第07話 きしょう・c
豪雨ってレベルじゃないですね、命の危機に直結するような事態じゃないですか。それがまさに目と鼻の先で展開されるとは、昨日の時点では夢にも思っていませんでした。
自分の方は無事ですが、皆様はどうでしょうか?
改めて皆様のご無事をお祈りします。
「お、おお……おはよう」
「おはようございます」
ビクゥッ!! と動揺に引き攣った声で返す俺と、対照的にとても落ち着き払った挨拶と共にペコリと頭を下げる希を、寝起きで思考も纏らないらしいサチが呆然と交互に見比べていた。
眼鏡を掛けるのも忘れたらしく、シバシバと目を開閉してからジ――っと睨むようにこちらを注視するサチはそこで思い出したらしい。
「……眼鏡、取って来ます」
そう言って、再び元来た道を戻って部屋へと取りにゆっくり階段を上って行った。
「「「いただきます」」」
今日の朝食は白米に白味噌仕立てのわかめと豆腐の味噌汁、程好く焼いた鮭の切り身と輝くような卵焼き、といったラインナップだった。
まず味噌汁を余計な音が立たないように口に含む。俺はいつも朝食は味噌汁から始めるクチなのだ。この日も相変わらず美味しい味噌の濃さとその温かさが胃に沁み渡るようで、思わず安堵の溜め息をついてしまう。この感覚がやめられないとまらない。
「ふむ……」
肯くような声がしたので見れば、俺とはテーブルを挟んで反対側に座るサチが卵焼きを口にした戸頃だった。
パッと見無感動のようにも見えなくもないが、俺は一目で理解した。
戦慄してるなコイツ、と。
「た、卵焼きってここまで濃厚な味わいでしたっけ……?」
「ソフトクリームの感想じゃねえんだぞ」
だがまぁサチなら、ミニストップで良く聞きそうな感想を漏らすのも仕方が無いのかもしれないとも思う。
サチも一応は料理が『できる』とは言えなくもない。
……ただ、無類のお菓子好きで和菓子を主とした菓子作りにのみ秀でているのだ。つまるところ、他が(オブラートに包み隠さず言ってしまえば)おざなりな『できる』なのだ。
だからこそだろう。
「いや、どちらかと言えば羊羹のイメージです」
「卵焼きの味が変わりそうな表現はやめてくれ」
でも、ちょっと分かってしまう。そんな俺がいた。
確かに見た目も色以外似てなくもないからね! とかまで言ったら羊羹を作っている老舗の方々などに殴られそうなので自粛した。
「アレだ。お前もやればできるタイプだろうし、一度希に訊きながら一緒に作ってみればすぐに自分で作れるようになるだろ」
「そうですね。そうします」
「……あ、できる自信あるのねやっぱ」
「?」
「なんでもないでーす」
鮭の心地良い塩味に舌鼓を打ちながら、実際コイツなら本当にできるんだろうなとは思った。どこかの大山さん家の次女のように等価交換で炭を錬成するようなヤツとは違うとも。
最近はマシになったけどね!
「あ、そうですそうです兄さん」
「お?」
「今日、クラスの子が家に来ますのでよろしくです」
「…………………………、」
つい、ウキウキと軽快だった俺の箸の動きが止まる。
「昨日実際に来るまで、サチ姉さんが来るなんて事知らなかったので普通に今日来る約束のままなのですよ。ですが、だからと言ってサチ姉さんが来ると伺っていても変わらず呼んでいたとは思うのですが――」
「希」
「……はい?」
話の途中にも関わらず、呼び止めるように妹の名前を呼ぶ。キョトンとした妹の顔と、「……勝手に来てすいませんね」と罪悪感を滲ませて呟くサチの苦々しい表情が目に入る。
が、止まれない。
「――相手は男か」
腹から絞り出したような、俺のものとは自分自身思えなかった声色が喉を伝って口から吐き出された。
だが。
その、場合によっては鬼と化してしまいそうな俺のいやな予想はバッサリと断ち切られる事となる。
「いえ。そもそも兄さん以外の男性なんて興味のきの字も起きませんよ。女性です。女の子。可愛いですよ? それに、多分兄さんもお会いした事があるかと思います」
「え?」
「私のクラスの委員長ですよ」
こう天候があからさまに崩れると体調も崩れるっていう昔からの体質、なんとかなりませんかねぇ……。
今は頭が重いだけで済んでいるから以前よりはマシなんですけどね。
この災害(?)が落ち着いた頃にでも、時間が空いたらまた病院に行って来ようかな。