第九話 「作業」
屈指のマンネリ回(?)かもしれません。
面倒な人は後書きに直行して構いませ……やっぱ読んでいって下さい。
夢はあったが希望がない保健室から抜け出して教室に戻って来た時にはもう生徒の大半が体育館の方へ移動していた。俺は自分の席に向かい、バッグに入っている水筒を取り出し一口飲んだ。程好い濁りがある緑茶が喉を潤してくれる。ふぅ……、と溜め息一つを零すと疲労も落とせた気分になる。さて、向かうか。
体育館って確かあのでっかいドームみたいなやつだったよな、とか思い出して「ねぇ」いると声を掛けられた。振り向くと気怠そうな顔のチカがドアに寄りかかっていた。
「お前、未だ行かなくていいのか?」
「はぁ?私はアンタを……いや何でもないわ。そうよね、昨日の今日でアンタはそうだったわよね……」
「ん?何の話だ」
「何でもない、何でもないわ、忘れて頂戴。さ、行きましょ!」
「え、あ、ちょっ」
気になった俺の手をチカが引っ張って行く。今回はHRを抜け出した時のような痛みと強引さはなく、彼女から微かに漂う甘い香りと握られた手の柔らかさに驚いていた。
「……やっぱ違うんだよなぁ……」
「何の話よ」
「俺の話かな」
「?」
先程とは逆の反応をしながら俺達は会場準備へ向かった。
# # #
正直これは酷い。「サボるが勝ち」としか思えない午後だしあと数時間もコレが続くと――――。
「…………はぁ……」
想像しただけでお腹いっぱい、眩暈がしそう――現在進行形でしてたわ。
俺は何をしていたかと言うと、俺を見つけた有紀先生に捕捉・発見され、さっきから垂れ幕や紅白幕を張る為の釘打ちを延々とやらされていた。保健室にミサを運んだ分も合わせて、そろそろ手が攣りそうだった。……マンガとかで軽々とお姫様抱っこしてる奴がいるが、ありゃ嘘だ。幾ら軽かろうとあくまで「同じ年頃にしては」というだけで人としての重さがちゃんと存在している。筋力のない俺にはかなり効いた。本当は保健室辺りで腕がプルプルしてたし。
閑話休題。
気分転換と現実逃避を兼ねて周りを見渡すと、見知った人達がそれぞれの動きを見せていた。
チカは俺と喋っている時とは温度差が凄く、冷気でも発するが如く静かに他の幾人かと分担して働くその姿はサチみたいだった。いやサチの場合は機械の類と化しているんだっけか。
また『眠り姫』ミカンさんは垂れ幕に「入学式」や「本日の予定」を、かなり綺麗な筆致で……描いてはいないな。とにかく綺麗に書いていらした。へー、書道経験者だったのか。……全然想像つかなかったです。
先生は…………何かやらかしたのか、会場の端で学年主任に本日三度目のお小言を頂戴しているみたいだった。背中がみるみるうちに小さくなっている……発破かけてたアンタが何やってんスか。
「ほら余所見せぇへんで手動かし転校生」
近くで似たような作業を黙々とこなしてる、えっと、アレだ、エセ関西弁を喋るクラスメイトに注意されてしまった。……一瞬素で忘れていた。
「スマン、ちょっと同じ作業過ぎてボーッとしてた」
「それはよぉーく解るで。けど動ける内に動かんと本当に億劫になるんがウチの行事準備やから、ほな頑張らんと」
そう言って苦笑するエセ関西人。俺もつられて笑みを返す。もしかしなくてもコイツは良い奴かもしれないな。ちょっとやる気回復したかも。
さて、俺も続きをやりますか。
「悪い、釘六本取ってくれないか」
「ほいよ」
「サンクス」
彼は工具箱ごと俺に渡すと、他に仕事があるのか離れて行ってしまった。どうやらココ一面の
釘を取り、俺は再びトントントントントントントントントントントントントントントントントントントントン………………………………。
………………はっ!!?
