第十一話 「入学」
ちょっと駆け足かもしれません今回。慌ててるので誤字も多いかも……。
理由は「夏熱」【下】の前書きにて。
それでは、開式。
ブワッ、と。
全身から非常事態な汗が出始めていた。ついでに目からも何らかの水分が溢れそうだった。それでも今は平静を装う無表情をキめなければならない。
今、心臓は警鐘を鳴らすように鼓動が速く、二日振りに胃がシクシク痛みを発している。
妹に勧められて、「コレつけたら『〇トリックス』じゃね!?」とか文句を言っていたサングラス(度はなし)が今日ほど頼もしいとは思わなかった。……まず普通は思う状況にならねぇよ。
そんな時だった。
「どうでしょうか我が校の入学式は?」
「ひょえいぅわ!!?」
心臓を鷲掴みされるかのような驚きにスポンジボブよろしくな奇声を叫び発しそうになるのを堪える。と、別の奇声が出てしまった。
視界の端で声の主を捉える。
――――瞬間、俺は液体窒素に放り込まれたように凍りついてしまった。
当の本人である声の主――スーツ姿と凛々しさと酒とタバコが似合う残念過ぎる針金絶壁(何処とは言わないし言えない)美女の東有紀子――は、そんな俺の内なる動揺を知ってか知らずか俺の椅子の後ろに座りながら尋ねてきた。
「先程から何か落ち着きがなく、辺りをキョロキョロされておりましたが、現時点で不備でもございましたでしょうか?」
おもっくそバレとるやないかい!ってか遠回しに不審人物って言ってるぞソレ!!
「い、いえ、入口はしっかりとした入場規制が執られてましたし椅子もパイプ椅子ではなく体育館全体の装飾も豪華で良いと思います。『もてなす』という行為をとても大事にしている気がとてもしましゅね」
俺は冷静を装ったつもりで賛辞を述べようとしたつもりなのだったが、滅茶苦茶早口な上に最後は噛んでしまっていた。ダメダメ過ぎる。
「そうですか。……そこまで言って下さったのは初めてかもしれません。まるで私どもの狙いを的確に突いているような気がしますが」
「そ、そそそそうですか、あははは」
声が少し裏返ってしまったが気にしていられない。着慣れなくてズレ落ちそうな感覚に陥る黒いスーツを着た俺は視線を合わせまいとして応えた。
手と背中に少しの冷たい汗が流れ始める。頬が引き攣ってないか心配……コレはもう引き攣ってるだろうなー……。
現実逃避も兼ねて腕時計を見ると時刻は九時を回っていた。もうすぐ開式の言葉が入るだろう。
喧しかった周囲の父母親族来賓も段々と静まり返り、巨大で荘厳な体育館が沈黙に包まれてゆく。
……………………。
…………どうしてこうなったっ……!?
完全に自業自得だろ、という声が聞こえてこない事もないがソレはソレ。
# # #
昨日の夜、俺は異常に渇いた喉を動かして、恐る恐る尋ねた。
「明日って学校だっけ?」
その問いはあっさりとミサに答えられてしまった。
『明日は生徒会役員は入学式、その他の生徒は午前中は総合の時間で午後から入学式の片づけがあるはずだよ?…………もしかしてトール君……きゃっ!?い、今凄い音がしたけどトール君大丈夫?もしもし?もしもし?』
以上、回想終了。
そんな訳で転校二日目にして早速授業サボっちゃったZO☆
……本当に俺進級出来るかね……もう雲行きが怪しいんだが…………。後ろに担任が座ってるしねうおおおどうすんだコレ。
『これより、第五十回上ヶ崎高等学校の入学式を開始いたします』
広すぎて何処からか判らなかったが司会の声が静かな体育館内に響く。
『まず始めに、開式の言葉を――』
俺は震えを必死に抑えつけながら後ろの有紀先生に駄目元で一つ、囁くようにして訊く。
「あ、えーっと、始まってしまってからでアレですが、貴方は職員側の席には座らないのですか?」
この入学式は中央をレッドカーペットでぶった切り、檀上寄りの中央が行進して来る新入生、その左右に順に教職員と来賓、そしてその後ろに保護者がズラリ……といった座席配置になっているので、普通に考えると俺の後ろに座ってるのは奇妙なのだが……。
