【番外編】雨天決行・a
ちょっとだけいつもと違う書き方をしているような……していないような…………。
うーん、むにゃむにゃ……。
「――ん」
それは四月のある日の、ふとしたお昼休み。
自販機で買って来た『野菜生活』が、丁度底を尽きた時だった。
「雨が降って来た、のか?」
軽くなった紙パックを振って中身が空になったのを確認しながら、俺は近くに座る二人に尋ねた。
「え、降って来てるかしら?」
その一方である彼女、大山智香は細くて綺麗な白い手で見本のように使っていた箸の動きを止め、キョトンとした顔をした。僅かに吹く風に、黒く真っ直ぐに伸びた髪が揺れる。
これはダメだ。
「ミサは?」
「ふえっ?」
もう一方の「ミサ」と呼んだ少女、三咲可憐は突然の質問にビックリしたらしく、可愛らしく夢中でつついていた弁当を手から滑り落としそうになっていた。
「雨降って来た気とかしない?」
「いっ、いえ、降ってはいないと――」
なんとか落とさずに済んだ彼女ははふぅと安堵の溜め息をついた後、慌てたようにおさげにまとめた栗色の髪を気にも留めず顔を左右に振って、俺の質問に答え――ようとして、言葉は最後まで続かなかった。
「あ――」
誰の言葉だっただろうか。
少しずつ。水墨画のように灰色に彩られた空から水の雫が一つ、また一つと落ちて肌に当たった。
「あっぶねー……」
俺達三人が急遽屋内に避難した直後、物凄い勢いで雨が降り始めた。
久々の曇り空だと思って朝家を出たが、こうも突然だとは予期していなかった。確かに天気予報でも傘を持ってのお出掛けを、とか言ってたっけかと今更ながらに思い出した。その時に取り敢えずとバッグに折り畳み傘をポイと投げ込んだ記憶もある。
ちなみに、残りの昼食はその後戻った教室内で美味しくいただきました。
男一人に女二人という比率だけでなく彼女達二人の容姿が整っている事から、中々食事がしづらかったりはしたが。やはり唯一の安寧は誰も来ないような屋上くらいしかないのかもしれない。
「次の授業は数学だったか……」
満たされた腹を摩りながら席に着いて授業の教科書を出そうとすると、
「むにゃ……ん? 雨……?」
「ああ」
と珍しく隣から寝惚けたような声が耳に入る。
隣の席の井上実夏だった。
授業というか、学校生活のほぼ大半を寝て過ごしているという問題児だ。とはいえいざテストとなると簡単に上から数えて両手の指で事足りるのだから、この世の理不尽さを覚えるというものだった。
ファンシーなパジャマが似合いそうな幼い顔つきと見る角度によってはオレンジにも見えそうな茶色の瞳が、重そうな瞼からぼんやりと窓の外を、それからこちらを見つめていた。
「んー……。傘持って来てないなぁ…………」
「そいつはご愁傷様。って、そんなショックでもないんだな」
「起きて止んでたら良いかなーって……」
「希望的観測ってヤツだったか」
能天気な台詞に、思わず苦笑する。
苦笑しながら、半分も開いていない目をゴシゴシと擦る姿や本来の甘ったるい声質に眠たげな雰囲気が織り交ざって、まるでこっちまで睡魔に誘われそうになる。
「むにゃ」
ついに。我慢我慢、と睡魔から逃れようとしてる目の前でユラユラと振り子のように左右に揺れていた実夏の頭が、とうとう机に不時着してしまった。
「寝るなって」
が、俺は鋼の心(笑)で誘惑を断ち切って今にもまた夢の中へ行ってしまいそうな隣の少女の肩を揺する。
少し、香水にしてはほんの僅かに柑橘系の香りがした。
「おーい、一応言っておくが次授業だぞー」
「んにゃ……むにゃ…………」
遅かったようだ。
短いながらおよそ一ヶ月に差し掛かる経験則から考えて、この少女はもう起きないだろう。そう結論付けて俺はあっさりと諦めるという選択肢をとる事にした。我ながら随分と淡白な判断だと思うが、まぁ、うん。
万が一次の授業の担当教師に発見された時は心の中で合掌するだけだ。
突然の実夏抜擢回。
無駄に全員(?)出そうとか思ってるこの番外編は、明日と明後日含め全三部予定。