余りにも作業が単調過ぎて我を忘れてしまっていた。そして今度は億劫さが顔を覗かせて来て忍耐を忘れてしまう。本当に抜け出そうかな、面倒だし。
こうしてどの瞬間、どの場所へ逃避するか頭を悩ませる事に決めると、
「ぁ、あの……」
制服の先を赤子のような力で摘ままれた。振り返ると昼休みに保健室に置いて来たミサが上目遣いで俺を見ていた。頬を朱色に染めてオドオドする姿は可愛らしい。
ぐるりと周りを見回し近くにミサしかいない事を確認し、――――今だな。
「よし、丁度良い戸頃で来てくれた。んじゃ向こうで話そうか」
「へ?あ、え、」
言うが早いか俺はミサの手を取って、矢継ぎ早に今は人がいない南校舎に向かう。
……何だろう。おかしいな、別に唯サボってるだけなのに違う邪念があるように思われている気がする。
# # #
「ココなら誰も来ないだろ……」
「えっと、抜け出して来て大丈夫だったんでしょうか……?」
「アレは人間性が崩壊するだけだからいいよいいよ」
転校初日の生徒の台詞ではない事は自分でも手に取るように解るが無視だ。ミサを見ると、彼女は顔を真っ赤にしてオロオロとしていた。
「こうしてちゃんと話すの、初めてだな」
「あ、あう……」
「んで、どうしたのさ?」
「……あ、あの、」
尋ねるとミサは手をワチャワチャと動かし、
「保健室まで運んでってくれて、あ、ありがとねっ!」
噛みながらそう言って唐突に頭をペコリと下げて来た。
俺はビックリして、
「お、おう……」
思わずしどろもどろになってしまった。遅れて頭が内容を理解した。
「未だ休んでなくて大丈夫なのか?」
「アレはちょっと……あはははは…………」
彼女は苦笑し、話を逸らすように言葉を続けた。
「あ、そうそう、よく会った時にミサだって解ったね」
「そりゃあ幼馴染みだったし、そっちだって覚えてたじゃん。一緒だよ」
そう、一緒なのだ。俺だけが『過去』に囚われていると毎晩恐怖していたように、チカとミサも何処か不安に思っていてくれたんじゃないか。現にそう思え、安堵している自分がいるように、ミサだって安心したような表――――はい?更にミサの顔が真っ赤になった。『〇ンバーマン』のアレみたいだ、どれだよ。とにかく爆破一歩手前の真っ赤っ赤ぶりだ。心なしか蒸気さえ幻視出来る。
そんな当の本人は顔を両手で押さえ、プスプスと萎むようにしきりと呟いていた。声が小さくて聞き取れない。
「ん、どうしたのさ?」
「ひょへっ!!?」
訊き直すと彼女の体がビクッと跳ねた。本格的に熱じゃあなかろうか。
俺はすぐさま近づき、
「ひぇっ」
ミサのおでこに手を当てた。……うーん、熱があるっぽいな。しかも加速度的に上がって来ている気がする。
「大丈夫か?やっぱ保健室で休んでた方が……」
「い、いや違うの……コレは……」
上目遣いで否定するミサ。視線が忙しなくなっている。オイオイ自覚症状ないとか本格的に
「アンタ、いい度胸じゃない?」
ヤバいんじゃないかと眉を顰めた表情で固まって、ブリキ仕掛けのような軋み具合でギギギと首をドアの方に向ける。
――――鬼が迎えに来ていた。
「ひぃっ!!?」
誰の喉からか解らないが畏怖を圧し固めたような声が絞り出た。思わずといった風で先程まで話してた相手と目を合わせる。するとミサは火のついたような表情のままスススッとハムスターのように俺から遠下がり、鬼の背中に隠れるではないか。
…………オーケーオーケー。深呼吸しようか。吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー。
タイミングを見計らったのか、冷静になったところで声を掛けて来た。
「何か言い残したい事はある?」
そうだな。
「どうせなら思いっきり殴って保健室で寝てたグフゴハッ!!!!」
世界が狙えそうな弧を描くアッパーカットを頂戴した。鉄拳制裁には勝てなかったよ……。
俺は意識を落とした。
起承転結の「承」から中々抜け出せないです。何か細かく(?)書きたくなっちゃうんですよね……これは一つの試験的なものとして受け取って、これからも応援して下されば幸いです。
実はこの回書いてる時熱が39度出てたという……お盆明けにでも修正いれますね。