すると彼女は「あっ」っと呟いた。何だよ「あっ」ってオイ。
視界の端で気まずそうに俯いて彼女は言った。
「じ、実は私は元々入学式には出席しない立場なのですが……」
彼女はそこで一旦言葉を切り、一呼吸おいて続けた。
「……ちょっとした失敗をしてしまいまして、急遽こちらの人員に就かされまして……その為空きのない職員側ではなく全体を見渡せるこちらに……」
昨日の怒られていたアレは伏線だったのかよ。残念過ぎるわ。
「そ、そうですか……」
思わず苦笑するしかなかった。
『――がとうございました』
その間に開式の言葉は終わっていた。
いよいよだ。
司会は紡ぐ。
『それでは、新入生二百八十名の入場です。お集まりの皆様は大きな拍手をもってお迎え下さい』
# # #
非常に、異常に若い。
目の前にいる人物を見て、そう思う。社会人の兄なのだろうか。少なくとも父母には全くと言っていい程見えない。私と同じ位、いやもっと若く見える。
だが、それよりも。
――――何処かであった事がある。
そんな気がする。それも最近だ。
先程から幾ら喋っていてもそれしか解らず、一向に思い出せない。サングラスを掛けているからかもしれない。
私は思い切って話を掛けようとし。
「すみません。つかぬ事をお訊きしますが貴方は――――」
『それでは、新入生二百八十名の入場です。お集まりの皆様は大きな拍手をもってお迎え下さい』
その言葉と同時に鳴り響く盛大な拍手の嵐に私の疑問は掻き消されてしまった。
そして――――、
その男性の横顔の。儚い何かを慈しむような微笑みに、私は目を奪われていた。
彼の目には涙が溜まっているように見えた。
# # #
拍手の喝采の中何かが聞こえた気がするが、俺は前のレッドカーペットの方へ視線を注ぐ。
名前を考えるに妹の出席番号は一番、つまりは先頭だ。あっと言う間に通り過ぎてしまうかもしれない。
『一組の入場です』
一層の喝采が轟く。
――――いた。
今や妹は家のマイペースなそれではなく、凛々しく顔を引き締めている一人のれっきとした女生徒だった。紺の制服もそれを強調するような着こなしだった。
やや緊張しながらも嬉しそうに先頭を歩く妹の姿。
「――あ、」
思わず景色が滲んだ。しかし見逃さない為にも込み上げてくるものを必死に堪える。
たった数秒の出来事の筈なのに、俺はこの瞬間は一生忘れないと思えた。
七年の歳月は何もあの二人を変えただけでは終わらなかった。
寝たきりで過ごしていた足を動かし、一歩一歩踏み込んで進む少女。
俺は気づけば手に持っていたカメラを落としていた。
# # #
それから妹は新入生代表としても呼ばれ、全俺が泣きそうになった。写真はガッッッッツリ撮り忘れていた。
そんな事は知らない妹は今閉会の後のHRに出席しているので俺は他の保護者同様昇降口で帰りを待つ。勿論ブッチしたのがバレないようにだ。
正午前、昇降口から新しいブレザーに着慣れない少年少女がぞろぞろと出てきた。第二陣辺りで妹が見えたので手を振ると向こうも気づいてくれたようで、人混みの隙間をスルリと抜けて駆け寄って来た。
「お待たせしました兄さん」
「……いや、そこまで待った感覚はしなかったから大丈夫だ」
色々言いたい事はあったが纏らずぶっきらぼうになってしまった。それでも妹は微笑みながら言った。
「頼み事があるのですが」
「……あぁ、解った。写真だな?」
「流石ですお兄様」
「だからそのネタは止めろっちゅーに」言いながら俺は辺りを見渡し、目的のものを見つけて続けた。
「希。あの桜の下で撮ろうか」
「はい、兄さん」
妹は嬉しそうな顔で首を縦に振って肯いた。
妹回なのか先生回なのか……。
作者も判りません!テヘ。
お読みいただきありがとうございました。
※誤字脱字表現の誤り等がありましたら感想にてご連絡ください。
随時修正致します。
引き続き、『おさどう』をよろしくお願い致します。