【番外編】08/31(6)
息抜きで続く08月31日。
「「「「――――御馳走様でした」」」」
結論から言えば、かなり美味しかった。
麺をわざわざ茹でたばかりなだけあってもちもち感とそれを一気に冷やした事によって生じた程好い歯応えがゴマダレと相性抜群だった。キュウリのシャキシャキ感やトマトの酸味と仄かな甘味、そこに半熟のゆで卵やメンマがゴマダレで綺麗にまとまっていて、とても冷やし中華とは思えない豪華な旨味がその皿にあった。
「やっぱミサって料理上手いんだな……」
「そ、そうかなぁ……?」
困ったように微笑むミサを尊敬の眼差しで見つめる。
希も日頃から明日葉家の調理担当なだけあって結構な腕前なのは身内贔屓なしで知っているとはいえ、すぐ目の前の家に住むミサの技術には舌でしか味わった事がなかった。
学校の昼食で弁当の具材を幾度か分けてもらった際にも、その片鱗は少し触れたとはいえ……。
「美味いよ。すごく美味しい」
「……そこまで褒められると恥ずかしいかな…………?」
「隣で作っていた時の手際の良さと細かさは圧巻でした」
「あ、ありがとう二人共」
おそらくこれが普通の感覚なのだろう、目の前の俺と隣に座る妹の二方向から褒めちぎられて、案外満更でもなさそうににぱっと笑顔の輝きが増す。その笑顔を見ると、雨模様で曇天が拡がるこの土地に、雲間を突き貫けて日差しが届いたような気分になった。
妹がそこまで言うなら、もう疑いようがない話だった。
「…………?」
ミサを女神か何かの如く褒めて称えていたら、そのミサの横で何かのオーラを感じた。
「……チカ?」
「……なんか、私だけ料理できないって…………」
「と、智香さん?」
思わずいつもの渾名ではなく名前で呼んでしまう。
ドロリと、ミサの太陽を連想させる笑顔と相反したどす黒い雰囲気がそこから発生していた。どこからか『ずーん……』という効果音が聞こえて来そうだった。
「あ、安心しろって! 俺も料理できないから」
「でもレシピとか全部覚えてるじゃない……それに引き替え私は錬金術師の真逆のような腕前よ? …………はぁ」
「め、面倒な方向に捉えやがって……っ!」
片方を持ち上げたらもう一方が沈み込んでしまっていた。その対称さを、まるで天秤のようだと思った。
なんとか落ち込んだチカを元に回復させるために、俺達はそこから十数分を説得に費やす事となる。料理が壊滅的でも、多少はね?
……あとちょっと、錬金術師の真逆にはちょっと笑ってしまいそうになった。
そこからは快進撃だった。
二人が作った冷やし中華にそんな効果があったのか、まるで午前の憂鬱さが嘘のような速度で課題を処理する俺の姿がそこにあった。綺麗さっぱり回復したチカと褒め称えられてキラ付けされたミサの二人にアシストされながら前進する俺はその勢いに逆らわず乗っかって、気付けばおかしの時間の段階で社会科目・理科目の部分まで消化するに至った。
「っしゃああああああああああっ!!!!!!」
「……やっぱりやればできるのよねアンタって」
「それは褒め言葉として受け取っておくからな」
「お疲れ様! 取り敢えずクッキーと紅茶作ってみたから休憩にどう?」
「お、さんきゅー」
「あ、兄さんぐっじょぶです」
「お前は親指立てる前に集中してたどさくさで俺の肩に乗っけてた脚を退かせっての」
一人だけなんか自由気儘な奴がいるが、関係なかった。そんな気儘さもどこかエネルギーに変換されていた。
「行ける、行けるぞ……」
俺ならやれる。終わらせられる。
そんな自信が湧き出ていた。
だが――――、
次でラスト(そりゃそうだ)。




