる程の――そんじょそこらの少女マンガより甘い、砂糖をコップ一杯丸飲みしたみたいなベッタベタなマンション前での二人の夫婦漫才に終わりを告げた。
……リアルタイムで聞いていた住民に「あの子達またかしら」「今度は遠距離恋愛かー、大変だなー」「末永く爆発しやがれ下さい」「ラブコメの波動がする」と|思われている事実を、2人は決して知らりえなかった。
少年の方に関しては、それが半分は正解である事も、終ぞ知り得なかった。
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茜色の世界に『僕』はいた。
時刻は夕方。春の象徴である桜があちらこちらで蕾を開き、桜色の花びらを朱に染めていた。ただおかしな事に、朱色に染まる桜だけでなく周りの植込みや街路樹や車道を通る乗用車がいつもより大きく見えた。
今は外は肌寒いのか、目の前にいる幼い少女2人は厚手の上着を着ていた。それでこれが夢だと気付――いや本当に夢だろうか?よく解らない。頭がうまく働かない。その間にも動きがあった。
2人は目に涙を溜めて瞳を潤ませていた。
2人は口を開いて『僕』に何かを言ってきた――だが聞こえない。
一方が『僕』の頬を平手で強めに打ってきた――だが痛くはない。
一方が『僕』に突進するよう抱きついてきた――だが重みがない。
伝わったのは悲哀だけ。
1つしか感じ取れない『僕』は、真意を尋ねようと口を――――。
ガタゴトと、体が揺れた気がした。
「――――……………………あ…………?」
視界がぼやけ、頭がうまく働かない。
「あ、起きましたか兄さん?」
真上から、聞き慣れた家族――1つ歳下の妹が聞こえた。
…………………………真上?
「は――――?」
「お早う御座います兄さん。今はもうお昼を過ぎて、もう目的地付近の上ヶ崎市に入りましたよ」
「あ、あぁ――――って顔が近い近い!」
「別にいいじゃないですか減るものでもありませんし」
「減るわ!!」精神がガリガリと削られてな!!
「先っちょだけですから。ほら希のファーストキッスですよー、ちゅー」
「女の子が言うんじゃありませんってかホントに近いからちょ、待っ――」
唇を尖らせて突撃してきた妹に最終手段であるアイアンクローでもって応えた。なぜだか俺の方が堪えたがな。未だ睡魔の残滓でボケた頭に空いている右手をやりながら起き上がる。窮屈な車内で爆睡していたからか体のあちこちが痛み、腕が痺れていた。
一切を無視して窓の外を覗く。そこで丁度「ようこそ上ヶ崎へ!」なる看板が目に付いた。
この景色はいつ以来だろうか。
舗装された道路はアスファルトの無骨さを打ち消すように彩られ飾られた植込みと街路樹の緑々さ。その所々に主役を演じる桜色が雲一つない快晴の青空を一層惹き立てていた。見渡せる懐かしさに少し胸が苦しくなった。
「いやぁ、久し振りの景色だね。うん、本当に帰って来た気がするよ」
運転席から男声が届く。声の主は一応は我が家の大黒柱である親父だった。……どうやら親父と感想が被ってしまったらしい。ミラー越しに睨み付けると親父はすぐに気付いてすかさず微笑みをかましてきた。い、いらねぇ……。
「あらあら七年振りかしら」
おっとりとした女声で上品そうに話し、助手席から親父の相槌を打つ母。
「この市が幼かった兄さんが育った場所ですか。じゅるり」
そんな事を言って俺にスペイン人よろしく熱い視線を車外から俺へと移す妹。
……いやちょっと待て本当に待て。何だ今の台詞の最後。常識を逸した問題発言が飛び出してた気がする――「気がする」であってほしかった。今更ながらに助手席を選ばなかった事を後悔した。さっきまでずっと寝てたんだが……俺、何もされてないよな? 大丈夫だろうな? 熱い視線に(俺からして)負の要素が混じっていて反射的に背筋を震わせた。
確認を込めて俺は恐る恐る横を向いた。
すると。
「じゅるり」
重要な事らしく、本日二回目の舌なめずりが聞こえた。確かに重要だった――身の危険を感じるには。妹の目を見れば、獲物を発見・狩る算段を企てた猛獣のそれだった。
俺は現実から目を背けるため視線と顔を窓へと旋回させる。
車は既にセピア色で馴染みのある住宅街へと差し掛かっていた。
七年。
これは長いのだろうか。短いのだろうか。
