【番外編】08/31(2)
ものっそい遅れました、赦してクレメンス;ω;
「うわあああああ、もう無理いいいいいいいいいい!!!!」
「ただでさえ湿気が酷いんだから叫ばないでよ……」
そう言って呆れたような溜め息をつくのはチカだ。なんだかんだ言って頭が沸いたような絶叫にもしっかり反応を返してくれるのに優しさを感じている。普段だったら見逃してしまいそうなそういうレスポンスに涙が出そうになるくらい、今の俺は切羽詰まっているのだった。
……本当に切羽詰まってるなら些細な事に感動してないで手を動かせって?
ほっとけ。
「というか、元からアンタは頭沸いてるじゃない」
「あっ、そっかー! ……ってなるかよ」
冗談でも「そっかー!」とか言ってる辺りが結構な重傷に思えなくもないが、それはそれ。案の定チカが怪訝な顔でこちらに冷ややかな視線を送ってくれていた。
「もうシャーペンを握る手が痛いんだって……」
「こんな土壇場でそんな弱音吐く時間があるならやりなさいよ」
「はーい」
ですよね。
知ってた。
「――兄さん、兄さんっ」
「――はっ!?」
強い力で揺さぶられて、俺は意識を取り戻した。
「大丈夫です?」
「あ、ああ……つい幻聴が聞こえたようで――」
「夏休みの課題の話です?」
「――」
再び幻聴に耳朶を打たれてすぐさま眩暈が訪れた。全身から力が抜けてふらりと倒れそうになった戸頃をまた妹に支えられる。慌てて平衡感覚を復活させた俺は、どこか嫌な予感を察知しながら取り敢えず尋ねる事にした。
「……え、課題とかあったっけ?」
「ありますです。ですです」
「いやでも去年は――」
言いながら、思い出した。
「今年は転校して別の高校じゃないか!」
「ですです」
「成程ねー。…………マジかよ」
疑問は氷解したのに、解けた結果よろしくない気分に浸る事になった。
「まず課題、何があったっけ……」
最早この位置からのスタートである。誰がどう見ても聞いても絶望的で、あまりの酷さに俺自身の胃が締め付けられるような苦しさに捩じり切れそうだった。
人、これを後悔と言う。
我、他人を思うとか観てる間に自分が学生だという事を思い出せと言う話だった。何が食う寝る遊ぶの三連コンボだよ、ただのスリーアウトチェンジじゃねーか。
……うん、俺でも何言ってるか分かんなくなって来たわ…………。
「兄さんとは学年が違いますし……」
「そうだ、メールだ」
閃くと同時に、二階の自室へと向かう。部屋の扉を開けると、机の上にポツンと置きっぱの携帯電話が目に入り、引ったくるように手に取る。通信手段がメールというのは俺の携帯電話がガラケーなのでLINEとかが使えないからだ。最近じゃ珍しいのか全く見かけないそれを開きながら、自分も買い換えた方が良いのかなとかこの状況とは関係ない事が頭をよぎる。
「…………っと」
夏休みの課題範囲ってどこからどこまでだっけ? と簡素な文章でチカとミサ宛にメールを作成。送信ボタンを押そうとした戸頃で――
「送ったら二人に宿題やってないのバレますけど。良いのですか? 兄さん」
「っ」
その言葉に、力を込めていた親指がピタリと停止する。
だが、
「ええい、今更構ってられるかっ!」
「あーあ…………」
「折角久々に兄さんと二人きりな回だと思ってたのに……、残念です兄さん」
「残念という単語はまず鏡を見てから言おうか希よ」
「? 希は可愛くないですか?」
「…………いや、可愛いけど」
身内贔屓な採点を排除しても希の顔や体型はチカやミサ、サチ達みたいに整っていて美少女はいるけれど。そういう事じゃなくて。
「まぁ、今一番残念なのはこの期に及んで宿題が終わってないどころかそもそも課題の範囲すら記憶してなかった兄さんだと思うのです」
「ぐはっ!!?」
――――グサッ!!
急所に当たった! 効果は抜群だ!!
「でもそんな残念さ含めて、兄さんは大好きですけどね」
「あー…………」
ラブコールと共に抱きついてきた妹を引き剥がすのも諦め、豆腐メンタルな俺は返信が届くまで呆然と立ち竦んでいたのだった。
本当に、どうしよ…………。
しかも続くって言う。