第05.5話 おやすみ・b
遅れてすいまめーん!
……と言いつつPCの前で土下座する作者の図。
思えば、思春期男子には色々と分水嶺になってしまいそうな質問をしてしまった。今更になってサチの事を試してしまった気分になり、先程とは全く別の罪悪感が鳩尾の辺りに突き刺さる。
いやいや、みんなそこまで気にしないだろ。しっかりしろ俺。
そこまで気にしないって……。
気に……。
……。
「――――、」
「? どうしました」
「これ」
丁度玄関に来ていた俺は
「な、なんで急に『ファブリーズ』……」
「これ、匂いとか気になったら使っていいから。ちゃんと替えのシーツと毛布は妹の部屋の隣の物置に新品のヤツあった筈だからそれ持って来るけどな。嫌だったら換気しても全然構わないし最悪――」
「ど、どうしたのですか急に……?」
「――ハッ!?」
しまった。
自分から立ち上げまくった罪悪感に押し潰されて、つい俺の方から嫌悪感を促すような事を言ってしまった。……でも少しは気心の知れた異性の友人にそう思われてるかもしれないって考えちゃうと憂鬱にもなるって、これ。
「……はぁ。あなたが気に掛けている事は大体察しが付きました」
「え、付いちゃった!?」
「むしろそれで気付かれないと思ってたあなたに私は驚愕しますけど……」
サッチャン!? サッチャンナンデェェェェェ!!? と絶叫をかましてしまいそうになる俺に、頭の片隅が「そりゃバレるだろ、馬鹿か」とツッコミを入れられた気がした。風邪引いたから馬鹿じゃなくてアホなんだけどね! HAHAHA。
はぁ…………。
「分かりました。あなたの部屋で寝る事にします」
「お、おぉ……」
身を固めて待っていたサチの返答に、思わず安堵が零れる。サチ特有の冷徹な眼差しで「……無理です(臭いので)」とか言われたら精神的に立ち直れないまでありそうだった。ちょっとどこか認められた気がして嬉しくなった。
本来なら来た当初にぶつかる問題だった筈なのだが、倒れてから思考が纏らない気がする。頭パーか俺は。いや元から俺は頭がパーな部分あったけどさ。
一人勝手に落ち込んでみては妹含めこれは遺伝子なのかしらんと自身の命題に立ち向かおうとしていると、
「取り敢えず布団と毛布が二階? ですよね。それさえ分かれば後は自分で――」
「いや、流石にそれは俺がやるよ」
頭を軽く掻いて、俺は玄関すぐの階段へと歩き出す事にした。これもコイツが来た時に自然に用意しておくべきだったなと心の中で舌打ちし、申し訳ない気持ちで後ろをついて来るサチを横目で見やる。既に当初の女の子が泊まりに来てるという感覚は綺麗に消し飛んでいて、最早同い年の姉か妹のような扱いで処理してる俺がいた。
「んじゃ、そこでちょっと待ってろ」
二階まで上がってすぐ右に位置する物置扱いされた目的の部屋に辿り着くと、俺は捜索を開始した。シーツと毛布、後は枕もあればいいかな……とか考えながらあまり音を立てないようにゴソゴソと物色する。
と言っても別にゴミ屋敷みたいな見るも哀しい惨状になっているわけでもなく、引っ越しの際に箪笥や棚に綺麗に並べてから放置気味だっただけだ。俺がクシャミを起こさない事からすると、どうやら埃も全然溜まっていないのだろう。母さんか希のどちらかがこまめに手入れしてるのかもしれない。
現に今、
「げ」
最初に着手した引き出しに女性特有の生理用品が敷き詰められていて、気まずくなった。他にも歯磨き粉やらティッシュペーパーやら、生活用品ばかりが散見されて肝心の物品が発見できない。
「あれ……?」
物色していた棚の一つ、その一番上に何かが置いてあったのが目に付いた。地震が来たら今にも落ちてきそうで、つい手に取ってみる。
それは写真立てだった。
写真は古く、二十年くらい前のものらしく、見慣れない制服を着込んだ三人が笑顔で収められていた。
「…………?」
二人は面影から両親だと推測できた。
では真ん中の快活そうな少女は一体誰なのか――――。
「――どうかしましたか?」
「うわっ!? いるなら言ってくれよ!」
突然真後ろから声が聞こえ、驚いて写真立てを手から滑り落としそうになる。
「? なんですかそれ――」
「あー、なんでもないなんでもない。親の私物みたいで」
更なる追求が来る前にさっさと写真立てを元よりもまた奥に背を伸ばして置く。これでサチには届かない筈だ。事実親のものらしいし、嘘は言ってないから勘繰られるような雰囲気も出ていないだろう。
「そうですか……本当にこの部屋は物置状態ですね」
「それは褒めてるのか貶してるのかどっちだよ」
案の定サチは大して気にならなかったらしく、あちこちを一度見回してからサチも捜索に加わる事となった。
今はきっとその時ではなく、あの写真が語られるのはどこか違う時間と場所なのかもしれない。
そんな気がした。
「これで問題ないか?」
あれから、部屋の最奥にあった三つ目の箪笥にご丁寧に一式揃えてあったのを発見した俺は、自身のベッドのそれらと交換し、自分のは折角と洗濯機に放り込んで来た。
「ええ……。すみません、急に押し掛けてきてこんな――」
「お前の急になんて今に始まった事じゃないだろ。もう慣れたから気にすんなって」
「……その言われ方は心外ですが、ありがとうございます」
「……ん」
改めてそう言われると、少々照れる。
誤魔化すように俺はしっしっと手を振る。
「じゃあなるべく遅くならない内に寝とけよ。俺みたいに倒れたら洒落にならないし」
本心からの心配を口にして、さぁ深夜アニメだと意気込んで部屋を出ようとする。
自分の部屋に誰かを入れておいて自分が出てくってのもなんかヘンな感覚がする。希は論外として、チカやミサだってリビングくらいまでしか通してない気がするし。……やましい思いなんてないけどね。
そんな違和感を頭の中で浮き彫りにしながら、部屋を出ようとした時だった。
パジャマ代わりに着ている半袖のシャツの端を、微かな力で引っ張られた気がした。
「サチ……?」
「……あなたは本当に下のソファで寝るつもりなのですか?」
「ああ。あ、別に飲み物取りに下降りたら電気点けてもいいから気にしなくていいよ」
てっきり、そういう話だと思っていた。
だが。
「それは流石に気が引けますし…………どうせなら一緒にベッドで寝ませんか?」
「…………………………は?」




