零【ゼロ】話 どこから、この話を始めよう
機器トラブルで投稿遅れましたすみません。
長い長いと前振りしておきながらアレですが、結局途中で分割にしました。
「……そういやさ」
「ん?」
ずるずると豪快に、でもどこか品のあるような食べ方で『どん兵衛』を美味しそうに啜る千尋に声を掛ける。千尋と僕は大体購買で買って食べる派で、たまに料理ができる鞠が見兼ねて弁当を作って来てくれる。座席も三人揃って近い事もあって、鞠の隣に座る学級委員長とも一緒に囲んで食べる。
それが僕達の昼食風景だった。
「鞠はどこ行ったの?」
「うーん……今日は弁当忘れちゃったのかな?」
ただ一つ違うのは、今日は鞠がいなかった。
それ以前に、今日はどうしてか鞠に裂けられているような気がした。授業の前後ぐらいでしか顔を見ていないのは珍しいどころか、小学校で出会った時以来だった。
委員長と僕が疑問符を浮かべる中、箸を止めた千尋が呆れたような顔でこちらを見た。
「……はぁ。昨日他のクラスの娘と一緒に帰り道どこか寄るって言ってたじゃん。そこから察してやれって」
「……ああ」
悪かったな、落ち込み過ぎてて。流石の自分もあの後恥ずかしくなったんだから改めて思い出させるなって。
「そうだね、彼女マメだからね。細かいって言うより……『細やかな』って言えばいいのかな?」
「「いや、それはない」」
「ええっ!?」
委員長が驚く中、もさもさと購買で買ったミルクパンを頬張る。
「…………、」
鞠のあれは細やかさじゃない。
そう言い切れるのなら、では自分はどう受け取っているのだろうか。
「……、」
頬張ったミルクパンをしっかり噛んで飲み込んでから、僕はふと思い出したように気になったそれについて言う事にした。
「……よくこの夏場にクーラーも扇風機もなしで『どん兵衛』とか食べられるよな、千尋は」
「……そうですね」
「? 美味いけど」
ちゅるんと啜りきって首を傾げる千尋に、そうじゃねぇよと今度は俺が呆れる番だった。続けて何か言いたくなったが、パンと一緒に買って来ていた紙パックのお茶と共に、そんな文句も飲み干してしまった。
結局。
さっきの一瞬だけ浮かんだ疑問は、喉に詰まっていたミルクパンと一緒に流されてしまった。
「――で、昨日と同じ本屋で良いんだっけ?」
「あ、ああ。帰り道にはそこしかないしな」
チラッと良く行く店の外観が頭に浮かんだが、そちらは家から見て学校と正反対の位置にある。それに今日には入荷するって店主言ってたし、距離と確実性の両面からあの本屋に行った方が良さそうだと思ったのだ。
「年頃の娘と一緒に買い物できるんだから、もうちょっと嬉しそうにしろよなー」
「千尋が自分で言わなかったらそう思った可能性はあっただろうな」
うりうりーと背中を小突く千尋に、暑さで野菜みたいにしんなりしながら憎まれ口(?)を叩いた。
良く考えてみれば、初めてかもしれなかった。
千尋と二人きりなんていう状況は。
「「…………、」」
沈黙が心のどこかを燻らせる。ジリジリと夏本番の太陽に灼かれて汗が頬を伝うのを、いつも以上に肌で感じ取ってしまう。三人で通っている同じ帰り道なのに、どこか違和感がある。同時に、なぜか鞠の小悪魔めいた笑顔がチラチラと頭の中を掠める。
途中で寄った自販機でお茶を二本買って千尋に手渡した時の「……さんきゅー」と彼女が呟いてから、誤魔化すように数度千尋が喋る程度。それだけで、後はいつもよりずっと沈黙が訪れる回数が多かった。
「……なぁ、昭」
「……なんだよ」
そんな最中だった。
「お前、マリーの事……好きなんじゃない?」
「ぶっ」
お茶を噴き出しそうになり、慌てて飲み込んでげほっげほと噎せた。
「げほっ、ごほっ……! お前急に何をっ――」
「今日ずっとそんな感じだからさ。思えば昭と二人きりなんて保育園以来だからね」
でも、と既に飲み干したらしいアルミ缶から視線を僕の顔に向ける。
「ずっと鞠の事、気にしてたよね」
その顔は寂しげだった。
涼しげな風に髪を揺らしながら、その瞳は震えているように感じた。
「あー、いやだからどうとかじゃないんだけどさ……」
「じゃあなんだよ」
「いやー…………、
――――ただちょっとこれは、改めて考えたら卑怯な気がして」
「…………あ?」
意味が解らなかった。
「いーやなんでもないなんでもない! 忘れてくれあはははっ!!」
今度は背中をバシバシと叩いて、気付けば寂しそうな表情も、すっかりと見慣れた悪戯っぽい笑顔に切り替わった。
「そうだ、あの本って人気なんだろ? じゃあさっさと買いに行こうぜ!」
「あっ、おい――」
意味が解らなかったのはその台詞だけじゃなかった。
今日は二人しておかしい。
授業中にしか窺えなかった鞠の表情も、今の千尋の空元気にだって、謎の痛々しさを感じた。あれだけ毎日憎まれ口を叩いては笑ってたあの二人が、今日は苦しげにしか笑っていない。これまで出会ってから殆ど一緒の僕なのに、その原因がちっとも掴めずじまいだ。
どちらも好きで、大切なのに。
肝心そうなタイミングで全然理解が及んでいなかった。
「……僕がなんか悪い事したかな」
「いいっていいって、どうせ私の話だし」
でもさ、と突然千尋は立ち止まった。引っ張っていた力が抜け落ちて、前のめりになる。本当に色々急になんなんだと恨めしそうに顔を上げると、そこには爽やかな満面の笑みを浮かべる千尋の整った顔が至近距離にあった。
「――――っ、」
反射で顔を離そうとしたが、それよりも早く、彼女の蠱惑的な桜色の唇が言葉を紡いだ。
「だからさ――――せめて鞠の事は大切にしてやってくれよ」
「…………、」
今日は全てがおかしい。
普段ならここで母親目線かよとか何かジト目でツッコミを入れていた筈だ。
でも。
今だけは。
この時だけは、なぜか茶化す事も誤魔化す事もできなかった。
「はーい、じゃあ行きますか――」
その理由も解らず、呆けたままだった僕は、終ぞ何も解らず言えずに
そこで意識を断絶させられる事となった。
茜色に全てが染められた世界の中で、太陽のように晴れ晴れと輝かせた綺麗なそのひとつの笑顔が。
僕が最期に見た彼女――――笠原千尋という少女の表情だった。
まだしっかりと目は通しておりませんが、なんでも執筆のバックアップ機能が云々かんぬんだとか。
自分、大歓喜である。
やったぜ。