時期としては小学生の半分と中学校生活、更に高校での一年……と考えれば長く感じる。だが不思議と「長い」と断定するのには首を傾げてしまうのだ。向こうには知り合いで困らない程度には知り合いが出来たし、親友と呼べる存在も出来た。後は恋人(女性限定)がいれば完璧なのだがそれはさておいて、起きた出来事の多さに反比例するかのように――少なくとも俺は短く感じていた。
さて、ここで俺はふと思う。
大山智香。
三咲可憐。
二人のこの七年はどうだったのか。
長かったのか。短かったのか。
何よりも――人が変わっていないだろうか。
「人が変わる」――これだけを聞けば大層な話(実際俺からすればその通り)なのだが、「人」なんて案外簡単に変わると思う。だって昨今の国を代表するはずの政治家だって、言ってる事とやってる事が正反対だったりするしな。事実俺だって変わった事があったりする。例えば――不幸自慢はに聞こえるから止めておこう。
だから、真に重要なのは。
本当に心の底から気になり気にかけている事は、厳密には人が変わった事自体ではなく人の何がどう変わったかではないか――。
まるでパンドラの匣であるような逸話があったのではないのか――。
これは怯えだろうか。畏れだろうか。
そして過去の憧憬に縋り付くこの俺は惨めだろうか。
――総ては上ヶ崎で住めば解るのだろうが。
と。
一人、考え出したらキリがない事に頭を悩ませていると、妹の視線が感じた。情熱的過ぎるそれは俺を電子レンジにブチ込まれたおしぼりの気分にさせた。流石に振り向く。
「……なんさ」
「いや、今母さんと希で部屋割りの話をしていたのですが――」
先程の鬱屈な幻想をぶち殺すほどの、嫌な予感がした。
「――希は、兄さんと同じ部屋にしようと思います!」
とんでもない事を先制――いや、宣誓された。
あまりにも涼しい顔で言うものだから縦に肯きそうになった。
アレか? 春先だから頭のネジ緩んじゃったのか?
「別に深い意味はありませんよ?」
だろうな、あるのはおそらく浅はかな意味だろうし。
「ほら、そうすれば防犯と清潔の2つは約束されますから安心して下さい。ふふふ」
「何だろうと俺は拒否権を発動させてもらうぞ」
俺の身の安全が約束されていないので(他にも理由はあるが)、俺は断固拒否をとらせてもらう。普通今時な年頃な『オンナノコ』は恥じらいがあるもので、寧ろ「お兄ちゃんなんか大っ嫌い!」とか何とか言うものなんじゃないですかね? と頭を抱える今日この頃。
……一応補足しておくが、俺は断じて被虐主義ではない。
「えー」
「えーじゃねぇよ」
「ぶー」
「それで良し」
良く解ってるじゃないか。
「ところで兄さん」
「ん?」
「以前住んでいた家ってどんな感じですか?」
期待に目を輝かせて妹が尋ねてきた。
ん?あ、あぁ、そう言えば妹はそうだったな。
「んー……結構大き目な二階建て……だったっけか?」
「希に訊かないでテキトー過ぎです」
ジト目を向けられた。
だ、だって俺も曖昧にしか憶えてないし……。
「あー……後は部屋の数が四つ以上はあった事は憶えてる」
「そ、そんな……」
今度は一転してこの世の終わりみたいな顔をしていらっしゃった。
「向こうの時みたいに一緒の部屋で生活出来ないんですか!?」
「ヲイ、何だその『向こうでは一緒でしたー』アピール。そんな記憶や事実は全く以ってねーぞ」
そんなたわいもない――ハッキリ言ってアホな会話を繰り広げている間に、昔懐かしの我が家のある住宅街が見えてきた。
運命(やや誇張気味)の刻はもうすぐそこまで来ていた事に気付いたのと同時に、先程まで燻っていた鬱屈さ――胸の苦しさがすっかりなりをひそめていた事を自覚した。
心臓はバクバクしだしたがな――ってか、あ、やっぱ、うーん…………。
「あー…………………………、」
……………………………………………………駄目かも。
「兄さん?」
自分の臆病ぶりを再確認した瞬間だった。
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こうして。
七年間の月日を経て、当時は『僕』だった「俺」――少年は再び思い出のこの地を踏む事となる。
そして知る事となる。
空白であった七年もの歳月が、『あいつら』を『彼女達』に変えたという事を。
お読みいただき、誠にありがとうございました。
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